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魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~

作者:月神
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As 15 「騎士達の帰還」

 崩壊が進む街の中を、桃色の光弾と闇色の光弾が飛び交う。
 高町と管制人格が射撃戦を行っているのだが、魔力量の差もあってか高町のほうが分が悪い。管制人格に背後を取られた彼女は、街に被害を出さないようにするためか海の方へと向かっている。
 高町は砲撃型の魔導師であるため、テスタロッサのような飛行速度を持っていない。管制人格との距離が徐々にではあるが確実に縮まっていく。

「は……!」
「ッ……!」

 高町へ襲い掛かった槍射砲の一撃を交差させた両手の剣でがっちりと受け止める。
 これで高町が攻撃に転じれると思ったのもつかの間、槍射砲の先端に闇色の魔力が集まり始めた。俺は咄嗟に後ろに倒れるようにしながら身を引く。直後、目と鼻の先を漆黒の閃光が走り抜けた。
 体勢を立て直そうとする間もなく、管制人格が上空に現れる。彼女は槍射砲を装備した左腕を大きく引いており、瞳は俺を海面に向かって叩きつけようとする意思に満ちている。
 ――どうする。減速して……いや、彼女のほうが能力的に優れている。そんなことをすればむしろ直撃をもらいかねない。ならば加速……それもダメか。テスタロッサの速度に対応する反応速度を持っているし、あらゆる魔法を蒐集しているんだ。俺より優れた高速移動魔法を持っている可能性が高い。

「させない!」

 防御魔法を展開しながら受け止めようとした瞬間、鋭い声が聞こえた。管制人格の視線は俺から声が聞こえた方へと向き、すぐさま飛行の軌道を変える。すると桃色の閃光が数発管制人格の居た場所を通った。
 続けて放たれた高町の速射砲は、管制人格に何発か命中する。しかし、威力を抑えることで連射性を上げているのか管制人格の防御を貫けないでいる。
 管制人格は再度高町へ襲い掛かる。近接戦闘で分が悪い高町は、距離を取ろうと後退。互いの動きを読み合いながら高速飛行が続く。
 目の前に迫る盛り上がった岩盤を、高町は減速しながら回り込むことで回避する。だがそれは悪手だった。管制人格は減速することなく岩盤を打ち破ったのだ。
 破片が飛来した高町は、咄嗟に防御魔法を展開。破片を防ぐことは出来たが、それによって一瞬ではあるが足が止まってしまう。それを管制人格は見逃さず、槍射砲を使った一撃を叩き込んだ。

「くっ……」
「ナハト……撃ち貫け」

 管制人格は高町に有効なダメージを与えられなかったと判断すると、魔力弾で追撃した。高町と管制人格の間に入り込み、防御魔法を多重で展開。しかし、管制人格の魔法は魔力弾といえど絶大で、一度に数枚の防御魔法が破壊される。
 一息つく暇もなく、さらに2発の魔力弾が迫ってくる。直撃はしなかったものの、防御を破られた俺の身体は衝撃によって海へと弾き飛ばされた。

「ショウくん!」

 名前を呼ばれたかと思うと、誰かに抱き止められる。考えるまでもなく高町だ。
 制止がかかるかと思ったが、減速はほとんどせずに海へと向かって行く。一度管制人格の視界から外れようとしているのかもしれない、と判断した俺は減速を駆けないことにした。
 ――だがこのまま海面に衝突すれば、衝撃によって高町にダメージがあるはずだ。現状で優先すべきことは、俺の意思ではなく彼女を守ること。管制人格の防御を貫けるのは彼女しかいないんだ。
 そう判断するのと同時に行動を起こす。高町が抵抗するような意思を見せたが、それを強引に押し切ることで、どうにか海面付近で体勢を入れ替えることに成功した。直後、海面に衝突し衝撃が身体を駆ける。それによって空気を吐き出してしまった。
 普段ならば反射的にそのまま海面に出ようとしていただろうが、上空には管制人格が待ち構えているはずだ。片方の剣を鞘に納めて、高町の手を引きながら適当な方向へ移動し始める。限界まで潜水し距離が取れただろうと判断した俺は、高町と共に海面へと上がっていく。隆起した岩盤に上がり、身を潜めながら管制人格の様子を窺う。

