少年少女の戦極時代Ⅱ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
オリジナル/ユグドラシル内紛編
第58話 あなたのおかげ
月花はヘキサと貴虎を抱え、そっと地上へと下り立ち、彼らをヘルヘイムの廃墟の一つに下ろした。
地面に足を着けたヘキサが不安げに月花を見上げる。月花は(ヘキサに伝わらないが)笑って、ヘキサの背を押した。
まろび出たヘキサの、両の二の腕を、しゃがんだ貴虎が掴んだ。
「大丈夫か? ケガは? 痛いとこはないか?」
「うん。咲が助けてくれたから」
貴虎の目が月花に向く。十中八九、空を翔けたこのアームズが信じられないのだろう。咲自身、よくこのタイミングで飛行アビリティ付きのロックシードを引き当てたと、我ながら感心しているくらいだ。せいぜいヘキサのクッションになればいい、ぐらいにしか思ってなかったのだから。
『ヘキサのおかげだよ』
ヘキサがいれば空だって飛べる。いつかそう言った。ヘキサはそれを咲に叶えさせてくれたのだ。
「……ううん。咲のおかげよ。本当に空、飛んでくれたね」
『ヘキサがいっしょだったからだよ。ヘキサのためだから飛べたんだよ』
少女たちは両手の指を絡め合い、握り合った。
碧沙が身を投げた時、貴虎は動けなかった。
だめだ助からない、と瞬時に弾き出し、諦めた。光実がその場にいても同じだっただろう。
その中で咲だけが碧沙を追いかけて飛び降りた。
コドモの怖いもの知らず、と切り捨てるのは容易い。だが貴虎は、室井咲がそんな直情的な性格でないことも、これまで僅かな付き合いながら知っていた。
室井咲は本気で碧沙のために死のうとした。
自らの身を盾にしてでも、碧沙を死なせまいとした。
(俺には、できない。兄の俺より、室井咲のほうがずっと碧沙を想っていた)
不意に咲の変身が解け、倒れた。碧沙が受け止めたが、碧沙も咲を支えきれず膝を突いた。
「兄さん…っ」
「室井君、室井君!?」
慌てて碧沙から咲を受け取り、寝かせるようにして抱える。
「へ、いき…ちょ、と、キンチョーしてた、から…」
咲はそう言うが、この息切れと苦しげな様子は明らかにそれだけではない。
(そういえば以前、凌馬が言っていた。他の装着者より幼いこの子には、ドライバーがロックシードから引き出す力を抑制している可能性があると。今のヒマワリが全力だとしたら、この子の体にかかった負担はどれだけ……)
そんな場合ではないと理性では分かっていても、やはり貴虎は敗北感に打ちのめされた。本当に、この少女はどこまで碧沙を想っているのか。
「ごめんっ。ごめんね、咲。わたしのせいで。わたしがばかなことしたからっ」
「ヘキサのせいじゃないよ…ヘキサのおかげだよ。それに、光実くん言った…どんなチカラにもリスクはツキモノって…だから、ね?」
涙を浮かべる碧沙の目尻を、咲は親指でなぞって拭った。咲は、笑っていた。
「あたしのことより……これから、どうするの?」
咲が貴虎の腕から起き上がる。まだ顔色は優れないが、普通にしゃべれる程度には回復したようだ。
「まず何よりも、この“森”から出ないといけないな」
「あたし、チューリップビークルもってる。クラックあけられるよ」
「ならクラックから出て、それから光実の見舞いだ。結局、入院してすぐは行けなかったからな。その後で葛葉と会って今後の対策会議をしよう」
なりゆきとはいえ、ユグドラシル・コーポレーションから逃亡したとなった。のこのこ戻って許されるはずがない。そもそも凌馬に実権を奪われたユグドラシルに貴虎の居場所があるのか。――今は考えない。
今、貴虎がすべきは、この子供たちを無事、家に帰すことだけだ。
「え? シドさんが兄さんのかわりにって来てたけれど」
「シドの奴、よけいな真似を……」
「ま、まあまあ。それだけシドさんも光兄さんのこと気にしてくれたんじゃ」
「あいつの『気にする』『気に入る』のたぐいはタチが悪い! いいか碧沙、室井君も、奴を見かけても今後二度と声はかけるな近寄るな。お前たちのような未来ある若者が奴の毒牙にかかることは断じてあってはならん」
「「は、はぁい」」
「よし」
貴虎は満足して、つい掴んだ碧沙と咲の肩から手を離した。
後書き
自分で書いててアレですが、まだシドさんいたんだよなあこの頃、と感慨にふけってみたり。
空を飛ぶ。人類最強最古の夢。それを叶えた少女には体に代償が求められました。
元々ないはずのアームズを引き出すくらいには無茶しましたからね。
それでも咲は「ヘキサのおかげ」と言うのです。気遣ってではなく、心から。
皆さんには、「この人のためなら空だって飛べる」という人はいますか?
自分にはまだいません。そんな人と出会える日が来るといいなァ。
ページ上へ戻る