| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

流星のロックマン STARDUST BEGINS

作者:Arcadia
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

憎悪との対峙
  25 冷血の構築者

 
前書き
初めての関東の夏に既に夏バテに近い症状が出ている作者です。

今回は彩斗とハートレスとアイリスの作戦会議です。
前回までで敵は人質を取り、籠城しており、警察もWAXAもお互いの足を引っ張り合って事態は絶望的な状況でした。

しかしここで第3勢力、主人公・彩斗ことスターダスト・ロックマンが動き出します!
ちょっと意外なハートレスの面や彩斗も知らなかった事実が色々でますので、ぜひ最後までお付き合いください。
 

 
「あら?思ったより早かったわね?」
「....」

彩斗はアイリスと共に階段を降り、2階のリビングルームへやって来た。
大きめの窓から見える景色は何度か見たことがあった。
いつもハートレスのガヤルドの助手席から登校中に見ていた家の庭だった。
家庭訪問やらの時だけ訪れては去っていくという戸籍上、登録された偽りの家。
だが不思議と親しみを持てた。
彩斗は冷蔵庫に入っていた板チョコを取ると包み紙を破りながらハートレスが座っている窓際のテーブルの向かい側に座った。
コーヒーが置いてあり、自分が座るようにハートレスが用意していたのだ。
彩斗はチョコレートをかじり、砂糖を大量に入れたコーヒーで数日ぶりの糖分を補給し、ようやく口を開いた。
アイリスは2人の間の距離というものに少し緊張感を覚えていた。
彩斗もハートレスも出来る事ならどちらもお互いを頼りたくはないのだ。

「アイリスちゃんから少し話を聞いたよ。彼女のお陰で僕は安食の攻撃の影響から救われた。そして体の傷は」
「あなたが自分で治した。まるでゾンビみたいにね」

彩斗は少し顔をしかめ、再びコーヒーを啜る。
流石に自分でも理解していたが、ゾンビに比喩するというのはあまりいい気がしなかった。

「手を貸して欲しい。情報、戦力共に不足している今の僕ではメリーを救える可能性は限りなく低い。だが...君の助けがあればその可能性を向上させられる」
「いいわ。でも条件がある」
「奴らから先に奪ったジョーカープログラムは君に渡すこと、だね?」
「そう」
「じゃあ協力するにあたって、僕からも条件を出す。これからの作戦はキングを筆頭にした他のディーラーメンバーには他言無用にすること」
「...いいわ」

ハートレスはそう答えながら目の前のMacbook Proのキーボードを叩いた。
そして本体を回転させ、彩斗の方に向ける。

「?ネットは使えないはずじゃ」
「これはディーラーの衛星回線を使って海外のネットワークを使っているの。もちろんこの衛星通信装置は他の機器で検知することは出来ないから、Valkyrieに目をつけられることもないわ」

確かに表示されているページはドイツ語だった。
見出しは「Auf Tauch in Japan Internet herunter Staatskollaps oder eine Frage der Zeit?」。
「ニホン インターネットダウンにより株価暴落 国家崩壊は時間の問題か?」といった意味だ。
どうやらニホンのインターネットが使えなくなったことによって数々のパニックが起こっていると報じている記事らしい。
そしてハートレスはウィンドウを切り替え、説明に入った。
それは才葉シティのマップだった。

「さっきの続きから話しましょう。才葉芸能学園の半径10キロメートルは妨害電波によって無線、携帯共に使用できないわ。つまり学校を取り囲んでいるWAXAや警察は仲間との意思疎通が出来ない」
「そして僕が電波変換してウェーブロードを通って外からこの10キロ圏内に入ることは出来ないし、内側からはこの境界を超えるまでウェーブロードは使えないってことか」
「でも電波変換することは出来るわ。もちろん周波数を変更できないから、現実空間で銃やナイフを持った連中とやり合うことになるけど」
「分かってる」
「でも電波人間は周波数を変更できずとも常人を遥かに上回る力を発揮できる。その点は心配いらないわ」

