特殊陸戦部隊長の平凡な日々
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第9話:新メンバーを選抜せよ-3
「んーっ! こんなもんか!」
4時間ほどかけて模擬戦の記録を整理し、自分なりの採用メンバー案を作り終えた
ゲオルグは椅子の上で大きく伸びをして首をぐるっと回した。
そしておもむろに時計を見る。
「8時かぁ・・・なんとか9時には帰れそうだな」
ゲオルグはそう言いながら端末をパタンと閉じると、
机に手をついて立ち上がり部隊長室を出ていく。
「おっと!」
ドアを開けて通路に出たところで、ちょうど通りかかったウェゲナーと
ぶつかりそうになり、思わずその場でたたらを踏む。
「あ・・・すいません部隊長」
ウェゲナーも一歩後ろに下がってゲオルグから距離をとると、
ゲオルグに向かって軽く頭を下げる。
「いや、俺の方も不注意だった。悪かったよ」
ゲオルグは微笑を浮かべてウェゲナーに向かって片手をあげると
ウェゲナーを伴って玄関に向かって歩き始める。
「ウェゲナーは今帰りか?」
「ええ、そうです。 部隊長もですか?」
「まあな」
ゲオルグはそう言って頷く。
それから2人は無言で黙って歩いていたが、しばらくしてウェゲナーが
ゲオルグの方を窺いながらおずおずと口を開く。
「あの、部隊長。 前からお聞きしたかったことがあるのですが・・・」
「なんだ?」
「なんで奥さんと結婚されたんですか?」
「は!? どう言う意味だ!?」
ウェゲナーの問いを全く予想していなかったゲオルグは、
わずかに声を荒げてウェゲナーに問い返す。
ゲオルグの勢いに驚いたウェゲナーは慌てて両手を振る。
「すいません! 全然悪い意味を込めたつもりはないんですけど、
純粋に部隊長が高町1尉を結婚相手に選んだ理由ってなんなのかと思いまして」
「そりゃお前、好きだからに決まってんだろ」
直前の怒気の名残なのか、少し荒っぽい口調でゲオルグが言う。
「いや、まあそうでしょうけど・・・」
ゲオルグの口調と目線に気圧されたウェゲナーは少し弱気な口調になっていた。
だが、彼は若干口ごもりながらも話を続ける。
「俺が訓練校に居たころなんですけど、特別戦技訓練っていう戦技教導隊の
教導官が来て1週間だけ戦技指導をしてくれる授業があったんですよ。
で、俺のグループの担当が高町1尉だったんです」
「ふーん、それで?」
ゲオルグもようやく気分が落ち着いてきたのか、興味深げな顔をしながら
ウェゲナーに先を続けるように促す。
「そのときの俺にとっては、すごく厳しい人でとてもじゃないですけど
女性として見ることはできなかったんですよ。
もちろん、きれいな人だなとは思いましたけど。
で、部隊長がそんな人と結婚したのはなんでなのかなと興味があって
聞いたんですが・・・」
「なるほどね・・・」
ウェゲナーが話し終えるとゲオルグは納得したというように何度か頷いた。
その顔には苦笑が浮かんでいた。
そしてしばらく何かを考えるように視線をさまよわせると、
突然手を打ってその足を止めた。
「なあ、ウェゲナー。 お前、晩飯もう食ったか?」
「え? まだですけど」
「そうかそうか。 じゃあ、今からウチに食べに来い」
「はい!?」
予想もしていなかったゲオルグの発言に、ウェゲナーは目を丸くして答える。
「ありがたいとは思いますけど、もう遅いですしご迷惑ではないですか?
