アイドル研究部の一存
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一番から九番の選手がそれぞれの役割を果たすことで、打線は初めて『線』となるのです!
「確かな今よりも、新しい夢なのよ!」
東京都千代田区某所にある国立音ノ木坂学院。そのアイドル研究部部室で、部長である矢澤にこが小柄な体躯を踏ん反り返らせながらそう言った。
「何よ、急に。私達は今忙しいんだけど」
部室内中央に鎮座する長机の脇に座る西木野真姫が部長をぎろりと睨み付ける。彼女の手元には教科書やらノートやらが広げられていた――どうやら、その日に出た課題を片付けている最中らしい。
部屋の中にいる全員の注目を集めたことを確認すると、にこは真姫の抗議などどこ吹く風で続ける。
「この学校を廃校から守るために私達μ'sが結成されてから半年近く経過したわ。最初はにこ一人だったメンバーも九人になり、日々の地道な活動で着実に人気を集め、遂には入学希望者を増やして廃校を阻止することにも成功したわ」
「えーっと、微妙にお話が改竄されてるような……」
「というか、『解散しろー』とか何とか言ってなかったかにゃ?」
真姫の対面でスケッチブックに衣装のデザイン画を描いていた南ことりと、その光景を隣で眺めていた星空凜が、ぽつりとツッコミを入れる。
「結成当初の目的が達成された今、私達には廃校阻止に代わる新たな目標が必要なのよ!」
「目標ならあるじゃない。こうやって部室に九人で集まって、お喋りしたりお菓子を食べたりするっていう」
音ノ木坂学院のスクールアイドル、μ'sの本当の発起人であり、リーダーである高坂穂乃果がどこからか持ってきたスナック菓子を咀嚼しながらそう答えた。
「それを目標とは言わないでしょ! っていうか、この問題に直面して『アイドル辞める』だとか言って変なシリアス展開に持ち込んだのは、アンタでしょうが!」
「そんなことより、目標の中に練習が入っていないのはどういうことですか、穂乃果」
「論点がおかしな方向に行ってるよ、海未ちゃん。ううう、誰か助けてえ……」
呑気にお菓子を頬張る幼馴染に詰め寄る園田海未を前に、小泉花陽は涙目になりながらおろおろと誰かに助けを求めていた。
「はあ、また下らないことを……ほら、エリーからも何か言ってやってよ」
収拾がつかなくなりそうな雰囲気を察した真姫は、この学校の生徒会長を任されている絢瀬絵里に鶴の一声を期待するが、
「……そうね。私達には新しい目標が必要よね」
「え、エリー?」
「何も目指すものがないまま活動したって、いいパフォーマンスはできないわよね。新しい目標……新しい目標……何かないかしら……」
「エリー……」
「残念やったなあ、真姫ちゃん。こうなってしもたら、えりちはアテにならへんで」
一縷の望みを絶たれてがっくりと肩を落とす真姫の様子を、東條希は実に面白そうな表情で見つめている。
「まあまあ。そんな顔しなや、真姫ちゃん。にこっちの言うことにも一理あると思うで。何かに向かってまっすぐ進んでる方がμ'sは輝ける、ってカードも言うてるしな」
そう言って希は持っていたタロットカードの上から一枚を引いて真姫に示す。
真姫に突き付けられたカードは、新しい局面や運命の変化を意味する『運命の輪』。それを見せられて、彼女は一つ大きく溜息を吐くしかなかった。
「分かったわよ。やればいいんでしょ、やれば。新しい目標とやらを作って、さっさと終わらせてあげるわよ」
(相変わらずチョロいなあ、真姫ちゃんは)
希と真姫がそんなやり取りを繰り広げていた横で、海未がすっと手を挙げた。
「冗談はさておき、やはり『ラブライブ』への出場を目指すべきではないでしょうか。このままだと、タイトル詐欺になりかねませんので」
「この前開催されたばかりなのに、そんなにすぐやるものなのかなあ? にこちゃん達は三月に卒業しちゃうし……というか、タイトルって、何?」