彩斗はまるで機械のようにモニターに映るデータを見ていた。
それでこそ全てを暗記しかねない程に。
アイリスはその様子を黙ってみていることしか出来なかった。

「連中とやり合うのは問題ないけど、僕が現れたと知れれば....」
「人質に危害が及ぶ」
「だから少しずつ倒していく。幸い、通信手段を絶ち、電波人間による襲撃を恐れたために多くの周波数を妨害しているから、バレてもすぐにってことはないだろうけど。出来るだけ穏便に済ませたい。そのためにはサイレントで敵を妨害しつつ一瞬で戦闘不能にする武器が要る」
「分かった」
「人質の位置は?」
「地上4階の会議室よ。メリーがいると思われる第一分析実験室は地下1階。そして学校が裏で営んでいるレンタルサーバーの在処は地下4階。かなり離れているわ」
「地下の方から片付けていこう。プログラム、メリー、人質たちの順で助ける」
「人質の生徒たちも?」

ハートレスは疑問を持った。
先日は中学生たちを殺しておきながら、今日は助けようというのだ。
もちろん殺したのには理由はあっただろう。
だが逆に彩斗が助けようとするというのは意外だった。

「これ以上、Valkyrieのために傷つく人間を見たくない。ミヤのようにね...」
「そう。じゃあ、これが人質のリスト。欲張らないことね、全員救うなんて出来るわけないわ」

ハートレスは皮肉りながら人質の詳細データを表示した。
名前、住所、性別など詳しいデータが載っていた。
彩斗は自分の方にMacbook Proを寄せると、トラックパッドに指を滑らせた。

「青木駿介、石塚英美、狩野永作、近松サラ、永作麻音、氷川涼華.....氷川涼華?」
「あなたの部屋にあったCDやら書籍やら、彼女に関するものが幾つかあったわね?」
「スズカちゃん....彼女まで人質だって...?悪い冗談だろ...?」

彩斗が見つけたのは、自分が昔から応援してきたアイドルだった。
初めて偶然、ひっそりとやっていたラジオを聞いて、それ以来、ずっとファンレターを送り続けていたのだ。
そう、『アキト』というペンネームで送っていたのは彩斗だった。
今まで何度か彼女のラジオのコーナーで悩みや辛いことを打ち明け、支えられてきたこともあった。
そんな自分にとっての大切な人がまたしてもValkyrieの仕組んだ事件に巻き込まれたのだ。
偶然として片付けていいのかどうか、彩斗は裏に隠れた悪意のようなものを感じた。

「冗談だったらいいけど、現実よ。残念ながら」
「.....」
「でもまぁ、彼女にあなたが入れ込む理由は何となく分かるわ」
「君に何が分かるって?」

彩斗は僅かに笑ってみせた。
ハートレスはこの手のアイドルには興味など無い。
ハートレスの名の通り、愛情らしいものを感じられたことなど無いような人間に見透かせるようなことでは無かった。
しかしハートレスは足元から小さな箱を取り出した。

「これ、あなたが書いたファンレターへの返事よ。何年か前からつい数週間前まで、ざっと20通」
「!?スズカちゃんからの返事...?」
「あなたが自分の住所を書かかないで出してるから、ディーラーの施設の人間がここの住所を書いて送ったのよ。
だから返事はここに届いていた」

彩斗は驚きのあまり、半ばハートレスから奪い取るように箱を取り、中の手紙を開いた。
確かに送り主は『氷川涼華』となっている。
内容は返事と共に自分の近況についてを語られていた。

お手紙ありがとうございます!!
私のラジオを聞いていてくれた人がいてとても嬉しいです!
初めてのファンレター、とても心が温まりました。
今はまだ仕事も少なくて、あまりラジオ以外で見ることは無いかもしれませんが、期待に応えられるように頑張ります!!
これからも応援してください!!