それに、俺は寮住まいなのでまたここに戻って来ないといけませんから」
「部屋は余ってるから泊っていっていいぞ。ちょっと確認とるから少し待ってろ」
固辞しようとするウェゲナーだったが、ゲオルグは手を振って笑い飛ばすと
なのはとの間に通信を繋ぐ。
『あ、ゲオルグくん。 今から帰り?』
「うん。そうなんだけど、客をひとり連れて帰ってもいいか?」
『え? お客さん?』
「うん。 晩飯食わして1晩泊めたいんだけど、大丈夫か?」
『泊めるの!? まあ、大丈夫だけど・・・。
ご飯は・・・おかずがゲオルグくんと半分こになるけど、いい?』
「それでかまわないよ」
『じゃあ大丈夫だよ。 これから出るんだよね?』
「ああ。 だからそっちに着くのは9時前になると思う」
『わかった。 じゃあ、準備して待ってるね』
「頼む。 ありがとな、なのは」
途中驚いた表情も見せたにもかかわらず、最終的には快諾したなのはに
感謝しながらゲオルグは通信を切った。
そして、ウェゲナーの方へ向き直る。
「じゃあ行くか」
「あ、はい・・・お願いします」
ウェゲナーは戸惑いつつも頷き、先を歩くゲオルグの後について歩き出す。
2人で並んで隊舎から出ると、ゲオルグの車に2人して乗り込み、
ゲオルグは車を発進させた。
助手席に座るウェゲナーは窓の外を流れる夜景を見ながら
"なんでこうなったんだ?"と無言の車内で冷静に考えていた。
「なんか、無理やり連れてきたみたいになって悪かったな」
道のりの半分ほどを過ぎたころ、ゲオルグがウェゲナーに声をかける。
「いえ、そんな・・・」
ウェゲナーは慌てて手を振って応える。
それからは再び無言のまま時が過ぎ、9時前にはシュミット邸に到着した。
玄関先まで行きゲオルグが呼び鈴を鳴らすと、中から足音が聞こえてきて
内側から扉が開かれた。
「おかえりなさい」
「ただいま。 ごめんな、急に客を連れてきちゃって」
「ううん、いいよ。 隊の人?」
「そうだよ。 ウチで分隊長をやってるウェゲナー3尉だ」
玄関ドアを抜けて家の中に入ると、ゲオルグが後に立つウェゲナーを
なのはに紹介した。
「ウェゲナーです。 今日は突然おじゃましてすいません」
そう言って深く頭を下げたウェゲナーが顔をあげると、
なのはがにっこり笑って立っていた。
「ようこそ、ウェゲナーさん。 いつも主人がお世話になっています」
なのはがそう言ってぺこっと頭を下げると、ウェゲナーは慌てて再び頭を下げた。
「そんな! お世話になってるのは自分の方ですから・・・」
そんなウェゲナーの様子を見てなのはは柔らかに微笑んだ。
「まあ挨拶はこれぐらいにして、どうぞ上がってください。
わたしの手料理ですけど、晩御飯もありますから」
「はい、お邪魔します」
なのはを先頭に3人はダイニングへと進む。
テーブルの上には2人分の夕食がしっかりと用意されていた。
「どうぞ、座ってください」
「あ、はい。 ありがとうございます」
ウェゲナーが椅子を引いて腰を下ろし、ふと目をあげると唇を合わせる
ゲオルグとなのはの姿が目に入った。
(わっ・・・)
ウェゲナーは慌てて気まずい思いで2人から目をそらした。
(なんだよ、この夫婦。 客の前で堂々とキスなんかするか? ふつう)
目の前でアツアツぶりを披露する夫妻に対して、心の中で毒づいていると
ウェゲナーの向かい側にゲオルグが座った。
「ふぅ・・・酒飲むか?」
「部隊長はどうされますか?」
「俺はパスだな」
「じゃあ、俺もやめておきます。 明日も仕事ですしね」
「だな。 じゃあ食べるか」
「はい」
ウェゲナーは軽く頭を下げてから、改めて食卓の上を見た。
自分の前にはご飯の盛られた茶碗や味噌汁の入った椀、
あとは煮物の入った小鉢などが並んでいる。
だが、肝心のフォークやナイフを探しても見つからず、
ウェゲナーは途方に暮れてしまった。
(どうやって食べよう・・・)
困ったウェゲナーはそっとゲオルグの方を見た。
ゲオルグは2本の棒を使って器用に茶碗からご飯を口に運んでいる。
自分の手元を見ると、ゲオルグが使っているのと同じような棒が置かれている。
(これを使うのかな・・・)
