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魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~

作者:月神
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空白期 第3話 「王さまは家庭的」

「……まさか泊まることになるとは思わなかったぞ」

 ディアーチェがこのように漏らすのも無理はない。俺も同じ気持ちだ。
 彼女がうちに泊まることになったのは、レーネさんの「シュテルも明日になれば来るし、明日は皆で初詣に行く予定だからディアーチェも一緒にどうだい?」という言葉があったからだ。
 無論、ディアーチェは「初めて訪れた家に泊まるなど……それに着替えもありませんし」と断ろうとした。だが彼女の家族には叔母が話をつけ、着替えはシュテルの使用していた部屋にあったため押し切られたのだ。

「ああ……でもきっとディアーチェに会えて嬉しかったんだよ。何日かすればまた多忙な日々に戻るだろうから、少しでも長く話したいんだと思う」
「それは我も久々に会ったのだから話したいし、この星の文化に興味がないわけではない……が、我々は出会ったばかりぞ。一つ屋根の下で一晩明かすというのは……」
「まあ……言いたいことは分かる」

 レーネさんやシュテルのことを話題にすれば会話には困らないが、ディアーチェは今日初めて訪れただけに居心地の悪さを感じたり緊張を覚えているだろう。俺も叔母やシュテル以外に人がいることに違和感を覚えてしまっているため、妙な気まずさを感じている。
 大人というのは、子供なら問題なく現状を受け入れると思っているのだろうか。子供は子供なりに思うところがあるというのに。

「……けど今日だけの辛抱だし、レーネさんのためだと思って我慢しよう」
「うむ、そうだな。……おい、どこへ行くのだ?」
「キッチンだけど?」

 時間帯も夕方に近くなってきているし、そろそろ夕食の準備をしなくてはならない。今日はディアーチェの分も必要なため、いつもよりも時間がかかるだろう。

「貴様が夕刻の食事を作るのか?」
「まあね。レーネさんは料理できないし……いや家事全般できないけど」
「そんなことは知っておる。我が言いたかったのはそういう意味ではなくてだな……」

 言い淀みながらディアーチェはこちらから視線を外し頬を赤らめる。少しの間の後、覚悟を決めたのか再びこちらに翡翠のような色の綺麗な瞳を向けてきた。

「……食事だが、我に作らせよ」
「え……」

 今の言葉が意味するのは、ディアーチェが夕食を作るということだよな。
 自分から作ると言うのだからできないということはないのだろうが、彼女は客だ。客に作らせるというのは普通に気が引ける。

「何だその反応は。我が作れんとでも思っておるのか!」
「いや思ってないけど……客であるディアーチェに作らせるのは気が引けるというか」
「む……それは分からんでもないが、我としても何かせんと居心地が悪いのだ」
「……その気持ちは分かる。けど道具の場所とか分からないだろ?」
「そんなもの一度見れば分かる。心配無用だ」

 そういえばシュテルも一度見ただけで大半の道具の場所を把握していた気がする。前にシュテルから聞いた話だが、彼女とその友人は小さい頃からレーネさんに色々と教わっていたらしい。これが意味するのは知能が高かったということ。
 つまりディアーチェは今言ったように一度で道具の場所は把握してしまう可能性が充分にある。
 それに揺るがない自信に満ちた瞳と言葉。本の虫だったシュテルを変えたのも納得できるカリスマ性のようなものを感じる。
 加えて、ディアーチェは久しぶりにレーネさんに会ったのだ。純粋に自分の手料理を食べてもらいたいのかもしれない。
 そのように思った俺は、ディアーチェの提案を受け入れる返事をする。

「うむ、腕によりをかけて作るから心待ちにしておるがよい」

 ディアーチェはヘアゴムを取り出して口に咥えると、両手で髪を束ね始める。出会ったばかりのはずなのだが、ポニーテールの彼女は新鮮に見える。はやてに似ているのが原因かもしれない。

「ん? 我の顔に何か付いておるか?」
「髪結ぶんだと思って」
「あぁ……まあ別に結ばなくともよいのだが、料理などのときはいつもこうだからな。ある意味癖みたいなものよ。始める前にいくつか聞いておきたいことがあるのだが」
「何?」
「使ってはならぬ食材はあるか?」
「いや、好きなものを使ってくれていいよ」
「了解した……エプロンを貸してもらってよいか?」
「どうぞ」

