少年と女神の物語
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第七十一話
今、俺は温泉に入っている。
理由は特に無い。強いて言うなら、疲れたからお風呂に入りたかった。ただそれだけだ。
とまあ、ここまではいい。ここまでは・・・
「なんで、こうなったのかな・・・」
「何を言っているんだ、武双?」
「いや、な。何で俺は、リズ姉と一緒に温泉に入ってるのかな、と」
温泉に浸かっている俺のすぐ隣には、リズ姉が浸かっている。
当然のように、堂々と、普通に。
まだマリーの方が普通の反応するぞ・・・
「はぁ・・・リズ姉がこんなんなのに、もう馴れた俺がいるぞ・・・」
「何年姉弟やってると思ってるんだ?馴れて当然だろう」
「だよなぁ・・・昔ッから、リズ姉はこうだったもんなぁ・・・」
いや、まだあのころは問題なかった。
俺は小学一年、リズ姉は小学二年だ。俺の年も年だったから、普通のことではないかもしれないが、家族で風呂に入ることもあった。
まだ問題の無い年齢だったと考えていいだろう。いい・・・と思う。俺も普通の家族って物は知らないから、なんとも言えないけど。
でも、これだけは。
「なあ、リズ姉」
「なんだ?」
これだけは、間違いないって言える。
「やっぱり、この年になって一緒にお風呂、ってのはおかしいと思うんだ」
「まあ、そうだろうな」
「分かってたんだ」
「当然だろう。まさか、私がその程度のことも分からないと?」
「まあ、現状から考えて」
今の状況。
腰にタオルを巻いている俺の横で、タオルも何も纏わずに風呂に浸かっているリズ姉。
さて、この状況でリズ姉に自覚があると考えてよいのだろうか?いいわけがない。
「それに、その年になって家族と一緒に風呂に入ったことぐらい有るだろ?」
「少なくとも、姉と入ったのはリズ姉くらいだな」
「あの二人は入っていなかったのか。少し意外だな」
意外でもないだろ。
家族の中で唯一の常識人と、スキンシップは過剰だけど一線越えたとたんにダメになる人だ。
一緒に風呂に入るわけが無いだろう。
「じゃあ、今年になってからは誰と一緒に入ったことが有るんだ?」
「あー・・・ビアンカと立夏、マリー、んでリズ姉だな」
「意外と少ないんだな」
「いや、多いだろ。家族が多いから少なく感じるだけで」
四人だぞ、四人。
そのたんびに、俺がどれだけ苦労したことか・・・!
「まあ、なんにしてもだ。私は待つなんて面倒なことをするくらいなら、突入するぞ」
「まあ、俺とか家族にする分にはまだいいけどね。他人に対してはするなよ」
「するわけないだろう。それくらいは分かってる」
そんな会話をしながら、俺は手ですくった水を観察し、
「あ・・・」
「どうした、武双?」
「いや、ちょっと試してみたいことが・・・」
俺はそう言いながらもう一度水を掬い、言霊を唱える。
「この世の全ては我が玩具。現世の全ては我が意の中にある。その姿、その存在を我が意に従い、変幻せよ」
そのまま水に対して、命令をくだす。
「汝は槍である。何があろうとも、その真実は我が与える」
その瞬間に、水が槍に姿を変える。
「武双、お前はもう槍のストック切れ、とかありえないんじゃないか?」
「蚩尤の権能でも作れるしな。さて、と・・・」
手の中で確かな重量を持つ槍を風呂に浸かったまま片手で回してみたりして、普段から使っている槍とあまり変わらない感覚を得る。
「今のところは、普通の槍と変わらないな」
「なら良かったじゃないか。といっても、蚩尤の権能だけで問題ない気はするが」
「いや、肝心なのはここから・・・」
そう言いながら槍を観察し、確実に試せる手段を考えて・・・
「雷よ」
槍を投げて、そこに向けて雷をぶつける。
そして、その瞬間に槍は分解される。
「電気分解・・・か?」
「どうだろう。温泉の成分とかも有るし、どんな変化をしたのかわからないけど・・・」
まあ、でも。
「槍になったからって、元のものの性質を失うわけじゃないんだ」
「そうみたいだな。・・・その権能、芝右衛門狸から簒奪したものか?」
