久遠の神話
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第九十八話 道場にてその三
二人は中田にだ、あらためて尋ねた。
「それで中田さんはどうされたんですか?」
「何処かに行かれるんですか?」
「鉄道博物館に行こうと思ってな」
「あそこですか」
「あそこに行かれるんですか」
「そう思ってな」
それでだというのだ。
「今から行くところだったんだよ」
「そうですか、鉄道博物館ですか」
「あそこですか」
「妹が好きなんだよ」
今度はにこりと笑って言う中田だった。
「鉄道がさ」
「だからですか」
「ああ、今度妹を連れて行こうって思ってるんだよ」
中田にとってかけがえのない家族の一人だ、ようやく目を覚ました彼女をそこに連れて行きたいというのである。
「そうしようって思ってなんだよ」
「下見ですか」
「ああ、何を見せたら面白いかってな」
「妹さんそんなに鉄道が好きなんですか」
「将来車掌さんになりたいって言ってるよ」
こうも言っているというのだ。
「女車掌な」
「本物ですね」
「八条鉄道が希望の就職先だよ」
八条グループの基幹企業の一つだ、全国に路線を持つ日本最大の私鉄である。本社は神戸市にある。
「そこで車掌になりたいって言ってるんだよ」
「それでその妹さんを」
「ああ、一緒にな」
二人でだというのだ。
「行こうって思ってるんだよ、あとな」
「あとは?」
「親父とお袋もな」
両親もだというのだ。
「何処かに連れて行こうと思ってるよ、二人が退院したらな」
「何処かにですか」
「その何処かはまだ決まってないけれどな」
それでもだというのだ。
「考えてるよ」
「そうですか、ご両親も」
「ああ、色々楽しみだよ」
「ご家族が起きられて本当に嬉しいんですね」
「嬉しくない筈ないだろ」
陰のない、実に澄み切った笑顔での言葉だった。
「ずっと願ってたからな」
「だからですか」
「ああ、それでだよ」
嬉しいというのだ、非常に。
「本当によかったよ」
「幸せですね」
「これ以上ないまでにな。だから闘いを降りて」
そしてだというのだ。
「もうな、これからはな」
「ご家族と一緒に過ごされるんですね」
「そうするよ」
こう上城に返す、その笑顔で。
「ずっとな、生きている限りな」
「そして、ですよね」
今度は樹里がだ、中田に言ってきた。
「幸せに」
「ああ、四人でな」
暮らしていくというのだ、そしてそのうえでだった。
中田は上城と樹里にだ、幸せに包まれている顔でこうも言った。
「後は」
「後は?」
「後はっていいますと」
「就職して結婚もな」
彼自身の未来も話すのだった。
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