魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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As 12 「繋がり」
12月24日。
時間帯は16時を過ぎているが、街は普段よりも明るい。クリスマスイブということもあって、イルミネーションなどが多数設置されているからだろう。
見慣れたものよりも眩く感じる街並みを歩いていると、幸せそうな男女やケーキと思しき箱を持った大人達を目的地に至るまでに数え切れないほど目撃した。
順調な足取りだったものの、ある一室を前にして俺の足は止まってしまった。
別に暴言を吐きあうようなケンカをしたわけでも、長い間顔を合わせていないわけでもない。だが前にここを訪れた際に言われたのは、知り合ってから初めて言われた拒絶の言葉。今日ここに来ることを前もって伝えていなかっただけに、いざ来てみると緊張や不安で身体が思うように動いてくれない。
別に長居するつもりはないんだ。拒絶の色が少しでも見えれば、渡すものだけ渡して帰るだけ。あいつらがいるかもしれないけど、室内で刃を交えるような展開にはならないはずだ。覚悟を決めて扉を軽めに数回叩くと、中から返事が返ってくる。
「いらっしゃ……」
少女は笑顔で迎えてくれたが、すぐに驚きの表情を浮かべた。部屋内にいるのは彼女ひとり。
純粋に俺の存在に驚いたというわけでもなさそうだ。言いかけた言葉から予想するに、彼女は別の誰かを思い浮かべていたのだろう。
クリスマスイブということも考慮すると、今日は彼女の知り合いが訪れてパーティーでもする予定だったのかもしれない。これは渡すものだけ渡してさっさと帰ったほうがいいかもしれない。
「ショウ……くん」
「久しぶり」
近づいていくと、はやての表情は微妙なものになっていく。前回の内容を考えるに、彼女はどう接していいか迷っているのだろう。
正直に言えば、俺も内心穏やかではない。再び拒絶の言葉を言われるのではないか、と思うと手が震えそうになる。
だが本当に怖いのは、はやての笑顔が見れなくなること……いや彼女が悲しみや寂しさで胸を一杯にして死んでしまうことだ。
今のところ彼女を確実に助けられる術はない。絶対に助けてやる、なんてことを言ってやれる度胸も俺にはない。だけど最後の瞬間まで諦めないと決めたんだ。
「う、うん……久しぶり」
返事を返してきたはやては、こちらの顔色を窺うように覗きこんで来る。別に俺の顔には何もついていないと思うのだが……心境の変化があったから表情が変わって見えるのだろうか。
「どうかしたか?」
「え……ううん、何でもあらへん。ただ元気になった……というか、何か雰囲気が変わったなぁって思っただけや」
「それって何でもなくないんじゃないか?」
「それは……まあそうやけど。真面目にツッコまんでもええやん」
「別にツッコミを入れてるつもりはないんだがな……」
俺の言葉にはやては視線で「いやツッコんでる」といった返事を返してくる。即座に否定の言葉を口にしようかと思ったが、冷静に流れを考えると似たようなやりとりが続きそうでならない。どう返事をしたものかと考えていると、突然はやてが吹き出した。
「何だよ?」
「いやな、さっきまで緊張しとった自分がバカらしゅうて。今度会ったときどないしようって思ってたけど、案外話してみると普通に話せるもんやな」
「まあ別にケンカしてたわけじゃないからな」
穏やかな空気が流れ始め、互いに笑顔を浮かべる。
長居するつもりがない俺は、立ったまま話してもよかったのだが、はやてが自分の隣に座るように促してきたので従うことにした。
「なあショウくん、今日は何持ってきたん?」
「俺が渡してから開けていいかって聞くのが一般的な流れじゃないか?」
「子供を見るような目をしたって無駄や。だってわたし子供やもん」
