Element Magic Trinity
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呪われし蛇髪姫
幽鬼の支配者。
フィオーレを代表するギルドの1つであり、その実力はフィオーレ最強のギルド、妖精の尻尾と並ぶ程と言われる。ギルドマスターは聖十のジョゼ・ポーラ。
ハートフィリア財閥の令嬢ルーシィをめぐるギルド間抗争によって妖精の尻尾に敗北。その後、“ギルド間抗争禁止条約”を破ったとして、評議院より解散を命じられた。
幽鬼の支配者に所属していた魔導士は各々別のギルドに属すなり、フリーの魔導士として働くなり、それぞれ別の道を歩んでいた―――――。
――――――そして、かつて幽鬼の支配者に属していた2人は敵対する。
1人は、かつて抗争相手だった妖精の尻尾に属し。
もう1人は、闇ギルドである災厄の道化にて遊撃を担当していた。
「風の噂でお前達の事は聞いていたが・・・まさか、妖精の尻尾に入るとはな。よく加入を認められたものだ」
災厄の道化遊撃担当、“氷爆”ザイールは、俯せに倒れ顔をこちらに向けるジュビアを冷たく見下ろした。
「何でザイールさん・・・闇ギルドなんかに・・・」
「闇ギルド“なんか”とは失礼極まりないな。俺は災厄の道化を気に入っている。幽鬼の支配者より居心地はいい」
所属したその日に、1番最初に会話をした相手。
それがザイール・フォルガという青年だった。
そのザイールが闇ギルドに属しているなど、ジュビアは認めたくなかった。
たとえ、張本人が目の前にいて、認めざるを得ない状況だとしても。
「どうして・・・ザイールさん、言ってたじゃないですかっ!闇ギルドなんてバカらしいって!愚かでしかないって言ってましたよね!?」
「ああ、言ったな」
ジュビアの言葉を、ザイールは食事の前に頂きますを言うのと同じくらい当然のように肯定した。
素直に頷かれたジュビアは一瞬戸惑う。
「だが、人の意見が常に同じだとは有り得ない」
だが―――――その戸惑いも、ザイールの氷のように冷たい瞳から放たれる視線が打ち消した。
氷を丸くして黒くして埋め込んだんじゃないかと思う程―――そんな事、魔法があっても出来ないが―――ザイールの目は冷たかった。
ティアとは違う意味で冷たい瞳に、ジュビアは思わず戦慄する。
「今の俺から考えれば、お前達の方が愚かだ。ジュビア・ロクサー」
「!」
魔轟爆陣のダメージが未だに残るジュビアに、ザイールは告げる。
「勝てもしない抗争に勝機を見出そうとするなど、愚かでしかない」
勝てもしない、抗争。
その“抗争”が何を示しているか、考えるまでもなかった。
――――――妖精の尻尾との、抗争である。
「あの抗争に元々勝機なんてなかった。考えれば解る事だ。幽鬼の支配者と妖精の尻尾では実力が違いすぎる」
フィオーレ最強と評されていた2つのギルド。
が、ザイールは2つのギルドが本当に同じくらい強い訳ではないと語る。
「幽鬼の支配者の最強の男はガジルだった。が、対する妖精の尻尾は破門中だがラクサス、正体不明だがミストガン、帰ってくるか解らんがギルダーツ。この3人のうち誰か1人と1対1で戦ったとしても、ガジルに勝機はない。火竜と対等が限界だろう」
確かにそうだった。
途中でティアの乱入があったが、あの時のガジルではナツに勝てなかった。
ただ単に実力だけを見ればガジルの方が上かもしれないが、ギルドへの思いや仲間を傷つけられた怒り、そこに炎が合わさったナツ相手では最強の男の称号も霞んでしまっていた。
「ジョゼもそうだ。マカロフに勝とうなど無謀にも程がある。アイツは自分の実力に溺れ、それ以上がいる訳がないと決めつけていた。だから勝てなかった」
呆れたようにザイールは首を横に振る。
勝てなかったのは事実だ。その結果が今のジュビアだとジュビアは思っている。
だが、あの時幽鬼の支配者の全員が本気で戦ったのも事実なのだ。