「はぁ……はぁ……」
「ショウくん……大丈夫?」
「少し……水を飲んだだけだよ。……君は?」
「……大丈夫。まだやれるよ」

 頼もしい言葉であるが、敵は化け物じみた強さだ。戦闘が長引けば、心に亀裂が入りかねない。
 ……彼女を相手に長時間戦闘をできるか分からないか。高町はまだしも、俺は本気で魔法を使用し続けなければすぐさま戦闘不能になりかねない。それに崩壊までのタイムリミットもある。あとどれくらいの時間が残っているのだろうか。
 そんなことを考えていると、左手を握り締められる。首だけ振り返ると、力強い瞳が俺を見ていた。

「大丈夫だよ。私達はまだやれる。フェイトちゃん達を助けられるよ」
「……前から思ってたけど、君ってそういうことを簡単に口にするよね」
「こういうときこそ前向きに、だよ」
「……そうだね。ありがとう、何だかやれる気がしてきたよ」

 漆黒の剣を地面に突き刺して、高町の手をそっと握る。その行動に彼女は驚きを見せるが、すぐさま凛とした顔に戻った。
 高町は残っているマガジンの数を確認し始め、俺は濡れた前髪を目に掛からない位置に退けながら管制人格の様子を窺う。

「マガジン残り3本。カートリッジ18発……」
「多いようで少ないな」
「うん。思いっきりの一発を撃ち込めればいいんだけど」
「……確かに状況を変えるにはそれしかない。俺が何とか足止めするしかないか」

 地面に刺していた剣を引き抜いて、管制人格の元へ向かおうとすると肩を掴まれた。視線を向ければ、心配そうな目でこちらを見ている高町の姿が映る。

「無茶はしないでね」
「……君は無理な注文をする子だな。自分のほうがしそうなのに」
「ぅ……私は大丈夫だから」
「何を根拠に言ってるんだか……まあ今日は仕方ないかな。やり遂げないと全てが終わってしまうから……善処はするよ」

 高町の返事は待たず、納めていたもう1本の剣を抜きながら管制人格の元へと飛翔する。
 こちらに感づいた管制人格に炎を纏った高速の5連突きを放つ。それは槍射砲を使ってガードされてしまったが、まだ続きがある。突きを終えた俺は斬り下ろし、斬り上げ、そして全力の上段斬りを放った。

「魔導師とは思えない剣技だが、まだまだ騎士には及ばない」

 最小限の動きで《ハウリング・フレア》をガードした管制人格は、即座に魔力弾を放ってきた。後退しつつ身体を捻ることでどうにか回避に成功するが、意識を彼女に戻したときには追撃を放とうとしていた。
 だが桃色の閃光が管制人格の動きを阻害した。高町が俺のために援護してくれたのだ。彼女が本気の一撃を放つための時間稼ぎをするために戦っているのに援護されては本末転倒だと言える。
 無茶をするなと言われたが、無茶しないとすぐにでもやられそうだ。それに現状の維持ではいたずらに時間を浪費するだけ。魔力の残量を考えずに最高の手を打つしかない。

「は……あぁぁッ!」

 左の剣に纏う魔力が冷気へと変化。凍結を付与した3連撃《サベージ・エース》を放つ。だが先ほどの8連撃を防いだ管制人格の防御を抜ける気はしない。
 ――抜けなくていい。俺の役目は足止めすることなんだ。
 最後の一撃を放ったの同時に、意識を右の剣へと切り替える。2本の剣を使っての剣技はほぼないに等しいが、片手での剣技はそれなりに習得している。習得しているものの中には、いくつか非攻撃側の腕が初動のモーションとほぼ同じものがある。二刀状態の今ならば、剣技を繋げようと思えば繋げられるはずだ。

「まだだ!」

 バックモーションの垂直斬りから、上下のコンビネーション。最後に全力の上段斬り。
 俺の技の中でも高速の4連撃である《バーチカル・フォース》も防がれてしまった。だが管制人格の意識はこちらに向いている。
 再度意識を左腕に向ける。バーチカル・フォースを繰り出した場合、繰り出したのと反対側の腕は最終的に折りたたんだ状態で肩に引き付けられる。ここから少し身体を捻ることで、あの技の構えに等しくなる。

「ッ……!」

 純白の刀身を今度は深紅の炎が包み、技術と魔法で腕を加速させて撃ち出すと爆音が鳴り響く。管制人格は《ブレイズストライク》をこれまでのように槍射砲では防がず、魔法を使用してガード。その瞬間、俺の脳裏に消えて行ったテスタロッサの姿が過ぎった。
 まさかあれが来るのか。そうなら距離を取らなければ……!