 と言っても、ディアーチェはどこにエプロンがあるか分からないだろう。道具は自分で確認するだろうが、エプロンくらいは俺が取ろうと思い、先にキッチンへと向かう。
 ……どっちを渡したらいいだろうか。
 うちにはエプロンがふたつある。ひとつは黒を基調としたもので普段俺が使っているもの。もうひとつは、シュテルが使っていた猫の絵柄が入ったもの。ディアーチェの性格上、人前で後者を着なさそうである。だが俺かシュテルかでいえば、シュテルの物の方が身に着けるのに抵抗は少ないだろう。

「どうした?」
「いや……どっち使う?」
「どっちでもよいが……貴様、猫好きだったのか。少々意外だな」
「いや猫の方はシュテルのだから」
「なるほど、あやつのか」

 シュテルにぴったりだ、といったようにディアーチェは納得している。おそらくシュテルの体質が関係しているのだろう。
 シュテルからは全く敵意が発せられていないのか、はたまた何かしら発せられているからなのか、彼女には猫が寄ってくるのだ。数匹ならばまだしも場合によっては数が2桁に達してしまうため、何度か驚かされたことがある。
 月村の家には多くの猫がいると聞いたことがあるが、シュテルを連れて行ったら大変なことになるのではないだろうか。例えば、シュテルに猫が群がりすぎて彼女の姿が見えなくなったり……。

「では貴様のを借りよう」
「俺のでいいのか?」
「うむ……貴様やレーネ殿にシュテルのエプロンを着ている姿を見られると思うと恥ずかしいからな」
「何をぼそぼそ言ってるんだ?」
「何でもないわ!」

 ディアーチェはさっさと貸せ、と続けて俺からエプロンを奪い取った。素早くエプロンを身に着けた彼女はキッチンへと向かっていく。
 ……何で俺は怒鳴られたのだろうか。単純に考えて聞き返したのが怒鳴られた原因なのだろうが、エプロンの話をしていただけのはずだ。
 ディアーチェはいったい何を呟いたのだろうか……、と考えながらふと視線を落とす。そこにあるのは猫の絵柄の入ったエプロン。これを着て手伝いだけでもしようかと思ったが、自分が着ている姿を想像したら恥ずかしくなった。
 普段から猫好きを公言していたり、性別が女だったら抵抗はないのだろうが……よくシュテルはこれを着ていたよな。ばっちり着こなしていたから疑問にすら思ったこともなかったけど。ディアーチェが俺のを選んだのは、意外と同じ理由なのかもしれない。
 イスに座って待とうとしたのだが、普段料理をしているせいか落ち着かない。そのため手伝いを申し出たのだがディアーチェには不要だと言われたため、大人しく待つことにするしかなかった。
 ディアーチェが料理をしている間、俺は暇つぶしにはやてから借りていたが、事件やらで読めていなかった本を消化することにした。いつの間にか彼女の存在を忘れるほど熱中していたが、ふと食欲をそそる匂いに我へと返される。
 それとほぼ同時に扉が開く音が聞こえた。その直後に何かがぶつかる音がしたが気にしない。キッチンのほうからした音は気になるが、すぐに作業に戻ったようなので怪我はしていないと思われる。ここは大人しくしていればいいはずだ。

「……ショウ、君が座っているというのは違和感があるね」
「一般の家庭ではそれが普通なんだよ……まあ俺も落ち着かないけど。でもディアーチェに座ってろって言われたから」
「ふむ……君も尻に敷かれるのだな」

 その言葉は一般的に夫婦間で使われる言葉ではないのだろうか。
 俺とディアーチェは無論夫婦ではなく、恋人ですらない。友達と呼べるかどうかすら微妙だ。返す言葉に迷っていると、それをスルーと思ったのかレーネさんは続ける。

「君のそういうところは実に可愛げがない……まあそんな君も好きといえば好きなのだがね。おや? 何だか顔が赤いようだが……」

 ディアーチェがいるのだから好きなどと言われれば恥ずかしく感じるのは当然だ。それに、あまり叔母から好きだと言われた覚えがない。頭を撫でたり、とそちらの愛情表現はしていたが、何というかこの手の愛情表現には不慣れだ。赤くもなるだろう。

「ディアーチェがいるから照れているのかい? まったく、急にそんな反応をされたら可愛げがないなどと言えないじゃないか」

 照れていると分かったのなら頭を撫でないでもらいたい。そんなことをする暇があるのならば、顔でも洗って眠気を取り寝癖まみれの髪を直してほしい。
 ディアーチェは叔母の知り合いだからまだいいが、叔母のことを知らない人間に見られたら恥ずかしくて堪らないだろうな。

