曹操聖女伝
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曹操聖女伝第1章
前書き
趣旨は封神演技を題材とした作品やPSPのJEANNE D'ARC等の様々な作品の様々な設定をパクリまくる事で、曹操が三国志演義内で行った悪行の数々を徹底的に美化していくのが目的です。
モッチーがどの作品のどの設定をパクったのかを探すのも良いかもしれません。
時代は西暦二世紀頃。場所は中国。
一人の男性が寝ているまだ1歳の少女を見下ろしていた。少女は珍しく容姿をしていた。髪は金髪で、左手は指が常人の1.5倍の大きさの中指と薬指のみであった。恐らく、蟹の手と呼ばれ、山ほど苛められるだろう。
左手の2本指はともかく、金髪には理由があった。彼女の両親は中国人ではないのだ。
父親はローマの剣奴(円形闘技場で民衆の娯楽のために真剣勝負を強制された奴隷。捕虜出身が多い)、母親はローマに滅ぼされた国家の末裔。二人は共にローマから逃げ、漢王朝の端にあるこの農村に拾われ、此処で用心棒の仕事をしながら暮らしていた。
男は残念そうに思いを口にした。
「嘆かわしい……折角奴らから守り抜いたこの地上界が……嘆かわしい……」
さて、一旦本題から離れ、この男とこの男が言う奴について語ろう。
その所以は紀元前18世紀頃まで遡る。
この頃の中国大陸は“邪凶”と呼ばれる異界の生物、俗に言う悪魔や魔物が跋扈し、不幸と混乱に導かれようとしていた。だが、それに敢然と立ち向かう者達がいた。
一方は“仙人”。
人里を離れて山中に住み、陰陽五行説を思想の背景とし、不老長寿等と言った様々な道術を会得した人間達。
もう一方は“妖怪”。
人以外の生物、あるいは無生物が長きに亘って月日の光を浴びて魔性を帯び、最終的に人の形を取れるようになった者。
両者とも、森羅万象の理を重んじ、自然の摂理を尊ぶ高貴な思想を持つが故に、自分の欲望の為に殺戮を繰り返し、破壊と悪行の限りを尽くす邪凶を許せないでいた。
そして、この男こと“通天教主”は、反邪凶派の仙人や妖怪をかき集めて邪凶に戦いを挑んだ。
人智を超えた者同士の戦いは熾烈を極めたが、仙人と妖怪が共同開発した道術兵器“宝貝”の出現により戦局は一気に仙人・妖怪連合有利となり、邪凶の最上位種である“魔王”は全て封印された。
この戦争は仙邪戦争と呼ばれ、仙人や妖怪に語り継がれていった。
その後、仙邪戦争で仙人に加担した妖怪達の総大将である通天教主は、西海九竜島にある洞府・碧遊宮を総本山とする道教の一派、截教の総帥として後輩仙人・後輩妖怪の育成に努めていた。だが……。
話を西暦二世紀頃の中国に戻そう。
邪凶不在によって平和になったと思われた地上界であったが、とてつもなく愚かな形で中国大陸は不幸と混乱に導かれようとしていた。
漢王朝の皇帝の親族である“外戚”と去勢した男性官僚である“宦官”の権力争いによって政治は腐敗してしまった。今までの中国大陸の歴史の様に、大義を重んじる地方領主が立てばまだ救いはあるのだが、出世用の賄賂の工面に没頭しており、正直期待出来ない。
貧民にとって政治腐敗は……冬の訪れである。その為、八つ当たりするかの如く、貧民の強盗化・山賊化が社会問題となっていた。
この混乱を好機と見たのか、仙邪戦争で戦死した魔王の内の3匹が……魔王の力を持ったまま人間に転生してしまったのだ。
このままでは、紀元前18世紀頃の邪凶の勢力がまだ強大だった頃の様な状態に……いや、ここまで地上界に暮らす人間が此処まで腐ったとなると……。
困り果てながら地上界を徘徊していた通天教主は、いつの間にかこの村に到着し、西暦二世紀頃の中国では珍しい姿の1歳の少女を発見する。
「この娘の左手の指は……強い善意と良心の表れか」
通天教主はふと思った。この者が地上界を統治すれば邪悪の付け入る隙が無くなるのではないかと。
思い立ったが吉日とばかりに碧遊宮に戻り、小さなビー玉の様な宝貝を産み出した。そして、その宝貝を少女に移植した。
4年後、通天教主に気に入られた少女が暮らす村に山賊が押し入った。
少女の父親は勇猛果敢に戦ったが、さすがの百戦錬磨も数の暴力が相手では分が最悪過ぎた。父親は敗れ去り、母親も娘を庇って死亡。このまま少女も殺されるかと思われたが、偶然通りかかった宦官の護衛隊によって山賊は駆逐された。
