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子供嫌いの俺が子育てをする件について

作者:euler
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書展

「ダメだ…いい字が書けん!」

季節は春、現在俺はもうすぐ締め切りとなっている書展に向けて字を書いているのだがいかんせん納得できる字が書けないでいる。

「ヤバいな…もうすぐ締め切りだってのに」

とりあえず休憩ということにしてその場に寝転ぶ。新年度一発目の大事な書展ではあるが焦っていてもしょうがない。

「あと三日…」

締め切りまでの日数は残り三日。その間に何かいい字を仕上げて出さなければならない。

などということを考えていると机に置いてあった携帯に着信が入る。

「澤田か…」

見てみると携帯の画面には澤田の文字。澤田というのはおれの友人であり画商でもある。俺は基本的に澤田から仕事を貰っている。

「もしもし?」
「おお、瀬川か!創作活動は順調か?」
「全く順調じゃない。いい字が全く書けん」
「だろうな…正直順調とか言われたらどうしようかと思ったよ」

というのも毎年年度初めはこんな感じで大体字を出すのはぎりぎりだ。付き合いの長い澤田はそのことを十分に理解しているのだ。

「それで?何かあったのか?」
「…察しが良いな」

基本的に書展の前に澤田から電話をしてくることはそんなにないのだ。

「今回の書展に榎田さんが出展するらしい」
「は?」

榎田?オイまさか…

「そう。その榎田幸三だよ。今日本で最も有名な書道家だ」

澤田が今言った通り榎田幸三とは今現在日本で最も有名な書道家だ。縁があって何度か会ったことがある。

だが、書道の腕は確かなもので榎田さんの書いた字は安くても数千万、最高額は一億を記録したほどだ。

「勘弁してくれよ…」

最近では書展などに出展することはなかったので今回の出展には正直驚きを禁じえない。

「俺が伝えたかったのはそれだけだ」
「大賞は厳しいな」
「締切に間に合わないってことだけは勘弁してくれよ」
「分かってるよ」

それを最後に澤田からの電話は切れた。

それにしても榎田の爺さんが出てくるとはな。こりゃ下手な字は出せないな。



「やっぱり、これかな…」

澤田の電話の翌日。今日も例にもれず字を書いていたが思いのほかいい字が出来たと思う。

『禅』

いろいろ考えたが今回は一字で行くことにした。しかしこの字を見て思うことは…

「手本の字だな」

かなりいい出来である自信はあるが書体自体はまんま手本と変わらない基本に忠実な字とでもいうべきか。

「昔から基本が大事だと言われては来たが」

やはり書道家となった以上は個性を出した字を書いてみたいとは思うがやはりそういう字はあまり出来がよくない。

ピンポーン

そんなことを考えていると家のインターホンが鳴った。恐らくは澤田が字を取りに来たのだろう。

「よお瀬川、字を預かりに来たぞ」
「そうか、上がってくれ」

澤田に字を見せるために部屋にあげる。そこで瀬川が最初に言ったことは…

「これはかなりの出来じゃないか!?これなら榎田さんに勝てるかもしれないぞ」
「それはむりだろう」

確かに自分でもかなりの出来ではあると思うが榎田さんに勝てるとは到底思えない。

「だが入賞は行けるんじゃないか?」

そう言った後澤田は個性を出すために書いてみた練習の字を見るが途中で見るのをやめて

「これは微妙だな」

とだけ感想を述べた。分かってはいたが他人に言われると正直ムカつく。

「まあ、今回は榎田さんも居るし変なチャレンジは出来ないよな」

と、励ましなのか総合的な感想なのか分からない言葉を残して澤田は去って行った。勿論字を持って。

「分かってはいるんだよ」

誰にでもなく呟く。個性的な字。これは俺の昔からの課題だ。どうしてもそういった字が書けないのだ。

「やっぱ、インスピレーションってやつなのかな」


結果から言えば書展は準賞、つまりは二位だった。一位はやはりというかなんというか榎田さんだった。

そして驚いたことに…

「聞いて驚け瀬川!お前の字、榎田さんと結構僅差だったぞ!」
「そうか…」

審査が終わり結果が発表されたすぐ後、澤田から電話があった。だが俺はあまり嬉しくは感じなかった。

「何だ、あまり嬉しそうじゃないな」
「いや、そんなことないけど…」

基本に忠実に、手本のように書く字は審査員の受けもいい。それにそれでは俺の字だとは言えない気がするのだ。

「榎田さんの字と俺の字じゃ点数は僅差だとしても大きな差がある」
「…それは」

やはり澤田も分かっていたようだ。榎田さんの字はやはり見ただけでこれは榎田さんの字だと分かるものだった。

