妻の正体
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第八章
「わかったな」
「わかりました、それじゃあ」
「用心には用心を重ねろ」
くれぐれもだというのだ。
「相手が相手だからな」
「そうですね、本当に」
マヤリームも頷く、そしてだった。
彼はコーランを自分の懐の中に入れた、そうして。
そのうえでだ、まずは家の中にウォッカの瓶、ケースの中にダース単位で入れられているそれを持ってきてだった。
壺の中の酢を捨ててから底に塩と松脂を入れた。そうして。
ウォッカを流し込む、そのうえで壺を元の場処に戻してだった。
それからだ、社長はマヤリームに言った。
「じゃあいいな」
「後はですね」
「あいつを待つだけだ」
彼の妻になっていた吸血鬼をだというのだ。
「わかったな」
「明け方近くに戻ってきますので」
「話の通りだとだな」
「はい、昨日はそうだったので」
「それまで待つか」
「わかりました、それじゃあ」
こう話してだ、そのうえで。
二人はだった、暫く家の中で待っていた。幸いにして妖怪はマヤルームの芝居に気付いていなかったらしく引き返してはこなかった。
そうしてだ、その明け方近くになると。
妖怪が戻って来た、長い髪を振り乱した紅い爛々とした目で。
見れば口は耳まで裂けどの歯も牙の様だ。その顔を家の中から覗き見てだった。
社長は共にいるマヤルームにだ、そっとこう囁いた。
「まさにな」
「化けものですね」
「ああ、吸血鬼だ」
それに他ならないというのだ。
「あいつはな」
「そうですね、もう見るからに」
「口元を見ろ」
そこをだというのだ。
「わかるな」
「ああ、血に塗れていますね」
「食事をしてきたんだよ」
吸血鬼の食事となると何か言うまでもない。
「それでだよ」
「今は満腹ですね」
「だからな、まずはな」
「壺の中に入ってですね」
「消化をしてな」
早くだ、そしてだというのだ。
「そうして戻るんだよ」
「そういうことですね」
「だからな、ここで塩と松脂がたっぷりと入ったウォッカの中に入れば」
「酔ってですね」
「そこで化けものにとっての毒も入る」
その身体の中にだというのだ。
「内蔵に直接来るからな、内蔵の全部にな」
「これは効きますよね」
「下手に肌にかけるより飲ませるよりもな」
さらにだ、効きめがあるというのだ。
「心臓や肝臓にもいくからな」
「本当に強烈なんですね」
「これ以上はないまでにな」
「そういうことですね、じゃあ」
「あいつは間違いなくな」
二人が用意したウォッカを入れた壺の中に入ればというのだ。
「死ぬ、これでな」
「それを見届けますか」
こう話してだ、そしてだった。
二人は化けものを見た、相手に見付からない様に隠れて。
すると妖怪は壺の中に入った、二人が今いる場所からはその状況が見える。そうして見ているとだった。
妖怪は首から下を壺の中にどっぷりと入れた、するとだった。
暫くしてその顔が真っ赤になった、表情は一変し酔ったものになった。それで楽しげに壺の中で笑いだした。
しかしやがてだった、急に苦しみだし。
苦悶の顔で叫びだした。今度は口だけでなく目元まで裂けて。
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