両親を失い途方にくれる少女を不憫に思った宦官は、この娘を養女として育てる事を決意する。
この宦官の名は“曹騰(字は季興)”。欲望に正直な他の宦官とは違い、慈悲深く礼節を重んずる名君と呼べる傑物である。
少女は曹騰の屋敷で生活する事になったが、元貧民である事、宦官の孫である事、やはり2本指の左手も悪質なイジメの原因になった。一度は自殺も考えたが、ある日、少女の耳に“天の声”が届くようになった。
「天下は乱れようとしており、当代一の才の持主でなければ救う事はできない。天下をよく安んずるのは君である」
それ以来、橋玄(字は公祖)の弟子となり読書によって智を磨き、狩猟で体を鍛え、いつか訪れるかもしれない激戦に備えた。
そして、少女は20歳のときに孝廉に推挙され、郎となった。長い髪を後ろで一つに束ね、落ち着いた物腰とどんな時でも凛々しく振る舞う姿から、男性は当然の事、女性からも憧れを抱かれる絶世の美少女に成長していたのだ。ただ、彼女の美には2つほど問題を抱えていた。
一つはやっぱり左手の指が2本しかない事。もう一つは肉体年齢。通天教主に埋め込まれたビー玉の様な宝貝の影響によって15歳で肉体年齢の加齢が完全にストップしてしまい、身体は非常に若く、またスタイルも良い。
少女が孝廉の郎となったと知った曹騰は、少女の男装時の愛称を与えた。
“曹操(字は孟徳)”
と。
洛陽北部尉に昇格していた曹操は、好き好んで外の見廻りの任に励んでいた。市中の人達の喜怒哀楽を、肌で感じ取れるからだ。
だが、聞こえてくるのは山賊の活動の活発化ばかりであった。
「上が腐れば下が苦しむ……これが醜い権力争いの末路か」
朝廷の腐敗に飽き飽きしていた曹操は、気晴らしに町の外に出る事にした。
静かな微風の音、草や木の生き生きとした匂い、動物の力強い姿。どれも醜い権力争いの震源地と化した大都市・洛陽では得られぬ者であった。
「こいつらを見ていると……権力が邪魔な足枷に見えてくるよ」
しかし、突然鳥達が大慌てで飛び去って行った。曹操も不穏な気配を感じてとある商人から買い取った輝く星のような七つの宝玉が埋め込まれた黄金の剣を正眼に構えた。
「おっ!?兄貴ー!すっげー凛々しい美女がいやすぜ!」
どうやら山賊の様だが、何故その程度で鳥達は大急ぎで逃げるのだ。
「何奴!」
野蛮な目つき、薄ら笑いを浮かべた口元。正に奪う事しか知らぬ下衆であろう。
だが、この者達もある意味醜い権力争いの震源地と化した大都市・洛陽の犠牲者だ。曹操は正直殺したくない。が、
「ん?どうした?何を騒いでる?」
山賊の頭の顔を見た途端、曹操から不殺の想いは消えた。
「どうやら化けの皮を剥いで欲しいようだな」
曹操は静かに深い大義の怒りを両目に宿しながら山賊の頭を睨み付ける。
「おや、立派なもんを持ってんじゃねえか」
「そりゃ金になりそうだな。おい、とっ捕まえろ!」
曹操は一歩も後退する事無く余裕の表情を見せ、
「ほう、抜くか?抜くと言う事は……斬られても文句は言えないぞ!」
そんな曹操を山賊が嘲笑う。
「斬られても文句が言えないだと……そんな玩具の剣で何が出来る!」
「しかも見ろよ、あの女の左手……まるで蠍だぜ!」
「こりゃいい。蠍手の女……受けるぜぇ!」
先に仕掛けたのは山賊の方だった。だが、曹操が持つ装飾品の様な剣を侮った報いを早々と受ける事になった。
この剣こそ……通天教主が人間の商人に化けた弟子を介して曹操に与えた宝貝である。
その名は七星剣。使用者を剣術の達人に変え、使い手の思い次第で切れ味を自在に変えることが出来、峰打ちから岩まで何でも切ることができる。
曹操は迫り来る山賊を鮮やかに叩きのめしていく。
「お前達に用は無い。私はお前達の親玉に用がある」
呼ばれた山賊の頭の頭が不満な顔をした。
「嬢ちゃん……俺を嘗めてんのか?」
曹操は鼻で笑った。
「ふっ、化けの皮を剥がされてもその様な事が……言えるか!?」
曹操の七星剣の光線を浴びた山賊の頭の後頭部から“もう1本の腕”がニューと伸びた。
「うわー!化け物だー!」
頭のもう1本の腕を見た山賊達は蜘蛛の子を散らす様に逃げ去った。鳥達が大慌てで飛び去ったのも山賊の頭の邪凶としての気配に気付いたからであろうか。
「おのれー……この馬元様の最後の切り札を見抜きおったなぁー」
馬元は怒っていた。そして、少し……焦っていた。
曹操は冷静な態度を崩さない。