恐る恐る手に取り、ゲオルグがしているのを見よう見まねで真似して
ご飯に箸を伸ばす。
(あっ・・・)
だが、ウェゲナーの掴んだ箸はうまくご飯を掴めない。
「すいません、部隊長・・・」
おずおずとウェゲナーが声を掛けると、ゲオルグは首を傾げて見返した。
そしてウェゲナーの手に握られた箸を見ると、キッチンの方に向けて声をあげる。
「なのはー。 ウェゲナーにフォークを持ってきてやってくれよ」
「はーい。 ちょっとまってね」
なのはの声がキッチンから返ってくると、ゲオルグは苦笑して
ウェゲナーに話しかける。
「悪いな。 箸なんて使わないよな、普段」
「いえ、気を使ってもらってスイマセン」
少ししてキッチンからなのはが現れる。
そしてウェゲナーの前にフォークを置くと、ゲオルグの隣に座った。
彼女の前にはお茶と大福が置かれていた。
「大福かよ。 こんな時間に食うとふと・・・ごめんなさい」
"太るぞ"と言いかけたゲオルグをなのはが鋭い目線で射抜くと
ゲオルグはピタッと言葉を止めて、直後には謝罪の言葉を口にする。
そんな二人の様子を目の前で見ていたウェゲナーは、
"仲のいい夫婦だなぁ・・・"などと考えながら煮物を口に運ぶ。
「あっ、うまい」
思わず口をついて出た言葉にゲオルグが反応して満面の笑みを浮かべる。
「だろ?」
そしてなのはは微笑を浮かべつつホッと胸をなでおろしていた。
「よかった、お口にあって」
それからしばらくはたわいもない雑談をしていた3人だったが、
ふとゲオルグがウェゲナーを連れてくることになった経緯を
思い出したように話し始める。
「そういえば、ウェゲナーは何年か前にお前の教導を受けたらしいぞ」
「えっ、そうなんですか?」
ゲオルグの言葉を聞き、驚きの表情を浮かべながらなのははウェゲナーを見る。
「はい。自分が陸士訓練校の生徒だったころに一度」
「へーっ。 陸士訓練校の生徒ってことは、特別戦技教導のときですよね。
1週間くらいの」
「そうです。 ちょうどその時に奥さんにお世話になりまして。
あの時はありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
そう言って微笑を浮かべるなのはに向かって、ゲオルグは意地悪く話しかける。
「って、お前はウェゲナーのことを全然覚えてないんだろ。薄情なヤツだなぁ」
「だって、訓練校の戦技教導なんて1年に10回はあるんだよ。
しかも1週間しかないし、全員覚えてるなんて無理だよ」
なのははそう言って頬をふくらませる。
そのなのはの言葉をフォローするようにウェゲナーが口を開く。
「それはそうだと思いますよ。 仕方ないですって」
「ですよね。 ゲオルグくんの意地悪」
「はいはい・・・」
なのはがゲオルグの方を睨むようにして言った言葉に、ゲオルグは苦笑で応じる。
「でもな、ウェゲナーはその時のなのはがあまりにも厳しくて
女性としては見れなかったって言ってたんだぜ」
「えーっ! ひどーい!!」
少し眉を吊り上げたなのはが抗議の声をあげると、ウェゲナーは
相当に慌てた様子で両手を顔の前でふる。
そして、急いで口の中の食べ物を飲み込もうとしたせいかむせてしまう。
何度か咳きこんだあと、ウェゲナーは困った顔をしてゲオルグに反論する。
「なんでご本人を前にしてそんなこと言うんですか!? ひどいですよ!!」
「だって事実だろ」
「いや、まあ、そうなんですけど・・・・・。
でも、奥さん本人の目の前で言わなくてもいいんじゃ・・・」
尻すぼみにだんだんとウェゲナーは小声になっていく。
そしてウェゲナーは俯いて黙り込んでしまう。
食卓の雰囲気がすこし陰気になりかけたとき、なのはが口を開いた。
「でもさぁ、ゲオルグくんだってわたしのことを女の子扱いしてなかったよね」
なのはは悪戯っぽい目線をゲオルグに送りながらそう言うと、
付き合い始める前、ただの友達同士だったころのエピソードを語り始める。
「一緒にご飯を食べてたら、わたしのを見て大食いとか言ったり。
わたしを呼びとめるのに髪をひっぱったり。
あとねぇ・・・・・」