「……もうそろそろやめてほしいんだけど」
「ふむ……名残惜しいが仕方がない。君に触るななどと言われたら卒倒してしまうかもしれないからね」

 膨大な仕事をこなしているのに一度も倒れたことがないレーネさんが言っても現実味がない。それに

「今はともかく、あと数年したらそういう時期が来る可能性はあるけど」
「それはそれできちんと成長しているから構わないよ。むしろ私にべったりしてもらっては困る。君にはきちんと青春を謳歌してほしいと思っているからね」
「青春ね……俺にはよく分からないよ」

 小学3年生が理解しているのもどうかと思うが……でも最近の子はませてる子が多いと言う。俺のクラスでも誰々が好きといった話を聞かないわけでもない。
 恋に恋しているだけなのかもしれないが、女子のほうが早熟らしいため全てを否定することは難しい。今の俺にはよく分からないことだが、いつの日か俺も特別な感情を抱くのだろうか。
 そんなことを考えていると、テーブルに次々と料理が運ばれてきた。簡潔に言えば、家庭的な料理。見栄えはとても良い。これで不味いということはまずないだろう。

「何を話していたのですかな?」
「簡単に言えば恋の話になるかな」
「こ、恋ですか……」

 ディアーチェの顔に赤みが帯びる。具体的な話を一切していないのにここまで恥ずかしいと思うということは、彼女は俺よりも恋愛を理解し興味を持っているのかもしれない。

「わ、我やショウにはまだ早いと思うのですが……」
「そうでもないと思うがね。最近の子供はませていると言うし……昔からディアーチェの料理は美味しかったが、また一段と上手くなったね」
「恐縮です」
「家庭的な君はきっと良いお嫁さんになれるだろうね……ショウのお嫁さんにならないかい?」

 叔母の言葉にディアーチェは顔をより赤らめたかと思うと、咳き込み始めた。俺も想定外の言葉に危うく喉を詰めそうになり、同じように咳き込む。

「ななな何を言っているのですか!」
「ん? その問いに答えるならば、私の願望といったところかな。君となら世間でいう嫁姑問題が起きそうにないし、ショウのことを気遣ってくれるだろうからね」
「わ、我々は出会ったばかりですぞ! 話が飛躍し過ぎとは思わないのですか!」

 これまでの経験のせいか、ディアーチェが異常に慌てているせいか冷静を保っていることにふと気が付く。
 自分も関係しているというのに、他人事のように見ているのはいけない気がする……が、迂闊に会話に参加するとややこしくなる恐れがある。可哀想な気もするけど、ここはディアーチェに任せよう。

「確かにそうだね……でも、時の流れというものは意外と早いものだよ。君達もあと数年もすれば恋人がいるかもしれない」
「それに関しては否定できませんが、先ほどのこととどう関係があるのですか。話がずれているように感じますぞ!」
「ん? おや、君達には言っていなかったかな」

 レーネさんは小首を傾げる。
 ……メガネがずれたのに直さないんだな。もしかしてレーネさんはまだ眠たいのだろうか。何日も徹夜をしたことがないだけに、この人の眠気がどれくらいなのか想像がつかない。

「君達が生まれる前……いや、生まれてすぐだったかな。兄さんと君のお父さんが将来子供達を結婚させたいと言っていた……気がする。先ほどのことにも一応関係はあるのだよ」

 言い終わるのと同時に俺は隣に座っているディアーチェに視線を向けた。彼女も同時にこちらを見たのか視線が重なる。
 ディアーチェの顔は熱でもあるのではないかと思うほど真っ赤に染まっていく。何か言おうとしているようだが、恥ずかしいさのあまりに上手く言葉にできないようだ。

「まああのときのふたりは大分酔っていたし、別に許婚というわけではないのだがね」
「――っ。だ、だったらなぜ言ったのですか!」
「互いのことを知ってもらおうかと」
「今のは我々に恥ずかしい思いをさせただけではありませんか! 普通そう思ったのなら思い出話をするのではないのですか。おいショウ、貴様も何か言わぬか……って、何を呑気に食事をしている!」

 酔っていたときの会話ならばそこまで気にする必要はない、と判断したから食事を再開しただけなのに、なぜ怒鳴られなければならないのだろうか。
 ディアーチェって容姿ははやてにそっくりだけど……こういうところはあまり似てないな。バニングスには似ている気もするけど。

「美味しいから冷める前に食べたい」
「つまりショウはディアーチェを嫁にしてもいいと?」
「いや、そうは言ってない。将来的に良い嫁になりそうってことには同意するけど」

