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打球は快音響かせて

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高校2年
  第二十四話 可能性

 
前書き
神崎葵 163cm
木凪諸島斧頃高校
翼の幼馴染で現在は彼女。基本お節介焼きで翼に説教かます事もあったくらいだが、翼が野球留学してからはやたらと乙女っぽくなったあたり、やはり翼の事が好きで寂しいのだろう。

青野真美 156cm
水面・三龍高校
宮園の彼女。入学当初から宮園にゾッコンで、今でもそれは変わっていないが、当の宮園はそれほどである。呑気なJKのテンプレのような女の子。  

 
第二十四話




……話は遡り、三龍が海洋に敗れた次の日。

宮園は青野とデートしていた。
水面市内の中心部に出ると、デートできそうな場所はいくらでもある。都市はこういう所がいい。
……翼と葵なんかは、糞田舎にも関わらず海でイチャついているのだが。その時間を楽しいと思うかどうかは、やはり相手との関係によるのだろう。

(あーぁ)

そして心の中でため息をつく宮園は、けしてこの時間が楽しいと思えてはいなかった。無邪気な顔で、実に嬉しそうに話しかけてくる青野はそれなりに可愛くはあるが、しかしどうにも面倒臭さが先に来る。要するに、それほど好きではない。嫌いでもないから、一応惰性で付き合ってはいるが。割と自分に尽くしてくれているのは分かるし、それは嬉しくないわけではないが、何とも複雑な気持ちで、最低限怒らせない程度の反応をし続ける。

(……?)

ふと宮園は、視線を感じた。
隣の青野……のものではない、鋭さを感じる視線。背後を振り返るとそこには…

私服姿の浅海が居た。1人カフェのテラスでくつろぎながら、こちらを見ていた。

(……先生も今日は休みか)

宮園は小さく会釈して、その視線から逃れるようにそそくさとその場を離れていった。



ーーーーーーーーーーーーーーー



「……おかえり」
「こんばんは、先生」

宮園がデートから帰り、寮に帰って来ると、浅海に出迎えられた。先生の様子はいつもと変わりないが、自分が女とつるんでる様子を見られていたとなるとこれは中々に恥ずかしい。次からあのショッピングモールへは行けないな。宮園はそう思った。

「オフの息抜きは楽しかったか?」
「はい、それなりに」
「確かに、それなりという顔をしていたなぁ。デート中の男子高校生とは思えなかったよ」

やっぱり、その事に触れてくるか。
冷やかしてくるような浅海の調子に、宮園は閉口した。

「…なぁ宮園、君はどうにも冷めた所があるよなぁ。去年一年間授業で書いた作文を読んでも、野球部での様子を見ていてもそれは分かる。」
「……まぁ、これが性格なんで」

急に真面目な顔になった浅海を見て、宮園はあぁ、お説教かと身構える。戸惑う訳でもなく、冷静。浅海は話を続ける。

「そう言われてしまえばお終いなんだが…まだ君は高校生じゃぁないか。本当の世の中を知った訳でも無いのに、知ったげに周りを冷めた目で見るのはどうかと思うけどねぇ。」

ま、私もまだまだ若造だから世の中の事なんて分かっちゃいないんだけどね。そう言って浅海は笑う。

「なぁ、宮園。昨日の試合の八回、逆転された時だ。君は笑ったよな?どうしてだ?」
「はい?」
「笑っただろう。仕方がなさそうな顔をして」

よく見ているな。宮園はかえって浅海に感心した。観客席から、ちょっとした選手の表情まで見抜いていたとは。

「……あの時、君は試合を諦めた。違うか?」
「ヤバいな、とは思いました。」
「いやいや、あのワンプレーから明らかにリードがおざなりになったぞ。テンパってたならまだしも、悟ったような笑顔を見せたお前がそうだったはずはない。」

本当に、この人は。宮園は思う。
観客席から見ていただけで、どうしてそんな心の中の事まで分かるのだろうか?確かに、宮園はあの時試合を諦めた。1点差で負けるのも5点差で負けるのも変わらないと思った。やっぱりこの人は凄い。女性だから高校野球はしてなかったはずだけど、その分、人間を知ってる気がする。

「……なぁ宮園、君は自分で自分自身を見限ってるように思うが、高校生のやる事なんて本当にどう転ぶか分からないんだぞ?君らにはまだ可能性があるんだ。その可能性は歳をとるごとに消えてなくなっていく。今その可能性を追わないでどうするんだ?歳を取ってからでは遅いぞ?」
「……」

巷に溢れる、青臭い理想論でも、何故か浅海に言われると納得できるような気がしてしまう。
言葉はその中身と同じくらい、“誰が”言うのかも大事だ。

「可能性を信じて努力して裏切られるのが怖いのか?だったら心配なんて必要ない。たかが野球じゃないか。失敗したって死ぬ訳じゃない。勝てると思って必死にやって、例え負けたとしても泣いてそれで終わりだよ。だからさ、あと一年、必死でやってみろよ。君の可能性を私に見せてくr」
「だったら!」

宮園は浅海の言葉を遮った。
確かに浅海の言葉は納得できる。自分の中でも、前から気づいていた事だった。
自分は努力が裏切られるのが怖い。だからレギュラーがまず間違いない三龍に来たし、下手すると3年間ベンチ外もあり得る商学館の誘いを蹴った。それは前から分かっている事だった。
それよりも、この機会に言っておかないといけない事がある。このまま話を聞いて納得するだけだと、結局何も変わらない。宮園はそんな気がした。

