リメイク版FF3・短編集
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水の巫女の再来・後編
────火のクリスタル祭壇前にも、例の黒く渦巻く次元の裂けたような空間が現れている。
「また………あのマゥスンって赤魔がいたりして、火のクリスタルだけに」
「……いや、それはないかもしれん。"彼"のあの様子からして────」
「あ! 彼女、また先に行っちゃったよ…?!」
「あぁもう、これ何の意味があるのかしら…!」
「エリアが元気になるためかもしれないだろ、とにかく行ってみようぜっ!」
ルーネス、イングズ、アルクゥ、レフィアの4人は、今度は火のクリスタルから成る次元の裂け目にエリアらしき彼女を追って踏み入る。
しかし───その瞬間、意識が混濁し逆流していくかのような凄まじく不快な感覚に襲われ、すぐに気が遠のいてゆく─────
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
(さぁエリア、これからはずっと一緒に……!)
(ルーネス、さん……。あ………?!)
(え、エリア……!? シーフっぽい、黄緑のバンダナした奴がエリアを浚って────)
『はっはー! この美しい少女は貰ったァー!!』
(エリアーーっ!!?)
「────もしもーし、生きてますかー?」
「───へっ、なんだ……?!」
どこかイタズラっぽい男子の声がしてルーネスが意識を戻すと、町の一角らしき場所で自分が倒れているのに気づく。
……そして間近には、茶髪のツンツンはみ出た頭に黄緑のバンダナ、緑の軽装姿でサファイア色の目をした青年が屈んだ姿勢でニヤリと笑い掛けている。
「うわっ、誰だあんた?! てか、さっきの……っ」
「オレですか? 名前聞いてんの? 忘れましたねーそんなもの。シーフでいいですよ、見た目通り!」
「ここ、は? どこ、なんだ………他の、みんなは────??」
「シンキロウの町ですねー。キミのナカマっぽい人らは、そことそこに倒れてますよー」
シーフが指し示した先に、レフィアとアルクゥが俯せているのが見てとれる。
───しかし、それ以外にも人はいるのだが、何故か歩き姿勢や立ったままピクリとも動かない。まるで静止画のように────
「どうなって………いや、とりあえずレフィアとアルクゥを……! 二人とも、起きてくれよっ」
「───ん~、何ようっさいわねー!………あら?どこよここ??」
「う~ん、頭痛い………。あれ、人が………止まってる??」
「なぁ………シーフのあんた、他に二人、知らないか? 二人とも、金髪で………ってまさか、エリア浚ったんじゃないだろうな!?」
「は? えりあ? ───あぁ、あの美少女さんねー。美男子さんもいましたけどー」
「お、おいあんた、シーフだからって二人を盗んだんじゃ……っ」
「ちょっとルーネス、何云ってんのよ……! てゆうか、どうなってるのここ、人が止まって……? 気味悪いんだけどっ!」
「空気の流れや生活音を感じないのが不気味だね……。そこのシーフさんは動くし喋れるみたいだけど────何なんですか、ここは?」
「シンキロウの町だってば。次元の狭間に呑まれて時が止まってんですよ。……オレは動けますよ? 元々この町の住人じゃあないし」
3人の少年少女の疑念にしれっとしたシーフの青年。
「おいあんた、おれの質問に答えろっつの!」
「云いがかりはやめて下さいよー。オレこの町丸ごと盗んでますけど、二人の金髪美男美女さんは町の外行っちゃいましたからねー。