「まあ……中凶と言った所か……」
仙人や妖怪は邪凶を小凶・中凶・大凶・魔王と分類している。
小凶は能力が低く退治する事も容易な為さほど危険視されないが、中凶以上は能力が高く、大凶に至っては中凶以下の邪凶を束ねる事が出来、更に魔王は大凶以下の邪凶を召喚・使役出来る為に危険視されている。
馬元は曹操の評価に耳を貸さず、第三の手で曹操を攻撃した。だが、馬元自慢の第三の手が曹操に触れようとした瞬間、余りの熱さに反射的に離れた。
「熱!何なんだ貴様は!」
これも七星剣の能力の一つだ。邪悪を制圧し、その力を封じ生命力を損なう結界を作る。
その七星剣で斬られた馬元は七転八倒。大げさに見えるくらいもがき苦しみ始めた。
「ギャァーーーーー!」
曹操はそんな馬元に強い口調で質問した。
「何故だ……何故邪凶が山賊を操らねばならぬ!」
観念した馬元がこう答えた。
「俺は……もっと人間を不安にしなきゃいけなかったのに……もっと不安がらせねば……」
「不安?」
「張角様ーーーーー!」
黒幕と思われる者の名を口にしながら消滅した馬元。
「ちょうかく?そやつが人間に転生した魔王の内の1匹か?」
天の声から魔王の事は聞いていたが、まさか本当とは思わなかった。
「やはりこの世の乱れが邪凶復活を促進している様だ」
曹操は世界を平和に導くための決意を更に強めた。
曹操は頓丘県令に昇進していた。
だが、これは栄転と言う名の追放と言った方が正しい。
事の発端は、馬元を倒し人間に転生した魔王の1人・張角の暗躍を知った事で改めて政治改革の必要性を知った事に在った。
それが宦官や外戚を敵に回す行為だと感じた曹家の親戚が彼女を諌めようとしたが、
「このままでは国は滅びる!今、政治改革を行わなければ、漢王朝は内部から崩壊します!」
その一点張りで、違反者に対して厳しく取り締まる事を止めなかった。そして……洛陽北部尉任期中に、霊帝に寵愛されていた宦官蹇碩の叔父が門の夜間通行の禁令を犯したので、曹操は彼を捕らえて即座に打ち殺した。
曹操を疎んじた宦官などは追放を画策するも理由が見つからず、逆に推挙して県令に栄転させることによって洛陽から遠ざけた。
頓丘で燻る事になった曹操だが、懲りずに民衆の為の政治改革と邪凶捜索の為の見回りを続けていた。
「まあ、正直腐った寄生虫の目を気にしなくて済むのはありがたい」
そんな曹操の許に不穏な報告が入って来た。頓丘内の町や村で山賊が横行しているのだ。
(馬元の一件もある。私も討伐隊に加わった方が良いな)
現場に到着すると、突然、1台の馬車が近付いて来た。荷台の上には野蛮そうな男がわめいていた。
「貴様だなー!馬元をフルボッコにした蠍手の女は!?」
曹操が気にしている2本指の左手を惜しげも無く突っ込む心無き男に、曹操のこめかみが、ヒクヒクと震えた。
「貴様……何者だ……?」
「俺の名は鵜文化!てめーがフルボッコにした馬元とは一味違うぜー!」
「どう違うのだ?どちらも殺して奪う事しか知らぬ乱暴者ではないか」
曹操の挑発に鵜文化はあえて乗った。
が、目の錯覚か、それとも遠近法の悪戯か、荷台の上から飛び降りた鵜文化の大きさが明らかに変わった。
「ん?さっきと違わないか?さっきと大きさが―――」
鵜文化が邪な薄ら笑いを浮かべながら答えた。
「ならば……もっと大きくなってやろうか?」
突然、鵜文化が巨大化し身長12mの大男になった。
「がっあーははははは!どうだ!俺の特技偶人変化の味は!?光る巨人に変化し、相手を踏み潰すのだぁー!」
鵜文化が自分の妖術を自慢していると、突然悪童の様な声が響いた。
「馬鹿かてめぇは?的が大きければ、こちらの武器は当たりやすくなるのが道理だぜ!」
鵜文化が自分の妖術を馬鹿にされ激怒していた。
「何処にいる!出て来い!」
すると、蓮の花や葉の形の衣服を身に着け、一対の車輪に乗って空を飛ぶ美少女がやって来た。
「俺の名は哪吒。闡教に属する仙人だ!」
「仙人だとー!俺達から自由を奪った口煩い潔癖症共の仲間かー!小娘ー!」
鵜文化の言葉に哪吒は大激怒。
「俺は男だ!こんなに醜い女が何処の世界に居るー!」
鵜文化と哪吒の口喧嘩が激しさを増す中、額に縦長の第3の眼を持ち、鎧をつけた美青年が曹操に近付き、曹操に膝を屈した。
「私は顕聖二郎真君。闡教に属する仙人であり、截教の総帥・通天教主の命により、哪吒と共に貴方様の天下統一を手伝いに来ました」