「じゃあ、他のスクールアイドルを倒して全国制覇とかどうかにゃ?」
「何だか物騒だよ、凜ちゃん……そもそも、アイドルがどうやってアイドルを倒すの?」
「決まってるやん、花陽ちゃん。ウチらは九人おるんやで。九人でやることと言ったら、野球以外にありえへんやろ」
「や、野球? メンバーが九人もいるのってμsくらいだし、何時の間にかアイドルが関係ない競技になっちゃてるし……」
「希」
議論があらぬ方向へ進んでいることに花陽が助けを求めようとしたその時、絵里が真剣な面持ちで希の肩をがしっと掴んだ。
「私は三番ショートでお願いね」
「絵里ちゃん、もの凄いノリノリだった!」
「ああ、絵里ちゃんズルい! 凜も三番ショートがいいにゃあ!」
「何言ってんのよ。このにこにー以外、三番ショートが務まるわけないでしょ!」
「三番ショート凄い人気! そんなに取り合うポジションなの?」
「じゃ……じゃあ、穂乃果は五番ロングー!」
「ロング!? ロングって何!? 穂乃果ちゃん、野球知らないなら無理して話に入らなくてもいいよ!」
「皆さん、少し落ち着いて下さい!」
「海未ちゃん……」
「三番ショートだけが野球ではありません。一番から九番の選手がそれぞれの役割を果たすことで、打線は初めて『線』となるのですよ!」
「説得する方向が違うよ! っていうか、みんな何でそこまで野球に対して熱いの!?」
「かよちゃんの言う通りだよ。今は野球の話よりもμ'sのこれからについて――」
「ことりは黙っていて下さい。サッカーに魂を売るなんて……あなたは最低です!」
「えー! サッカーだって面白いよお!」
「何か新しい抗争まで始まっちゃった! ううう……誰か助けてえええええ!」
部室内の話題が単純な野球の話からそれぞれの贔屓球団や今シーズンの展望に及びかけた頃、それまで黙っていた真姫が不機嫌そうな表情でばんと机を叩いた。
「ああもう、いい加減にしなさいよ! μsの今後の目標を決めるんでしょ!」
真姫の一喝に、凜とDH制のあり方について議論していたにこは、我に返ったようにこほんと一つ咳払いをする。
「そ、そうだったわね。じゃあ、真姫の案を聞かせてもらおうかしら」
「ええっ!? わ、私?」
おろおろと周囲を見渡すと、それまで全く関係のない話に興じていたメンバーがみな真姫に注目を集めている。今更、何も考えていませんでした、と言える雰囲気ではなかった。
「そ、そうね……あ、そうだ。スクールアイドルのランキング一位を目指すのはどうかしら?」
アクシデントで『ラブライブ』への出場は叶わなかったものの、アイドルとしての人気の指標であるランキングの頂点を目指せば、自ずと似たような大会に参加できるかもしれない。この話し合いの中で初めて出した目標らしい目標に、真姫は全員からの高い評価を確信した。
「あ、あれ……?」
しかし、誰も真姫の提案に賛辞をあげることはない。それどころか、困ったような表情で互いに目配せをし始める始末である。
真姫が彼女らの反応に戸惑っていると、希が重い口を開いた。
「……普通、やね」
それを皮切りに他のメンバーも感想を漏らす。
「普通ですね」
「普通だにゃあ」
「ふ、普通……かな?」
「普通だよねえ」
「普通だよー」
「そうね……ちょっとありきたりかもしれないわね」
「はあ……今日はもうお開きにしましょう。これ以上やってもいい案は出ないでしょうし」
そして、自らの予想とは真逆の反応に固まる真姫を余所に、全員が帰り支度を始める。
「じゃあ、最後の人は鍵よろしくね」
真姫以外の全員が部室を出た後、にこは彼女にそう言い残して扉を閉めた。
「私は間違ってない……間違ってなんかないんだからああああああああああっ!」
誰もいなくなってしまったアイドル研究部の部室の中、真姫の声だけが虚しく木霊していた。
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