キミ達より先に気が付いたんですぜ? 美少女さんがねー、いきなり町の外行っちゃうもんだから、美男子さんの方はおナカマ起こすより先に追っかけてっちゃった訳ですわ」
「───イングズの奴、おれにはいつも先走んなって云ってんのに、自分がそうしてるじゃんか……!」
「彼女を見失わない為だったんでしょうけど、それでもあたし達起こしときなさいよねっ」
「戻って来ないって事は、何かあったんじゃないかな……?!」
ルーネス、レフィア、アルクゥの心配をよそに、シーフはのんびりと話し続ける。
「───この町の外は深い森になってましてねぇ、視界も悪いし迷いの森ってヤツですよ。しかもですぜ? その奥にはでっい"タマオンナ"がいるんですよー! 危険ですぜーって云おうとしたんですがね、オレには気づかず行っちゃいましたねーお二人さん」
「……行くぞアルクゥ、レフィア! こんなシーフほっといて、エリアとイングズ追っかけねーと!!」
「うん……!」 「……えぇ!」
「あーらら………親切に教えたのに、お礼もナシに行っちゃうんですねー」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
サイズが人の3倍くらいはあろうかという妖艶なタマオンナ………。自らより少し小さいとはいえ、黄緑色の玉を大事そうに抱えているその女の化け物の肌は蒼白く、ほぼ裸体のようで妖しくも美しくもある。
────その"玉"の中に、儚き少女が取り込まれている。
ある青年が、いつも身に帯びている剣で独り救おうと試みるが、強力な魔力によるバリアに弾き返されるばかりか多彩な魔法とステータス異常を連発され、もう身体が云う事を聞かない。
………クリスタルから授かっていた力は、あの旅が終わってから既にクリスタル自体に還り、失っている。
ここに来て、どれだけあの力に助けられてきたかを痛感する。
その力にはもう、頼る事は出来ない。
────自分も、まだまだだな。あいつの事を、とやかく云える立場にない────
「勝手に独りでカッコつけて死ぬなーー!!」
タマオンナ = カロフィステリの強力な魔法の一撃から、ルーネスが体ごとイングズを庇って躱す。
「 ルー、ネス………? 」
「バカヤロー! 独りで立ち向かう相手じゃねーだろ?!」
怒っていながら、そのアメジスト色の瞳は涙に滲んでいる。
「……そーだねー、独りじゃムリあるよねー。だがよく持ち堪えた! ごほーびにラストエリクサーあげよう!」
いつの間にかあのシーフも付いて来ており、瀕死に近いイングズに貴重な回復アイテムを使って全快してくれる。
「あ、有り難い………助かった」
「全く、人には無茶するなとか云って自分がそうしちゃって……! あたしこれでも武器になるハンマー持って来てるのよ!」
「僕だって……! アルスを守れるように、槍の修行してるんだよ!」
レフィアとアルクゥが臆せず前に出る。
「すまない、皆……。取り込まれた彼女を救うのに、頭が一杯だった」
「独りじゃ無理でも、いつものみんなが揃ったんだ! 向かう所敵なしだっ!」
「───ン~、それでもあのタマオンナ相手じゃヤバいぜ? コレ使えよ、オレがあるヤツから盗んだとっときの[アルテマウェポン]!」
つとシーフが、ルーネスに蒼く透き通る刀身のブレードを放って寄こす。
「うおっ、重?! いや、見た目より軽!?」
「ソイツをサクッとタマにやれッ。───ほれ、痺れを切らしたオンナが攻撃してくっぞ!」
「おぉ! 何かよく分かんねーけど、やってやるぜっ! 今助けてやるからな、エリア……!