「甘いッ」

 距離を取ろうと後退した瞬間、管制人格は魔法の鎖を展開し俺を捕縛する。彼女が次に取った行動は、俺を飲み込む――ではなく、振り回して放り投げることだった。投げられた先には砲撃の準備をしていた高町がいる。どうにか体勢を立て直そうとするのだが、間に合いそうにない。
 せめて避けてくれ、と思って視線を送るのだが、高町の瞳はこちらを受け止める気で満ちていた。念話で伝えたところで、頑固な一面のある彼女は意思を曲げないだろう。

「く……!」
「うっ……!」

 予想したとおり高町は俺を受け止めた。減速していたこともあって先ほどのように海面に衝突、とはならなかったが、礼を言う間もなく管制人格が魔力弾が放ってきた。
 闇色の魔力が拡散するのと同時に爆音が響き、大量の煙が立ち込める。攻撃範囲を広げた魔力弾だったためか、直撃したものの俺も高町も堕ちることはなかった。だが確かなダメージは通っており、それを証明するかのようにバリアジャケットが破損している。高町はそうでもないが、俺の方はボロボロと言っていい。

「……お前達ももう眠れ」
「……いつかは眠るさ」
「うん……でもそれは、今じゃない。レイジングハート、エクセリオンモード!」

 レイジングハートがカートリッジを2発リロードする。
 おそらく高町はフルドライブを使用するのだろう。すでにフルドライブを使用している俺と彼女とでは、やはり魔導師として力量の差がある。だが妬んだりはしない。現状では彼女がまだ全力でなかったことは心の支えになるのだから。
 高町は今この場に残されたたったひとつの希望だ。彼女が撃墜されるようなことがあっては、崩壊を止められなくなるだろう。俺がすべきことは、この身がどれだけ傷つこうとも戦える限り戦って彼女を守ることだ。

「ドライブ!」

 高町の身体が桃色に発光し、収束と同時に修復されたバリアジャケットが姿を現す。直後、レイジングハートも変形し槍を彷彿させる形状になった。

〔……マスター〕
〔いやいい。今はバリアジャケットを修復する魔力も惜しい〕

 今フルドライブを使用した高町と違って、俺はテスタロッサが飲み込まれる前から使用していた。防御魔法の多重展開に高速移動魔法の連続使用、魔力変換を用いた魔法と日頃と比べれば爆発的に魔力を消費している。
 高町ほどの防御力があるのならばバリアジャケットの修復にも意味があるが、俺の防御力では現状でも万全の状態だろうと本気の一撃をもらえば堕ちかねない。攻撃と回避に残りの魔力を使う方が効率的と言えるだろう。

「悲しみも悪い夢も……終わらせてみせる!」
「…………」

 管制人格は涙を流しているものの何も答えないようとしない。その代わり、闇の書を出現させたかと思うと金色のスフィアが彼女を取り囲むように生成された。
 テスタロッサの魔法だと理解したが管制人格が自分の特性に合った形に変化させているのか、さらに俺達を囲むようにスフィアが生成される。
 完全に囲まれた状態だが、高町に怯んだ様子はない。彼女の意思の強さを示すように足元に魔法陣が展開し、魔力の波動が拡散する。
 管制人格の合図と共に、スフィアから次々と魔力弾が撃ち出される。膨大な量の魔力弾が一斉に迫ってくるが、高町が結界型の防御魔法を展開。魔力弾が結界に衝突し爆音を響かせる。