それからもいくつも出てくるゲオルグの所業に、ウェゲナーは笑い声をあげ始める。
「ぶ、部隊長! それはひどすぎますって! あはは・・・」
腹を押さえて笑うウェゲナーをゲオルグはぶすっとした顔で見ていた。
しばらくしてひとしきり笑い終えたウェゲナーは、真面目な顔でなのはを見た。
「それにしても、そんな相手とよく結婚する気になりましたね」
「うーん、そうだね・・・・・」
なのははそう言うと人差し指をほっそりとした顎にあてて
考え込むようなそぶりを見せる。
そして、ちらっとゲオルグに目線を送るとウェゲナーに向かってニコッと微笑んだ。
「確かにゲオルグくんはいじわるだし、
すぐに自分一人で問題を抱え込んじゃうような人なの。
でもね、とっても優しくて、心の中に強い芯をもってて
わたし達家族や友達のことをとても大切にしてくれる人なの。
だから私ね、ゲオルグくんのことが大好きなの。それが結婚した理由かな」
なのはが少し頬を染めてそう言うと、ゲオルグは真っ赤な顔をしていた。
「恥ずかしいこと言ってんなよな、まったく」
「そんな憎まれ口を言っても、奥さんがそう言ってくれることは嬉しいんですよね」
ゲオルグがなのはに向かって言った照れ隠しの一言に対して、
ウェゲナーがニヤニヤ笑いながらそう言うと、ゲオルグは鼻息も荒く
"うるせえ! 黙ってろ!!"と言ってムスッとした顔を見せた。
その様子を見ていたウェゲナーとなのはは声をあげて笑った。
夕食を終えると、ゲオルグとなのははキッチンで後片づけをはじめた。
食卓に独り残されたウェゲナーはなのはの淹れたお茶を飲んでいた。
(ホントに仲のいい夫婦だよな・・・)
ウェゲナーの座っているところからキッチンに並んで立つ夫妻の後ろ姿が見えた。
時折談笑する二人の笑い声がウェゲナーのところまで聞こえてくる。
(いいなぁ・・・家族ってのも)
恋人のいない自分の身の上を振り返り、ウェゲナーはそっと溜息をついた。
そのとき、ガチャッという音が背後から聞こえてウェゲナーは首だけで振り返った。
「あっ・・・・・」
そこにはパジャマを着て髪を下ろしたヴィヴィオが立っていた。
ヴィヴィオはウェゲナーを見ると、ピタッと一瞬足を止めて何度か目を瞬かせ
次いでゆっくりとウェゲナーの方に近寄ってくる。
「あの・・・お兄さんは誰ですか?」
おずおず、というのがピッタリな口調でヴィヴィオが尋ねると、
ウェゲナーは椅子の上で向きを変えてヴィヴィオの方に面と向かう。
「俺は君のお父さんの部下でウェゲナーっていいます。 よろしくね」
ウェゲナーはそう言ってヴィヴィオの方に手を差し出す。
するとヴィヴィオはその手を握って、ウェゲナーの顔を見上げるとニコッと笑った。
「わたしは娘のヴィヴィオっていいます。 よろしくお願いします」
ヴィヴィオの自己紹介を聞いてウェゲナーは笑みを浮かべる。
握手していた手を離すとヴィヴィオは首を軽く傾げる。
「ウェゲナーさんはなんでウチにいるんですか?」
「ヴィヴィオちゃんのお父さんに誘われて、お母さんのご飯を
御馳走になりに来たんだよ」
「へーっ、そうなんですか。 ママのご飯はどうでしたか?」
「とてもおいしかったよ。 ヴィヴィオちゃんたちは毎日あれを食べられて
うらやましいよ」
「えへへっ、わたしもそう思います」
ヴィヴィオはそう言って自慢げに胸を張って笑った。
そしてヴィヴィオは"わたしはおやすみの挨拶をママとパパにしてきますから"
と言ってキッチンに歩いて行った。
少しして再びウェゲナーの前に現れると"おやすみなさい"とぺこっと頭を下げて
挨拶をしてから部屋を出て行った。
ウェゲナーがヴィヴィオの出て行ったドアの方をぼんやりと見ていると、
キッチンの方から聞こえていた水音が止まり、なのはとゲオルグが
ウェゲナーの向かい側に腰を下ろした。
「かわいいお嬢さんですね。 人懐っこいですし」
「はは、そりゃどうも」
ウェゲナーがヴィヴィオのことを褒めると、ゲオルグはニコッと笑って答えた。
それからお茶を飲みながら雑談をし始めた3人だったが、
そろそろ寝ようかという時間も近くなり、なのはは立ち上がった。
「ウェゲナーさんのお部屋を準備してくるね」
