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少年少女の戦極時代Ⅱ

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オリジナル/ユグドラシル内紛編
  第55話 本当に欲しかったのは


 ノック音がするたびに貴虎は期待してしまう。
 いつもの笑顔で凌馬が入って来て「やあ貴虎。もう妹君の件は終わったから、一緒にオーバーロードを探そうか」と言ってくれるのではないかと。

 戦極凌馬を知る人間からすれば、そんな彼はありえないと100%否定されるであろう、そんな空想が瞬いては消える。

 だからその時のノック音にも、実は心臓を一拍跳ねさせて「入れ」と答えた。

 入って来たのは当然、凌馬ではなかった。だが、貴虎を驚かせる来客だった。
 オフィスに入って来たのは、妹の親友で、葛葉紘汰と共に同志と見出した、室井咲だった。

「どうして君がここに」
「学校ギョージで、夏のインターンシップ前の下見。沢芽市っていったら、みんなユグドラシル・コーポレーション希望だから。見学に来てから、こっそりぬけ出した」

 咲は貴虎が座るデスクの前まで歩いて来た。

「ずっとまったよ。真正面から入れるこの日。――ヘキサ、いま、どうしてる?」

 それを問うためだけに、この少女は正当な手続きを踏んで自分に会いに来た。

 貴虎はオフィスチェアを立った。

「場所を変えよう」




 どうせサボるなら徹底的に、と思って、貴虎はタワーのヘリポートに咲を連れ出した。
 こんな場所に開発部主任と見学の小学生がいるとは社員も教員も思うまい。これで誰にも邪魔されず話せる。

「こーゆーフリョーなことするなら、ヘキサとか光実くんとか、もっと自由にさしてあげたらよかったのに」
「返す言葉もない」

 清廉潔白でサボリや怠けとは無縁と思われがちな貴虎だが、決してそんなことはない。こうしてヤケになることもあれば、周囲を思いきり困らせてやりたい時もある。

 貴虎は空を見上げた。あの日もこうして、ダンデライナーに乗って持論を叫ぶ葛葉紘汰を見上げていた。

「碧沙には私もあれから会っていない。乗り込もうとしたが、凌馬の息のかかった社員に邪魔をされてな。寝泊まりは市内のどこかのホテルでさせているらしい。家にも帰されない」
「そーゆーの、ミセーネンリャ…クシュ? とかでケーサツにかけこんじゃえばいいじゃん!」
「警察に駆け込めないだけの秘密を我々は抱えている。それ以上に、凌馬が研究しているのは、人の身のままヘルヘイムに抗う術だ。それさえ確立されれば、人類の全てを救済する道が開ける。ドライバーで救える10億人より多い、70億人を救える手立てが碧沙の中にはある」

 だがそれは同時に、妹の犠牲を黙認することを意味していた。凌馬が実験台を綺麗なまま返すはずがないことを、長い付き合いから知っていた。


 人類か、きょうだいか。
 60億人か、一人か。


「人類のためなら、妹はみすてるの?」
「他に選択肢がない。オーバーロードを探すにも、碧沙が凌馬の手の内である以上、下手に動けない。どうしようもないんだ」

 反発されるだろうと、貴虎は咲を見やった。だが咲は唇を固く結ぶだけで、何も言い返して来ない。
 言い返して来ないことに失望し――貴虎は、自分が咲に期待していたと自覚した。

「私は、ひどい思い違いをしていたらしい」
「お兄さん?」
()()()()()()()()()、お前たちみたいな存在が現れて、何もかも解決してくれると勝手に信じ込んでいた」


 誰よりも、呉島貴虎が、誰かに救ってほしかった。

 常に二者択一を迫られる貴虎に、第三の方法を示してくれる、救世主のような存在を待っていた。悲劇のヒーローぶって、これ見よがしに諦めを呈して、怠惰に待つだけだった。

 思えば葛葉紘汰や室井咲に手を伸ばしたのも、そんな根底の動機があったからだ。貴虎に選択ではないやり方を示してくれた彼らに、貴虎こそが救われたから。


「そっか……そーゆーんでいいんなら、うん、あたしも紘汰くんも、なれると思う」

 咲は貴虎の前まで来ると、彼の手をきゅっと握った。妹とそう変わらない大きさの手。こんな小さなものが何よりも暖かい。

「って、あたしに言えたギリじゃないけど」
「それを言うなら、俺こそそうだ」

 貴虎も、咲も、碧沙のことがあって紘汰への協力を一方的に断った。一度は繋いだ紘汰の手を、手前勝手で振り解いた。

 両者の間に漂う、皮肉な共感の沈黙。それを破ったのは、ヘリポートへ出るドアが激しく開いた音だった。

「ヘキサ……」

 青いお仕着せに身を包んで息を切らしているのは、まぎれもなく、貴虎の妹で、咲の親友だった。 
 

 
後書き
 学校行事中に児童がいなくなる=先生大迷惑の大混乱
 まあそれは置いといて。

 貴虎兄さんはこんなことになっても凌馬を思い切れないでいます。これは、裏切りは裏切りでも決定打といえる「攻撃」がなかったからですね。原作のアレなら疑う余地もないですが、こっちはマイルドだったので、ねえ?

 咲がユグドラシルに、正当な手段で、乗り込んできました。これは紘汰が受付で拒否されたのの対比になります。
 学生ならではの抜け道。おそらくこの時期ではないかと思いまして→インターンの下見。

 そして前回で走り出した碧沙と道がクロスするわけです。 
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