せぇりゃあぁっ!!」
魔法攻撃をアルテマウェポンで弾きつつ、素早く距離を詰め跳躍して黄緑の玉に大きく斬り込むルーネス。
───するとカロフィステリは声なき声を上げて消滅していき、緑の玉は音を立てて割れ、その中から黄緑の液体に濡れそぼった彼女が出てくる。
「エリア! エリア……! 大丈夫かっ?」
「────ん、平気。見つけたの───あの中で」
彼女は気を失っておらず、その手の中には透き通る蒼い石の欠片が握られている。
「そ、そっか。よく分かんないけど、よかった……っ」
「おいオマエら、用済ンだろ、還れよッ」
何故か口調の変わったシーフが、仏頂面でそう云ってくる。
「何よ、いきなりその云い方はないでしょ! あなたのお陰だったのは認めるけどっ」
「魔法も跳ね返すなんて、すごい剣だよねアルテマウェポン……!」
ちょっとムッとするレフィアと、感心するアルクゥ。
「おぉそうだ、返せよソレ」
「あ、うん………」
名残惜しそうに手渡すルーネス。
「ほれそこ……、出口。さっさと行けよッ」
シーフが顎でしゃくった先には、次元の裂け目が。
「お前は………もしかすると、あの赤魔道士殿と同じ存在か?」
思わず問うイングズ。
「あ? ───知らね。アイツはもう………いねーンだ」
「………そうか、余計な事を聴いた」
「別に。───じゃあな、その女………手放すなよッ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「水のクリスタルを────神殿に戻す」
彼女は唐突にそう云って、水の神殿にて何もない祭壇にほっそりした両腕をかざす。
───すると、水のクリスタルそのものが蒼き清浄な輝きを放ちながら祭壇に出現する。
「わぁ……?! そういえばあの後、水の洞窟は落盤を起こして通れなくなって、水のクリスタル自体どうなったか分からなかったけど………無事だったのね!」
「水のクリスタル本体を移動させたって事は、やっぱり彼女はエリアさんで間違いないんじゃ……!」
「とーぜんだろ! エリアは水の巫女なんだしな!!」
「ふむ……、しかしますます判らんな。水のクリスタル自体なかった神殿に、彼女が唐突に現れていた理由が────」
「細かい事気にすんなよ、イングズ! あとこのまま水と土のクリスタル巡ってけば、きっとエリアは元のエリアに戻るんだっ!」
レフィアとアルクゥは驚嘆し、イングズは疑念が晴れず、ルーネスは信じて疑わない。
「………水のクリスタルよ、わたしを導いて────」
ふと彼女が呟くと、祭壇前に次元の裂け目が現れる。
────彼女は何の躊躇いなく先行する。
「や、やばい、また見失うかも……! おれ達も早く行こうぜっ(───うわっぷ?! いきなり水の中……!? く、苦し……っ)」
海底のような暗がりに突如ワープするルーネス達。
(エリ、ア……?! まって、くれ……え、りあ────)
彼女は先へどんどん浮上して行くが、ルーネスの意識は海底に沈みゆく─────
『ルーネスさん………ここにいますよ、わたしは────』
(エ……リア? に、人魚? エリア、人魚になってる………??)
『さぁ、行きましょうルーネスさん。海底神殿へ………そこでずぅーっと、一緒に─────』
「えりあ………! むちゅ~~っ」
「────やめろ馬鹿者ッ」
ペシッとデコをはたかれた目の前には────
「………あ? 赤魔!? てか………イングズ?? 何で、赤魔道師になってんだよっ」
「お前こそ………自分の姿を見てみろ、戦士になっているぞ」
「───うおっ、ほんとだ!? ジョブチェンジの力は、なくなったはずなのに……?」
「それがな、今のジョブ以外にはチェンジ出来ないようなんだ。───"ここ"では、我々の常識は通用しないという事だろう」
「ふ~ん……って! エリアは?! レフィアとアルクゥも────」
「レフィアは風水師、アルクゥは学者に固定されていてな。二人は姿の見えない彼女を捜して町に出ている」
「町……? そういやここ、宿屋か? 何の町だよ」
