闇夜の兵士達 ~戦争の交響曲~
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第1部
第1楽章 内乱
第3話 光の弓矢
前書き
遅くなりました。
飛行機雲を引いて航空機が空を翔けて行くのを、地上を進んでいる兵士達が見上げた。彼らは荒廃した街の中を軽装甲機動車で進み、自分の命を危険に曝しているのだ。少しは愚痴も言いたくなる。また、彼らがまだある程度安全な所に居る事が口を湿らせる。
【見ろよ。お空の騎士様は清潔なコックピットで、大空を散歩してらっしゃる。俺も一度は雲の上でスキーを滑る様に飛んでみたいぜ】
【やめとけ、どうせ転倒して地面にキスするのが落ちさ】
【へぇ、お前はどうする?】
【あっ、俺か?
俺は高い所が嫌いだから遠慮しとくさ】
「いい加減にしろ、お前ら。魂を空高く上げたいのか?」
【ご遠慮いたします、一等軍曹。あんなのヤバイクスリを打つより性質が悪い】
古参兵達が愚痴の連鎖を山田絢一等軍曹が中断させる。始まったら限が無いったらありゃしない。もっとも、小隊全体は静かだった。殆どの兵士が新入りであり、目の前で起きた仲間の死が彼らを緊張させていた。
一方、三村隼也少尉は、広域データリンクに接続する為のデバイスである端末と車の助手席で睨めっこしていた。情報の更新が遅く、また、更新されても戦場全体の状況が悪化しており、それが彼を苛立たせる。そんな彼の元に絢が後部座席から顔を出す。彼女も端末を開いていた。
「5-6のリンクが切れています。無線で呼びかけても返答なしです。ですが無人機の情報では戦闘は続いています。まだ生きているかもしれません」
「俺たちが到着する頃にはには全滅かもな。だが、進むしかない」
三村はやれやれと頭を振る。本当に厄介な事になった。
「ともかく、私は先頭に出ます。もしもの時は殿を務めますので」
「分かった。仁野、篠宮」
「はい」
「なんですか~?」
三村の言葉と共に絢と同じく後部座席に座る篠宮冬香特技兵と運転している仁野優奈一等兵が返事をする。相変わらず、優奈の口調は軽いが……。
だが、三村はその事を気に触れるような素振りもせずに話を続けた。絢が席へと戻ったたからだ。最早、結果は見えた。
「君達には現場に到着後、山田軍曹及び第1分隊と共に拠点を偵察し、小隊の安全を確保しろ」
「了解しました」
「りょ~かい」
「それと仁野君」
「何ですか?」
「後ろを向きたまえ」
「エッ?」
三村の言葉と共に優奈がバックミラーを覗く。そして彼女の視界に移ったのは、絢のニッコリとした笑顔だった。そのまま後ろから手が伸び、優奈の首筋を、背もたれと腕で挟み込み、思いっきり締め上げる。
車の運転が乱れ、蛇行運転する。運転しているのは優奈であり、そのような事をされれば誰でも暴れるはずだ。そのまま車は前後の建物にぶつかりそうになりながら、建物に泡や激突と言う所で車が止まる。その所為で車列が止まってしまった。
「そのまま部隊は前進を続けろ。こちらに問題はない。山田一等軍曹が一寸、締め上げているだけだ」
【なんだ】
【何時もの事ですね】
【懲りない奴がいるもんだ】
【仁野がやらかしたんじゃないかな?】
【あぁ、納得】
【奴なら仕方がない】
【仁野が何秒で意識が飛ぶか賭けをしようぜ】
【一等軍曹なら瞬殺だろ。賭けにならなくないか?】
【でも仁野の奴は意外とやれるからな。どう転ぶかわからんぞ】
「何か言ったかな?」
【【【【何でもありません、親愛なる一等軍曹殿】】】】
三村は淡々と無線にそう告げると、無線が一気に騒がしくなった。古参兵達が新人を巻き込んで賭け話を始めたのだ。だが、絢の一言で無線は静かになり、車列は動き出した。一方、絢は優奈を締め上げていた。
「仁野。そのだらけた口調は何かな?」
優奈は窒息しそうな中、必死に頭を働かせて言い訳を考える。心臓の鼓動が早くなり、肺が悲鳴を上げる。
「グゥッ……すこし空気を和ませようとしただけです……」
「はい、ダウト。明らかに何時もの口調だった。後で罰を与える」
「あぁ、神よ……」
「さっさと車を動かしな」
「あい……」
優奈は返事をすると、車を動かし、車列を追いかける。幸いな事に車列はそこまで進んではいなかった。もう拠点まで残り僅かだ。
「第1分隊は降車しろ。山田一曹達と共に拠点の確認に向かえ」
「残りはここで待機。第1分隊の車両も人を送って動かせるようにしておけ」
【了解、装備をチェックして降車しろ。一等軍曹殿と合流だ】
