万華鏡
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第六十一話 日本シリーズその八
「優勝出来たのよ」
「フロントも大事なんですね、野球は」
「そうなんですね」
「そうよ」
まさにその通りだというのだ。
「全く、阪神は」
「いや、阪神のフロントなんて」
「そうよね」
生徒達は阪神のフロントの話になるとそれぞれ困惑した顔になってだ、そのうえで顔を見合わせて話した。
「ついこの前までね」
「星野さんが来られるまでね」
「酷いなんてものじゃなかったわよね」
「無茶苦茶だったわよね」
十二球団最低最悪のフロントとまで言う人がいた、とかく阪神は長い間フロントに悩まされてきたチームだったのだ。
「中日なんて甘い甘いっていう位で」
「今の中日よりもね」
「シーズンオフになったらお家騒動で」
「主力選手のトレードとかのごたごたはいつもで」
「監督交代はいつも揉めに揉めて」
「スポーツ新聞の一面を飾ってね」
これも阪神の歴史だ、ストーブシーズンの期間も話題になっていたのだ。
「それでですから」
「今はましですけれど中日はずっとましですよ」
「落合さんを辞めさせた社長もう辞めたじゃないですか」
「阪神だったらそうはいきませんよ」
「ううん、そうかも知れないけれど」
先生は過去の阪神ではなく今の中日を見ている、それで言うのだ。
「今よ、大切なのはね」
「中日についてもですか」
「今なんですね」
「そう、今よ」
三位に終わった今シーズンのことだった、言うのは。
「あまりね、生え抜きにこだわっても駄目なのよ」
「生え抜きのスター選手を看板にすることにですか」
「こだわったら駄目なんですね」
「黄金時代の西武なんかそうじゃない」
先生もこのチームのことを話に出す、それだけ八十年代から九十年代前半の西武がプロ野球に残した影響は大きいと言うことだろうか。
「広岡さんも森さんも生え抜きじゃないでしょ」
「お二人共巨人でしたね」
「あのチーム出身でしたね」
もっと言えば巨人の非主流派だった、広岡の退団は川上哲治により巨人を追い出されたのではないかという説もある。
「それがヤクルトに行ってでしたね」
「西武にも入って」
「そうよ、あの人達はむしろ西武のライバルだったのよ」
どういったライバルだったかというと。
「西武がまだ九州で西鉄ライオンズだった頃にね」
「西鉄?」
「西鉄って?」
「昔のライオンズの親会社よ。北九州の鉄道会社よ」
先生は西鉄と聞いてもいぶかしむばかりの生徒達にそこから話した。
「昔は西武は九州に本拠地があって西鉄ライオンズっていったのよ」
「そうだったんですか、昔は」
「西鉄っていったんですか」
「そうよ、その西鉄と巨人は日本シリーズで何度もぶつかったのよ」
昭和三十年代の話である、最早遥かな過去である。
「その時広岡さんと森さんは巨人におられたのよ」
「それで西鉄と戦った」
「そういう間柄なんですね」
「そうよ、昔はね」
そうだったというのだ。
「それでその西武に入ってだったのよ」
「西武の黄金時代を築いたんですね」
「そうなんですね」
生徒達もここまで聞いてそのうえで納得した。
「生え抜きじゃなくてもですね」
「別にいいんですね」
「落合さんだってそうだったしね」
落合博満は元々はロッテの選手だった、大型トレードで鳴り物入りで中日に来ており生え抜きと言っても遜色ないまでの選手であるがだ。
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