「水の町、オンラクというらしい。近海は常に荒れ、天気も優れない日が最近では多いそうだ。……町の人の話によれば、"海魔"に襲われる事も多くなり、それも水の源のクリスタルの力が弱まっているせいらしいんだが────」
「……あ、ルーネス! 目が覚めたのね?」
そこへレフィアとアルクゥが勢いよく部屋に入って来る。
「おっ、二人とも! エリア見つかったか?!」
「それがね………エリアさんは見つからなかったんだけど、町の近くの海岸で3人の人が意識ない状態で倒れてたんだって……!」
「その中に、つい最近会ったシーフの人がいたのよ……! 別の部屋に町の人達が運んだから、あんた達も来て!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「────う、ん……? きゃ! あ、あなた達は………だれ??」
3人の内、先に目覚めたのは白魔道士の少女のようで、肩程の黄髪とエメラルド色の瞳をしている。
「えっと、おれ達は────?」
「通りすがりの、旅人のようなものだ」
ルーネスが言葉に迷っている所へ、イングズが助け船を出す。
「マゥスン!? あっ、違う………赤魔道士の格好が、似てるだけ……??」
「ふぁっ? マゥスンさんが、お帰りになったんでスくわ……?! はれ? 赤魔さんはいまスけど、髪の色と長さが違いまスねぇ??」
白魔の少女につられて、とんがり帽子を深く被って紺のローブを口元まで着込み、黄色く丸い双眼だけが覗く素性の知れぬ黒魔道士の男の子も意識を戻す。
「え……? あなた達、イングズを見て何云ってるの? それに、マゥスンって────」
「ンだとぉッ!? 戻って来たのかマゥスン!!」
今度はレフィアの言葉に反応して、あのシーフらしき青年も目覚める。
「────ッて、よく見りゃちげェじゃねーか! 紛らわしいヤローだなッ」
「も………申し訳ない」
「イングズが謝る事ないだろっ? 大体何だよ、シーフのあんた! ちょっと前におれ達と会ったばっかじゃんか!」
ルーネスがそう主張するも、ツンツン茶髪に緑のバンダナをしたサファイア色の目のシーフは素っ気ない態度をとる。
「あぁ? テメーらなンざ知るかッ!……おいシファ、ビル、どーなってやがる? オレらは水の町目指して船で ────」
「あっ、そうだよ! わたし達、大きな海のモンスターに襲われて……!」
「ふひゃあっ、そういえば海に転落したんじゃなかったでスか……?!」
「は、話が見えるような見えないような……? とりあえず、お互い話を整理しましょうか?」
何とか場を取りなそうとするアルクゥ。
────白魔の少女はシファ、黒魔の男の子はビル、そしてシーフの青年はランクというらしい。
こちらも自己紹介しておくが、シーフは全くこちらに見覚えないらしい。
「蜃気楼の町にいたシーフとは、同じようで違う存在なのかもしれんな………」
仲間の3人に、そっと述べるイングズ。
「うまいコト水の町に着いたってンなら話は早ェ、さっさと水のクリスタル見っけねーと……ッ!」
「うん、そうだね。マゥスンがいなくても………わたし達に今できる事をしなきゃ!」
「そうでスとも、マゥスンさんが安心して戻って来れるようにしまセんと……!」
「なぁ、さっきからマゥスンマゥスンって………その赤魔、どうしたんだっ?」
「テメーらにゃカンケーねェだろ! おらシファ、ビル、行くぜッ」
「海魔だー!(かいま)共が、町を襲って来たぞー!!」
「「 ───── !?」」
7人の若者が宿屋から外へ飛び出すと、小雨と強風に見舞われている町の港では大騒ぎになっており、様々な海の魔物達……"海魔"が居住区まで迫らんとしていた。
「くそ、エリアがまだ見つかってないのに……!」
「とにかく今は、町の人々の力となろう」
そう云って剣を手にするルーネスとイングズ。
「あたし風水師でよかったわ……、これなら武器も魔力も必要ないものっ」
「僕は学者だけど、アイテムダメージならお手の物だからね」