二郎真君の言葉に鵜文化が敏感に反応した。
「通天教主だとぉー!あの裏切り者めぇー!またしても口煩い潔癖症共に加担するかぁー!」
曹操はただこう述べた。
「私は只……民衆を救いたいだけだ!政治腐敗から!邪凶から!」
それを聞いた二郎真君は確信した。曹操こそ天下人に成るべき英雄であると。
「コラー!俺を無視するなー!」
「こんなデカい中凶が暴れたら近隣住民に迷惑だ……倒すぞ!」
曹操の命を受けた哪吒と二郎真君が鵜文化に襲い掛かる。
「ふん!俺の偶人変化に勝てるものか!捻り潰してくれるわ!」
が、威勢が良いのは言葉だけで、曹操、哪吒、二郎真君に完全に翻弄された。
先ずはナタクが火炎放射器としても使える槍・火尖鎗を鵜文化の鼻の孔に突き刺した。
「熱いぃーーーーー!」
二郎真君の左手から飛び出した狼が鵜文化の左足のアキレス腱を噛み千切り、その間に二郎真君が先が3つに分かれた槍で鵜文化の右足のアキレス腱を穴だらけにする。
「ぎゃぁーーーーー!」
そして曹操が常人離れした跳躍力で鵜文化の心臓に七星剣を突き刺した。
「がはぁーーーーー!張角様ぁーーーーー!」
まるでガラス窓が砕け散る様に滅び去る鵜文化であった。
哪吒と二郎真君が改めて自己紹介をした。
「俺は闡教に属する仙人の哪吒だ!よろしく頼むぜ!」
「私は闡教に属する仙人の顕聖二郎真君です。変化の術を得意としておりますので遠慮無く扱き使ってください」
曹操は首を横に振りながら、
「顕聖殿……それは違いますぞ!」
曹操の言葉に二郎真君が少々困り果てる。
「何故です!?」
曹操は研ぎ澄まされた瞳で二郎真君を射抜き、諭すように言葉を投げ掛けた。
「私達は同志だ!民衆を助け邪凶から漢王朝を護る同志なのだ!」
二郎真君が少々驚きながら言い放つ。
「驚いた方だ!近付いて来た仙人の力を私利私欲では無く他者の為に使うとは」
「この時代の人間にしては珍しいよねー♪」
急に照れくさくなる曹操。
「そ、そうなのか!?私は人の上に立つ者として当然の事を言ったまでだぞ!?」
「だが、その当然の事が出来ぬ政治家がこの地に君臨しておるのが実情で御座います」
それを聞いた曹操は苦虫を噛み潰した顔をした。
「為政者が良き方向に向かっている限り、平和は続く……なのに、朝廷内は目先の利益しか見えない屑ばかりだ!」
地上界に再臨した魔王の1人である張角の手先・鵜文化を斃したが、未だに張角が中凶を小出しにして山賊を操ろうとしている理由が良く解らず。朝廷の政治腐敗も止まらない。
曹操、哪吒、二郎真君の戦いはまだ始まったばかりである。
曹操の仲間に加わった哪吒と二郎真君は、曹操が雇った傭兵・夏侯惇(字は元譲)と夏侯淵(字は妙才)と名乗り(哪吒が夏侯淵で二郎真君が夏侯惇)、山賊討伐に精を出していた。
「張角様ーーー!」
山賊の頭領を務めていた邪凶がまた曹操に退治されたが、未だに張角が何をしたいのか解らない。
「一斉に攻めるのではなく、小出してジワジワ責めるのがお好きなようだ」
「でもよぉー、そんな事して邪凶共の得になるのか?」
「得……かぁ。本当に何を企んでいるのであろうな……張角は」
しかし、ある日を境に曹操達の邪凶退治は激変する。
とある宗教家が鉅鹿で大演説をするという噂が広がり、重税とそれに伴う貧民の強盗化に苦しむ民衆が鉅鹿に集結した。
其処に張宝と名乗る男性が現れた。
「皆の衆ーーー!いよいよじゃ、いよいよ黄天の使いが降臨なされるぞーーー!祈るのじゃー!祈るのじゃー!」
集まった民衆が言われた通りに祈ると、空から銅鑼の音が聞こえた。音のする方を見て視ると、
「黄天の使いが天から降臨なされたぞーーー!」
黄色い煙に乗って空を飛ぶ張角の姿があった。
「オオォーーー!」
「光ってるぞ、あの者の体が光ってるぞ!」
ゆっくり着地する張角はいよいよ煽動を始めた。
「我は張角!黄天の子なり!新たなる使命を持って降臨せり!我の言葉を聴け!」
張角の演説を聞いている内に、民衆の興奮は漢王朝への怒りに変わった。
「お前達の貧しいのは、お前達のせいではない!世の中が悪いのだ!」
「そうだそうだ!」
「張角様の仰る通りだ!」
「世の中が悪いんだ!」
「では、世の中を変えるにはどうしたらいいのか!?座して待っていても変わりはせん!この手で……お前達のその手で変えるのだ!」
「そうだ、戦おう!」
「張角様と共に戦おう!」
「戦うんだ!」