「ショウくん、諦めちゃダメだよ!」
「そっちこそ諦めないでくれよ。君は現状に残された希望なんだから!」

 実際の時間よりも長く感じられた魔力弾の嵐を高町は防いで見せた。立ち込めた煙が晴れ始めるのと同時に、俺は管制人格へと接近する。

「諦めろ。お前の剣は私に届かない」
「そんなこと分かってるさ!」

 だが諦めるつもりはない! と意思表示するように右手の剣を横薙ぎに繰り出す。管制人格はそれを槍射砲で難なく受け止めた。暗雲で見えにくくなっていた互いの顔を、散った火花が一瞬明るく照らす。
 金属がぶつかり合う衝撃音が合図となり、俺と管制人格の剣戟は一気に加速していく。
 先ほどまでのように型のある技は使わない。敵は歴戦の戦士である以上、俺のような技を使う人間との戦闘経験があってもおかしくないのだ。それに今必要なのは威力ではなく手数。
 俺は左右の剣を本能に任せて振り続ける。極限まで集中して知覚が上昇しているのか、両腕はこれまでで最速で動く。だが――。
 管制人格は舌を巻くほどの正確さで俺の攻撃を次々と叩き落していく。多少の隙さえあれば、鋭い一撃を浴びせようとしてくるのだから性質が悪い。集中力が少しでも鈍れば、反応できずに直撃するだろう。
 何度打ち合ったときだっただろうか。不意に管制人格が後退し始めた。俺はそのぶん距離を詰めて攻撃するが、状況に変化はない。そう思った瞬間――先ほどまでと微妙な距離の違いから俺の剣は空を斬った。

「しまっ……!?」
「ふっ!」

 槍射砲を使用した一撃が迫る。反射的に身体を捻ったが、掠っただけで済んだのは偶然としか言いようがない。強引に捻ったことで節々が痛む。だが管制人格が続けざまに魔力を乗せた右拳を繰り出してきたため、じっとしているわけにもいかない。
 左右の剣で受け止めるが、強烈な衝撃によって吹き飛ばされる。

「バスターァァッ!」

 管制人格がこちらに追撃をかけようとした瞬間、気合の声と共に桃色の閃光が走る。それをすぐさま感知した彼女は回避運動を行い、意識を俺から砲撃してきた人物へと切り替えた。
 迫り来る管制人格に高町は再び砲撃を放つが、管制人格は最低限の動きで回避する。下に潜り込んだ管制人格は、アッパー気味に高町へ槍射砲の一撃を打ち込んだ。高町はどうにかガードしたが、俺と同様に吹き飛ばされて盛り上がっていた岩盤に衝突。重力を無視して上へと転がっている。
 とはいえ、ダメージはそこまでなかったようで高町はすぐさま体勢を整え、隆起している岩盤の頂上に着地した。俺も体勢を立て直すと、すぐさま彼女の隣へと向かう。

「一つ覚えの砲撃が通ると思ってか」
「通す! ショウくんのためにも絶対に!」

 カートリッジが2発リロードをされると、先端部分から桃色の翼が出現。高町から感じる魔力が強まっていく。
 高まった魔力が具現化したかのように、レイジングハートの先端に深紅の魔力刃が現れる。魔力刃と魔力翼を展開させたレイジングハートは、高町の思いを貫き通すための槍のように見えた。

「エクセリオンバスターA.C.S……ドライブ!」

 爆発的な加速で高町は突貫した。管制人格もその速度に回避することは出来ず、防御魔法を展開する。ふたりの魔法が衝突するのと同時に凄まじい音が響く。
 高町の攻撃は防御を貫けていないようだが、圧倒的な勢いで管制人格を後退させていく。俺もその後を追いかける。
 ふたりはいくつもの岩盤を突き破り、巨大な岩盤で制止した。だが状態としては拮抗したまま――いや、管制人格が盛り返そうとしている。

「う……おぉぉッ!」

 気合の声を発しながら、刀身に魔力を集束させた左手の剣を管制人格の防御魔法に撃ち込む。加勢としては微々たるものだろうが、それでも五分五分の状態に戻すことができた。

「高町、後のことは気にしないで全力全開でやれ!」
「うん! ……届いて!」

 レイジングハートがさらに3発リロード。魔力翼が一段と大きくなる。さらなる加速を得たことで、徐々にではあるが深紅の魔力刃が防御魔法を貫いて行った。

「ブレイクゥゥ!」
「まさか……」
「シュート!」

 高町の声と共に圧倒的な威力の魔力砲撃が放たれた。それは一瞬にして巨大な岩盤を砕き、着弾付近を崩壊させる。

「はぁ……はぁ……」

 ゼロ距離であれだけの砲撃を叩き込んだだめ、使用者である高町にも左腕を押さえるほどのダメージがあったようだ。バリアジャケットも焦げたり破けたりしている。
 ――それだけで済むあたりさすがだな。
 俺はというと、左腕のバリアジャケットは完全になくなっており負傷している。握っていた剣を落とさなかったのは奇跡に近いかもしれない。ただ剣にもダメージがあり、刀身の半ばから先はなくなっている。正直に言って、今の攻撃で決まっていないとなると不味い。