「二人とも、油断するなよ?」
「了解です」
「あい」
二人の下士官の声と共に、装甲車のドアが開いて兵士達が飛び出し、一箇所に集結する。
「よし、全員揃ったな。まだ銃声が響いているから友軍は全滅してないようだ」
「だと良いですけどね」
「どちらにしても向かうしかない。私とこっちの二人が先導する。残りは後ろから続いてくれ」
「了解しましたよ、一等軍曹。後で何か奢ってくださいよ。でないと割に合わない」
「ほぉ、ならば官給品のインスタントコーヒーでどうだ?」
「遠慮しときます」
第1分隊の分隊長である野部隆和二等軍曹はそう言って笑い、他のメンバーも続く。
「さぁ、暴力の時間だぞ、戦友。お口にきちんとチャックをしろよ」
絢はそう言うと姿勢を低くして、瓦礫だらけの道を一列縦隊で進んでいく。銃声はほとんどない。小康状態だ。そうこうしている間に拠点が見えてきた。ごくごく普通だった住宅地も今は壁に弾痕が穿ち、穴が開いている。
「動かないでください」
その声と共に瓦礫の中から兵士が現れる。政府側民兵組織の兵士たちだ。その中に一人だけ内務省国内軍の兵士が居た。
「第1301部隊のb-01分遣隊の山田絢一等軍曹だ。本隊は後から続ている」
「お待ちしていました。ストーン5-6の本村弘人兵長です。指揮所が迫撃砲で吹き飛ばされて交信できませんでした。急いでください、そろそろ敵が来ます」
「わかった。b-01、こちら01a。ストーン5-6と合流した。間もなく敵の攻勢が始まると予想される。大至急だ」
【了解した、01a。こちらは進路が瓦礫で塞がっていた為に迂回する。それまで持ちこたえろ】
「来るぞ、迫撃砲だ‼」
「ッ!?
01aアウト!」
迫撃砲弾の唸りと共に空気が張り詰めた。
「急げ急げ!
建物の中に入るんだ‼」
兵士たちと共に絢は建物の中に雪崩れ込んだ。爆発とともに体の中に震動が響く。砂煙が舞い、肺に入る。
「ゲホッゲホッ……全員無事か!?」
「口の中がじゃりじゃりしますが無事です……」
その時、奥の部屋から兵士がこちらに飛び込んできてこう言った。
「敵だ。準備しろ!」
兵士たちは立ち上がり部屋の外へと出ていく。
「行くぞ、仁野、篠宮」
「はい!
って、優奈?」
絢と冬香が振り返ると優奈が腰を擦って座り込んでいた。
「どうした、腰でも抜かしたか?」
「みたいですね。やっぱり、この子は頭のねじが抜けてるから、しょうがないと思います」
「お前もそう思うか……。今度、野戦病院に連れてくべきだと思うか?」
「そこまでする必要はないのでは?
私と彼女は長い事付き合っていますけど、昔っからこんな子なので、もうどうしようにも無いと思います。簡単に言えば手遅れです」
「二人とも冷静に話し合ってないで助けてくださいよ!」
「ああ、わかったわかった」
絢はそう言うと、優奈の手を掴み、引き上げ、彼女の頭をコン、と叩いた。
「今度から気を付けろよ」
「イエッサー……」
「さぁ、征くぞ!」
絢はそう言うと建物の奥へと進む。あちらこちらで兵士が応戦している。壁に小さな穴を穿いた簡易的な銃眼だ。こちらは隠れていない敵を容易に撃つ事ができるが、敵の銃弾は壁に阻まれる。もっとも、敵も同じような事をしており、壁に穴をあけて新たな通路を作ったりもしている。
絢は建物を出て建物と建物の間にできた瓦礫の山を盾に身を隠す。どうやら絢たちが来る前からそこは銃座として使われていたようで砂袋が設置してある。銃身を砂袋の上において依託射撃するためだ。
冬香は建物の壁に開けられた穴から、落ちていたネゲヴ軽機関銃を撃ちまくる。元は国内軍の物だろうが、持ち主は見当たらない。その銃には血糊を拭き取った跡があった。まぁ、そう言う事だ。ACOGを覗き込み、敵が居るであろう場所に数発撃って身を隠す。すぐに銃弾が飛んできた。壁に衝撃が走り、砂煙が舞う。向かいの壁にも弾痕が刻まれた。銃弾が突き抜けたのだ。
「……これは、マズい……」
銃声からして重機関銃。おそらくKPV重機関銃などの14.5㎜弾を使用する物だろう。軽装甲車両なんていとも容易く破壊するだろう。次の瞬間、さらに大きな銃声が響き渡った。隣の部屋の壁に穴が開き、そこにいた機関銃チームが全滅した。銃眼からのぞき込むと、彼方にテクニカルの姿が確認できた。対空機関砲でも積み込みやがったに違いない。武器商人が税関の役人に袖を通したのだろう。
「一等軍曹、このままじゃ押しつぶされますよ!!」
「分かってる!