 シュテルが前に家事ではディアーチェには敵わないといったことを言っていた気がするし、料理だけでなく掃除も得意だろう。言動があれだが家庭的な少女であることに間違いはないと思われる。
 シュテルも家庭的ではあるが、凝り性なので料理などは店で出るようなものを作ってしまうので食べづらさがある。気楽さを考えるとディアーチェに軍配が上がるだろう。

「き、貴様! 我ではなくレーネ殿に味方するか。我を辱めて楽しいか!」
「ディアーチェ、ショウはともかく私は辱めているつもりはないよ」
「それはそれで性質が悪いです!」

 おそらくディアーチェがこのような反応をするからレーネさんはからかうのだろう。
 ふと思ったが、もしかしてシュテルの一部の性格はこの人の影響を受けているんじゃ……。もしそうだったらシュテルだけが悪いわけじゃないからこれまでのように言えなくなるかもしれない。

「ディアーチェ、少し落ち着きたまえ」
「事の発端の人物がそれを言うんだな……」
「今度はショウの話をしよう」

 ここで話題を切り替えたのは俺の独り言が原因なのか。
 いや、今はそんなことはどうでもいい。レーネさんはいったい何を話すつもりなのか、ということのほうが重大なのだから。
 とはいえ、俺の話など大したものはない気がする。レーネさんと一緒に何かをしたようなことはあまりないし、魔法関係のことを話すとも考えにくい。とりあえず聞いてみて対応しよう。

「実はだね、ショウにははやてくんというガールフレンドがいるのだよ」

 飲み込む瞬間に発せられたその言葉に俺は盛大にむせる。ディアーチェが心配して声をかけてきたが、手で大丈夫と返す。

「大丈夫かね?」
「あぁ……レーネさん、今のどういう意味で言ったんだ?」

 別にはやてとの関係を秘密にするつもりはないが、彼女は友人だ。ガールフレンドが女の子の友達という意味ならば話を続けてもらっても構わないが、変な意味の場合はやめさせなければならない。ディアーチェに誤解されると、シュテルにも伝わって面倒なことになる可能性もあるのだから。
 レーネさんは言葉ではなく小指を立てるという返しをしてきた。いったい何が言いたいのだろうか、と思ったが彼女の表情や雰囲気から俺にとって嫌なことを表現していると判断する。

「違う。俺とあいつはそんな関係じゃない」
「おや? 私の記憶が正しければ、君は彼女からバレンタインにチョコをもらっていたはずだが……」
「……レーネ殿、我に視線で問われても困るのですが。我はそのはやてという少女を知りませんし、この世界の文化も詳しくありませんので」
「ふむ、確かにそうだね」

 ディアーチェに返事を返すとレーネさんは席を立つ。戻ってくるのに時間はかからなかったが、手には先ほどまでなかったものが握られていた。
 それは俺とはやてが一緒に写っている写真だった。レーネさんはディアーチェに見せながら再び話し始める。

「この君に瓜二つな子がはやてくんだ」
「はあ……」

 ディアーチェははやての姿を見ても大した反応を見せない。彼女としてはそこまで似ているとは思っていない。またははやての写真を見せられたからといってどのように反応すべきか迷っているのかもしれない。
 レーネさんは反応の薄いディアーチェを気にすることなく、次にバレンタインの話を始める。最初は女の子が好きな子にチョコを渡す、といったものから始まり、最終的には脱線してお菓子会社の陰謀などと言っていた。

「あと2ヶ月もすればバレンタインだ。ディアーチェ、どうかね?」
「レーネ殿……それはこやつにチョコを渡すかと聞いているのですか?」

 出会って間もない相手にチョコを送るものなのか。我が何でチョコをやらねばならん、といった顔をディアーチェは浮かべている。彼女の立場だったらと考えると同情してしまいそうだ。

「別に渡せと言っているわけではないよ。ただ他世界の文化を行ってみるのも悪くない経験になると思ってね」
「誤解を招きそうな文化に迂闊に手を出すべきではないと思うのですが……そもそも話の対象がまた我に戻っているのですが?」
「おっと、そういえばそうだね。すまない……ただ君ともっと話をしたくてね」
「その気持ちは嬉しいのですが……もっと別の話題にしてくれませぬか?」

 このままでは身が持たないといった表情を浮かべるディアーチェ。夜はまだまだこれからであるため、明日彼女が元気であるか心配になる。シュテルやファラが加われば、もっと賑やか――いや騒がしくなるのは目に見えているのだから。


 
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