「……ショウくん!?」
「ん、あぁ自業自得だから気にしなくていい」
「でも……!」
「でもじゃない! ……まだ終わってない」

 崩壊した岩盤付近からゆっくりと人影が空へと上がっていく。こちらのようにバリアジャケットが破損しているようには見えない。それどころか、ダメージを負っている様子さえない。
 あれで無傷となると……残された手は高町の残留魔力をも利用する集束砲撃しかないか。ただあれには時間がかかる。どうする……いや、どうにかするしかない。

「もう少し頑張らないといけないな……君も頑張れるよな?」
「……うん!」

 高町は意識を切り替えられたようで凛とした顔に戻った。
 視線を管制人格へと戻すと、彼女は悲鳴にも似た雄叫びを上げ始めた。先ほどまでと違って、明確な感情が表情に表れている。こちらに視線が向いた瞬間、殴りかかろうと接近を始めた。
 高町がすぐさま速射砲を放ち、数発命中。しかし、管制人格はまともにもらったにも関わらず止まらなかった。彼女は今、俺達を打ち倒すことだけ考えているのかもしれない。
 高町をやらせるわけにはいかない、と思った俺は2人の間に割り込み、襲い掛かってくる拳を受け止めるべく左右の剣を構えた。

「うおおッ!」
「ぐっ……」

 受け止めた次の瞬間、左右の剣は弾かれていた。左腕にまともに力が入る状態だったならば、違った結果があったかもしれない。

「沈め!」

 がら空きの腹部に渾身の拳が撃ち込まれた。
 息が詰まったかと思うと、身体の中を何かが逆流する感覚に襲われる。それを認知したときには、すでに後方へと吹き飛んでおり、岩盤に思いっきり背中を打ちつけた。衝撃によって再び息が詰まる。

「……かはっ」

 声が漏れるのと同時に全身の力が抜けた。左右の剣が手の間からすり抜けていく。
 ――ま、不味い。
 視界には追撃を行おうとしている管制人格が映っている。この追撃をまともにもらえば動けるかどうか分からない。
 歯を食いしばり全身に力を込める。落ち掛けていた2本の剣を握り締め、身体の前で交差させ防御魔法を展開。展開が完了するのと同時に管制人格の一撃が叩き込まれる。

「諦めろ! お前では私に勝てん!」
「俺は……勝ちたいんじゃない。……助け……たいんだ」
「ッ……ならば、強引に眠らせるだけだ!」

 防御魔法を破壊し俺を打ち倒そうと、管制人格は大きく拳を引いた。だが突如、轟音が響き始める。彼女は反射的に回避行動を取り、次の瞬間には彼女が居た場所を桃色の閃光が駆け抜けた。

「――お前達がいなければ!」

 標的を高町に変更した管制人格は、声を上げながら全速で向かっていく。
 高町も応戦するが、防御を捨て攻撃に専念する管制人格の前に防戦一方だ。助けに入りたいが、戦闘場所の移動が早すぎる。ダメージの抜けていない今の状態では追いつくことができても何もできない。

「きゃあ……!」

 防御を破られ海面へと落下した高町を、管制人格はすぐさま回りこんで海面付近で蹴り飛ばした。高町は衝撃で真横に吹き飛び、海面を数度跳ねたあと岩盤に直撃。それと同時に鎖状の魔力に拘束される。
 管制人格はふたつの岩盤を利用して高町を張り付け状態にし、闇の書を出現させる。上空に闇色の稲妻が一点に走ったかと思うと、次元が裂けドリルを彷彿させる巨大な槍が出現した。

「眠れ!」

 巨大な槍は管制人格に放たれると回転し始め、高音を撒き散らしながら高町へと向かっていく。先端がアーチ上に存在していた岩盤を砕くと、高町の表情が恐怖で染まった。上空にあった岩盤のせいで槍の存在を認知できていなかったのだろう。
 突如、脳裏に奈落の底に落ちて行ったプレシア・テスタロッサの姿が過ぎる。
 俺は、また助けることができないのか……。
 両親のときとは違い、今の俺には力がある。同じ過ちは繰り返さないという想いも。手を伸ばせば届く距離にいるのに、こんなところでじっとしているつもりなのか。