レフィアとアルクゥも身構える。
「……は~ん? オマエら割とやれそーだな。メンドーだが、ジャマもんは蹴散らすまでだッ。いくぜビル、シファ!」
「はいでス……!」 「……うん!」
武器を手に戦える町の人々と共に様々な海魔、ゼリー状の青いプリン、半魚人のサハギン、メデューサのような頭部を持ったシースネイク、かまいたちのように渦巻く水塊のウォーター、海で帰らぬ者となったアンデッドらを迎え撃つ7人の若者達。
「おらァ! テメーらザコなンざ相手してるヒマねーンだよッ!」
シーフは短剣の二刀流で海魔共を持ち前の素早さで蹴散らしてゆく。
「お願い、安らかに眠って……! <アディア>!」
白魔道士の少女はアンデッドへ向け聖なる光を与え消失させていく。
「海魔にはやっぱり、雷属性でスよね……!<サンダラ>!」
黒魔の男の子は小柄ながら威力の高い黒魔法を放つ。
「へぇ、やるな~あの3人……?」
「呆けている場合かルーネス、我々も行くぞ!」
「お、おぉ!……でぇりゃあっ!」
ルーネスは得意の踏み込みで海魔達をほふり、イングズは剣に雷属性を付加させ斬り伏せてゆく。
「ふふっ、いくわよ………<氷柱>!」
「……これでもくらいなよ、[ゼウスの怒り]!」
レフィアは風水術で鋭利な氷塊を出現させ串刺しにしていき、アルクゥは雷属性の魔力を宿したアイテムを投げつける。
「────ふぅ、これでひと通り倒せたかっ?」
「旅の人達……、あんたらのお陰であれだけの数を何とかできたよ。ありがとうな」
「……しっかし、いつまで続くのやら。原因は海底神殿にあるらしいが、人魚の持ってる[空気の水]がなけりゃ行きようがないしなぁ」
「その人魚も、最近では見掛けなくなってしまったし────」
町の人々は口々にそう云いながら、普段のやるべき事にそれぞれ戻ってゆく。
「人魚? 空気の水? 海底神殿………あー!? もしかしてエリアは、そこに……っ」
「ンだようっせェヤローだな! よーするに海底神殿行きゃいーンだろ、そこに水のカオスがいやがってクリスタルが……ッ」
「ふぁ? あそこにまだ何かいまスよ……!?」
「あれって………? ねぇランク、波止場の方を見て!」
「あ? ンだよビル、シファ、海魔がまだ残っていやがったか………ッて、何だアイツ??」
────先程まで海魔しかいなかった港に、長く美しい金色の髪をなびかせた上半身裸体の、下半身は蒼い鱗に覆われた尾ひれとなっている人魚が横座りの姿勢で現れていた。
「ちょ……っ、あれってエリア?!」
「えぇ!? 確かに似てるけど、違うんじゃ………??」
「む、またしても目のやり場に困る姿に────」
「エリア……! エリアだよ! よかった………無事だったか!?」
レフィア、アルクゥ、イングズの云う事は放っておいて思わず駆け寄るルーネス。
『これを────あなたに』
人魚がふと差し出してきたのは、小さめのクリスタル瓶に入った無色透明な液体………?
『[空気の水]と呼ばれるもの────地上のヒトがこれを振り掛ければ、体中に"膜"ができてそこから限りない空気を作り出し、海流に流される事もなく自らの意思で自由に行動や会話ができ、効果は海中にいる限り続く────
どうか、あなた達の力で、水のカオスに囚われている人魚達を救って。そして………水の源のクリスタルの輝きを、取り戻して────』
「え、エリア……? 待ってくれ! 何で、君がそんなこと……っ」
[空気の水]を手渡し話し終えた直後、人魚は荒海を物ともせず海中に姿を消す────
「………おい、それ使って海底神殿行けンだろ、よこせッ」
シーフがぶしつけに要求してくる。
「イヤだっ、これはエリアからおれが貰ったんだ。おれ達がこれ使って行く!」
「ナメたクチきくなガキ! 水のカオスはオレらが倒すンだよッ!!」
「ガキってゆーな!? あんただってまだオトナじゃなさげじゃんっ!」
「ンだとォ……ッ?!」
「そこまでだ、二人共。───ここはひとつ、協力していこう」
赤魔のイングズが二人を制し提案する。