「ん。 頼むよ」
なのはがダイニングルームから出ていくと、ゲオルグが少しだけ身を乗り出して
ウェゲナーに話しかける。
「で、教導じゃないとこでのなのははどうだった?」
「はい? もしかして、俺を連れてきた目的はそれですか?」
驚いた様子でウェゲナーが尋ねると、ゲオルグは真顔で頷いた。
「まあな。 で、どうなんだよ」
「素敵な女性だと思いましたよ。 よく気が付くし、料理はおいしいし、
あんな人と結婚できればいいなと思います」
「そっか。 でもやらんぞ。 なのはは俺のもんだ」
「わかってますって。 第一、奥さんが部隊長にベタ惚れじゃないですか。
部隊長のことを話してる時の奥さんの表情がすごく自慢げでしたもん。
この人はホントに部隊長のことを愛してるんだなって実感しましたから」
「そうか?」
「そうですよ。 ついでに言うと、自分の奥さんが女性とは思えないって
言われただけで、自宅に部下を連行する部隊長とは似た者夫婦だと思いますよ」
「なっ・・・」
ウェゲナーがニヤッと笑って言った言葉に、ゲオルグは言葉を失う。
少しあって、ゲオルグは渋い顔をしてゆっくりと口を開いた。
「だって、自分が心の底から惚れてる女が"女とは思えない"なんて言われたら
多少は腹が立つだろ。 自慢の嫁なんだから」
そう言ったゲオルグの顔は不機嫌そうだったが、どこか反省の色も見えた。
翌朝。
シュミット邸で朝食を食べたゲオルグとウェゲナーは、
ゲオルグの運転する車に乗って隊舎に向かった。
車内では特に何も話すこともなく時間は過ぎ、隊舎の駐車場に着いた。
車を降りた2人は途中で別れてゲオルグは部隊長室へと向かう。
部屋に入ったゲオルグは席に座ると端末を取り出して、前夜にまとめた
部隊の新メンバー採用案を見直し始めた。
時折うなり声をあげつつ、自分が考えた部隊再編後の人員配置を見直すゲオルグ。
あっという間に時間は過ぎ、採用者を決定するための会議の時間が迫る。
「ま、こんなもんか」
自分独りしかいない部屋の中で呟くように言うと、ふぅっと大きく息を吐いてから
ゲオルグは机に手をついて椅子から立ち上がった。
端末を小脇に抱えると、自室を出て会議室へと向かう。
途中、同じように端末を小脇に抱えたクリーグと出くわす。
「あ、おはようございます。 部隊長」
「おはよう、クリーグ」
朝の挨拶を交わすと、2人は並んで歩きだす。
「そういえば、昨日は遅かったらしいですね」
「まあな。 とはいえ、8時には帰ったけど」
「らしいですね。 しかもウェゲナーを自宅に連れ帰ったらしいじゃないですか」
「・・・誰に聞いたんだ?」
「今朝、ウェゲナー本人に聞いたんです。
あいつ、自慢げに話してましたよ。 "高町なのはの手料理を食った"って」
「ちっ・・・余計なことを」
ゲオルグがクリーグの言葉に顔をしかめて舌打ちをする。
「それにしても珍しいじゃないですか。 普段は公私の別をはっきりさせるのに。
何かあったんですか?」
クリーグがそう尋ねると、ゲオルグは小さくため息をついた。
「あいつがなのはのことを女と思えないなんて言うもんだから、
少しカチンときてさ・・・」
「なるほど。 で、奥さんが世界で最高の女性と思ってる部隊長としては
その認識を改めさせようとしたわけですね」
「まあ、そういうことだ」
納得した、というように何度も頷きながら確認するような口調で言うクリーグ。
そして、その言葉に対して小さく頷くゲオルグ。
二人の足は目的地である会議室の前で止まった。
クリーグが扉を開けて二人は室内へと入る。
会議室には既にチンクとウェゲナーの2人が座って待っていた。
ゲオルグとクリーグがそれぞれ空いた席に座ると、チンクが口を開いた。
「あとはフォッケだけか・・・」
「まあ、な・・・・・」
ゲオルグは語尾を濁した言い方で答えると、腕組みをして俯く。
チンクはゲオルグの様子に怪訝な表情を見せるが、深く追求することもなく
黙り込んだ。
そのまま無言の時間が数分間過ぎたころ、部屋の扉が開かれてフォッケが顔を出す。
「あ、もう揃ってますね」
そう言いながら中に入ってくるフォッケに続いて、会議室に入ってきた人物に
