久遠の神話
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第百話 加藤との話その六
「そんなことが出来るのってな」
「そうですよね、じゃあ」
「そうした相手を機嫌が悪い時に叩きのめす奴は碌な奴じゃないさ」
「心が鍛えられていないですね」
「むしろ腐ってるよ」
鍛えられているどころか、というのだ。
「人間としてな」
「そうした人にならない様にすることが剣道ですね」
「そうだよ、心を鍛えるものだからな」
中田は上城に真顔で言う。
「弱い奴をいたぶるなんてあいつもしないさ」
「加藤さんもですね」
「あいつは闘いたいだけでな」
「暴力でjはないんですね」
「戦うことが暴力って言うなら暴力さ」
その解釈ならそう言えるというのだ、加藤も暴力を振るっているというのだ。だが中田は加藤についてこうも言った。
「けれどあいつは弱い相手には興味がないだろ」
「そうですね、全く」
「強い奴と戦うからこそ楽しいってな」
「そう言っておられますね」
「けれどな」
弱い相手とは、というのだ。
「そういう趣味はないんだよ」
「そのことはいいことですか」
「力を持ってそれに溺れる奴はいるさ」
中田は人間が陥りやすいその一面についても言及した。
「それで弱い奴をいじめるんだよ」
「そういう人間がですね」
「あいつだよ」
あの暴力教師だったというのだ。
「剣士にはそんな奴はいないな」
「そうですね。どの人も」
十三人の剣士全員がだった、例え己の欲の為に戦うことはあってもそれはなかった。上城もこのことを言う。
「高代先生は昔いじめをされてたそうですが」
「へえ、そうなのか」
「御存知なかったですか」
「ああ、初耳だよ」
中田は上城の今の話に目を丸くさせて応えた、実際に知らないという顔だった。
「そんなことする人には見えないけれどな」
「学生時代のことらしいです」
「成程ねえ、意外な話だな」
「それで何かいじめがばれて一時期日本におられなかったそうです」
「本当に意外だな」
「ですよね、僕も先生ご自身から聞いて驚きました」
こう中田に話す。
「先生がそんなことをしていたなんて」
「けれど今はそういうことをする人じゃないな」
「いじめとかには本当に心から怒られる方です」
もの静かな人間だ、だがそれでもだというのだ。
「僕達生徒にいつもいじめをする人間こそ弱い人間だと言っておわれます」
「心がな」
「はい、そう」
「自分のことから言ってるんだな、あの先生」
しみじみとしてだ、中田は述べた。
「自分が過去いじめをしていたから」
「そうですね、どうやら」
「それでそのいじめを糾弾されてか」
「一時期日本にいられなくてオーストラリアに逃げられたとか」
「大変だったんだな、自業自得とはいえ」
「一緒にいじめていた人は皆自殺とかに追い込まれたとか」
「おいおい、そりゃやり過ぎだろ」
その話を聞いてだ、また言った中田だった。
「幾らいじめをしていてもな」
「自殺に追い込むまではですね」
「確かに俺もあの暴力教師再起不能にしたわ」
中田は自分のことも話した。
「それはさ」
「それでもですね」
「命は奪わなかったさ、二度と暴力を振るえない様にしただけでな」
そこまでで止めたというのだ。
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