「そうだね、でも………全員で町を離れたら、その間海魔からの町の防衛が心配になるね」
「……ならアルクゥとあたしは町に残りましょ。あたし達が抜けてもあなた達5人なら大丈夫そうだものっ」
イングズに続いて述べるアルクゥとレフィア。
「オイ! 勝手に話進めンじゃ……ッ」
「わたしも、その方がいいと思う」
「ふぇっ、シファさん……?」
「わたし達で無茶したら、戻って来るはずのマゥスンを誰が迎えてあげるの?」
───白魔の少女の言葉に、黒魔のビルとシーフのランクは押し黙る。
「………おれ達は人魚のために、あんた達は水のカオスを倒すって事で、協力しようぜ?」
「────けッ、しゃーねェな。ンじゃとっとと[空気の水]使って、海ン中飛び込むぜッ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
青暗い海底神殿、水のクリスタル祭壇────
………そこでは、何十匹もの人魚が大きなシャボン玉のような泡の檻に囚われ、祭壇前には水のクリスタルを認識できないほど真っ青な触手だらけの巨体で、海坊主のような頭と醜悪な顔付きの"水のカオス"が立ちはだかっており、一匹の意識ない人魚を触手に捕えている。
「エリア……?! てめぇ、エリアを放せ!!」
「ルーネス待て、独りで先走るな……!」
イングズの制止も聞かず、限りない[空気の水]の膜に守られ水中を素早く泳ぎ進んで触手自体を斬り離そうとするが、別の触手に鋭く弾き返される。
『フォフォ……我ノ一番オ気ニ入リノ人魚ニ手出シハサセヌゾ。水ノ欠片ヲ司ッテイルノハ、オ前デハナイナ…?』
「あぁ、そのガキじゃねーよ。オレだぜ、テメーを倒すのはなッ!」
挑発するような態度をとるシーフ。
『礼儀知ラズナバカリカ、オトコトハナ……。マァ良イ………オ前ヲ亡キ者トスレバ、水ノクリスタルノ力ハ完全ニ我ガ物トナルノダ……!!』
幾つもの触手を伸ばして5人の侵入者を絡め捕ろうとする水のカオス。
「そうはいきませんでスよ……!<サン…っ」
「ビル、ちょっと待って……?!<バサンダ>!」
「<サンガー>!!」
黒魔道士の男の子が思い切り放った雷属性の上級黒魔法は、水のカオスだけでなく周りの者にまで効果が及んでしまうが、
直前に白魔道士の少女が雷属性軽減魔法を放ってくれたお陰で、大事に至らずに済む。
「ふえぇ、すみませんでス! 水中だって事忘れてましたぁっ」
「……これでは捕われたままの彼女にまでダメージが及んでしまう、雷属性の黒魔法は控えた方がいい」
赤魔道師の青年に云われ、気を取り直すビル。
「わ、分かりましたでス! じゃあせめて、物理攻撃が得意そうな皆さんに攻撃力アップを……<ストライ>!」
「わたしは防御白魔法を……<プロテス>!」
黒魔法と白魔法の援護のお陰で戦士ルーネス、シーフのランク、赤魔のイングズは強力な斬撃によって水のカオスを追い詰めていく。
「さっさとエリアを放せよ、このイカタコヤローっ!」
『フオ゙ォ?! 我ノ人魚………我ノ娯楽ヲ奪ワレテナルモノカ……!』
───突如、ガバッと裂けたおぞましい口から濃密な黒い墨を広範囲に吐き出す水のカオス。
「ンな゙……!? くそッ、何も見えねェ……!」
5人の人間の視界を奪った水のカオスは白魔法で回復する隙を与えず、連続で容赦ない触手の打ち付けによって反撃すらさせずに、さらに全員を触手で絡め捕って体の自由を奪い絞め殺さんとする。
(ゔぅ……! あのクラーケンと似た奴に、またエリアを奪われるなんて、イヤだ……っ。彼女を取り戻すまで………何度だって、助けるんだ……!!)
《────ユメのナカでナンドもカノジョをスクったトコロで、ホントウのカノジョはスクえはしないよ────》
(ユ………メ? ちがう、そうじゃない、"これ"は────っ)
「オレらは………オレは、アイツを迎えに行かなきゃなンねーんだよ……。テメーみてェなタコなんぞに、構ってるヒマはねーンだッ!!」
───光が迸った。視界が、晴れてゆく……?