「黄色い服を身に纏え!黄天の力をお借りするのだ!黄天万歳!」
してやられる形となった曹操達は心底悔しがった。
「畜生ー!山賊を裏で操るのはこれをやる為だったのかー!」
「しかも、黄天軍に加わった民衆は、張角配下の邪凶の事を“黄天の使い”と思い込み重宝している。どちらが悪か判らなくなるぞ……人間達が」
「悪政に苦しむ庶民の逃げ場として黄天軍は発展し、今や漢王朝全土を包み込む勢いだ。漢王朝にとっては怖い存在なのに……朝廷の馬鹿共はまったく気付いていない。危うい事だ!」
その時、曹操の耳に再び天の声が聞こえた。
「皇甫嵩(字は義真)に力を貸し与えるのだ」
二郎真君は曹操の様子が変なのに気付き声をかけた。
「如何いたしました?」
「声が聞こえた……天からの声が……」
「声?神託の類でしょうか?」
「良く解らんが……この声に従うと良い事があるんだよ。何故かは知らんがな」
それから間もなく、中国後漢の第12代皇帝・霊帝(劉宏)の夫人・何皇后の兄にあたる何進(字は遂高)が黄天軍討伐の総司令官として大将軍に任命され、黄天軍討伐部隊が編成されたが……、
「うわー!化け物だー!」
「く、来るなー!こっち来るなぁー!」
「退避ー!退避ー!」
黄天軍には黄天の使いに化けた小凶達がいるのだ。
豚もしくは猪の様な頭を持つ弓兵(残弾数無限)。
牛の様な頭を持ち、投槍(残弾数無限)と盾を武器に戦う大柄な男。
槍を持って二足歩行する超巨大グリーンイグアナ。
首から上が若くて美しい女性の上半身に置き換わったような姿をしているポニー。
頭髪の1本1本が蛇の剣兵。
赤い肌と赤い長髪を持つ若くて美しい女性の様な頭と乳房を持つ鷹。
どれも古代中国ではお目に掛かれない……もといお目に掛かってはいけない者達ばかりである。遂に張角配下の邪凶が本領を発揮したのだ。
朝廷に乗り込んだ曹操は、早速皇甫嵩を探し当て、こう進言した。
「党錮の禁の撤回を推奨しましょう」
皇甫嵩は驚きを隠せなかった。そんな事をすれば、儒家的教養を身に着け地方の秩序の回復を謀る清流派が息を吹き返し、外戚や宦官から目の仇にされる。そうなれば出世どころか朝廷にいられなくなる。
しかし、もし清流派が黄天軍と手を組めば……今度こそ漢王朝は終わり邪凶主導による邪な無法混乱時代が始まってしまうだろう。
(瀕死の政権は何時もそうだ。正論では無く欲望を信じた結果……失敗から学び、同じ過ちを繰り返さぬ事こそが大事なのに)
「急ぎ御決断を!清流派が黄天軍の手に渡れば、最早我々に勝ち目はありません!」
皇甫嵩は曹操の指示通りに動く事を渋った。
「しかし、清流派の復権は自殺行為だ!宦官や外戚が許さぬ!」
(まだそんな事を言っているのか!目の前にある宝に目が眩みすぎて将来を取り逃しおって)
「この話は聞かなかった事にする!これで良いな!」
慌てふためく曹操。
「お待ちください!此処で黄天軍を生かしておけば朝廷その物が消えて無くなります!何卒―――」
皇甫嵩は曹操に敗けぬ大声で言い放つ。
「静かだ!一人でいると静か過ぎていかん!」
それでも曹操は諦めない。党錮の禁を解き、清流派を利用するべきだと進言し続けた。そして……運命は曹操に味方した。
「何の騒ぎだ!?」
曹操と皇甫嵩の大音量舌戦を聞きつけ人が集まり始めたのだ。皇甫嵩は何でも無いと言いかけたが、曹操は悪知恵が働き、
「皇甫嵩殿が党錮の禁解禁と霊帝の私財(銭穀・軍馬)放出を具申すると進言してくださったので、余りの嬉しさに大泣きしておりました!」
「そ、曹操!貴様ー!」
曹操と皇甫嵩は早速協議の場へと引き摺り出された。
「正気の定か?清流派と称し徒党を組み、漢王朝を乗っ取ろうとした悪逆な者達を生き返らせよと?」
漢王朝の汚職蔓延の元凶である外戚や宦官が言っても説得力が無い。
「ですが、黄天軍に敗け続ける今の我々に第二次竇武の乱を停められる力があると御思いか」
曹操の言葉を聴いた外戚達が焦り始めた。外戚である筈の竇武(字は游平)が清流派党人・陳蕃(字は仲挙)と結託して宦官排除を計画し挙兵したが、この挙兵は失敗に終わり竇武は自害した。
「竇武の事は言うな!あの者が行った朝廷への誹謗中傷の陰惨さを知らんのか!」
これも“犬の口から象牙が生えて堪るものか”の類であり、ありえない事なのである。
(なんてこった!此処まで正論が通らないと、呆れを通り越して、“偉い!”とさえ言いたくなる!)