これは初めて出したファンレターへの返信だ。
彩斗は次々に開き、中身を見ていく。

この間、送っていただいた曲、とても気にいちゃって着信にしました!!
アキトさんも学校で色々大変みたいですね...
イジメなんて最低です!!
負けないでください!!絶対にアキトさんは間違っていません!!


私はアキトさんの応援のおかげか仕事が増えて、ようやく色んな番組に出演させて頂けるようになりました!!
とても嬉しい限りなんですが、学校に行けなくなってきちゃって...

ごめんなさい。
せっかく作曲してくれた曲なのにどうしてもみんなにも聞いて欲しくて勝手にカップリングにしちゃって...
謝っても謝っても許してももらえないかもしれません...
心から申し訳ない気持ちでいっぱいです。

またファンレターを送っていただけて嬉しいです!!
曲の件は本当にごめんなさい、今でも本当に申し訳なく思ってます。
実は今度、舞台に出ることになりました!!
あと月曜の10時からのドラマに出演します!!


12月のイベントのチケットも同封するのでぜひ来てください!!
引き続き木曜のドラマと金曜のバラエティー番組には出演します!!
ぜひ見て下さいね!!


「....スズカちゃん」

手紙にはCDやイベントのチケット、写真集や映像メディアが入っているものも多かった。
既に持っているものばかりだが、消印を見ると、発売日よりも数週間早い。
彩斗は自分でも知らぬうちに自分を大切に思ってくれている人がいたという事実で胸が温かかった。
自然と笑みが生まれ、深呼吸をする。

「こんなアイドルも珍しいわよね?無名時代から応援してくれてるファンだからってドル箱アイドルになってもずっと交流を続けてくれるなんて」
「...あぁ、だから僕は彼女を応援しようと思ったんだ。売れてからもずっと自分の原点のマイナーな活動まで全力でこなす彼女を見て...」
「じゃあ絶対に助けることね。彼女をこれからも見ていたいなら」
「言われなくても」

彩斗はそう言って手紙をまとめて再び箱に戻した。
そしてトラックパッドを操作してValkyrieの戦力やあらゆる情報にアクセスする。

「この男は安食空夢、もう知ってるわね?この男がデンサンシティにおけるValkyrieの計画のリーダー。年齢21歳、身長175cm、体重61kg、視力は両目とも1.0、眼鏡は伊達ね。普通自動車免許、大型自動二輪免許を保有、その他、数ヶ国語を操り、優れた運動神経と頭脳を持つ」
「21歳...随分と若いね」
「12、13歳のあなたから若いなんて言われて安食はどんな顔するでしょうね?この男のValkyrieに入るまでの経歴は4歳で父親がギャンブルの借金がかさみ殺され、7歳で母親が薬物中毒によるオーバードーズで死亡、養護施設入りした後、優れた学力と運動神経を発揮、しかし同じ施設の子供たちからの陰湿なイジメに耐えかねて15歳で施設を飛び出し、それからの経歴は謎」
「...僕の劣化コピーみたいだ」
「まぁ知っての通り、彼はユナイトカードでナイトメア・テイピアと呼ばれる電波人間になる。人間の悪夢・恐怖・怒りなどの負の感情を増幅・吸収することで自身の力に変えられる特殊な能力を持っているわ」
「1つ聞いていい?ユナイトカードっていうのは2種類あるの?」
「ええ、あなたがダークチップと一緒に奪ってきた赤いコレ、そしてValkyrieの人間だけに配布される紫のカードが」

ハートレスは赤いカードをテーブルの上に置いた。
Valkyrieのエンブレムがプリントされたバトルカードに近い形状のものだ。

「何が違う?」
「赤は顧客用、人間をジャミンガーに変身させる機能のみが搭載されている。誰が使ってもジャミンガーにしかなれない。しかし紫に関してはその人間の体質、心理状態などの要素でより協力な電波人間に変身する場合がある。まぁ大概はジャミンガーになるんだけど、稀に安食のように特集な能力と形態に進化する者もいるっていうことよ」
「共通点は?」
「共通点は1つ、もしダメージやシステムへの影響で強制的に電波変換が解除された場合、大量のノイズが体に残留、二度と電波変換できなくなるわ。電波世界からの強制退場、もし自分と周波数ピッタリの電波体が現れても二度と電波世界には戻れない」
「強制退場....」