あのシーフが、いつの間にか触手から解放されておりその手には、自身の等身より二倍以上はある蒼く透き通った刀身の大剣を持っている。
その剣が放つ蒼き清浄な輝きに水のカオスは身悶え、他の4人と1匹の人魚を触手から手放していく。
───刹那、サファイア色の瞳のシーフはクリスタルブレードを縦一直線のひと振りで水のカオスを真っ二つにし、そこから巻き起こった光の渦と共に跡形もなく消滅させる。
………それを見届けるかのように、シーフの左手に握られていた大剣も光の泡となって消失する。
「ランク、すごい……!」
「ふえぇ、ランクさんかっこいいでスぅ……!」
仲間の白魔の少女と黒魔の男の子は、彼の勇姿に思わず見とれる。
「────エリア……?!」
他の二人は、水のクリスタル祭壇前に沈み込んだ1匹の人魚の元に降下する。……他に囚われていた人魚達は、水のカオスが倒されると同時に泡の檻から解放され、輝きは失ったままの水のクリスタルの周りをゆっくりと泳ぎ廻る。
「エリア……! 死なないでくれ、エリアっ! イングズ、赤魔だろ?! 回復魔法を……っ」
「───先程から掛けているが、これだけでは駄目なようだ」
「任せろよ、オレに………」
その時、シーフがおもむろにやって来て、利き手らしい左手の平に小さな水のクリスタルの欠片を出現させ、その内に秘めた淡い光を水の源のクリスタルそのものに掲げる。
────すると見事に本体に蒼き清浄な輝きが戻り、海底に光が溢れていきそれを喜んだ人魚達が美しく海中を舞う。
そして彼女も───暖かな光に触れて意識を戻す。
「エリア……! よかった……っ」
人魚と化している彼女は、間近のルーネスよりシーフの青年の方へ近寄ってゆく。
「ほら……これだろ。返すよ───アンタに」
彼は、蒼き輝きを湛えた水の欠片のクリスタルを、ふと彼女に手渡す。
「───ありがとう。また………逢えるといいですね、彼に」
「あぁ、───あとはアンタの望むようにすればいい」
「ちょ……何だよおまえ! 気安くエリアに話し掛けんなっ」
「よしておけ、彼と彼女にしか判らない事に口を挟んでも仕方ない」
「そ、そんなことない……!」
イングズのたしなめに反発しようとするルーネスだが、彼女の方からふと口を開く。
「────もう、ここに用はありません。行きましょう」
「ちょっと……! あたし達を置いてくんじゃないわよ!」
「そうだよ、待ってよ3人とも……!」
そこへ、[空気の水]を使って海底神殿までやって来たレフィアとアルクゥも合流する。
「結局あのあと海魔達襲って来ないみたいだったから、加勢しようと思って来てみたら………終わってたのねぇ」
「うーん、とにかくみんな大丈夫そうでよかったよ。戻るんでしょ? 元の場所に」
────祭壇前に次元の裂け目が現れているようだが、少し前と違って黒く渦巻いておらず、白く輝いた空間がぽっかりと空いてる。
「残るはあとひとつ ──── 土のクリスタルです」
彼女の姿もいつの間にか、人魚から元に戻っている。
「エリア……、やっぱり元の彼女に戻ってきたんだ。イングズも気づいたろ? 口調が前と同じだ……!」
ルーネスは嬉しさを隠せない。
「最後の土のクリスタルの元に行けば────最終的に感情が戻り、エリアという彼女が元に戻る………?
(そうなのか、本当に)」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「────エリア……、水の欠片が3つ、君に戻ったから、思い出してるんじゃないか? あの時のこと………。おれを庇った事で、君は────」
「水の巫女として、当然の事をしたまでです。
────光の戦士を、1人でも失うわけにいきませんから」
彼女はルーネスに背を向けたまましっかりとした口調で話すが、感情は込もっていない。
「それにわたしは────あの場で死ななくても、近い内に死んでいたでしょう。───同じ事です」
「けど君は、こうして生き還って……!」
「わたしは生き還ってなどいません。───既に死んだ存在です」
「なら……今の君は何だっていうんだよ…!?」
「────わたしは、生き還りたかったわけではありません」
土のクリスタル祭壇前に現れていた、白く輝く次元の裂け目に1人毅然と入り込む彼女。
「わからないよ……エリア、君はいったい……っ」
「分かるわよ、きっと。この4つ目のクリスタルの"先"へ行けば────」
「そうだね……、それがもし耐え難い事でも、僕らは受け入れないと」
励ますように云うレフィアとアルクゥ。
「 …………… 」
「ルーネス、彼女が望むようにしてあげるべきだ。
────行こう、そして見届けなければ」
肩に手を置き、静かに語り掛けるイングズ。