「く……ぅ」

 漆黒の剣を岩盤に突き刺して、俺は歯を食い縛りながら立ち上がる。
 身体はあまり言うことを聞いてくれない。足は小刻みに震え、両腕は鉛のように重くなりつつある。左腕に関して言えば、感覚すらなくなってきている。
 ――だが、高町は守ってみせる。
 高町を失えば、もう管制人格を止めるのは不可能になる。それに、これ以上テスタロッサから大切な人間を奪わせるわけにはいかない。
 今の身体で無茶をすればどうなるか正直分からない。それを心配するかのようにファラのコアが瞬いた。声をかけてこなかったということは、彼女も最優先すべきことが分かっているということだろう。俺は一瞬だけ微笑みかけると、岩盤を蹴って巨大な槍へ向かう。

「う……おおぉぉ――あああ!」

 残っている魔力を振り絞り、破損していた左の剣を修復。左右の剣の刀身に漆黒の魔力が集束していき、先ほどの高町の魔力刃のように一定の濃度を超えたのか魔力が蒼色に変化する。
 右の剣で薙ぎ払い、間髪を入れず左の剣を叩き込む。右、左、再度右と絶え間なく続く流星群のように高速の斬撃を繰り出していく。一閃するごとに甲高い音が鳴り響き、星屑のように飛び散る魔力が俺の周囲を夜空のような色に染め上げる。
 16回にも及ぶ斬撃の雨に巨大な槍は砕け散った。しかし、その巨大さ故に破片になっても充分な大きさを誇っており高町の方へと落下し始める。

「……バーストッ!」

 周囲に漂っていた魔力が拡散し、槍の破片を木っ端微塵に消し飛ばす。
 ファラの改修を終えたシュテルが、過去のデータを元に作成し使用できるようになるまで訓練に付き合ってくれた魔法《ミーティアストリーム・バースト》。今のところ唯一の二刀流での技であり、俺の切り札。

「はぁ……はぁ……」
「その様子ではもう限界だろう……お前も一緒に眠るといい」

 管制人格は再度巨大な槍を出現させる。
 高町はバインドされたままであるため、俺がどうにかする他ない。しかし、できるだろうか……この満身創痍の身体で。

「……いや、できるかできないかじゃない。やるしかないんだ」

 不気味な大槍が高い唸りを上げて再度飛来してくる。もう一度斬り捨てようと動き始めるが、左の剣が手をすり抜けてしまった。落下するそれを素早く掴むが、この一瞬が仇となり迎撃する時間を失ってしまう。
 だったら、受け止めて軌道を逸らすまでだ。
 下から悲鳴に似た声で名前を呼ばれるが気にしている場合ではない。あの子はこの場に残されたたったひとつの希望だ。守らなければ全てが終わる。
 交差させた剣と巨大な槍がぶつかる――まさにそのときだった。
 突然、雷鳴にも似た剣閃が巨大な槍を斬り裂くように一直線に走った。瞬きをした次の瞬間には、真っ二つになる。分断された槍は海へと落ち、大きな水しぶきを巻き上げた。
 現れた人影は、白いマントを身に付け大剣と化したデバイスを握り締めている。バリアジャケットの一部やデバイスの形状が変わっているが、見間違うはずもない。フェイト・テスタロッサだ。
 振り返ったテスタロッサの顔は、勇気付けられるほど力強い意思を感じさせるものだった。俺と視線が重なると、一瞬ではあるが微笑を浮かべる。俺はそれに「無事で良かった」という想いを込めて微笑み返した。
 高町に促されるように、俺達の視線は管制人格へと向かう。
 管制人格の目からは涙が溢れ、表情は怒りで染まっていた。彼女もこちらを射抜くように見ていたが、左腕に意識を向ける。
 管制人格の左腕には本来の姿に戻ったナハトヴァールの姿があった。奴は管制人格の身体を奪うかのように動き始めている。
 間に合わなかったのか、と打ちのめされそうになったときだった。

