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心の傷

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第六章


第六章

「卿は強い方です」
「この私がか」
「そうです、強い方です」
 侯爵はまた言った。
「その目でわかります」
「そうか、目でか」
「はい、目でです」
 まさにその目でだというのだ。そういうことだった。
「卿に言われた通り目を見ました。それで」
「わかったというのだな」
「そうです。ですから」
 また言うのであった。
「わかりました」
「そうか。早速そうしてくれたか」
「はい、そうです」
「では私から言うことはもうない」
 公爵の言葉は満足したものになっていた。その言葉で話すのである。
「それではな」
「帰られるのですか」
「傷は受けたが癒せる」
 彼はここでこうも言うのだった。
「卿の周りの者達がそうしてくれる」
「人がなのですね」
「少なくともこの屋敷の者達はそうだ」
「ええ、確かに」
「人を信じて。そのうえで外に出ることだ」
 これが侯爵に言いたいことだった。
「わかってくれたな」
「よく」
「そうだ。では縁があればまたな」
「御会いしましょう」
 こうして公爵は屋敷を後にした。侯爵はその彼を玄関まで見送った。そしてそのうえで自分の執事達に対して言ってきたのである。
「明日は教会に行こう」
「教会にですか」
「外に出られるのですね」
「うん、一緒に行こう」
 こう執事達に言うのである。
「それでいいかな」
「はい、喜んで」
「そうさせてもらいます」
 執事達はすぐに彼の言葉に応え頭を下げて述べてみせた。
「では明日」
「御一緒に」
「君達がいてくれている」
 侯爵の言葉は温かいものだった。
「だから。是非」
「はい、行きましょう」
 執事が応える。
「何かあっても私達がいますから」
「御安心下さい」
「うん、そういうことでね」
 彼は外に出ることを決意したのだった。そして次の日教会に行くとだった。
 かつて彼を嘲り罵った者達はだ。一人もいなかった。彼を振り罵倒したあの女もだ。誰もいなくなってしまっていたのである。
 それを教会の牧師にそっと聞くとだ。こう答えてきた。
「皆様それぞれ」
「それぞれ?」
「不幸に遭われまして」
 それでいないというのである。
「事故に遭われたり病に倒られまして。悪事が露呈し今は牢の中におられる方も」
「そうだったのか」
「はい、皆様おられなくなりました」
 こう侯爵に話すのである。
「誰も」
「そうなのか。誰も」
「因果応報ですね」
 執事が侯爵の横でその話を聞きながら述べた。
「まさに」
「因果なのか」
「人を罵り嘲れば必ず報いがあります」
 執事は侯爵に対して静かに述べた。
「そういうことです」
「そうなのか。それで」
「はい、それでなのです」
 執事は自らの主に話してきた。
「人を傷つければ。必ず報いがあります」
「傷つければ」
「その通りです。それでは」
 こう話してそっと侯爵の傍に寄る。他の者もそれに続く。彼の周りは彼を慕う者達で固められたのだった。そのうえでまた言ってきた。
「参りましょう」
「うん、じゃあ」
「神は全てを見ておられます」
 牧師がここで言う。
「ではその神の御前で」
「それでは」
 侯爵は執事達と共にその神の礼拝堂の前に向かった。ステンドガラスの黄色や青の光を浴びながら十字架の前に跪く。そこにいるキリストは穏やかな顔で彼を見ていた。それは彼のその傷を癒すような。そうした笑みであった。
 その笑みを見ながらだ。彼はまた言った。
「また。明日もここで」
「はい、お待ちしております」
 牧師が微笑んで応えてきた。
「明日もまた」
「旦那様、その時は私共も」
「御供して宜しいでしょうか」
「是非ね。頼むよ」
 侯爵は彼等の心も受け入れた。そしてそのうえで今は神に対して祈るのだった。するとその傷がさらに癒されることを感じられたのだった。


心の傷   完


                2010・4・6
 
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