作り笑い
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第一章
第一章
作り笑い
道化はいつも笑顔だ。このことについてだ。
宮中にいる道化であるジュゼッペはだ。こう言うのだった。
「当然ですよ」
「当然?」
「当然というのですか」
「道化は人を笑わせて楽しむのが仕事ですから」
だからだというのである。
「ですから化粧もです」
「そうした様にしているんですね」
「そうだったんですね」
「はい、そうです」
こうだ。彼はおどけた仕草をしながら同じく宮中に仕えている若いメイド達に話している。そうしてそのうえでこんなことも言うのだった。
「ですから私もいつも笑顔なんですよ」
「そういうことですか」
「じゃあジュゼッペさんは何があってもですか」
「笑顔でいてそうして」
「私達も笑わせてくれるんですね」
「その通りですよ」
そしてだった。そのうえでだった。メイド達にこう尋ねた。
「最近カトリーヌさんの元気がないですね」
「ああ、あの娘ですね」
「あの娘のことですね」
「噂によれば失恋されたとか」
メイド達にこのことを尋ねた。それはその通りだった。カトリーヌとは宮中にいるメイドの一人だ。その彼女がどうかというのだ。
「悪い男に騙されて」
「ええ、碌でもない奴でしたよ」
「本当に。それでそいつに金を貢がさせられて捨てられて」
「そうなったんですけれど」
「そういうことだったんですか」
そんなことを話してだった。ジュゼッペはこんなことも言った。
「ではですね」
「どうされるんですか?」
「それで一体」
「決まっています。私は道化ですから」
にこりと笑って。白塗りで目と口、そして鼻のところを強調している彼がだ。こんなことを言うのだった。。
「あの娘も笑わせてきますね」
「そうして慰めるんですね」
「そうされるんですね」
「励ましは必要です」
こう言ってだった。彼は実際にそのカトリーヌのところに言った。ふわふわとしたブロンドの可愛い娘である。しかしその目は泣き過ぎて真っ赤になり瞼も腫れてしまっていた。
その娘の前に来てだ。ジュゼッペは。
あらためてだった。早速だ。
おどけた動作で道化の演技をはじめた。それを見ていってだ。
少しずつだがそれでもだ。笑みになっていく。まだ泣いているがそれでもだった。
笑顔になっていった。悲しみを忘れて。
それを見てだ。カトリーヌの同僚のメイド達は言うのだった。
「やっぱり凄いわよね」
「そうよね。やっぱりね」
「ジュゼッペさんの手にかかればどんな悲しいことも忘れられるわよね」
「道化の人だけはあるわ」
「ですから道化はです」
そのジュゼッペが彼女達に話す。やはりおどけた仕草をしきりに続けながら。
「人を笑わせることが仕事なのです」
「どんな悲しい思いをしている人でもですね」
「笑わせてそれを忘れさせる」
「それがですか」
「はい、仕事です」
今度は一礼して言う彼だった。その身体にぴっしりとした派手な色とカラー、フリルまで付いている如何にも道化といった格好でだ。
「そういうことなのです」
「ううん、やっぱり凄いですね」
「そうしたことができるなんて」
「それにジュゼッペさんって動き軽いですけれど」
メイドの一人がここでこんなことを言った。
「けれどあれですよね。宮廷に入って長いですよね」
「もうどれ位ですか?」
「私達が生まれる前からおられると聞いてますけれど」
「三十五年位でしょうか」
それ位ではないかとだ。ジュゼッペはおおよそだが答えた。
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