彩斗は背筋に悪寒が走った。
あの世界に取り憑かれれば、それは死よりも辛いことに成り得る。
まるで流星になったように空を駆け、一飛で人の届かないところまで飛び上がり、信じられない程の力を発揮できる。
夢の世界、そう言ってもいいだろう。
電波変換とはある種の麻薬だ。
もし超人的な力に溺れれば、失った時のショックは想像を絶する。
世の中に絶望し、自らの命を絶つ者も少なくないことは容易に想像がついた。

「で、このカードとチップは街にバラ撒かれ、このコトブキ町でまだ被害は出てないけど電気街、官庁街では多くの被害が出ているわ。強盗、傷害、窃盗...とはいっても今のところまだ序の口よ」
「ディーラーの動きは?」
「Valkyrieによる妨害に対抗し、各地で闘争になっているところもあるわ。こちらとしても連中を妨害し、街を奪われるのを防ぐ必要がある」
「君たちの街なのか、デンサンシティは?」
「ディーラーが裏で糸をひく実験都市、まぁ縄張りよ。そこで敢えて武器を売り、ディーラーの活動を妨害する具体的な行動を多数取り続けるとするのは間違いなく喧嘩売ってきてるってことでしょう?」
「...君たちの争いに興味はないよ。取り敢えず確認したかったのは、僕たちの計画に協力できる人員」
「ゼロ」

彩斗は何となく予想は出来ていたが、今のところ戦力となる人員は自分の他にハートレスとアイリス、そしてトラッシュしかいない。
特に自分が突入するなら電波変換しなくては銃火器で武装した敵と戦えないためにトラッシュは人手からは除外するとすると3人だけだ。
しかしそれはそれで好都合でもあった。

「じゃあ僕たちの行動は完全に僕たちだけでディーラーの干渉もないんだね?」
「それがあなたの条件でもあるしね、ちょうどいいわ」
「学校の半径10キロメートルが妨害されているとすると、電波妨害装置は学校の中だね?」
「ええ、2日も妨害し続けられる装置、バッテリー駆動であるとは考えにくい、予想されるのは3階の技術室、4階の家庭科室、そして別館の体育館3階アリーナの3箇所ね。ベルトサンダーやハンダゴテ、調理家電をタコ足配線しても耐えられるくらいにコンセントのワット数が高い」
「地下4階のサーバールームの構造は?」
「サーバールームは2重の認証システムで守られているわ。指紋、網膜で廊下から認証ルームに入れる。そしてそこでパスワードを入力することでサーバールームに入れるわ。ジョーカープログラムは138番のサーバーに入っている。でもセキュリティはそこそこの強度だから敵が未だに退散しないところをみるとまだセキュリティの解除が出来ていない、つまりジョーカープログラムはまだ盗まれていないってことになるわ」
「そうだね。多分、手に入れたら脱出を図るだろうし」

「でもあなたなら出来るでしょう?クラッカー『シャーク』?」

「!?...知ってたのかい?」
「知ったのは数日前だけどね」

彩斗はハートレスが自分の裏の顔を知っていたことに驚きつつも表示されている学校の見取り図を完全に暗記していた。
自然とアイリスと目が合う。
アイリスはどことなく申し訳なさそうな顔をしていた。
特に設計、階段は螺旋状と美術系の学生も多いために普通の学校には無い美しい構造となっている。
他にも障害者用のスロープや点字ブロック、エレベーターも完備されている。
そしてシステムの構造、その脆弱性はすぐに思い浮かんだ。
だが最後まで疑問が残った。

