打球は快音響かせて
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高校一年
第十一話 臥薪嘗胆
前書き
前の話書いて思ったけど、やっぱ私恋愛書くの下手くそ。
第十一話
年明けからの三龍野球部の練習は、タイヤ押しやバンディング、メディシンボールなど、力をつけるものが主になっていた。大きな力が出せるように。内野ノックもタイヤを引きずって行なったりする。
冬の練習も折り返し地点をとうに過ぎて、部員の体、特に一年生の体には変化が起こり始める。
「…67キロ。」
寮の浴場にある体重計に乗った翼は、冬が始まる前から5キロ増えた体重に驚いた。あれだけ動いてるのに、体重は増えた。でも太ったとは感じない。強くなった。そう思う。
「まだまだ細いな〜。もっと食わなアカンで!」
そういう鷹合の体は、入学当初に見た(何故か部屋で裸になっていた)時よりも、更に美しく、ギリシャ彫刻のように隆起していた。体重は80キロに乗ったらしい。その癖、50m走のタイムも6.0なのだから、お化けと言う他ない。
他の部員も、少しずつ入学当初に買った練習着が窮屈になってきていた。高校球児にありがちな、ピチピチのユニフォーム姿はこうやって作られていくのだった。
ーーーーーーーーーーーーーー
「……」
「化学57、数学37、現文44、古典40…」
「これは安定感あるね〜。低いレベルで」
翼の学年末テストの点数を見て、山崎と大江が感想を漏らす。山崎の方は、負けた、という顔をしている。こいつも軽音にかまけてばかりで、さっぱり勉強をしていない。大江はと言うと、翼と山崎、2人の面倒を見てやれるくらいに成績が良い。さっぱり勉強しないこの2人が赤点だけは回避しているのは、大江がノートを貸してやってるからだった。
「…大江、今までありがとうな。2年からは、頼ってられなくなるもんな。」
「そやなー。大江は特進やけなー。」
三龍は2年時からは文理選択がある上、成績によって特進クラスと普通クラスに分かれる。大江は秀才なので特進クラスの文系、山崎と翼は普通クラスだが、山崎が理系、翼が文系と分かれている。
「な、何よいきなり。今更お礼言われても、な、何もやらんけんね」
「素直じゃないなぁ」
「まぁ、2年からも頑張ろうで。また遊ぼうや。3人でな。」
水面の街を案内してくれたり、学校行事に一緒に参加したり、テスト勉強したり。
同じクラスの野球部がかなり特殊な奴しか居ない中で、翼はこの2人に大いに助けられてきた。
しかしここで、一旦離れる事になる。
高校生も半分が、卒業してすぐ働きに出て行く。将来を見据えて、道を選ばないといけない。
大江はずっしりと参考書が入ったバッグを持って、放課後の塾へ。
山崎は形ばかりのスカスカの鞄を持って音楽室へ。
そして翼は、野球部の刺繍が入ったセカンドバッグを持って放課後のグランドへ。
それぞれ出て行った。
季節は、春になろうとしていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
ズバァーーン!
「ほぇぇ」
「速っ」
一冬越して、春になってくると、「野球」の割合が増えてくる。トレーニングばかりの日々から解放され、まぁ野球の練習は野球の練習でキツいのだが、それでも部員達の顔は冬に比べて生き生きしている。
ズバァーーン!
鷹合の球は体格にしっかり比例して、さらに威力を増していた。ブルペンで投げる真っ直ぐは、宮園のミットに高い音と共に叩き込まれる。
(…でも、結局ん所、コントロールはくそ悪いけん、大して成長はしとらんばい)
鷹合の隣で投げ込む美濃部はその威力にたじろぐ事もなく、鷹合の球があちこち散らばっている事に嘲笑を浮かべる。
(…エースの必要条件は安定感、それを持ってるのはこの俺よ!)
パーン!
美濃部の投げ込む球は、ミットに糸を引くように収まった。
ーーーーーーーーーーーーーー
春になると、練習試合も始まる。
カーン!