「伝令!」
突然やって来た伝令兵が片膝をついて礼をするのももどかしげに、
「指名手配中の士大夫が張梁と仲よく食事をしている所を発見し、無事に士大夫の殺害に成功いたしました」
曹操が慌てて質問する。
「して、張梁は!?」
「行方も知れません!」
「行方知れずだと!?人公将軍と言う愛称を持つ黄天軍の大幹部を取り逃がしておいて、良く殺害に成功いたしましたと言えるな!?」
この一件により清流派と黄天軍の結託がどれだけ恐ろしいかを一応理解した宦官達は、渋々党錮の禁解禁を許可した。
だが、外戚や宦官が清流派が息を吹き返す切っ掛けを作った曹操と皇甫嵩を許す筈も無く、曹操を騎都尉に、皇甫嵩を左中郎将に任命し前線送りとした。
「何だかうれしそうじゃのう曹操」
「当然よ!これで漸く張角との直接対決が出来るのだ!」
「だが気をつけられよ曹操。人間に転生したとはいえあれは魔王、我々が就いているとは言え、今まで殺してきた邪凶とは次元が違うと考えた方が良いでしょう」
数日後。
曹操の甲冑姿に哪吒が驚く。
「ひょー!すっげえド派手ー!」
「真っ赤な鎧に真っ赤な外套とは……思い切った格好ですな」
曹操は笑顔で答える。
「私は容姿がパッとしませんので、せめて格好だけでも目立たせようと思ってな」
曹操はそう言うが、実年齢は30歳でありながら肉体年齢は未だに15歳のままであり、金髪の美少女も相まって非常に美々しい。
二郎真君が残念そうに言い放つ。
「この姿を橋玄殿にもお見せしたかったのう」
「そう言えば橋玄が死んだのも去年の今頃だったよね」
曹操は静かに七星剣の切っ先を天に向けた。
「橋玄先生ご覧あれ!必ずや魔王張角を討ち取ってみせますぞ!」
皇甫嵩率いる黄天軍討伐隊と合流した曹操はいきなり恨み節を言われた。
「恨むぞ蟹手」
曹操は気にせず、
「して、どう攻めますかな?」
曹操は完全にイケイケになっているが、皇甫嵩は完全にブルーだ。それもその筈、宦官がなぜ自分達を黄天軍討伐隊の隊長に任命したのかを熟知していたからだ。
自分達の政敵を復活させるような提案を惜しげも無く言い放ち、それを押し通して成立させてしまったのだ。恐らく自分達は生きて帰れないだろう。宦官がそれを望んでいるからだ。
皇甫嵩が完全に落ち込んでいる中、曹操の耳にまたもや天の声が入った。
「広宗に火を放て」
「広宗」
曹操は即座に皇甫嵩に進言した。
「敵は広宗に居ります」
皇甫嵩が聞く耳を持つ筈が無い。
「して……根拠は?」
さて困った……と思いきや、曹操は堂々と、
「私の勘が当てにならないと?」
「勘かよ!」
至極真っ当なツッコミを受けたが、曹操はあくまで強気だ。
「貴方達官僚よりも私の聴く天の声の方が正しいのです。その証拠に、貴方達は清流派の残党と張梁との会食を阻止できなかったが、私は党錮の禁の撤回を勝ち取ったではないですか」
皇甫嵩が遂に激怒した。
「だったら貴様達だけでやれ!これ以上私を巻き込むな!」
時間が惜しかったので皇甫嵩との口喧嘩を早めに切り上げ、広宗へと向かった。
広宗に到着すると、大急ぎで土地の特徴を調べ上げ、最も最適な火計を思いついた。
そうとは知らずに広宗を通過しようとする黄天軍本隊。その真ん中にはラクダに跨りダンスを踊る様に手を動かしながら踏ん反り返る張角の姿があった。
“黄天當立!”というシュプレヒコールが鳴り響いていた。両端が崖であるにも拘らず。
其処へ大量の藁が放り込まれた。
「ん?」
張角はなん事だかさっぱり解らず、首を傾げる。其処へ哪吒が現れて、無数の藁に火を放った。
四方八方を炎で囲まれ大混乱する黄天軍本隊。一部の邪凶が気を吐くが、崖を一気に駆け下りる曹操と二郎真君が次々と斬り殺す。
「張角!後は貴様だけだ!」
この期に及んでまだ余裕をかます張角。
「やはり出おったか仙人共。だが、儂に勝てるかな?黄天の使者であるこの儂にー!」
