ゴミの合法投棄場。
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狂愛。
「美味しい?」
「うんっ! 凄く美味しいよっ!」
ここは、制服が可愛いで有名な白百合女学園高等学校、通称百合園の、特別な生徒のみが利用することを許される学食。
現在生徒は授業を受けているはずの時間であり、本来ならば誰も居ないはずの学食に二人の生徒が存在した。
しかも、そのうちの一人は利用を許されていない一般生だ。
名前は篠崎百合。 運動も勉強も並、家柄もごく普通の中流階級で特筆すべき点は何もない一般生徒。 容姿こそ平均よりもやや可愛らしいと言えるが、それだけだ。 胸元の赤いリボンは彼女が二年生であることを示している。
家柄の優れた者か特に優秀な者しか使えないはずの学食で、何故彼女がジャンボパフェを頬張っていられるかというと、全ては彼女と向かい合って座っている女子生徒の意向によるものだった。
凛とした意志の強そうな美人であった。 三年生の証である青いリボンをネクタイのように結んでいる彼女は、この学園で絶大の人気を誇る生徒会長その人であった。
人気の強さがそのまま権力の強さに繋がる百合園では、生徒会長のすることに意見できる生徒などいるはずが無い。 特に、学校の教師ですら使うことを許されていないこの学食では尚のことだ。
「好きなだけ食べて良いからね。 今日は私の奢りだ」
「本当っ!? わぁい! ありがとう先輩っ、大好き!」
「っ……!」
百合が歓声をあげると、生徒会長は幸せそうに微笑んだ。
絶賛授業サボり中の二人であるが、欠席では無く公欠扱いとなっている。
生徒会役員に与えられる数多くの特権のうちの一つに、そういったことを可能とする内容の物があった。
『公平、公正、公明』を掲げ多くの悪習を断ち切り学園を改革した敏腕生徒会長の姿はもはやどこにも見られ無い。 あるのは、己の持つ権力を悪用し一人の生徒を贔屓する愚かな恋する乙女の姿だけだった。
「な、なぁ、百合」
「なーに? 先輩」
そんな生徒会長が、声を震わせ、何かを迷うようにしながらゆっくりと口を開いた。
「実は、この一年ずっと君に伝えたかったことがあるんだ」
「ふぇ? 一年間も……?」
「ああ。 言うと君に迷惑になるかと思ってずっと言えなくて……でも、もうすぐ私の任期も終わるから、その前に言っておきたかったんだ」
「やだなぁもう、先輩たら! 私と先輩の仲じゃない! 何でも言って下さいよぅ!」
「ありがとう――」
ニコニコと生徒会長の言葉を待つ百合の態度に勇気づけられ、生徒会長は胸に手を当て小さく息を吸うと、百合の瞳を熱っぽい眼差しで見つめ、告げた。
「君のことがずっと好きだった。 一目惚れだったんだ。 一年間一緒に居て、君の様々な一面を知る度により深く君に惹かれていく自分を自覚していた。 どうか――どうか、私と付き合って欲しい」
百合は目を見開き、口元に手を当てて生徒会長の瞳を見つめ返した。 やがて、生徒会長が本気であることを察すると、口元の手をおろし、カタリと椅子から立ち上がって、柔らかな笑みを浮かべた。
「キッモ……一年間も私をそんな目で見ていたなんて……汚らわしい。 もう二度と私に話しかけないで貰えます? さようなら」
「ま、待ってくれ!」
慌てて立ち上がった生徒会長は、笑顔のまま辛辣な言葉を言い放ち立ち去ろうとする百合の腕を掴み引き止める。
「百合、君は私の気持ちに気付いていたはずだ! 分かっていて、ずっと一緒にいてくれたのだろう!? 好きなんだ、本当に――わ、私を捨てないで!」
見っともなく泣き縋る生徒会長の手を百合は無情に振り払い、顔を嘲るように歪め、今までかぶっていた偽りの仮面を脱ぎ捨てた。
「さわんじゃねーよ、キモイんだっつーの。 何で私がてめぇごときの気持ちを思いやらなくちゃならねぇんだよ。 私が今までてめぇと一緒に居てやったのは生徒会長っていう役職が魅力的だったのと、嫉妬して絡んでくる連中が面白かったからってだけ。 もう任期が切れるし、正直飽きてたから丁度良か――っあ?」
不意に百合の身体から力が抜けガクリと膝を付く。 困惑したように目を見開いた百合を、生徒会長は恍惚とした表情で見つめた。