基本に忠実そうに見えて所々に個性の入った字、俺とは全く違う。

「…まあ、それはこれからの努力でどうにかするしかない」
「そうだな」

今よりもっといい字が書けるように努力していこう。

「それより、お前に仕事があるんだが」
「どんな?」

澤田からの仕事は店の看板を書くことだった。


☆★☆★


「いい感じじゃないか?」

『来栖食堂』

今回依頼してきた店の名前だ。名前から分かる通り定食屋だ。個人経営ではあるがかなり評判がいいらしく今回、看板も新しくすることにしたらしい。

「こういう仕事はさすがだな」

やはり店の看板などはきっちりとした字の方が好まれる。俺に依頼されるものもほとんどがそういった店から来るものだ。

「書展二位の肩書もあるしな。これからは前よりも仕事増えるかもな」

あの字は正直出来すぎな気もしたが。それで仕事が増えるならうれしいものだ。


☆★☆★


それからおよそ三カ月程、世間ではもうすぐ夏休みだ。まあ、俺にはあまり関係のないことではあるが。

この三カ月はこれといって特筆すべきことはなかった。唯一変わったことがあるとすれば雑誌の取材が何度かあったことだ。

あの榎田幸三と僅差の勝負をしたということが幸いしたらしい。それにより知名度も上がったと言えるだろう。

今は澤田からの仕事を一つ終わらせたところだ。なので澤田に連絡をしようと携帯を取ったところで妹の祐理から電話が入った。

「もしもし?」
『もしもし兄さん?久しぶり!調子はどう?』
「割といい調子だ」
『それは良かった。ねえ兄さん、今度祐太の家に様子をみに行ってみない?』

祐太というのは弟のことだ。大学からは一人暮らしを始めたのだ。

「様子見ね…」
『たまには三人で集まりましょうよ!』

正直何かを言い出した祐理を止めるのは難しいので俺としてはこの提案に乗る他ないわけで…

「そうだな…日にちはお前が決めてくれ」
『了解!また日にちが決まったら連絡するわね!』

最近あまり外出してなかったからいい機会だろうと納得することにする。

それからの祐理の行動は速かった。なにせ最初の電話の三十分後に「今週末に決まったから!」とだけ告げて一方的に切りやがった。通話時間はわずか三秒だ。

そして週末…

祐太の家に一番近いバス停に着くなり祐理は祐太に電話し「バス停!すぐ来て!」とだけ告げてまた一方的に電話を切った。いつもこんな感じなのだろうか。

意外にも祐太はそれほど時間をおかずにやってきた。連れがいたようだが俺たちを発見するなり別れてしまった。なかなか美人さんだ。

「祐太~!」

祐理は祐太を見つけるなり手を大きく振っていた。

それから祐理は祐太に持っていた荷物を持たせ祐太の家へと向かう。祐太の住んでいるアパートはいかにも学生向けといった感じだ。出来て間もないという話だが。

「それで、兄さんと姉さんは何しに来たんだよ」
「そんなの祐太の様子を見に来たに決まってるじゃない!」
「そういうことだ」

やはり兄弟というべきか祐太の部屋の状態は俺の大学時代の部屋の状態とあまりかわらない。

「まったく、全然連絡をよこさないんだから」
「いろいろ忙しかったんだよ、授業とかバイトとか」
「まあ大学生となるとそんなもんだよな」
「それでも連絡くらいしなさい!」

そう言いながら祐理は祐太の服を一枚一枚たたんでいる。俺のときもいきなり押しかけてきて掃除とかをしてもらった記憶がある。

「そういえば祐太、夏休みはどうするの?」
「バイト」
「そういうことじゃなくて…帰ってくるの?」
「あそこは姉さんの家だろ?俺の実家ってわけじゃ…」
「もう、何度も言わせない!私の家は祐太の家でもあるの」

やはり祐太も祐理にあまり迷惑をかけたくないのだろう。それは俺も同じだ。祐理と祐太の面倒を見てきたと言ったが家事などは祐理がやってくれていたし、苦労もかけてきた。

祐理も結婚しているし、今度は自分の幸せの為に生きてほしいというのが俺と祐太の率直な感想だ。

「…わかったよ、夏休みにそっちに泊まりにいく」

しかしながら祐理にあそこまで言われたら断りきれないだろう。

「兄さんは?」
「俺は特に決まってないけど…」
「じゃあ兄さんも来るってことで!」
「…分かったよ」
「そう?良かった。じゃあさじゃあさ、半日だけうちの子たちの面倒みてくれない?」
「「は?」」
「実はお盆あたりに信吾さんとどうしても出かけないといけないのよ。女の子三人だけを残していくのはあれでしょう?信吾さんそういうとこ過保護だから」

そうだよ。祐理はこういう人だった…
面倒見がいいだけじゃなくきっちり人を使うことができる人間なのだ。今回もいいように乗せられたらしい。やれやれだ。
 
 

 
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