仁野、奴らを吹き飛ばしてやれ!!!」
「当たるかどうか知りませんよ?」
「構わん。やれ!」
絢の号令で優奈は落ちていた箱からM72 LAWを取り出す。アルミ製の発射機後部を、ガラス繊維強化プラスチックの前部発射器から取り出し、折り畳まれた照星と照門を展開する。敵は見えないが、火点の位置は大体掴めていた。M72 LAWを右肩に乗せ、照門から照星を覗き込む。照星に付いた25m毎の目盛を標的との距離に合わせ、トリガーを押し込んだ。
発射機から蓋を突き破ってロケット弾が飛び出した。それと同時に発射機後部から爆風が噴出し、反動を相殺する。ロケット弾は6枚の安定翼で弾道を安定させながら、敵火点のある建物に向かって飛翔し直撃した。壁は吹き飛ばされ、沈黙したかに見えた。
優奈は撃ち終えたM72 LAWを投げ捨てようとした。だが、次の瞬間、右肩に衝撃が走り、いつの間にか目の前に地面があった。上を見上げれば、絢の顔が見えた。
「大丈夫か!?」
絢がそう言いながら優奈のボディアーマーを脱がす。いったい何が。そう少女は口にしようとしたが、右肩に走る激痛でしゃべれない。
肩を見れば紅い血が流れ出していた。絢が少女の野戦服をナイフで切り裂き、止血剤を傷口に振り掛け包帯を巻きつける。
「骨は砕かれたが、銃弾は残ってはいないし、動脈も傷ついてない。まったく、ついているな。もっとも後方に送る暇はないが……。銃は撃てるか?」
絢はそう言いながら立ち上がり、優奈に手を伸ばした。彼女の周りを銃弾が飛翔する。肌に熱さを感じるほどだ。
「大丈夫……です……」
優奈はそう言いながら出された絢の手を掴むと、立ち上がって、瓦礫に身を横たえた。
「さっきのは一体……?」
「狙撃だろう……。誰かが狙撃手を始末しなければ被害が出る一方だ」
その時、無線から男の声が響いた。第1分隊の野部だ。
【こちら01-1a。後方で展開中。01-0b、状況を教えてください】
「いいタイミングだよ、1-1a。こっちは敵スナイパーに一人撃たれた。戦闘は継続できるが、このままだとジリ貧だ。始末できるか?」
【了解、捜索します】
図太い銃声が後方から響いた。大口径のライフルだろう。これでマシになると良いが……。
野部隆和二等軍曹は本村弘人兵長と数名の部下と共に、図書館だった物の奥の部屋に居た。天井は迫撃砲に吹き飛ばされて吹き抜けだ。上の階は元々監視所だったところだ。この施設跡には指揮所があったが、綺麗に吹き飛ばされた。彼らは武器庫からM99対物ライフルとTRG-42スナイパーライフルを拝借してきた。どれも内務省の物だ。まったく、うらやましい。
兵士たちは床にクッションを敷き、狙撃銃を横たえる。銃眼からは手前の部屋の穴を抜けて道が見渡せた。敵の民兵が所々見える。見事な遮蔽を施し、正確無比な射弾を送り込んでいた。それは見事なものだった。
「本村兵長、ここらの民兵はどっかの傭兵でも雇っていたのか?」
「ええ。ですが、これ程までの練度になるような教練は施されてなかったはず、されていたとしてもごく僅かです」
「だが、奴らの一部は並の練度じゃない。下手したら正規軍並だ。もしかしたら特殊部隊並の兵士が混ざっているかもしれん」
「確かに。同盟の連中にも米陸軍特殊部隊群と似たような部隊は在りましたからね。戦闘を長期化させ、わが軍を疲弊させる気でしょうか?