ウェゲナーとクリーグは驚いた顔を見せる。
「ランスター執務官と・・・誰ですか?」
「知ってるだろ、エリーゼ・シュミット3尉だよ。 部隊長のお姉さんだ。
でも、なんでここに?」
目を瞬かせながら見つめるクリーグとウェゲナーの視線を浴びつつ、
ティアナとエリーゼは横並びの席に座る。
全員が席に着くとゲオルグはそれぞれの顔をぐるっと見まわしてから、
ゆっくりと口を開いた。
「じゃあ、全員揃ったところで4月からの前線部隊増員に伴う
新しく採用する部隊員の選考会議を始める」
ゲオルグはそこで一拍置いてから話を続ける。
「この会議では、新部隊員の採否だけでなく4月以降の人員配置も
決定するつもりなので、そのつもりで頼む」
次いで、ゲオルグはティアナとエリーゼの方に目を向ける。
「あと、この二人は知っての通り4月から新しくウチの分隊長となる。
まだウチの所属ではないが、彼女たちの分隊の構成を決める会でもあるので
出席してもらうことにした。 では、挨拶を」
ゲオルグがそう言って促すと、まずティアナが立ち上がる。
「ティアナ・ランスターです。 現在の所属は本局のテロ対策室なので
ここの皆さんとは、ついこの前も一緒に仕事をさせてもらったばっかりですね。
指揮官としての経験はほとんどないので、皆さんの足を引っ張ってしまうかも
しれませんが、なんとかついていければと思いますのでよろしくお願いします」
最後にニコッと笑ってティアナが挨拶を締めくくると、
部屋の中に居る他の面々が拍手をして歓迎の意を表す。
「ティアナには分隊長のほかに執務官としてウチの捜査部門も取り仕切ってもらう。
結構負担が大きいはずだから、みんな助けてやってくれ。
じゃあ次、姉ちゃん」
ゲオルグが話し終えると、今度はエリーゼが立ち上がる。
「エリーゼ・シュミットです。 階級は3等陸尉、今の所属はミッドチルダ次元港の
警備部隊です。 この前はお世話になりました。
部隊長の実の姉ではありますが、公私の別はしっかりつけるつもりですし、
仲良くしてもらえるとうれしいです。 よろしくおねがいします」
ティアナとは違って、少し硬さを感じさせる表情で挨拶を終えてエリーゼが座る。
ティアナの時と同じように他の面々からの拍手が起こり、それが収まると
ゲオルグが話し始めた。
「本人も言ってるように俺も公私の別はつけるつもりだ。
ただ、部隊の中では和気あいあいとやればいいと思ってる。
姉ちゃんもそのつもりで頼むよ」
ゲオルグの言葉に対してエリーゼは深く頷く。
それを見たゲオルグは大きく息を吐き、真剣な表情をつくるとさらに話を続ける。
「さてと。 それじゃあ本題に入ろうか。
ティアナと姉ちゃんは昨日の帰りにデータを渡しただけだから、
辛いとは思うけど積極的に参加してくれ。
で、進め方なんだが、まずは俺も含めた4人の採用案を出し合って
それぞれを比較しながら採用者を決めていきたい。
その際、合わせて部隊再編と各分隊の人員構成についても順次決めていく。
こんな感じで進めたいがいいか?」
ゲオルグはそう言って部屋の中にいるメンバーの顔を順番に眺める。
全員がゲオルグの方に向かって頷いていた。
「よし、じゃあまずは全員分の採用案を並べてみようか!」
5時間後。
「よし。 じゃあ、4月からはこの編成で行くぞ。
最後に確認するが異論はないな?」
ゲオルグがそう言うと部屋にいるゲオルグ以外の5人は一様に頷いた。
だが、その表情にはどの顔も疲労の色が浮かんでいた。
それもそのはず、会議開始から昼食も食べずにぶっ続けで議論を交わしたのである。
会議開始直後、4人の採用案を並べた時点で4人ともが名をあげた5人の採用は
すんなりと決まった。
その5人の実力は模擬戦に参加した20人の中でも頭一つ抜けており、
異論をはさむ余地が無かったのである。
しかし、それ以外の15人は総合的な能力ではほぼ横一線。
階級も得意な分野もまちまちで、再編成後の各分隊の戦力バランスを
考えながらでなければ採用者の決定は難しかった。
かくして現在の部隊員も含めた4個分隊を編成しなおす作業となり、