「で、ここまでで何か腑に落ちないことは?」
「安食は恐らく今もダメージの回復に努めていると思う。かなりダメージを与えられた手応えがあるんだ。でもここを仕切っているのは....別の人間...」
「そう、ここでも可哀相だけどあなたには辛い現実が待ってるわ」

ハートレスはその人物のデータを表示した。
女性のデータ、それも見覚えがある顔だった。

「高垣美緒...高垣...そうだ...ミヤの母親」
「高垣美緒、36歳、旧姓は北澤(きたざわ)、身長164cm、体重51kg、デンサン学院大学経済学部国際経済学科卒業後、すぐに今の夫、高垣寿也(たかがきとしや)と結婚、翌年に娘・美弥を出産、その後はFXや株式投資で今の資産を築き、今やニホン屈指の大企業・ニホンI.P.Cエンタープライズの主要株主の1人にまで登りつめ、そしてValkyrieのスポンサーであり幹部として今に至る」
「彼女は自分の娘が自分たちが武器を売ったことで傷ついたと知っているのに...懲りずにまだこんなことを....」

彩斗の拳が固く握られた。
激しい怒りが沸き起こり、思わずテーブルを叩いた。
先日のやりとりが思い出されただけではない、娘が傷ついても側にいるどころか、娘と同じような境遇の子供たちを増やそうとしているのだ。
その時、アイリスが彩斗の拳を握る。

「落ち着いて、サイトくん」
「ゴメン...」

アイリス自身も軽薄だと思った。
この事件の当事者でも無い自分が当事者である彩斗の憎しみを理解して落ち着けなどと軽々しく言う事自体がおかしい話だ。
普通なら彩斗に逆に咎められてもおかしくない。
だが彩斗は必死に笑顔を作って微笑んでみせた。
アイリスはそんな彩斗を見て心が痛んだ。

「...言っておくけど、あまり寄り道はしないでね?あくまで目的はジョーカープログラムの保護、メリーを含めた人質たちの救出なんだから」
「分かってるさ」

そのハートレスとアイリスは彩斗が裏で考えていることを察していた。
もし高垣美緒、ミヤの母親と出くわしたら、間違いなく鉄槌を下す算段だと。
だがハートレスも遠回しに言ったつもりが、止めるつもりは更々なかった。
同じ”母親”としてこれまでの高垣美緒の行動を許せなかったのだった。
彩斗はハートレスが用意した情報を黙って閲覧し始めた。

「悪いんだけど、ちょっとチョコミルクか糖分のある飲み物とかあるかな?あと簡単な食事...パンかシリアルを」
「あっ、ちょっと待ってね」
「糖尿になるわよ?」
「その分、(ココ)を使ってるんだから問題ないさ」

しかしすぐにアイリスに飲み物と軽食を頼んだ。
よくよく考えれば、点滴も無しに2日以上も飲まず食わずでようやく先程、ミネラルウォーターとコーヒーを飲んだ程度なのだ。
今まで我慢した方が驚きだった。
ハートレスからすれば先程から何度か食事を勧めようとは思ったが、アイリスは人間ではないために考えが至らなかった。
ハッっと気づき、アイリスは急いでキッチンに走る。
彩斗はその間に深呼吸して美緒への怒りで歪んだ顔と握りしめた拳を戻す。

「...ジョーカープログラム、人質共に学校の外へ救い出すことは出来るかもしれない」

彩斗はデータを見ながら、そう呟いた。
軽い言い回しだったが、ハートレスにとっては待ち焦がれていた言葉でもあった。
彩斗は更に深いところまで考えながら、指で唇を触る。

「通信妨害装置は敢えて壊さずに残しておく。敵もWAXAも通信出来ないなら好都合だ」
「でも私たちも通信出来ない」
「君と話すことなんか無いよ」
「...でも出来るかもしれないっていうことは、学校の外に救い出せても」
「メリーを連れてここまで逃げ切ることは出来ない。ウェーブロードが塞がれていては走って逃げるしか無いんだ」
「じゃあ通信妨害装置は破壊しなければならないんじゃないの?」
「敢えてとは言ったが、ついでに言うなら時間もないんだ。それに僕がウェーブロードを使えるということは敵もウェーブロードを使えるということさ。状況的には通信もウェーブロードも使える状態では不利になる」