「そんなのっ・・・抗争に参加すらしていなかったザイールさんに言われたくないです!」
そう。
目の前で幽鬼の支配者の力不足を語る黒髪黒目黒装束の青年ザイールは、抗争に参加すらしていない。
それなのに抗争について語るザイールに、ジュビアは怒りを感じた。
「確かに。俺は抗争に参加していなかった」
それを、ザイールは再び素直に認める。
そして―――――呟いた。
「抗争の前に、ジョゼによって破門にされているからな」
破門にされている――――――。
その言葉の意味を理解するのに、ジュビアはキッカリ5秒は必要だった。
「え・・・?破門って・・・」
「言っておくが、俺はラクサス・ドレアーのような失態を起こした訳ではない。破門というより、追い出されたという方が正しいだろうな」
「追い出された・・・!?何で・・・」
ジュビアの青い目が見開かれる。
が、当のザイール本人は表情1つ変えず、淡々とした口調で続けた。
「理由は単純さ。俺は抗争に反対したんだ。勝ち目はないから戦わない方がいい、と」
「え?」
「さっきお前に話したのと同じ事をジョゼにも言った。それを聞いたアイツは何て言ったと思う?」
そう言うザイールの脳裏には、記憶が流れていた。
まだ幽鬼の支配者に加入していた頃の、自分が正規ギルドの人間であった最後の日の記憶が―――――。
「マスター!考え直してくれっ!」
幽鬼の支配者、本部。
ザイールは必死にジョゼを説得していた。
つかつかと歩いていたジョゼの歩みが、止まる。
「考え直す?何をです?」
「妖精の尻尾との抗争の件だ!ハートフィリアの令嬢を連れ戻すのは依頼だからともかく、それ序でに抗争を起こそうなど馬鹿げている!俺達と相手の戦力を見れば結果なんて解るだろう!ギルド間抗争禁止条約を破ったという罪でファントムが解散するのが目に見えているじゃないか!」
抗争しようがしまいが、ザイールは本来なら興味を示さない。
―――――が、相手が妖精の尻尾なら、話は別だ。
「相手には妖精女王のエルザや海の閃光のティア、最強候補のラクサスやミストガンもいるんだぞ!?俺達の戦力では到底勝てない!」
相手は自分達と同等か、それ以上の力を持つギルド。
勝てる見込みはない。どちらかといえば自分達は敗北と解散に向かって1歩1歩歩いているような状況である。
「・・・勝てない?」
ジョゼの呟きにザイールは頷く。
足を止めてザイールに背を向けているジョゼはゆっくりと振り返り――――――
「デットウェイブ!」
ジョゼの右手から、怨霊のような魔力が飛び出した。
その魔力は床を割りながらザイールへと向かう。
「がああああっ!」
突然の事に対応出来なかったザイールは正面からデットウェイブを喰らい、壁へと叩きつけられる。
ザイールの体がズルリと床に落ちる前に、ジョゼの右手から放たれた魔力がザイールを壁へと押し付けた。
「くっ・・・」
「勝てない訳がないじゃないですか、ザイールさん・・・あんなクソみてぇなギルドに我々が負けるはずがねぇだろうが!」
「ぐあっ・・・!」
苦しさと痛みにもがくが、脱出出来ない。
相手はギルドマスターであり、聖十大魔道の1人。
聖十の魔法が相手では、ザイールの爆魔術も通用しない。
「いいですか?ハートフィリア財閥の令嬢があのギルドにいるとなると、妖精の尻尾はハートフィリアの財産を自由に使えるようになります。それだけは許せないんですよ・・・我々より強大な力を得る事だけは!」
「そんなのお前の妬みだろう・・・お前の感情1つで抗争を起こす事に頷く気はない!自分勝手だ!」
「ほう・・・」
苦しみと痛みに呻きながらも、ザイールの意志は折れない。
それを聞いたジョゼはピクリと眉を上げ、口角を上げて口を開いた。
「どうしても首を縦に振ってくれないんですね?」
「当然だ!」
「そうですか。それなら・・・」
この時までのザイールは、知らなかった。
目の前で不気味に笑うジョゼが、どれだけ“悪役”に相応しいかを。