「ナイバッチー!」
「いいぞー厚沢ー!」
「3年の意地だ3年のー!」
特に新3年生にとっては、この春先の練習試合こそが最後の夏にかけてのアピールの場だ。春の大会が終わってから、というのでは遅い。春の大会後はそれほど時間がなく春の布陣をベースにしていく形になるのだから、冬が明けて横一列でよーいドン!、秋のレギュラーでさえ調子がまだ不透明な春先にこそ、勝負をかけないといけない。そしてその勝負をかけられるのは、人生でたった一度。高校野球に、「もう一丁」はない。
カーン!
「うわぁ」
「出たぁー、高校通算1号。」
しかし往々にして、新2年生の成長が新3年生の「意地」を圧倒する事がある。一冬越して、そこでようやく1年生は立派な高校球児となるのだ。
そして「意地」を力にできるほどの強さを持った高校生も中々おらず、だいたい「勢い」に呑み込まれてしまう。
「レギュラーは渡さないよっと」
高校初ホームランを打って、飾磨がのっしのっしとダイヤモンドを一周する。その顔は泰然自若、余裕に満ちていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
<東豊緑準優勝校として2年ぶりに春の選抜に出場しました、水面地区代表・帝王大水面、強さを見せつけております!東越大会チャンピオンの賦真櫛・聖甲学院を突き放しにかかります、七回表6-3追加点のチャンス、ここでバッターは3番の高垣!>
練習試合後の自主練時間に、学生寮の食堂のテレビで野球部の一部の部員が選抜甲子園での帝王大水面の試合を観戦していた。昨秋に自分たちを破ったチームが、甲子園で躍動している。その姿を見るのは、大いに対抗心をかきたてる。
特に鷹合は今にも画面に噛みつかんばかりの顔をしていた。11失点の屈辱は未だ忘れようもない。
画面はリプレイに切り替わる。
高垣の左打席からの打球がバックスクリーンへ放物線を描いたシーンだ。第一打席で早くも特大の本塁打を放ったらしい。
「ほえ〜、飛ばすなぁ〜」
「今日の飾磨の風に乗ったインチキとは訳が違うわい」
渡辺が感嘆し、美濃部が飾磨を横目で見ながら小声で呟く。飾磨は「まぁ、ホームランはホームラン、どこに打っても一点やけぇの」と意に介さない。
<あぁ〜打ち上げてしまった〜>
画面の中の高垣は、高々と内野フライを打ち上げてしまった。それを見て、浅海はフン、と鼻を鳴らした。
「長打力はさすがだが、しかし高垣は集中力は全然無いぞ。リードしている事もあるかと思うが、このチャンスにも簡単に打ち上げるし、初回のホームラン以降聖甲バッテリーがマトモに勝負してこない事にイラついて、ボール球に手を出している。付け込む隙はあるバッターだな。」
浅海は鷹合と宮園に、厳しい視線を送った。
「…そんなバッターに、ウチのバッテリーはどういう訳か、ご丁寧にも真っ向勝負を挑んだんだなぁ。武士道とは死ぬ事と見つけたり、か」
浅海の皮肉に鷹合はず〜ん、と落ち込み、宮園はしれ〜っと聞こえない振りをしていた。
そんな浅海の言葉よりも、宮園は高垣の次に打席に入った打者が気になっていた。
<さぁ、二死となって打席には4番の福原。今日はヒット2本。背番号16ながら、この大舞台で4番に抜擢!その期待に応えております!>
宮園にとっては、まさか、である。
小学校から一緒に野球してきた福原が、甲子園の舞台に今立っている。初詣でばったり会った時は、こいつが試合に出るはずはないだろうと高を括っていた。そもそも福原が帝王大水面に進学を決めた時から、「通用しないから辞めとけ」と宮園は止めていたのだ。そんな自分の予想がたった今、目の前で大きく裏切られている。
宮園の頭の中では、記憶を辿って福原との比較が始まっている。スイングは福原の方が速かっただろう、しかしミートは自分の方が上手かったはずだ…何だ、結局そんなに差がないじゃないか。
(差は、あるんだよ…)
宮園は内心で呟く。
ヤツが帝王大(あそこ)に居て、俺が三龍(ここ)に居る。
それこそが差だ。決定的な差だ。
俺はあいつほど、自分の実力を過信…
<打ったー!三遊間を抜ける!帝王大水面7点目、福原今日3安打ー!>
…過信じゃねぇな、もう。
宮園はため息をついた。
ジャージのズボンのポケットの中で、メールを受信したスマホがブルブルと震えていた。
多分、青野からだった。
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