4人の分隊長それぞれの思惑も相まって議論は白熱し、結果として
5時間という長時間の会議となったのである。
「ではこれで解散とするが、最後に一つ言っておく。
4月以降、我々特殊陸戦部隊は前線部隊が再編されるわけだが、
だからといって、常時即応態勢を解除されるわけではない。
いざ出動となれば4月1日からでも出動する必要がある。
よって、各分隊とも早急に各人の能力掌握・連携の確認などを実施するように。
いいな?」
全員の顔をぐるりと見回しながらゲオルグがそう言うと、
4人の分隊長たちは真剣な顔で頷いた。
それを見たゲオルグは満足げな表情で頷く。
「よし、では解散。 ご苦労だった」
ゲオルグがそう言って会議を締めると、全員が椅子の上で伸びをしたり
大きく深呼吸したりしてから椅子から立ち上がる。
ゲオルグ自身も机に一度突っ伏して何度か大きく息を吐くと、
再び顔をあげてまだ座っていたティアナとエリーゼに声をかけた。
「ティアナ、姉ちゃん。 これからウチの食堂で昼飯でもいっしょにどうだ?」
「いいですね。 ご一緒させてください」
「そうね。 頂くわ」
ティアナとエリーゼがゲオルグの誘いに乗ると、3人は連れだって通路に出た。
食堂へと向かう道すがら、エリーゼがティアナに話しかける。
「そういえば、ティアナちゃんはオフトレツアーに参加する予定?」
「もちろんですよ・・・って言いたいとこなんですけど、大丈夫でしょうか?」
「どういうこと?」
「私もエリーゼさんも特殊陸戦部隊の分隊長になるわけじゃないですか。
分隊長の半分が何日も不在っていうのは大丈夫なのかなと思いまして・・・」
「なるほどね・・・どうなの? ゲオルグ」
ティアナの言葉に頷いたエリーゼがゲオルグに尋ねると、
ゲオルグは苦笑しながら肩をすくめた。
「まあ、大丈夫だろ。 あそこは転送回収ができるようになってるからな。
いざっちゅうときは、転送回収でここまでひとっ飛びだよ」
ゲオルグの言葉に対して、エリーゼもティアナも安堵と失望が入り混じった
複雑な表情をしていた。
「あぁ・・・そういうこと。 まあ、参加できるのはいいことよね」
「そうですね。 居残りって言われないだけ、いいですよね」
エリーゼとティアナの微妙な喜び方に、ゲオルグは不満げに口をとがらせる。
「なんだよ、2人とも。 不満なら当直にしてやるぞ」
ゲオルグがそう言うと、2人はとたんに慌て始める。
「ふ、不満なんてないわよ! ね、ティアナちゃん」
「え、ええ! もちろんです。 全然不満なんてないですよ!」
2人の様子を見ていたゲオルグはクスクスと笑う。
「くくっ・・・冗談だよ。 そんなことしないって」
可笑しそうに笑い続けるゲオルグに対して、エリーゼは頬を膨らませて
恨みのこもった目を向ける。
「何よ・・・そういうタチの悪い冗談はやめてよね」
「悪い悪い」
そう言いながらもなおも肩を揺らして笑うゲオルグであったが
ふいに真面目な表情になって、エリーゼとティアナを見る。
「けどな、俺らがツアーに行けるのはチンクやクリーグやウェゲナーが
当直なんかを引き受けてくれるおかげなんだ。
だから、それに対する感謝は忘れないでくれよ」
ゲオルグの言葉に対して、2人とも真剣な表情で頷く。
「わかってるわよ。 ね、ティアナちゃん」
「ええ、もちろん」
2人の言葉にゲオルグは満足げな笑みを浮かべる。
「ならいいんだ」
ちょうど、3人は食堂の前まで来ていた。
「さてと、じゃあ遅い昼食でも頂くとしますか! もう腹ペコだよ、俺」
ゲオルグはそう言うと2人を伴って食堂に入っていった。
後書き
お読みいただきありがとうございます。
”新メンバーを選抜せよ”編はこれでおしまいです。
第9話は新メンバー選抜というよりも、シュミット夫妻のバカップルぶりがメインでした。
凛々しいなのはさんをご希望の方には申し訳ありませんが、当分の間”主婦なのは”としての
登場がメインになると思います。
さて、次の話のタイトルは、"おはなみに行こう!"の予定です。
ヴィヴィオ世代大活躍の予感・・・。
ようやく、JS事件4年後という時期設定が生きてきそうです。
ではでは!
ページ上へ戻る