書く執念
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第三章
第三章
「ずっとな」
「死んでもですか?」
「死ぬまで書くんや」
そうするとだ。微笑んで言うのだった。
「それまで。ずっとな」
「頑張るんでっか」
「そや。頑張るで」
微笑はそのままだった。
「最後の最後までな」
「ほな。私が言えることは」
編集者はそんな織田の言葉を受けてだ。こう言うしかなかった。
「頑張って下さい」
「おおきにな。これからもどんどん書くで」
「それでなんですけれど」
織田の決意を聞いてからだ。編集者は織田にこんなことを言ってきた。
「今度東京に行かれるんですよね」
「作品の取材でや。ちょっとな」
「土曜夫人のですか」
織田が今書いている作品の一つだ。彼は多作であり色々な作品を書いている。そのうちの一つで彼にしては珍しい長編の作品である。
その作品の取材でだ。東京に行くというのだ。
「あの作品のことで、ですよね」
「そや。少しおらんで」
「わかりました。じゃあ待ってますんで」
「そっちの原稿も書くさかい」
織田はこのことも忘れていなかった。そうした話をしてだった。
彼は作品を書きその取材で東京に行った。そこで太宰治や坂口安悟とも話してだ。
そのうえで作品を書きながら東京を取材した。しかしだ。
彼は遂に倒れた。結核が急に悪化したのだ。そしてすぐに入院させられた。
その彼のところにだ。大阪からその編集者が駆けつけてきた。そして織田を心配してこう問うた。病室には織田がいる。白いベッドの中で半神を起こして彼に顔を向けている。
その彼にだ。編集者は問うたのである。
「あの、大丈夫ではないですよね」
「ないで」
微笑んでだ。こう返した織田だった。
「あかんわ。吐いてもうたわ」
「血を・・・・・・」
「ちょっとな。やってもうたわ」
こう言うのだった。
「それでも。君のところの作品は」
「まさかと思いますけれど」
「今日脱稿したで」
微笑んでだ。織田は書き終えたと言う。
「ちゃんとな。後で渡すさかいな」
「あの、そんな血を吐いても」
「血はいつも吐いとるで」
「そやからですか」
「そや。そんなんで驚いてたら書けへんわ」
織田は笑みさえ浮かべていた。そのうえでだ。
自分の作品を書いたのだ。そしてその原稿用紙を編集者に手渡してだ。彼にこう言った。
「これでええな」
「有り難うございます」
「いや、東京からはすぐに帰るつもりやったけれどな」
だがそれがだというのだ。
「ちょっとここにおるな」
「東京、ですか」
「正直東京は好きになれん」
こうも言う織田だった。実は彼は過去東京にいたことがある。しかしだった。
「わしには東京の空気は合わんわ」
「大阪ですね」
「カレーもコーヒーもちゃうわ」
あの店のカレーやコーヒーを思い出しての言葉だった。
「全然美味しいないで」
「そんなにでっか」
「特にうどんや。あかんわ」
織田は東京のうどんにも駄目出しをした。
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