「大当たり。でも、何で分かったんだ?狸って言っても、俺が殺した狸は二柱いるわけだし。・・・あれ?」
「どうした?」
「いや・・・なんで俺、この権能がどの神から簒奪したものか、知ってるんだろう・・・」
俺の中には、絶対にそうだという確証がある。
でも、その確証をどこから得たのか、そこが分からない。
・・・ま、いいか。
「そういえば、リズ姉は芝右門狸について詳しいのか?」
「詳しい、というよりは戦士の権能を使えるレベル、だな」
「なるほど、知らない事はないわけね」
リズ姉は本当に、神様についての知識がありすぎる。
「じゃあ教えて欲しいんだけど・・・俺、この権能を簒奪するときに久しぶりにあの空間に行ったんだよ」
「あの空間というと、真っ白な中に色んな紋章が浮かんでる?」
「そこ。俺が簒奪した権能が保管されてるような、そんな感じの空間」
「権能を掌握するときは、確か殺した神が良く分からないアドバイスをくれるのだったか?」
そう、俺が殺した神が、だ。
その神に対して手を伸ばし、その中にあるものを掴み取る。その瞬間に、俺は権能を使えるようになるわけだ。
まあ、あそこに行かなくても使えるようになることはそこそこにあるんだけど。
「なんだけど、あの時俺の前にいたのは人間・・・それも、オランダ人だった」
「武双が殺したほかの神、という可能性は?」
「ないよ。それは自信を持って言えるし、掴み取った紋章は葉っぱと煙・・・狸っぽかったし」
なんとなく、という理由なだけにあまり自信があると胸を張って言える物じゃないんだけど。
「まあ、それなら芝右門狸だったと考えていいだろう。それに、何でそうなったのかはなんとなく予想がつく」
リズ姉はそう言いながら、その理由を話し始める。
「全ての神には、存在する理由がある。あらゆる神話の神もそうだし、民間伝承で語り継がれる神もそうだ」
「確かに、神話の存在する理由から考えてもそうなんだろうな」
「そう。お前が倒した神の中で一番分かりやすいのは真神だな。他にも、日本なら偉人を奉った物は大体がそうだし、ないの神もかなり分かりやすいな」
真神は、狼が畑の害獣を食い殺すことから、人間がその力を借りたくて作り出された神だ。
そして、偉人を奉った物は大抵が祟りだと人間が恐れたことから。
「そして、ないの神は599年にあった地震から、日本神話に組み込まれるようになった神だ」
「なるほど。・・・なら、芝右門狸はなんなんだ?」
芝右門狸は神話にも登場しない神。それも、元々は妖怪だったんだ。
それが神になるには、それにたるだけの理由があるはずなんだ。
「とはいえ、芝右門狸が神になれたのは偉人達となんら変わりないんだがな。祟りだと恐れられ、鎮めるために奉られるようになった」
「なら、オランダ人とのつながりは?」
「そこは、妖怪芝右門狸の成立が大きく関わってくる」
妖怪としての成立、か。
例えば、仮説の一つとして送り狼が真神から出来た妖怪である、というものもあげることも出来る。
だがしかし、芝右門狸は神から妖怪に堕ちたのではなく、妖怪から神へと昇格した神だ。
それがどんな経緯で妖怪として誕生したのか、そこには興味がある。
「色々な説があるんだが、その中に一つ、オランダ人が関わるものがある」
「それは?」
「・・・芝右門狸という妖怪が語られるようになったころ、まだ日本では外国人というものは珍しかった」
まあ、外国との貿易が始まってもいないと、珍しいものにもなるよな。
「そんな中、あるお偉いさんが流れ着いたオランダ人を城内に隠していたものがいてな。そのオランダ人を見てしまった城下のものたちを納得させるため、狸が人間に化けた。それ故、我々とは違う容姿なのだ、って感じの噂を信じさせたんだよ」
「そして、その噂がどんどん広がっていき、日本三大狸になって、神様にまでなっちゃったのかよ。凄いな、芝右門狸」
予想していたのとはまた違ったベクトルの理由だった。
「だからこそ、あのあたりの時代に広がった狸の妖怪は、ほとんどがオランダ人が元なんだよ」
「勉強になりました」
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