「普段は自分の方が年上だのお姉さんだの言うくせに、お前って調子の良い奴だよな……」
これまでと同様に呆れながら持ってきた荷物を順番に取り出していく。
「この箱はケーキで、そっちの包みがプレゼント?」
「ああ」
「開けてもええ?」
と聞いてきた割には、返事を待たずに開け始めている。まあここでダメと言うのならば、最初から持ってきてはいないため別にいいのだが。
普段は同年代よりも大人びて見えるはやてだが、こういうところを見ると年相応の女の子だと感じる。このように感じるから、叔母からは子供らしくないと言われてしまうのだろう。
はやては箱を開けてケーキを見ると嬉々とした笑顔を浮かべたが、ピタリと止まったかと思うとそっと蓋を閉めた。
「何か嫌いなものでも入ってたか?」
「いや入っとらんよ。ただ……」
「太りそうだなってことか?」
「違う……って、よくそんなこと女の子に言えるなぁ」
「相手がお前だからな」
はやては微妙な顔を浮かべた。おそらく親しい間柄だから言われているということで喜びを覚えているのだろうが、その一方で女の子として扱われていないようで不服なのだろう。こういうときは話を進めるに限る。
「で、結局何が言いたかったんだ?」
「本当は分かっとるんやないの?」
「まあいくつか候補は浮かんでる。前に言ってた女としてのプライドがどうのってやつとか」
「分かっとるやん」
それならば質問するな、という視線を浴びせられたが、俺はこれといって反応しなかった。
返事を返すとなると、必然的に確実に合っているとは限らなかったというニュアンスのものになる。それを言えば、面倒臭い流れになるような気配がしたからだ。無言を貫いていると、はやての興味は包みの方へ移る。
「中身は……手袋にマフラーやん。寒さもどんどん増していっとるし助かるなぁ」
「でもこの部屋って快適な温度に保ってあるよな」
「……なあショウくん。ショウくんはわたしを喜ばせに来たんやないの?」
「そうだが……現状は必要ないのも事実だろ?」
「今後のために言うとくけど、その変な真面目さ治したほうがええよ」
むすっとした顔を浮かべるはやて。俺は咄嗟に「だったらそっちも適当なところ治せ」と言いそうになる。だが言った先にあるのは他愛のない長い会話だろう。最初の彼女の反応から来客がありそうなので、必要以上に長居はできない。名残惜しさはあるが、できるだけ早く会話を終わらせよう。
「そうだな。お前は真面目って言ってくれるけど、知り合いにはいじわるとか言われるし善処するよ」
「へぇ……知り合いって女の子?」
「そうだけど」
「ふーん……」
はやては、自分から聞いてきた割にはどうでもいいと思える反応をする。大抵のことは表情や声色から読み取れるのだが、今回は彼女の内心が分からない。
シャマルがいればまたちょっかいを出してきそうだから……やきもちでも焼いているのだろうか。でもはやては自分以外に友達を作れといった感じのスタンスだったはず。顔を見ても嫉妬心があるようには見えない。
「…………そろそろ帰るよ」
「え? もう帰るん?」
「もう……って、もうすぐ5時になるんだが」
冷静に返事をしたが、ふとあることに気が付く。
普段のはやてならば、帰ると言えば素直にまた今度といった意味の返事をして見送るはずだ。だが今回は、帰らないでほしいと取れる言葉を発した。
……はやては不安なんだ。シグナム達と前ほど一緒にはいなくなっているし、人前では見せていないだろうけど闇の書の侵食で苦しんでいる。肉体的にも精神的にも参って当然だ。
はやての頭にそっと手を乗せて優しく撫で始める。
「まあ……もっと居てもいいんだけどさ。ただこの後誰かと会うんじゃないか? 最初の反応を見る限り、誰かと間違えてたみたいだし」
「そうやけど……別にショウくんがおってもええと思うよ」
「いやいや、無関係の俺がいるのは不味いだろ」