彩斗はアイリスが運んできたシュガートーストとチョコミルクを口へ運ぶ。
彩斗にとって唯一の難題はここだった。
脱出した後に人質はWAXAや警察に任せればいい。
しかしメリーだけは別だ。
メリーはディーラーの一員でロキの子の1人だ。
それに肉体的にも人間ではあるが、反面、ネットナビとしての特質も持つ特殊な人間だと分かれば、文字通りモルモットにされかねない。
彩斗の中ではジョーカープログラムよりも何としてでもメリーを救うことが第一だった。
今でも正気を保っているようだが、スズカの件も重なり、メリーが何かされていると思うだけで気が気でないのだ。
ウェーブロードが使えない、周波数が変えられないとすれば電波人間は常人よりも優れた身体能力を持つだけの人間だ。
その身体能力を持っても車やバイクには勝ち目など無い。
身体的な手段では逃げようがない。

「じゃあ、物理的な手段で逃げることね」

その時、ハートレスは彩斗の悩みを一瞬にして葬り去る言葉を述べた。
その声に含まれた自信からハートレスには自分の思いつかない解決策というものを持っていると確信した。

「物理的...君になら逃げる手段があるって言うんだね?」
「ええ。あなたがその手段を受け入れるかどうかはともかくね」

ハートレスは若干ニヤつきながらコーヒーを啜った。
この笑いにも彩斗は何かが含まれていると感じた。
それはアイリスも同じだった。
メリーを救うためには自分を頼ると分かっていたのと同じ、間違いなくこの手段を受け入れると分かっている。
そしてハートレスは彩斗が全ての必要な情報を閲覧したと知ると、ルーズリーフとペンを差し出しながら彩斗を動かす一言を口にした。

「そろそろ...始めたら?」

『あぁ...構築を始めるよ』

彩斗はそれを受け取り、ペンをノックした。
するともうスピードでルーズリーフにペンを走らせた。

「ハートレス...一体これは...」
「この子はね、ディーラーの施設内でも優れた知能を持っているわ。自分自身の脳にシンクロすることで得られた並外れた集中力、優れた記憶力、幼少の頃からディーラーに叩き込まれた膨大な知識、それらによってこの子はある種の演算装置のような役割を果たすことが出来る」
「演算装置...」
「もし多くの人の脳にシンクロしながらこの力が使えれば、仕組みとしてはスーパーコンピューターに近い。だからディーラーは人間の脳をリンクして使える次世代型コンピューターの研究をしているのよ」
「ちょっと...そんなこと...」
「心配せずとも今の彩斗には全く聞こえてないわ」

彩斗の脳は自分自身の脳にシンクロし、他の音も景色も目には入らない。
瞬く間にルーズリーフには学校の見取り図が描かれていた。
そしてそれを彩るようにあらゆる文字、計算式、記号が付け加えられていく。
移動経路、予想される敵の数、WAXAの行動予測、必要となる物資、所要時間など行動する上で必要な情報ばかりだった。
アイリスはその様子を見て正直恐ろしくなっていた。
一瞬、「プラスチック爆弾」と書かれては斜線で消されたからではない。
彩斗から先程までの暖かさというものが消え失せたような気がした。
機械と化してしまったような冷たさを感じた。
だが、そんなことをしている間にも彩斗は約7枚のルーズリーフに自分の思考の全て出し尽くし、文字通り作戦を”構築”し終えていた。

