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清廉潔白

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第三章


第三章

「確かにその通りだけれど」
「何ていうか。がんじがらめはな」
「よくないんじゃ」
 しかしだ。クロムウェルは言うのであった。
「全てを決めていかないとまた腐敗や汚職が横行する」
 これが彼の主張だった。
「腐敗は僅かな気の緩みから起こるのだ」
 誰もこの言葉に反論できなかった。そうしてであった。
 この法案も通った。やがて家の隅々から街や村の何処もかしこも塵一つ落としてはいけないことまで定められたのだった。
 ゴミは決められた場所に捨てる、トイレや洗面所は水滴一つでも汚しては駄目である、靴は常に磨く、ただし床に靴墨の跡は着けない。服は常にアイロンをかけてしかも正装でなければならない。
 食事のマナーもであった。どんなものを食べても常に礼儀正しくだった。
「これじゃああれだよな」
「ああ、日本の懐石かフレンチだよ」
「ただインスタントのパスタ食べてるだけでもな」
「それでもこうして」 
 法律で細かく定められた規定に従って誰もが食べることを強いられていた。見れば置く場所まで厳密に定められている。
「ええと、次はか」
「ああ、牛乳だ」
「牛乳を一口飲んで」
「そこからパンは」
「あと私語は厳禁だったな」
 そこまで決められていた。
「何でもかんでも駄目駄目駄目」
「禁止の羅列だな」
「全くだよ」
 国民もいい加減疲れてきていた。
「下品な料理方法も駄目」
「キッチンは使用前と使用後はいつも奇麗に」
「常識だけれどな」
 しかしその常識が、なのだった。
「こんなに細かく決めなくてもな」
「スポーツだってな」
「ああ、娯楽だってな」
「全部な」
 何でもかんでもだった。とにかく細かくそのルールが定められた。
 野球もであった。乱闘はなくなった。応援もまさに紳士のものだ。
 球場も奇麗だ。ところがだ。
 何かが違った。そこはだ。
「オーウェル殿、頑張って下さい」
「そこで打って下さいね」
「御願いします」
 皆叫ばずそれぞれの席に座ってだ。飲み食いもせずに応援だけをしていた。
 それはサッカーでもラグビーでもだった。どのスポーツの応援でもだ。
 スポーツばかりではなく学校でもだ。確かにいじめもなければ校内暴力もない。授業も整然としていた。しかしであった。
 この国に来た者達はだ。誰もがこう言った。
「人間がいない」
「何も動いていない」
「ショーウィンドウと同じだ」
「何がいるのだ、ここには」
 自然も保護されているが全てが整然と整えられている。野生動物の絶滅もない。しかしその数や日常まで完全に監視されている。
 何もかもがであった。管理されていたのだ。
 人々は笑いもせず怒りもせず涙も流さずだ。葬式の時には自然に涙が流れてそれで終わりだ。そこには何の感情もない。
 そんな国だった。そしてだ。
 全てはクロムウェルが管理していた。政府も議会も裁判所もだ。彼の言葉こそが正義と信じ彼の言葉を実行するだけだった。
「ではこの法案に賛成の方ご起立下さい」
 下院議長が言うとであった。全員すっと席を立つ。そうして。
「満場一致で可決しました」
 これで終わりであった。何もかもがだ。
 そうした国になっていた。確かに豊かで何でもあり文化もある。内戦はおろか差別や民族問題もない。国内のあらゆる民族が平和で平等に暮らしていた。
 だが誰も表情はなくただ動いているだけだった。そんな国だった。
 そうした国になったこの国はだ。何もなくなっていた。あるのはだ。ただクロムウェルの言う道徳と清潔があるだけだった。
 やがて彼が鎖国をし外からの一切の汚れたものを排除すると言った時。この国はもう誰もが知ることのない国になった。
 清廉潔白、だがその先にあるものはだ。人ではなかった。人がいる国ではなかった。ただ機械だけがそこにいたのであった。


清廉潔白   完


                     2010・9・7
 
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