3人の中で最も好戦的な哪吒が羽衣を投げつけた。もちろんこれも宝貝で、空中に放たれた羽衣は突然大蛇の様に張角の体に巻きついた。だが、どうした事か直ぐに力を失い地面に落ちた。
「嘘ー!俺の混天綾が効かない!?」
今度は二郎真君が狼を放つが、これも直ぐに力を失い地面に落ちた。
哪吒の槍が火を噴くが、焼き殺すどころかラクダから叩き落とす事すら出来ない。
「火尖鎗も駄目かよ!?」
今度は曹操が七星剣で斬りかかるが、見えない壁に遮られて近づけない。
「強すぎる……傷すら与えられない!」
諦めきれない哪吒は、2つのブレスレットで殴りかかるが、逆に杖で殴り返されてしまった。
「乾坤圏すら駄目かよー!くそー!」
当の張角は未だにラクダの上で踏ん反り返ったままだ。
「無駄よ……」
今度はこっちの番とばかりに杖からビームを放つ。
「ぐわー!」
張角は一気に畳み掛ける様に横方向に扇状に広がる火炎弾を5つ発射した。
「く、これまでか……」
その時、またまた天の声が、
「七星剣を掲げろ」
それを聞いた曹操はとりあえず七星剣を掲げた。すると、曹操の体が突然、太陽の様に発光した。余りの眩しさに哪吒も二郎真君も張角さえ直視できなかった。
漸く光が消えると、曹操の姿が純白の西洋甲冑を身に纏うワルキューレとなっていた。これが七星剣の最後の切り札“神兵化”である。
曹操の姿が純白の西洋甲冑を身に纏うワルキューレの様になってしまったので、一同驚く。
「これは……」
「な、何なんだこれ?何なんだこれー!?」
「これが通天教主が曹操に授けた力!?」
「力が……力が溢れて来る!これなら……いける!」
それに対して、張角はかったるそうに話す。
「もう……無駄な抵抗は止めたらどうだ?」
それに対して、曹操は強い口調で答える。
「否!私は戦う!お前のような奴から世界を護る!」
「下らん……」
張角が杖から凍結ガスを噴射するが、曹操が七星剣から放つ雷に押し返されてしまう。
「どう言う事ー!?わはぁー!」
何とかラクダの上で踏ん反り返る状態を維持している張角だが、曹操の姿が変わる前の余裕はもう無い。
今度は巨大な火炎弾を放つが、曹操は背中から白鳥の翼を思わせるオーラを発生させ、空中を飛翔する。そのまま、ホバリングしながら念動力で火計用の藁の束を張角にぶつける。
「ぎゃあー!」
漸く張角をラクダの上から引き摺り下ろした曹操は、畳み掛ける様に七星剣で張角を斬りまくる。
「うぎゃぁー!」
張角の足下から大きなつむじ風が発生し、張角を空中に拘束する。曹操は飛翔しながら張角に斬りかかり、張角に背中を見せる様に裏一文字斬りを見舞った。
「あっぎゃあぁーーー!」
そして、再び七星剣を天にかざすと、落雷が張角を襲い、耐えきれなくなった張角が爆死した。
「きゃあはぁーーーーーー!」
元の姿に戻った曹操の許に駆け寄るナタクと二郎真君。
「大丈夫か!?」
「ああ」
「それにしても……一体どうして?」
二郎真君に七星剣を差し出す曹操。
「この七星剣を掲げたらこうなった」
七星剣を手に取る二郎真君。
「これは!……これほど邪凶討伐に適した宝貝は有りますまい」
「どういう事だ?」
「曹操殿は神兵化したのです」
曹操は聞きなれない言葉に困惑した。
「神兵化?」
「全能力を飛躍的に上昇させる秘術で御座います。私も実際に見るのは初めてでございますが」
それを聞いた哪吒が驚く。
「それって只の絵空事じゃなかったの!?」
「どうやらそうらしい」
「うへぇー」
曹操は七星剣を返して貰いつつ、
「それほどの物を私が……」
二郎真君が幾つかの注意点を付け加えた。
「ですが、これ程の宝貝をもってしても神兵化の維持は難しいらしく、七星剣の宝玉をご覧ください」
確かに……七星剣の宝玉の一つが少し黒く濁っている。
