PS4だって300年おいときゃアンティーク
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1章
ヨハン
名前だけは高級そうなコーヒーメーカーからコーヒーがコップに注がれる。
ヨハンは一口飲むと、満足そうな笑顔を浮かべてデスクに戻った。
窓から朝日が差し込むなか資料の整理を始める。
自分のオフィスのようなものはないにしても資料の整理などで共同のデスクは使えた。
教室分ほどの広さで数人のデスクがある。受付やら休憩室やら全部そこで兼ねているので、人がいれば見かけよりせまいがヨハンには十分だった。
彼は最近人類史上でも最高の発明をした。
タイムマシンだ。
開発中は随分人から馬鹿にされたものだったがなんとか低予算のなかでやってのけたのだ。
科学雑誌に送るとすぐに電話がかかってきたが、雑誌の社員ではなかった。
電話をかけてきたのは政府の職員でタイムマシンについて短い説明を求めた後、近いうちに研究所を訪ねるのでタイムマシンのことは口外しないでほしいと言ってきた。
またくだらないことにタイムマシンを使おうとしてるんだろうと思ったが、彼は自分の研究が滞りなくできれば問題なかったので特に疑問も感じず職員が尋ねてくるのを待っていた。
昼過ぎに受付に高級そうなスーツを着た女性が現れた。
てっきりサングラスに無線をつけて腰の膨らんだ大男が現れるかと思ってただけに拍子抜けになりながら待っていると女性はこちらに歩いてきた。
ヨハンは立ち上がって女性と握手する。
これがまた意外で、女性ならマーガレット・サッチャーみたいな女性かと思ったら20代後半か30代前半といったところの女性で非常に美しかった。
「はじめまして。クロエ・ビアンキと申します」
「あ、はい。よろしくおねがいします」
「それでは、時間もないので早速本題に入らせていただきます」
「あ、え……どちらに所属されているんでしょうか?」
「……申し訳ありませんが、それは機密となっております」
機密じゃないことがあったら言ってみろと思いながらヨハンも笑顔を返した。
「それで、本題というのは?」
「はい。アバックさんはタイムマシンの開発に成功して論文を○○○に送られました。そうですね? その論文を我々も精査いたしまして非常に重要な発見だということを確認しました。これは人類の未来を変えるものです」
「そのとおりです」
「しかし、重要な発見だということはそれだけ危険も大きくなるということを意味します。使い方を誤れば取り返しのつかない結果を招く可能性も十分にあります」
「はい」
「そこで我々としては、この研究結果の取り扱いについて何らかの例外的処置が必要との見方に達しました。」
回りくどい言い方にイライラしながらできるだけ穏やかに尋ねた。
「それは、つまりどういうことでしょう?」
「……まず、一時的に試作品と研究データをこちらの研究施設に提出していただいてさらに詳しい検査を行います」
「論文の発表などは予定通り行えるんですか?」
「いえ、お察しかと思いますが非常に慎重にことを進める必要があります。我々は論文の発表を遅らせるべきだと思っています。」
「はっきりさせてほしいんですが、遅らせるにしても論文の発表はされますよね?」
彼女はそれには答えずに言った。
「同意していただけますか?」
同意もなにもないだろうと思いながらヨハンはうなずいた。
案の定数分後には研究室は職員でいっぱいになった。
「検査のためしばらく研究室は閉鎖しますので、バカンスにでも出かけてはどうでしょう」
彼女はビジネススマイルでヨハンを研究室から追い出した。
ヨハンはすぐにアパートに帰る気にもなれず近くの喫茶店に入った。
外が見えるように設計された大きな窓からはパリ特有の中世のような街並みが見える。
初めて来たときは感動するんだろうけど毎日見ていれば慣れるというものだ。
彼は息が詰まった時によくここに来た。
特に繁盛しているわけでもなく特別おいしい料理があるわけでもないが、奥の席にいけば自室にいるかのような落ち着いた雰囲気に浸ることができた。
アパートが離れている彼にとっては、近くに頭を冷やして思考できる場所があるというのは非常にうれしいことだった。
「国家機密扱いになる可能性もあるな……」
あまり考えたくないが、その可能性を否定することはできない。
国家機密扱いになったところで、政府組織に雇われて研究を続けることはできると思うが、この落ち着いた生活には離れがたいものを感じる。
ウェイトレスが注文を聞きに来るが食欲もないし昼間から酒を飲む気にもなれないのでサイダーを頼んだ。
「まだ調べたいことがあったんだけどな」
「ん?待てよ…… 一昨日帰らなきゃいけなかったけど、どうしても資料と比較したくてこっそり持ち出した分があるじゃないか!」
「あとは資料とデータだな…… 研究所のサーバーにも保存してあるからログインできればデータも手に入るけど、おそらく僕のアカウントは停止されてるだろう。いや、前使っていたアカウントが消去されずに塩漬けになってたはずだ。それでログインしよう」
一人でぶつぶつと言っていたらウェイトレスがサイダーを持ってきた。
すでに計画を練り終わっていたヨハンは、ウェイトレスが戻る前にごくごくとサイダーを飲み干してコップと代金をトレーにおいて店を出た。
「どうせ研究室には戻れないし、ちょっと実験してもいいかもしれないな」
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