ですが、何かがおかしいです。論理的には言えませんが、そんな気がします」
「確かに、少しコストパフォーマンスが合わない。我が軍を疲弊させたところで、後方には米軍が第2防衛線を構築している。奴らもそれを知っている筈だ。
攻勢で第1防衛線を突破しても第2防衛線で押しとどめられる。これを一撃で破るには相当大きな混乱が必要だ。ここらに、研究所とかはあったか?」
「いいえ。在るとしても軍の工場跡だけですよ」
「そうか……。なら良いんだ……」
野部はそう言うと、スコープを覗き込む。“獲物”はM99対物ライフルだ。それで敵の潜む場所に銃弾を撃ち込むだけだ。ボルトハンドルを動かし、薬室を解放。12.7㎜NATO弾を一発装填する。単発の為に速射性は悪いが、構造の簡素化によって、コストが低減し信頼性が向上している。深呼吸をして息を止めると引き金を引き絞った。銃弾は空気を切り裂きながら、間抜けにも体を曝した敵を撃ち抜く。ボルトハンドルを動かして薬莢を排出、再装填し、口を開いた。
「ワンダウン」
「こっちも一人やりましたよ」
横を見れば本村がTRG-42スナイパーライフルを構えてボルトハンドルを動かした。奴も一人やったらしい。彼は微笑を浮かべ、再び引き金を引いた。こちらもスコープを覗くと、廃墟の中でコソコソしていた敵が動かなくなっていた。
「上手いな。マークスマンの訓練でも?」
「元々、警察の特殊部隊の訓練生だったんですよ。ですが、この戦争で徴用です」
「そうか……」
野部はそう言いながら引き金を引き、建物に潜み機関銃で友軍を釘付けにしていた敵を壁ごと打ち砕いた。対物兵器なのだからこれくらいできて当然だ。
敵が視認できなくなれば、別の銃眼に移って射撃を継続する。そうやって、スコープを覗き続けていた時、何かを見つけた。建物の陰で何かが光ったのだ。スコープの倍率を上げると、それが如何に危険な物かと分かった。
「対戦車擲弾発射機!!」
野部はそう叫ぶと、銃を投げ捨て、身を低くした。すさまじい爆音と共に体が揺さぶられ、砂埃が舞い上がり、肺に入って咽返る。だが、それだけで終わるはずもなく、次々と爆発が起こり、壁の破片が体に叩き付けられた。
クソッタレ、そう野部は悪態を吐いた筈だった。だが、何も聞こえない。兵士たちを守っていた壁は無残にも大穴ができ、外が見えた。外壁はもっと悲惨だろう。中では兵士たちが身悶えていた。
「大丈夫か?」
野部は砂煙が収まるころに、兵士たちに声をかけた。幸いなことに、彼の聴覚は戻り始めていた。
「何……とか……」
本村が弱弱しく返事を返し、野部に尋ねた。
「いったい何が?」
「敵の対戦車擲弾発射機の集中射撃を喰らったんだ……。急いでここを離れなければ……」
「了解」
本村はそう言いながら、立ち上がった、筈だった。彼の胴体は真っ二つにされ、床へと落ちる。
「スナイパーだ!」
誰かがそう叫び、兵士たちが動きを止める。だが、急いで部屋から出ようとした者も居た。その者の末路は至極明快だった。右足を吹き飛ばされ、胴体を撃ち抜かれた。その体には大穴が開いた。
三村は慌ててスモーク・グレネードを投げた。視界さえ遮れば、奴らはこちらを狙えない。だが、それが晴れてしまえばお終いだ。
複数の機関銃から放たれた銃弾が部屋の中に飛び込み、壁をボロボロにする。どうやら敵は何としても、こちらを始末する気らしい。
「急いで部屋から出ろ!!」
その言葉と共に兵士たちは匍匐して部屋を出る。兵士たちは部屋から出ると、それぞれ別の火点に散らばっていった。野部は機関銃チームを引き連れて絢のところに向かった。
雨のように降り注ぐ銃弾は兵士たちの動きを拘束し、ゆっくりと、だが確実に彼らの命を奪っていく。山田絢一等軍曹たちも、押されて、瓦礫の山から建物の中に移動していた。
「まったく、三村とは連絡が取れないし、本隊は来ない。まったく最高だぜ」
絢はそう言いながら壁にできた大穴から身を乗り出して、銃弾が降り注ぐ中、身を挺して89式小銃Ⅱ型を構えた。敵との距離は100mあるか無いかだ。敵は20名ほどで、制圧射撃で援護しながら、交互にこちらに向かって前進してくる。
ACOGの上に取り付けられた、ドクターサイトを覗き込んだ。映し出された緑の点を敵に合わせ、銃弾を浴びせる。
敵も身を隠してその銃弾を防ぎ、逆にこちらに向かって撃ってくる。曳光弾の光が壁に張り付いた絢の目の前を横切った。
「埒が明かない……。篠宮、そのネゲヴで制圧射撃を加えろ!!