多少の繋がりがあるのならまだいいが、全く知らない人間だったら気まず過ぎる。
自分自身で言うのもなんだが、対人スキルが高いとは言えない俺が見知らぬ人間と上手く会話できるはずがない。
「わたしが思うに無関係やないと思うよ」
「その根拠は?」
「これから来る子らは、わたしらと同い年でショウくんと同じ学校に通っとる」
「……お前、俺が同学年全員と知り合いだとでも思ってるのか?」
「思ってるわけないやろ。ショウくんって人付き合いとかは不器用なんやから」
失礼な、と言いたいところだが自分でも認めている部分であるため反論できない。あれこれ何を言うか考えていると、扉を叩く音が聞こえた。
「はーい」
はやてが返事をすると、扉が開く音がした。数人の足音が聞こえたかと思うと、続々と来客の姿が視界に飛び込んでくる。
「はやてちゃん、こんばんわ」
「「「こんばんわ」」」
「あっ、いらっしゃい」
まず最初に登場したのは月村。その後一斉に高町、テスタロッサ、バニングスが現れた。
彼女達とははやての言っていたように無関係ではない。月村とは興味のあるものが同じということもあって他の子よりも親しくしていたし、高町やテスタロッサとは魔法関連で付き合いがある。バニングスとはこれといって何もないが、クラスメイトという繋がりくらいはあるため無関係だとは言えない。
シグナム達がいなければ、はやてと一緒にいるところを見られても何ら問題ない。……のだが、女子と二人っきりでいたところを見られるというのは恥ずかしいものだ。思わず身体が硬直してしまったのは言うまでもないだろう。
意外な展開に戸惑ってしまったのはあちら側も同じようだ。だが付き合いの薄いバニングスはすぐさま復活して行動を起こした。
「何であんたがここにいるのよ」
「いや、その……」
「はやてちゃんのお見舞いだよね?」
ずばりそうであったため、素直に頷き返した。
……待て、何で月村はこの状況に戸惑っていないんだ。俺の記憶が正しければ、はやてと知り合いだなんてことは話した覚えはない。
「すずか、何であんたそんなに何事もなかったかのような笑顔なのよ?」
「うーん……簡単に言うと、はやてちゃんの話にはショウくんっぽい男の子が毎回のように出てきてたからかな。だから知り合いなのかなぁって」
「ちょっ、すずかちゃん。毎回のようには言うてへんやろ」
「ううん、言ってたよ。そのときのはやてちゃんって普段よりも嬉しそうだったからよく覚えてるもん」
はやては恥ずかしそうに顔を赤らめて月村にそれ以上言わないでほしい懇願している。とはいえ、今の俺は冷静にそのやりとりを見ていられるはずがない。
はやてとは他の女子とはやったことがないやりとりを色々としてきた。それを話されたかと思うと、顔から火が出そうだ。顔を覆ったまま立ち去ってしまいたい。
「ところで、具合はどう?」
「うーん、退屈すぎて別の病気になってしまいそうや」
月村達には笑いが起こるが、俺はまだ先ほどの後遺症で顔を覆って壁に寄りかかっていた。
はやてと高町達がそれぞれ自己紹介をし始めるが、俺の頭の中はここからどのように出て行くか。また今度彼女達と顔を合わせたときの対応手段を考えることで埋まっていた。
「あっ、これお見舞いのお花」
「それにクリスマスプレゼント」
「わあ、ありがとう」
彼女達の間には穏やかな空気が流れ始め、会話が弾んでゆく。はやてに渡したクリスマスプレゼントやケーキから俺に話題が飛び火したり、ちょくちょくはやてや月村が話を振ってくるため帰るに帰れない。
「……ん?」
俯いていると誰かに袖を引っ張られた。顔を向けると、先ほどまでと打って変わって気落ちしているテスタロッサがいた。
「どうかしたの?」
「……はやての横にある本なんだけど」
「本?」
俺の記憶が正しければ、はやての傍に本はなかったはずだ。俺が見ていない間に彼女が取り出したのだろうか。