「あなたの大切な“あの子”は・・・どうなってしまうでしょうね?」
「――――――――――っ!」
ジョゼの言う、“あの子”。
それが誰を示しているか、ザイールは知っていた。
特別人付き合いが得意な訳ではないザイールの、唯一と言っても間違ってはいない友人。
ずっと、ずっと、生まれてその“力”が明らかとなった瞬間から、彼女の目に映る世界全てに拒絶され、嫌われてきた少女。
その少女が抱えてきた苦しみも、見えない傷も知っているザイールは、無意識のうちに表情を歪めていた。
「貴様っ・・・!」
「おやおや、やはり彼女はあなたにとっては特別でしたか」
自分が放った言葉がザイールにどれだけ重く圧し掛かったのか、目の前で薄く笑うジョゼは解っているのだろうか。
ぐっと唇を噛みしめたザイールの鋭い目に気づいたジョゼは、口を開く。
「怖い怖い。ザイールさんが睨むと迫力があるんですから止めてくださいよ・・・それに、今すぐ彼女に何かしようという訳ではありませんよ?」
「・・・どういう事だ」
「あなたの行動次第では、彼女に危害は加えない、という事です」
「!」
ザイールの目が見開かれる。
そして、ジョゼはあっさりと、そう言うのが当然であるように、ザイールに言った。
「あなたが幽鬼の支配者から消えてくれれば、彼女には何もしません」
幽鬼の支配者から、消える。
つまりは、脱退。
ジョゼが要求するのは、抗争に反対するザイールが、ギルドから抜ける事だった。
「っ・・・!」
ザイールは悩んだ。
「抗争を起こしていいのか?負ける可能性の方が高いんだぞ?」という声が聞こえたと思えば、「でもアイツに危害を加える事に目を瞑ってていいのか?」と別の声が響く。
どっちもザイールの声であり、両方ともザイールの思いだった。
しばらく考えたザイールは、ゆっくりと口を開く。
「・・・俺がギルドから消えれば、アイツには何もしないんだな?」
「ええ、勿論。私としても、彼女にはギルドにいて欲しいんですよ。強いですから」
「・・・そうか」
俯き、考える。
否、考えるまでもなかった。
ザイールにとって大事なのは――――――
「・・・解った。今日の今を以て、俺は幽鬼の支配者を脱退する」
―――――“彼女”の、無事だった。
それを聞いたジョゼは満足そうに魔法を消し去る。
タン、と小さく音を立てて、ザイールは着地した。
「紋章は自分で消す―――――今まで、世話になった」
くるっと背を向け、ザイールは足を進める。
今までずっと傍にいた少女を見捨てる結果となった事を、心の中で謝罪しながら。
―――――俺に次の居場所は見つけられるんだろうか、と、唇の動きだけで呟きながら。
「・・・」
何も言えなかった。
姿を見かけなくなったな、とは思っていたが、こんな事があったなんて知らなかった。
ジュビアは何かを言おうとして、言葉にならずに言葉になる前にふわりと消える。
「結果は俺の言った通りだっただろう?幽鬼の支配者は解散、妖精の尻尾は今も健在。全く・・・滑稽すぎて笑う事も出来ない」
首を横に振る。
その動きに合わせて、黒髪が揺れる。
その表情は呆れているような、薄く笑っているような、一言では説明出来ないような表情だった。
「でも・・・何で、闇ギルドに・・・」
「誘われたからだ。俺達のマスターに。どちらにしろ、正規ギルドは俺には不向きだと抗争の件で知った。ジョゼのような、妬みと憎しみで構成されたような奴と関わるのは好きではない。だが、人間というのは妬みも憎しみも当然のように持ち合わせている。それでこそ人間と呼べるものだ」
長く話したからか、ザイールは一旦区切る。
「だから妬みも憎しみもない闇ギルドへ加入した。闇ギルドは妬みや憎しみなんて“可愛らしい”感情としか思われない。憎しみが無いとは言えないが、俺は正規ギルドより自由だと思っている。まぁ、法律自体を無視している存在だからかもしれんがな」
ククッとザイールは笑い声を零す。