仁野は私と篠宮の援護だ!」
「了解、援護頼みます!!」
篠宮冬香特技兵はそう答え、ネゲヴ軽機関銃をフルオートで撃ちまくった。銃弾が移動していた敵を捕らえ、切り裂いてゆく。彼女の射線をカバーするように絢と仁野優奈一等兵が89式小銃Ⅱ型を撃つ。銃弾が地面や廃棄された車に当たって跳弾し、鈍い音を立てて飛ぶ。敵は身を隠し、じっと動かない。
「リローディング!!」
「カバリング!」
絢の弾倉が空になり、新しい弾倉を再装填するのを援護する。だが、敵にとってはそれで十分だった。敵は勢いを盛り返し、こちらに銃撃を加えながら殺到する。蟻の穴から堤も崩れる、と言う諺があるように、たった少しの間の火力の減衰は致命的だった。
絢たちは一気に劣勢に追い込まれた。必死に身を隠し、銃だけを突き出して応戦するが、数の暴力には勝てない。近くにいた兵士達も弱腰だ。
敵の一人がアサルトライフルに取り付けられたグレネードランチャーを構え、こちらに擲弾を放ち、彼女たちの至近に爆発を起こす。
絢は壁の陰から腕だけを突き出して、89式小銃Ⅱ型を撃ちながら悪態を吐く。
「クソッタレ、奴さんが勢いづきやがった。連中の照準は出鱈目だが、稀に腕の良いのが居るから厄介だ。ったく、本隊の連中はどうした?」
「私は知りません。無線で聞かれてみては?」
「そんな暇あったらとっくにやって……って、いつの間に!?」
振り向けば、野部隆和二等軍曹が部下を引き連れて絢の後ろに立っていた。
「助かった。部下たちを配置して奴らを足止めしてくれ。私は支援を要請してくる」
「了解しました。よし、全員分散しろ!
みんな仲良く枕を並べて討死なんて笑えない」
兵士たちは野部の言葉に無言でこっくり頷き、散らばってそれぞれの射撃位置を確保し、射撃を開始する。銃弾が飛び交う量が一段と増え、爆音もすさまじい。
優奈は89式小銃Ⅱ型を撃ちまくった。敵の頭を下げさせるにはこれしかない。敵を照準器に捉えて連射する。敵が崩れ落ちるのを傍らに、次の敵に狙いをつけて撃ち続ける。だが、その敵はほんの僅かの差で身を隠していた。銃弾が虚空に飛び去り、砂煙をあげる。別の敵が発砲し、彼女も身を隠さざる負えなくなる。弾倉を交換し、身を乗り出して再び撃ちまくる。
一方、2階に上がっていた野部は厄介なものを見つけた。4両の86G式歩兵戦闘車が二つのルートからこちらに向かって前進してきたのだ。彼は、まったく、話が違うじゃねぇか、と思わず口走った
BMP-1歩兵戦闘車のコピーではあるが、近代化改修が施されており、生身の歩兵にとっては脅威でしかなかった。彼は対戦車兵器を集めるべく、部屋を飛び出した。
「歩兵戦闘車だ!」
誰かがそう無線に叫び、戦場に緊張が走る。2両の歩兵戦闘車はゆっくりとしたスピードで、こちらに向かって進撃していた。次の瞬間、歩兵戦闘車から閃光が迸った。
それを見た誰かが何かを叫んだ。だが、遅かった。何もかもが遅かったのだ。壁を何かが貫き、兵士たちをバラバラにする。そうやって、一つ、また一つと防御陣地が沈黙する。今までの戦闘は下調べに過ぎなかったのだ。敵の潜む場所をあぶり出し、叩き潰すための、だ。
野部は一人で、敵が接近するのを待っていた。周囲には肉片と化した兵士の死体、真っ赤な血の海。それに身を浸して彼は待っていた。“獲物”はRPG-29。RPG-7と同様、軍閥や民兵組織によく使用される代物だ。
86G式歩兵戦闘車は前進を続け、こちらに向けて攻撃を続けていた。だが、一両の歩兵戦闘車が爆発炎上した。対戦車ミサイルの類だろう、と野部は目星をつけていた。それを皮切りに、周囲に対戦車擲弾発射機や、対戦車ミサイルなどの爆発が集中する。