「浅海先生が監督をやって下さい!」
「え?」

唐突な宮園の頼みに浅海は戸惑った。
宮園は一気にまくし立てる。

「乙黒監督じゃ、どうやっても結局海洋や帝王大には勝てません。球が速いだけの鷹合に固執するし、戦略も何一つ考えていない!正攻法でウチが勝てるはずが無いのに。浅海先生の方が明らかに監督に相応しい、それは浅海先生自身も分かっているでしょう?」
「そ、それは…」

返事に詰まる浅海相手にも、宮園は容赦しない。むしろ、どんどん口が回り始める。

「女性だから無理だとか、自分ではどうする事もできないとか、言わないで下さいよ?僕らに諦めない事、可能性を追う事を求めるなら、先生も諦めないで下さい。コーチなんて、一歩引いた所から見てないで、一緒に戦って下さい!」
「…………」

浅海は何も言えずに黙り込んでしまった。
宮園は少し言い過ぎたか、とも思ったが、一方で非常にスッキリとしていた。
ずっと言いたかったが、言えなかった事。
それを直接ぶつけられたから。

「失礼します」

頭をぺこりと下げて、宮園は自分の部屋に戻っていく。その場には、神妙な顔で立ち尽くす浅海だけが残った。

(……高校生を侮っていたわね。そう返されるとは思ってもみなかった。)

ベンチに腰かけ、ふぅと息をつく。
宮園の言うことも、ごもっともだった。
諦めるな、可能性を追え!
そう言う資格は自分には無いのかもしれない。
なぜなら、自分も諦めている。

野球は元々、かなり好きだった。
三龍の先生になって、野球部の顧問になった時は、女には絶対に立つ事ができない甲子園の舞台への可能性が出てきたと思って、胸がワクワクしたのを覚えている。3年前に前監督が退任した時は、自分が監督になれるのかと、淡い期待を持った。

しかし、その期待は結局かなわなかった。
浅海がすぐ「自分がやる!」と言わなかった為に、学校は甲子園経験者の乙黒を呼んで監督の座に据えたのだった。

どうしてそこでグズグズしてしまったかと言うと、やはり自分は女で、監督に名乗りを挙げた所で認められないかもと思ってしまったからだった。また「甲子園」という夢が、女だからという理由で潰されるのが怖かった。

(裏切られるのを怖がっている、という点では、私も宮園と同じね…)

プルルルーー

ちょうどその時、浅海のスマートフォンが着信音を立てた。



ーーーーーーーーーーーーーーー



「えぇ!?浅海を監督に!?」
「そうです。浅海先生に次の秋は指揮をとってもらいたいと思います。」

校長室に呼び出された乙黒と浅海に校長が告げたのは、野球部内の配置転換だった。
乙黒はショックを隠しきれない顔で、校長に食ってかかる。

「ちょっと待って下さい!確かに僕は結果を出せていませんけど、次のチームは期待できる代なんですよぉ!?それを女の浅海に任せろってそりゃ…」
「はて、男か女か、性別は関係あるのですかな?指導者としての力量に」
「うぐっ…」

穏やかな表情を一ミリたりとも崩さないままに校長にあしらわれ、乙黒は何も言えない。

「実はですね、先日の試合を見ておりました前監督が、同じく応援に来ておりました私に言ってくれた訳です。“あの流れで何も手を打たず、ベンチでオロオロしているだけなのはおかしい。エースと心中する事しか考えていない。それなら監督なんて必要ない”とね」
「」

真っ向から自分の監督としての働きを否定された乙黒は顔を引きつらせた。校長はそれを見てニコニコとしている。案外性格が悪いかもしれない。

「そして、“浅海ならばこんなザマにはならない。あいつは女だが、監督としての器が無いわけじゃない。少なくとも、あのメガネよりはマシ”だと仰られたんです。そして私はそれが本当なのか、応援席に居た野球部の生徒に確かめてみる事にしました。すると、彼は言う訳です。“僕らの事1人1人を気にかけてくれている、すごく良い先生です。指導も具体的で、言葉が分かりやすいし、明らかに戦力外な僕を、B戦なら通用するくらいまでにしてくれました”とね。ああ、ここまでに思われている浅海先生ならば、監督を任せても差し支えないだろうと、その時私は納得致しました。」
「す、すいません。その話を聞いた生徒というのは…」
「あぁ、足を怪我していた2年生でしたね。」

浅海はその時、ジーンと胸の奥が熱くなった。
好村翼。その生徒は明らかに翼だった。中学時代は野球部ですらなかった、木凪からの越境入学生。そんな翼に目をかけ、指導してきた事が、こんな形で返ってくるとは、巡り合わせの妙に心が震える。もちろん、見返りを求めていた訳ではない。が、嬉しくならないはずがない。自分の知らない所で、自分を褒めてくれていた。恩を語ってくれた。教師として、指導者としてこんな嬉しい事はない。

「さて、浅海先生。後はあなた次第ですが、どうですか?引き受けてくれますか?」

校長が尋ねる。
浅海の答えはもう既に決まっていた。
一度は諦めた夢。
監督として甲子園に出るという夢。
それが再び戻ってきた。
お世話になった前監督と、生徒のおかげで。
逃げる訳にはいかないではないか。

「はい!任せて下さい!」

浅海の表情は実に晴れやかで、一点の曇りもなかった。








 
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