視線をテスタロッサからはやての方へ向けた瞬間、目に飛び込んできたのは闇の書。全身から血の気が引いていくような感覚に襲われる。
――待て、何で闇の書がここにあるんだ。本来ならば蒐集を行っているシグナム達の元にあるはずだろ。それがここにあるってことは……
ある答えが導き出された瞬間、扉を叩く音が室内に響いた。
「あっ、みんな来たみたいや。どうぞ」
「失礼します」
「「こんばんわ」」
「すずかちゃん、アリサちゃん、こんばんわ……」
笑顔を浮かべていたシャマルの顔が、俺やテスタロッサ達と視線が絡み合うのと同時に驚愕へと変わった。シグナムやヴィータも同様に驚きを隠せないでいる。
「――ッ!」
我に返ったヴィータは、敵意を顕わにした目を浮かべてはやての前に立った。俺を見たときは顔を歪めたように見えたが、それもほんの一瞬。懐いてくれていた彼女も、敵として立ちはだかるようだ。
威嚇するように声を上げるヴィータだったが、丸められた雑誌で頭を叩かれた。振り返った彼女の後ろのいるのは、もちろんはやて。ただヴィータの態度にご立腹のようだ。
「こらヴィータ、お見舞いに来てくれてる人に対してどういう対応や」
「でもはやて……」
「えっと……はじめましてヴィータちゃん」
「あの私達……何もしないよ。大丈夫……ですよね?」
はやての見舞いを続けていいか? とテスタロッサはシグナムに尋ねた。シグナムはそれに事務的に肯定の返事を返す。
不吉な空気が漂い始めるが、シャマルが何事もないようにみんなのコートを集め始める。それによって空気は再び穏やかなものに戻る。だがそれは表面上だけ。事件に関わっている者達の間には、異様な緊張感が付き纏っているように思える。
「念話が使えない……通信妨害を?」
「シャマルはバックアップの要だ。この距離なら造作もない」
「ううぅ……!」
「あの……そんなに睨まないで」
「睨んでねぇです!」
「もうヴィータ、悪い子はあかんよ」
はやてや月村達がいるこの場で戦闘が始まる気配はないが、状況は最悪だ。
ほぼ確実と言っていいほど、このあとシグナム達と剣を交えることになるだろう。だがこれはいい。どちらにせよ、彼女達とは剣を交えてでも話し合わなければならない。
問題は今回で話をつけられなかったときだ。今日の出会いではやてが闇の書の主だということが、高町達に知られてしまった。それに俺がはやてと知り合いだったことも知られている。今日を境に自由な行動が取れなくなってしまってもおかしくない。
「あの私達……今日は本当に偶然で」
「言われなくても分かっている。道は違えたが、夜月がお前達をここに連れてくるとは思えんからな」
「え……?」
「何を驚いている? ここで出会ってしまった以上、我らと夜月に繋がりがあったと理解したはずだ。まあ……信じたくないという気持ちは分からんでもないがな」
どうして、と向けられた視線に反射的に顔を背けた。
……俺は何をしているんだ。こうなることも覚悟の上で選んだ道のはずだ。それに今日が俺に残された最後のチャンスかもしれない。
逃げるな……逃げたら何も出来ずに迎える未来しかない。そうなったら一生悔やみ続けるはずだ。たとえ彼女達から見放されることになったとしても、最後まで諦めないと決めたんだ。
「……この手の話はあとにしよう。今はただ……あの子に幸せな時間を過ごしてほしいんだ」
後書き
はやてが闇の書の主だということを知ってしまったなのは達は、アリサ達が帰ったあと屋上でシグナム達と相対する。
闇の書の完成でははやては救えないのだと伝えようとするが、シグナム達は聞く耳を持たない。彼女達にとって大切な存在であったショウの言葉でも、考えを変えることはなかった。必然的に刃を交えることになる。
次回 As 13 「終焉の始まり」
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