あさきゆめみし―黒子のバスケ―
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花 その二 伝える力
……ねえ、…………起きてよ?
寝てるん……で、しょ?
寝てるんだよね?
ねえ……?
起きてよっ。
………………約束っしたじゃない。
降り止まぬ雨の音、どこまでも白くくゆる煙。
今でもよく覚えている。
…あれはちょうど二年前の春、受験が無事終わり、緊張でいっぱいだった合格発表を一人見に行った帰り、はやる気持ちを抑えて我が家の玄関を開けた彼女の目にはそれまで信じて疑わなかった母親が受話器を握り締めたまま慟哭する姿が酷く映った。
あれから二年後の春はやはりやって来るし、悔しいくらいに眩しい「新」を運んでくる。
だから、目の前にいる自分とそう身長の変わらない少年の左胸にも当然あの「赤い花」が咲き誇っている。
「……これ、落としましたよ。先輩」
「ど、どうして?」
「どうしてって…「花」付いてないじゃないですか」
「あっ…」
一目瞭然ですと言うこの名も知れない彼はくるりと丸い円らな瞳がとても印象的だ。
「黒子テツヤです」
「えっ?」
「名前です」
その言葉に早苗は驚愕のあまり次に言うべき声がなかなか出てこなかった。
今、……心を、読んだ?
だが、その張本人は雑作もないという風な仕草でこちらを見ている。
その顔にはまだ真新しいが覚えがあった。
尤も、「黒子テツヤ」と名乗る目の前の彼が自分のことを覚えているかは定かではないが。
「そっそう?私はっ」
「知ってます。「渡辺早苗」先輩ですよね」
「っ!?どうしてっ」
この最近まで中学三年生だった少年に自分の名を教えたこともなければ、今日以外の別の場所で会ったこともない。
本日何度目かのどうしてを口にする前に黒子が何かを手にしていることにようやく気がついた。
「あっ…」
それは忘れたくても忘れられないあの場で捨てたはずのボロボロの赤いノートだった。
「『「春」を忘れた』のはどっちですか」
『お前は本当に引っ込み思案で……ばーちゃんはそれが心配でしょうがないよ。けど、その分、何かを伝える力はあるとばーちゃんは知っているよ』
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