心底楽しそうだ、とジュビアは思った。
ジュビアの知るザイールは、ここまで楽しそうに笑うタイプじゃなかったはずだ。
「あの・・・」
「ん?何だ?ここで再開したのも何かの縁、聞かれれば答えるぞ?」
勿論敵である事に変わりはないからその後で殺すけどな、と。
ザイールは笑みはそのままに呟いた。
その言葉と不釣り合いな表情に少しの恐怖を覚えながら、ジュビアは問う。
「ザイールさんはどうしてギルドに残って抗争を止めようとしなかったんですか?ザイールさんがギルドを抜けてまで守りたかった・・・“彼女”って、誰なんですか?」
少なくとも、ジュビアではない。
ザイールとはギルドに入ってからの知り合いであり、ギルドを抜けてまで守りたいと思われていたとは思えない。
ジュビアのその問いに、ザイールは笑みを消した。
黒い瞳に愁いを宿し、辛そうに、悲しそうに表情を歪める。
「アイツは不幸だった。生まれつきあんな力を持っていたから・・・家族からも見放され、1人で小屋に住んでいた」
ザイールは思い出す。
1番歳が近い事を理由にされ、食事を小屋に持って行った際に、扉の開く音に反応して怯えたような表情を見せた少女を。
びくびくしながら食事を受け取り、警戒しているのか自分の前では食べようとしなかった彼女の姿を。
「俺は・・・許せなかったんだと思う。何も悪くないアイツが、悪い大人に勝手にレッテルを張られて放置されている事が。それに気付いていながら何もしない奴等が。アイツを救う事が出来ない、俺自身が」
だから、あの姿はザイールにとって大きな救いだった。
荒々しく小屋の扉を開けた粗い黒髪の男の顔は強面だったけど、彼女を見捨てた大人に比べれば善人に思えた。
彼女も最初は怯えていたけど、ぶっきらぼうで不器用な中に確かな優しさのある男に、すぐに心を開いた。
「幽鬼の支配者に入って・・・やっとアイツに居場所が出来たんだと安心したんだ。魔導士ギルドならあの力も特別なものではないしな。だから・・・だから、抗争を起こしてほしくなかった。負ければ、アイツはまた居場所を失うと思ったから」
だから必死に抗争を起こさせまいと行動した。
だが、ジョゼに彼女を盾に取られ、行動自体が不可能になった。
結果として抗争に敗北、幽鬼の支配者は解散―――――1番望まなかった状態になってしまったのだ。
「だから・・・俺は許せない。勝てもしない抗争を起こした幽鬼の支配者が!無論、それはお前やアイツの恩人であるガジルも例外じゃない!」
「!」
ジュビアは気づいた。
元幽鬼の支配者の所属で、ガジルを恩人と慕う少女は1人しかいない。
「まさか・・・その、少女って・・・!」
ローズピンクの髪。膝上丈のメイド服を常時着用し、ウエストポーチの中には釘やらネジやらを詰め込んでいる。
未だに妖精の尻尾に馴染めずにいる、ガジルの側近と称する少女。
「・・・ああ」
ジュビアの想像する少女が誰か、気づいたのだろう。
ザイールは頷き、その名を口にした。
「シュラン・セルピエンテ―――――――“呪われし蛇髪姫”だ」
それを聞いた瞬間、ジュビアの脳裏を、かつてシュランが言った一言が過った。
いつだったか、珍しく2人で仕事に行った際、魔物の攻撃を、ジュビアの代わりにシュランが受けたのだ。
怪我を負ったシュランにジュビアが「何でジュビアの代わりに攻撃を受けたの?ジュビアの体は水で出来ているから、ジュビアは無傷で済むのに」と問いかけた時、彼女はこう答えた。
―バケモノの攻撃を受けるのは、バケモノであるべきですから―
後書き
こんにちは、緋色の空です。
中途半端です。すいません。
本当は今回でジュビアとザイールの勝負は終わるはずだったんですけど、予想以上に話が膨らんでこうなりました。
次回には終わるはずです。
感想・批評、お待ちしてます。
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