「...再確認する。この作戦の目的はジョーカープログラムの確保、メリーと人質の中学生たちの救出、並びに可能な限り多くのValkyrieの戦力、メンバーたちを無力化する」
「異議無しよ」
「恐らくWAXAもValkyrieがデンサンシティで活動していることは感づいているはず。今回の事件を解決させ、多くのメンバーを逮捕させれば、デンサンシティで起こそうとする事件にも関与してくるはずだ。今回、Valkyrieの一部にしてもこれだけの事件を起こしたともなれば、幹部の安食を含めた他のメンバーを取り調べる必要も出てくるからね。WAXAにValkyrieを討伐してもらうきっかけにもなるかもしれない」
「そうしてもらえるとありがたいんだけど....まぁWAXAが思い通りに動いてくれれば...ね」
「100%僕の思惑通りに動くとは思ってないよ。ところで必要なものがあるんだけど....」

彩斗はルーズリーフをハートレスに手渡した。
ハートレスはそれにさっと目を通す。
彩斗自身には大した兵器の知識は無いため、「このような用途のもの」というざっくりとした説明書きがあった。
ハートレスは若干吹き出しそうになりながらも少し考え、口を開いた。

「これなら全部、用意できる」
「よし。あと君にも動いてもらうからね」
「私に?」
「アイリスちゃんにも」
「え?」

アイリスはまさか自分に話が振られるとは思っていなかった。
自分はあくまでオペレーション用のネットナビであって、戦闘用のネットナビでではないのだ。
とてもではないが、彩斗の考える作戦において戦力にはなれそうにもない。
それは彩斗も分かっているはずだった。

「メリーには恐らくダークチップを使用されている可能性がある。メリーは現存している唯一の人間とネットナビのハイブリッドだ。その場合...ナビとしてだけでなく、人間としてどんな影響が残るか分からない。君は僕をナイトメア・テイピアの悪夢に近いValkyrie製ダークチップの影響から救ってくれた。その治癒能力を使ってワクチンデータを作り、外に持ち出せるようにしてストレージにコピーして欲しい。僕がメリーを救い出してここまで連れてくる間に手遅れになる可能性もゼロじゃない」
「分かった...」
「ハートレスはそのデータが移植でき次第、ストレージを持って出てもらう。そうだな...ここと目的地の中間点で落ち合おう」

「...いいわ、じゃあ私も再確認するわ。あなたとアイリスと私は協力関係を結び、目的を達成するまでお互いに裏切らない。間違いないわね?」

ハートレスは念を押した。
まさかハートレスの口から協力という単語が出てくるのには若干驚かされたが、彩斗は迷うこと無く答えた。

「...いいよ」

彩斗の返事でハートレスは若干、安心したような顔を見せた。
だが彩斗はハートレスに焦りというものを初めて感じた。
冷静を装っているが、確実になにか焦っている。
ジョーカープログラム以外でハートレスが正気を保てなくなるようなことがあると確信した。

「じゃあこれは返すわ」

ハートレスはテーブルの上に2つの物体を置き、彩斗に差し出した。

「トランスカード...でもこれは?」

1つは間違いなく自分が電波変換するのに使用するトランスカード、そして見覚えのない物体だった。
先端に紫色の鉱石が埋め込まれた銃のような形に灰色と白、それに青いラインが入っている。

「銃」
「いや、分かるけど...こんなもの知らないよ」
「プライムタウンで倒れていたあなたが持っていたものよ。少し調べたけど、小型のレールガンみたいね」
「レールガン?」
「電磁誘導を行って何かを射出する...でも私には使えなかったわ。アイリスにも。使い手を選ぶナマイキな武器みたいね」
「トランスカードは?」
「あなたが私との協定を受け入れずに逃げる可能性はゼロではなかったから、念の為に預からせてもらったわ。ついでに少し調整もしてある。多分、電波変換した時には若干でも動きやすくなってるはずよ」

彩斗はそれを受け取り、数秒間あらゆる角度から見てみた。
カードの方は特に変わったところはないが、銃に関しては違和感があった。
全長約25cmのその造形は美しく、まるで全体が1つの鉱石のような輝きを放っている。
先日、スターダストになってバズーカやブラスター、マシンガンを乱射をした経験はあるが、どれも撃たなければ殺されるような状況下で反射的に引き金を引いたために銃というものの感覚が体には残っていなかった。
それにテレビで刑事が使っているようなS&W・M36やニューナンブM60とは違い撃鉄やコッキングレバーが無く、銃身の近くには白いフォアエンドのようなパーツが付いている。