「 ………うん 」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
─────そこは、妙な空間だった。周囲は暗闇に包まれているのに、比較的高い位置にある蒼白く荘厳なクリスタルの王座のある円形の空間は、淡い光に満たされている。
その王座には────彼女が座っていた、眠るように。
そして、それを見上げるように佇んでいるのは─────
『夢を視た………、彼女の夢を。望んでいた………生き還るのではなく、生まれ変わる事を』
「あんた……まさか、あの赤魔道士……?」
目を見張る銀髪の少年。
『────違う、"彼"はもういない筈。私は───彼ではない』
おもむろに振り向いたのは、黒曜石のような黒い瞳を持ち、長く雪のように白い髪、無感情でありながら端正な顔立ち。
────羽根つき帽子はしていないが、風のクリスタルの"先"で逢った、目の色の異なる赤マント姿の彼と、酷似している。
「では問うが………、貴殿はシーフのランクという男を知っているか?」
『 ────── 』
不意に金髪の青年が問うが、彼は答えないかわりに背を向ける。
「ちょっとイングズ、そっちも気になるの分かるけど今は彼女でしょ……!」
「そうだよ、クリスタルの王座に座らされていったい何を……?」
戸惑いを隠せないオレンジ髪の少女と茶色い髪の少年。
「彼女のままじゃ………エリアのままじゃ、ダメなのか?」
銀髪の少年が、再び口を開く。
「"生まれ変わる事を望んでた"って………じゃあ、今の彼女の姿は────!」
『<カオスの渦>に囚われていた彼女を、引きずり出した。────私が』
「 カオスの、渦………? 」
『カオスのもたらす呪いによって死んだ彼女は輪廻転生する事を許されず、カオスの渦に囚われたまま彷徨っていた。
────そなたの夢を通して、彼女の声を聴いた。だから………私が引きずり出した』
緩やかにこちらを見やる彼。
「おれの………夢を、通して────?」
『カオスの渦から引きずり出しただけでは駄目だった。彼女は、抜け殻のようになっていた。────それで、4つのクリスタルの力を借りる事にした。転生させるには、"エリア"という彼女であった証である"核"が必要だ。
────試練を課し、4つの水のクリスタルの欠片を揃える事で、転生の資格を得させる』
「………そっか、そういう………事だったんだ」
「でもそれなら、4つ目の欠片はどこなの? 彼女は今、眠っちゃってるみたいだし────」
理解の早い少年と少女。───銀髪の少年は押し黙っており、そんな彼に金髪の青年は背後から肩に手を置いている。
『────4つ目の欠片は、私の"中"にある。殺せばいい、私を』
「「 え………? 」」
あくまで彼は、無感情に告げている。
「あんた………あのランク達の、仲間なんだろ。あの3人、あんたの事すごく心配してたぜ。あいつらの元に還んなくていいのかよ……!」
『問題ない。───あれはクリスタルの記憶の元にすぎない。既に────終わった事だ』
「だからって……! じゃあ、あんたは何なんだよ! エリアを救おうとしてくれてるからって、そんな……っ」
『気にしなくていい。────彼女の望む通りに、してやればいい』
「出来るか! おれが望まない!! おれはエリアに………あくまで"エリア"に生きてほしいんだから!!」
『なら────そなたの命を、彼女の欠片にするまでだ』
つと、細剣を引き抜く赤魔道士。
────そして瞬時に距離を詰め、容赦なく銀髪の少年の心臓へ向けて剣を突き立て────
「 ─────っ! イン、グズ………?」
間に割って入った彼は剣を手に、赤魔道士の胸を刺し貫いている。
「お前がやらないなら、私がやるまでだ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
何故、今になって────"何が"、わたしをカオスの渦から引き出してくれたかはわかりません。
でも"誰か"が………わたしの事を強く想っていてくれたから─────
それに気づいた"何か"が、わたしにきっかけを与えてくれたのかも─────
(君のままじゃ………エリアのままじゃ、ダメなのか?)
────水の巫女としての誇りは持っています。その命としては、全うしました。だからこそわたしは、転生を望みます。
あらゆる生命のひとつとして、また生きてみたいのです。
だから………ルーネスさん、あなたはもう、自分を責める必要はありません。
わたしに対する自責の念から、解放されて下さい。
失われてしまった者たちの分まで ────
今この時を愛する人々の為に、
"自分"を生きて ─────
「ありがとう、エリア。おれ………生きるよ、今を」
END
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