「神兵化する度に七星剣の宝玉は少しずつ濁ります。日光か月光を浴びせればこの濁りは完全に取れますが、つまり、七星剣の宝玉が黒く濁れば濁る程、神兵化の維持は難しなります」
理解できない哪吒。
「つまりー……どういう事」
曹操が解りやすく説明する。
「制限時間付と言う訳だ。私の神兵化は」
「あー、それなら解った」
二郎真君が哪吒をからかう。
「本当に解ったのですか?」
「何だよー、その疑いの目はー」
3人は一斉に笑った。
駆けつけた皇甫嵩は神兵化した曹操と張角との死闘を見て、完全に立ち尽くしていた。
「……なんて奴らだ……」
曹操が皇甫嵩に行った張角病死報告が中国大陸全土に広まった結果、黄天軍の勢いが一気に減衰した。
張角の弟である張宝と張梁は、曹操を大嘘吐きと弾じたが、最早、坂を転がる玉であった。
「敵将波才、討ち取ったりー!」
汝南郡での戦いは孫堅(字は文台)の勝利で終わり、春秋時代の兵家・孫武(字は長卿)の子孫としての意地を魅せ付けた。
「張曼成の捕縛に成功いたしました!」
伝令兵の報告を聞いた皇甫嵩がシャンパンの栓を抜きそうなくらいに勝ち誇っていた。
「はははは、どうだ!これが漢王朝に逆らった者達の末路だ!」
調子のいい話である。張角が健在だった時は黄天軍討伐の命を授かる切っ掛けとなった曹操を恨んでいたのに、黄天軍が劣勢になった途端これである。
張宝が妖術と配下の邪凶を駆使して抵抗を試みるが、これが人間に転生した魔王その②を歴史の表舞台に引き上げる切っ掛けとなった。
「見苦しいな。敗戦後ぐらい往生際をグッドにホワイトや」
突然現れた貫禄が有り余っているチンピラの様な男に慌てふためく張宝。
「な!だ、だれ!?」
貫禄が有り余っているチンピラの様な男は邪な微笑みを浮かべながら無慈悲な事を言いだす。
「もう張角は敗けたんだよ。だから……君達も死ねよ」
当然怒る張宝。
「ふ、ふざけるなー!」
張角配下の小凶達が男を襲うが、所詮は小凶、男が召喚した1匹の大凶の前では無に等しかった。
「くたばれや!」
持ち主の声により伸縮自在で太さも自由自在な円柱形の棒を振り回しながら10匹の小凶達と互角に戦うサル顔の男。
「我が名は袁洪!この程度の雑魚は楽勝よぉー!」
「何じゃこいつらは!?」
「くくく」
男の笑い声に張宝は背筋が寒くなった。
「な、何だよ!」
「袁洪!後は僕がホワットとかしておく。これはライフ令だ!」
張宝は背筋が寒くなった。男は気にせず手を2回叩くと、突然巨大な竜巻が発生し、張宝を巻き上げた。
「ぎゃあぁーーーーー!」
「さよなら張宝YOU」
観念した張宝が消滅間際に男に名を問うが、
「クェスチョンするな馬鹿!」
一蹴されてしまった。
「ひ、非道いぃーーーーー!」
よく見ると、男の指は3対6本しかない。
文学博士・阿部正路の説によれば、人間の手の5本指は愛情・知恵という二つの美徳と、瞋恚・貪欲・愚痴の三つの悪をあらわすそうだが、それだと、この男の手の指が3対6本なのは、人間が本来持っている良心がこの男には全く無い事になるのだが……。
その頃、阿部正路に人より邪心が少ないと言われた様な感じになっている曹操は、二郎真君に天の声について相談していた。
「成程、その者の声の御蔭で神兵化出来たと」
「そうなのだ。何故私なのだ?」
「さ、さあー……」
二郎真君は言葉を思いっ切り濁したが、大方予想がついていた。
(恐らく……通天教主は曹操をかなり期待している様ですね)
碧遊宮で曹操対張角を観戦していた通天教主が独白。
「こんなに早い段階でもう魔王と戦う羽目になった時はかなり焦ったが、儂が曹操に教え損ねた七星剣最後の切り札に自力で気付いたとは……曹操……儂の見込み通りの英雄と言えるな」
ん?通天教主が天の声役でないとすると、天の声役は一体誰なのだ?
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