「取り敢えず実践で使ってみないと分からないさ」
「ここで試したら?」
「いや...君が僕を信じて協力してくれるんだ。僕も君を信用しよう」
「...フッ...生意気」
「それにここで使ったら、周囲にどんな影響があるか分からない。それより、早く君の隠し球が知りたい。妨害電波の中でウェーブロードが使えない電波人間でも逃げ切れる手段が」
「そうね。使うには少し慣れてもらわなくちゃいけないしね。ついてきて」

ハートレスはコーヒーを飲み干し、Macbook Proを閉じると満足したような顔をして立ち上がった。
 
 

 
後書き
彩斗、メチャクチャ甘いものばかり食べてますw
やはりシンクロは脳を激しく機能させるので脳のエネルギー源である糖分を激しく使いますw
最初の方からスズカとの関係はちょくちょく出してましたが、ここ数話で立て続けに明らかにしました。
対するハートレス、策士です。
前々回の寸止めの説明で彩斗を手駒にw
そしてアイリス、まさか自分に出番が来るとは思わず...

あと、ゲーム本編ではスズカは苗字が出てこないので、この苗字はオリジナル設定です。

そしてこれは企画ですが、この作品が終わったら、最後にキャラクター設定や何枚かあるイメージイラスト、キャラクター同士のキャスト対談のような話ができたらいいなと考えています。もしご意見や話自体の感想がありましたら気軽にどうぞ!

対談の内容としては

彩斗:「あのナイトメアとスターダストの廃ビルでの戦闘シーンさ、実は肩外れちゃってw」
安食:「えっ!?オレのせい!?」
彩斗:「いやいや、あの時、思いっきり剣で斬り掛かるところあったじゃん?」
安食:「うんうん!あのオレがビビって目瞑ってテイク12までやったシーンねw」
彩斗:「そこで本気で振りすぎて肩外れたのww」
安食:「マジで!?...あっ、そういえばその後の休憩で痛がってた」
彩斗:「気づいてたんなら声掛けてよww」
安食:「ごめんごめん(笑)」

とか

ミヤ:「そういえば、私出てないけどメリーちゃんが誘拐されるシーンって無かったよね?」
メリー:「そう...ですね。多分、見てる人はもう兄さんが負けた後、ハートレスとアイリスちゃんと一緒に助けに行った辺りでいきなり次の日!みたいに見えてると思います(笑)」
ミヤ:「どうしてだろうね?原作も読んだし、台本にもメリーちゃんが囮になって1人立ち向かって、負けちゃうシーンあった気がするんだけど」
メリー:「いやいや!一応、撮ったんですよ!」
ミヤ:「え!?撮ったの!?」
メリー:「ハイ...何だか尺の関係で...今回はカットらしいです。まぁ無くても話自体は繋がるのでいいんですけど...」
ミヤ:「でも凄く楽しみにしてなかった?」
メリー:「...人生初アクションだったのに(笑)」
ミヤ・メリー:「「アッハハハハww」」
ミヤ:「でもさ、リアルなアクション映画以外だと、ロックマンとか仮面○イダーとかヒーロー系とかじゃないとこういうアクションって少ないよね。それに私もね、アキちゃんもとい彩斗くんと仲良くなった矢先に襲われて中盤は殆どベッドの上で寝てるっていうほぼ退場状態だったんだけど、本当はもう少し仲良くなっていくまでのシーンを色々撮ったんだよ。デートとか。全部カットだったけどw」
メリー:「そうですよね。まぁ...ディレクターズ・カット版では...収録されてる事を祈って(笑)」

と、映画のキャスト陣による裏話のようなものを考えてます。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