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母の怪我

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第二章


第二章

「向こうの信号無視でね。それでね」
「はねられてなのね」
「そういうことよ。まあ保険は入ってたし向こうも慰謝料とか出してくれてそうしたややこしい話はもう終わってるけれどね」
「よかったじゃない」
 美佳はそうした難しくて厄介な話は終わっていると聞いてまずは安心した。しかし美並はそのほっとした顔になった娘に対して言ったのだった。
「よくないわよ」
「何で?」
「お母さん暫く入院するから」
 こう娘に言うのだった。
「一月位。入院するからね」
「命があってよかったじゃない」
 母がどうしてよくないと言うのかわかっていない娘だった。
「確かに一ヶ月は困るでしょうけれど」
「私は困らないわよ」
 平然とした顔になっての今度の言葉だった。
「全然ね。むしろ休めていいわ」
「だったら何でよくないのよ」
「よくないのは家のこと」
 ここで家のことを話に出してきた。
「家よ。家事する人いなくなっちゃうじゃない」
「ああ、そういえばそうね」
 まだ事情をわかっておらず平気な顔で応える娘だった。
「そうなるのよね」
「だからよ。あんたが」
 娘の顔を見据えての言葉だった。
「あんたが家事やるのよ。いいわね」
「何で私が?」
 今の母の言葉にはすぐにむっとした顔になって言い返した。
「私が家事をしなくちゃいけないのよ。何でなのよ」
「何でってあんたが今家にいるたった一人の女じゃない」
 実はそうなのだった。
「お父さんもお兄ちゃんもそういうことできないでしょ。だからあんたなのよ」
「私もできないわよ」
「できなければしなさい」
 母の言葉がここでまた厳しいものになった。
「何だかんだで家事は女のするものだから」
「誰が決めたのよ、そんなこと」
「誰でもいいのよ」
 そんなことはどうでもいいというのだった。強引だがそこには言葉以上の説得力があった。何故かというと母親の言葉であるからだ。
「わかったわね。それじゃあよ」
「私に家事をやれっていうのね」
「お母さんが退院するまでね」
 期限は設けられた。
「それまでよ。いいわね」
「断る権利は?」
「ないわよ」
 これが返答であった。
「わかったわね。それじゃあ」
「わかりたくはないけれどわかったわ」
 憮然とした顔になって母の言葉に頷く。甚だ不本意であったがそれでもだった。母の言葉の前には今はどうしても逆らえないのであった。
「じゃあ。やっておくわ」
「頑張りなさい」
 こう娘にエールを送った。
「あんたにも悪いことじゃないからね」
「だったらいいけれどね」
 こうして母が入院している間彼女が代わりに家事をすることになった。まずは洗濯だがこれは楽だった。自動式なのでとりあえず洗濯物と洗剤を放り込んでボタンを押すだけだ。乾かすのも乾燥機があった。だからこれは問題がなかった。しかし問題は他にあった。
「やれやれだわ」
「おい美佳」
 テーブルに座りながら娘に対して父親と兄が声をかけてくる。どちらもやたらと顔が長くあのアントニオ猪木に似ている。皺が多少あるかないか程度の違いだけでどちらもそっくりである。その二人が料理を作っている彼女に対して声をかけてきたのである。
 
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