「うん……君だったらそう言うだろうことは分かってたよ――残酷で、傲慢で、愛おしい人。 だから――悪いけれど一杯盛らせてもらった。 後遺症とかは無いから安心して。 ただ、身体から力が抜けるだけ……君が私に何の興味も無いこと、知っていたよ。 ――君が相手をしてくれるだけで満足できると思っていたけど、駄目だったんだ。 ごめん、ごめんね――一度だけで良いんだ。 君と、一つになりたい……そうしたら、諦めるように努力するから――」
悲痛な笑顔を浮かべ、百合を壊れ物のようにそっと抱き上げた生徒会長に、百合は「ふざけんなっ!」と怒鳴ろうとしたが、盛られた薬のせいか力が入らず、口が微かに動いただけで言葉にはならなかった。
まだ授業は終わっていない。 学食を出ても誰ともすれ違うことなく、百合は階段を登ってすぐのところにある生徒会室に連れ込まれた。
生徒会室には激務の多い生徒会役員のために仮眠室が設置されており、生徒会長は迷うことなくそこに向かうと、百合をベッドに優しく降ろした。
百合がせめてもの抵抗にギッと睨むと生徒会長は興奮に頬を赤らめてうっとりとその視線を受け止める。
「百合……綺麗だ……」
そんな言葉を耳元で囁かれ、額にそっと口づけられる。
――百合は薬で身体が動かないことを内心で感謝した。
もし身体が動いていたら腹を抱えて爆笑してしまっていたに違いなかったからだ。
(こいつ――面白すぎだろっ……! どんだけ私の事大好きなんだっつーのっ!)
実の所、百合は初めて生徒会長と出会った時から一目惚れされていたことに気付いていた。 生徒会長という役職が便利だと思ったのは本当。 嫉妬で絡んでくる同性愛者の女子生徒共が面白かったのも本当。 しかし、それ以上に自らに思いを寄せる生徒会長の姿が愉快だった。
学園で熱狂的な支持を集める人気者の生徒会長が自分のことを特別扱いし、百合が望めば今まで培ってきた人物像を崩壊させることも厭わない程に執着している。 自分の本来の、歪んだ性格を小分けにして見せても、そのたびに引くどころか泥沼のように百合に嵌っていく生徒会長が滑稽だった。
――どんなに思っても報われることは無いのに。
(でも、飽きたってのも本当だ。 いやぁ、良い暇つぶしさせて貰ったよ、会長サン? ――バイバイ)
生徒会長が百合の唇に己の唇を重ねようとした瞬間に、【解毒】スキルを発動する。 途端に身体の自由が戻り、百合は覆いかぶさっていた生徒会長の身体を蹴り上げた。
「がっ――!?」
「やれやれ……さ、もう茶番はおしまいだ」
「げほっ……な、なんで――っまさか!」
女子高生では決してあり得ないような力で蹴り上げられ壁に叩きつけられた会長は、蹴られた腹部を両手で押さえ蹲る。 しかし、それでも何とか百合を見上げ、自由に動けている彼女に目を見開いた。
「ん、なんだ、もう気づいたのか? 流石優秀な生徒会長様は違うな」
「冒、険者……?」
「あったりぃ!」
5年前、世界各地に突如迷宮が現れた。 迷宮には動物と似通った特徴を持ちながらも、明らかに違う『魔物』が出現し、各階層ごとに内装の異なる構造をしていた。
世界中の人々がまるで漫画やゲームの世界から現れたかのような迷宮に戸惑い困惑し、恐怖した中で、最も早く順応したのがここ、『日本』だ。
政府は国内に現れた迷宮を即座に国で管理する物とし、迷宮管理局、通称『冒険者ギルド』を設立した。
――しかし、なかなか迷宮内部の調査は進まなかった。
魔物が強すぎたのだ。 あらゆる武器が通用せず、多くの人々が儚くも命を散らした。
人的、金銭的被害が大きくなり、政府が迷宮の調査を断念しようとした時、『超能力を得た』と訴え出る人々がちらほらと現れ始めた。
曰く、炎や水、血液を武器に変換できる。
曰く、魔法が使える。
曰く、人間ではあり得ない怪力を手に入れた。
調べてみると、彼らが能力を得たのは迷宮出現と同時期だった。 政府は一縷の望みを彼らに託して迷宮の探索を依頼する。
すると、彼らの攻撃は魔物に通用することが判明した。
迷宮探索は飛躍的に進み、様々なことが分かった。
その中の一つに、ある程度の魔物を狩ると、突然身体能力や特殊能力が飛躍的に強化される現象が起こるというものがある。
政府はその現象をゲームでの用語に因んで『レベルアップ』、レベルアップが起こる原因、魔物を倒した際に得られる不可視の物質を『経験値』と名付け、得た経験値を数値化することに成功した。