『外で戦ってる方、すみません。協力してください!』

 その声は間違えようはなかった。
 ――そうか……お前も戦ってるんだな。なら俺がここで折れるわけにはいかない。

『この子についてる黒い塊を……!』

 そこで声が途切れ、管制人格から衝撃波のような絶叫が響いてくる。彼女も苦しんでいるのだ。

『なのは、ショウ!』
「ユーノくん!?」
『フェイト、聞こえてる?』
「アルフ」

 モニターが現れたかと思うと、徐々にユーノとアルフの顔が映った。
 ユーノが言うには、融合状態で主が意識を保っているため、今ならば防衛システムを切り離せるかもしれないというのだ。

「ほんと?」
「具体的に、どうすれば!」
『純粋魔力砲で黒い塊をぶっ飛ばして。全力全開、手加減なしで!』

 俺達は一斉に顔を見合わせた。
 高町のために簡潔にしたのだろうが、それでも充分に伝わるだけにさすがはユーノというべきか。

「さすがユーノくん」
「分かりやすい……ショウ」
「ああ……任せるよ」

 俺には充分な威力の砲撃を撃てる余力がない。撃てないこともないだろうが、撃った瞬間に魔力が尽きて海面に落下するだろう。
 高町とテスタロッサは並んで滞空し、デバイスの先端を管制人格へと向ける。

「N&F中距離殲滅用コンビネーション!」
「ブラストカラミティ!」

 テスタロッサが大剣を振り上げるの同時と、彼女達の周囲に次々と魔力弾が生成される。

「「ファイア!」」

 桃色と金色の砲撃が放たれ、ひとつの閃光となって管制人格へ向かう。砲撃が終了すると、生成されていた魔力弾が行動を開始。巨大な砲撃と雨のような魔力弾は全て直撃し、ナハトヴァールを食い破るように破壊していき、爆発に伴って大量の煙を発生させる。
 暗雲が立ち込める空に眩く輝く白光。そこから4つの光が出たかと思うと、それぞれ魔法陣が出現する。次の瞬間、巨大な光柱が走り収束と同時に4人の騎士達が現れた。そして、騎士達の中央にはやてが舞い降りる。

「夜天の光に祝福を! リインフォース、ユニゾン・イン!」

 はやての髪と瞳の色が変化し、白を基調としたバリアジャケットを身に纏う。
 岩盤へと降り立ったはやては騎士達と向かい合う。騎士達の顔には涙や申し訳なさが見て取れる。

「はやて……」
「うん」
「……すみません」
「…………」
「あの、はやてちゃん……私達」
「ええよ、全部分かってる。リインフォースが教えてくれた……まあ細かいことは後や。とりあえず今は……おかえり、みんな」

 はやては微笑みながら両手を広げる。ヴィータは少し間があったが、彼女に抱きついて名前を呼びながら泣き始めた。シグナム達はそれを温かく見守る。ヴィータが抱きついていなかったならば、俺がやっていたかもしれない。それくらい今の胸の内は感情で溢れかえっている。
 俺は剣を背中にある鞘に納めながら、高町達と共にはやて達の元へ降りる。高町が微笑みかけると、はやてもそれに応じる。
 黙ってはやてに近づいていくと、彼女は静かに微笑んだ。事件が始まってから今までのことを全て理解している、そんな風に見える笑みだ。
 俺は彼女の頬にそっと触れながら、同じように微笑みかける。

「無事で……良かった」
「うん……ごめんな」

 簡単な言葉であるが、それに込められた想いは大きいと分かる。はやての視線は俺の顔から左腕に移り、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
 俺は右手で左腕に触れながら、できるだけ優しい声色を意識しながら話しかける。

「いいんだ……俺が望んで、選んだことだから。お前が無事ならそれだけで……」

 言葉が足りないような気もするが、今はこれだけで充分だろう。
 ――はやて達は助かった……ユーノ達もここに向かってるようだし、もう大丈夫だよな。
 そう思った瞬間、俺は全身の力が抜けていくのを感じた。視界がぐらりと揺れ、意識が暗転していく。最後に見たのは、驚愕や心配の混じった顔で俺の名前を呼びながら抱き止めようとするはやてだった。


 
 

 
後書き
 肉体的・精神的に疲労していたショウははやてが助かったことで緊張の糸が切れて気を失ってしまう。
 彼が目覚めたときには事態は収拾していた。全てが終わったのだと思いきや、悲しい結末が少年達を待ち受ける。

 次回 As Final 「雪空の下で」 
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