だが、敵はエンジンを吹かして煙幕を作り出し、対戦車兵器を発射した時の後方噴射炎を目印にこちらの潜伏場所を特定し、一つ、また一つと潰す。
一方、優奈たちはただ生身の人間を始末することだけを考えていた。軽機関銃を撃ちまくり、そこら辺に落ちていたグレネードランチャーで、敵集団を吹き飛ばす。他人は他人、自分は自分だ。まだ、絢は戻っては来ない。空を舞う存在は数を増し、戦闘は一段と激しさを増していた。
三台目の86G式歩兵戦闘車が破壊され、最後の一両になった。奴は引く様子を見せず、HJ-73対戦車ミサイル―――AT-3サガーで有名な9M14マリュートカのコピー―――を放ち、さらなる破壊をもたらす。
野部はRPG-29に装弾し、地を踏みしめるように立ち上がり、後方を確認、クリア。照準を標的に合わせ、引き金を引いた。
砲弾が撃ちだされ、標的に向かって飛翔し、着弾した。成形炸薬弾が装甲を貫き、爆発を引き起こす。86G式歩兵戦闘車は文字道理“死んだ”。
だが、戦闘は続いていく。どこからともなく、数量の敵戦車が姿を現した。
「まったく、情報って物は当てにならんなぁ……」
「確かにな」
野部が隣を見れば、そこには絢が立っていた。
「遅かったですね、一等軍曹」
「まぁな。無線機がいかれやがったんだよ。だが、その分を返すだけの物を用意したぞ。ほら、内務省の助っ人がおいでなすった」
絢がそう言うと、後方からヘリの駆動音が聞こえてきた。二人は建物の外に出ると、その正体が見えた。ロシア製であり、二重反転ローターが特徴的なKa-50チョールナヤ・アクーラ攻撃ヘリの派生機、Ka-50-2エルドガン多目的攻撃ヘリだ。それは対戦車ミサイルが戦車を吹き飛ばし、機関砲とロケットポッドで敵歩兵を一掃していく。
絢の周りにいつの間にか、優奈と冬香が来ていた。戦闘は終焉へと向かっていた。その時だった。無線に通信が入ったのは。絢が無線に出る。送り主は三村隆和少尉だった。
【01a、こちらb01。応答せよ、オクレ】
「こちらb01、どうした?」
【ただちに残存兵力を纏めて後退の準備をしろ】
「どう言う事ですか?
こちらはまだ持ちこたえています。それなのに店を畳んで後退しろとは……?」
【状況が変わった。迎えの車両を送る。こちらもマイク・エコーへと後退中だ】
冬香が口を開いてぼそりと言った
「……マイク・エコーは非常事態の時のための脱出ポイントでしたよね……?」
「その通りだ。そして6年前に閉鎖された軍の第325工場の跡地だ。そして軍が一番に奪取した所だ」
一方、絢は三村にさらなる説明を求めていた。
「マイク・エコーに後退!?
敵が優勢となり、尚且つ制空権が喪失した時の為の緊急撤退拠点ですよ!?
この戦場で一体何が!?」
【すぐに、分かる。直に、な】
「それは―――」
どうゆう事ですか!?
絢の言葉はそう続くはずだった。だが、それも尻切れトンボになってしまった。彼女の眼に映った空によって。
空に光が走り、ヘリが次々と落ちる。ヘリだけではない、次々と空で光が瞬き、空を飛ぶありとあらゆる物が煙を吹いて落ち始めた。
「何てことだ……」
誰かがそう呟いた。何時しか吹き出していた冷たい風が彼らの肌を撫でる。空に浮く雲は多くなり、今にも天を覆い隠さんとするほどだ。
「後退するぞ。兵士を纏めろ。この嵐から脱出するんだ。この嵐はさらに強くなる……。さぁ、行けっ!」
絢の言葉と共にその場にいた兵士たちは一斉に動き出す。少女は一人空を見上げ、銃を強く握りしめた。身を守る物を失わないように。
後書き
就職活動や課題研究がこんなに大変だったとは……。
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