能力者達は迷宮調査員、通称『冒険者』と呼ばれ、人々の羨望と恐怖の念を向けられることになった。
そんな人々の感情を厭わしく思った冒険者達の多くは、普段は無能力者のふりをしてごく普通の生活を送りながら開いた時間にギルドから課されたノルマを消化するべく迷宮探索を行っている。
――そんな中で、篠崎百合は迷宮探索を積極的に行ってきた冒険者だった。
魔物を討伐した際、近くにいた者にも僅かながら経験値が得られることが分かると、無能力者を冒険者に仕立て上げる強化訓練が行われたため、今では特殊能力を持たない第二期、第三期の冒険者が存在するが、百合は初期からの冒険者である。
レベルは42。 これは冒険者の中でもトップクラスのレベルである。
そうで無くても、一般人が冒険者に敵うはずが無く、生徒会長の計画は完全にご破算となったわけだ。
「そんな……だって、運動も勉強も並で……君が冒険者だなんて、そんな――」
冒険者の身体能力ならばオリンピック選手も真っ青な身体能力を持っているはずであったし、逆に勉強はする暇など無いだろうからもっと下位であっても良いはずだった。 百合園は都内で有名な進学校なのだから。
「運動は手加減したに決まってんだろ。 テストは授業受けていれば並程度の点数ならとれる」
「っ……百合……百合、百合、百合――! 好きなんだっ――どうしようもなく、君が好きなんだ――! 歪んだ君がいたから、私は自分を許容できるようになった、救われたんだ……! 諦める努力をするなんて、嘘だ……君は私の世界そのものなんだ――!」
生徒会長は強姦被害の末に生まれた子どもだった。 生徒会長の誕生により家庭は崩壊し、生徒会長を引き取った母親は心を壊して今も精神病院に入院中である。
歪み切った百合のどこに希望の光を見出したのか――百合には理解できないし、興味も無い。 ただ泣いて縋る生徒会長にいい加減煩わしくなり、顔を顰めた。
「チッ、しつけぇな……もうてめぇには飽きたつってんだろうが」
「何でもする! 百合のためなら何でもしてみせる、だから――」
「じゃあ死ねよ」
「っえ……」
「『何でも』っつっただろ? じゃあ死ね」
『どうせ、できはしないだろうけど――』と続けようとした百合に生徒会長は狂気と無邪気さの入り混じった儚い笑みを浮かべた。
「分かった」
次の瞬間、ブツリ……と嫌な音と共に生徒会長が舌を噛み切った。
「――! っ――!」
激痛に口を押えてのた打ち回る生徒会長を百合は呆然と眺めることしかできなかった。
「――ぎぅぅ……!」
やがて、生徒会長は喉から妙な声を出すと、身体をひくひくと痙攣させながらも百合を見上げる。
その瞳に宿った『狂愛』としか言いようの無い強すぎる感情に、百合は詰めていた息を吐き出し、眉を八の字に垂らしながらも今までの笑みとは性質の異なる笑みを浮かべた。 それは、演技していた頃の笑みに近い柔らかな物でありながらも何かが明確に違う、百合の心からの笑みであった。
「ったく、あんたって奴は……しゃあねぇ奴だな」
痛みで朦朧とした意識の中で、その笑みを見た生徒会長は、様々な液体でぐしゃぐしゃになった顔を歪めて、百合に微笑み返した。
百合はしゃがみ込み、生徒会長の髪を掴んで顔を持ち上げ、その唇に己の唇を重ねた。
戯れのようなキスの後、赤く染まった己の唇をぐいっと拭い、片方の口角を吊り上げ言い放った。
「冥土の土産だ」
――やがて、生徒会長は息を引き取った。 壮絶な痛みと苦しみの中で息を引き取ったであろう彼女の最期の表情は、とてもそうは見えない安らかなものであった。
◆
――数日後。
《ねぇ百合、見えてる? 本当は見えてるんだよね? ……見えてないの? 折角幽霊になれたのに――見えてるよね!?》
百合はクラスメイトと談笑しながら、必死の形相で周囲を飛び回る生徒会長の霊を完璧に無視し見えない振りを決め込んでいた。
(まさか亡霊化するとは……【浄化】のスキルで消せんのかな……ま、面白いからしばらく放置しておくか)
【Q. 《狂愛。》を合法投棄場に投棄しますか? →Yes/No】
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