SR004~ジ・アドバンス~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
20years ago ”Beginning of the world”
#04
「あ、ユキハル!」
ユキハルがウルクスの営む《アルマゲの道具屋》に戻ってきたとき、最初に目に飛び込んできたのは、見繕ってもらったのであろう服に身を包むユウリの姿だった。
それは……何というか、目の毒である。ブルーのワンピースに、フリルのついていない純白のエプロン。同色の帽子はベレー帽を膨らました感じだが、どことなくナースキャップを思わせる。
ユウリは、総称を、クラシックナースと呼ばれる系統の服装で固めていた。
「……何だその服は」
「え?ウルクスさんの奥さんに仕立ててもらったの。どう?似合う?」
そんなことを言いながらクルクル回るユウリ。うん。似合う。超似合う。むしろ似合いすぎである。もともとユウリは相当な美少女である。表情の起伏が平坦であることが唯一の弱点であったが、感情表現が多少オーバーすぎるきらいのある仮想世界に入ったことで、それも解消された。笑顔を浮かべるユウリは魅力的すぎるほどに魅力的であった。超可愛い。
ちなみに、感情表現が多少オーバーになるのは、仮想世界でのアバター操作が、脳から直接信号を受け取って行われることに起因するらしい。動かすのは最終的にはシステムなので、脳が直感的に感じた感情を再現しやすいのだ。
「あ、ああ……似合う」
「よかったー」
安心した様に微笑むユウリ。わけも無くユキハルの頬が熱くなる。
「もう、ユキハルったら照れちゃって」
「て、照れてない!!照れてなんかないぞ!!」
「うそつきー」
そう言って、ユキハルの胸に指をあてて円を描くユウリ。ユキハルとユウリは身長差があるので、必然的に彼女がユキハルを見上げる形になる。ますますユキハルの頬が熱くなっていく。
「と、とにかく……ウルクス、俺の分の装備も頼むよ」
「へいよ。お前が初めて来たときと同じ装備でいいか?」
「ああ」
やはりβテスト時の記録が残っているのだろう。ウルクスはユキハルが覚えている、最初にこの店で買った装備品と寸分たがわぬものをもってきた。
全体的なカラーは銀色だ。襟のたったショートコートは、腰のあたりで切れている。サイバーチックなデザインのグリーヴとガントレットは、どこか武士の具足を思わせるデザイン。革のホルスターに収められたのは、一丁の銃、名を《バレッター》。
現在の環境、すなわちはレベル1、《銃士》クラスレベル1で装備可能な《機動銃》の中では、最高クラスの能力を持つ《良器級》アイテム。
『SR004』では、アイテムは大きく分けて《ドロップ品》と《メイド品》に分けられる。《ドロップ品》は高い順から『神話級』『夢幻級』『聖典級』『伝説級』『伝承級』『民話級』『逸話級』にランク分けされ、モンスターを倒した時に手に入る『モンスタードロップ』と、宝箱などから手に入る『チェストドロップ』の二分される。ランクが高いほど強力なアイテムとなり、神話級アイテムは全てが、『サーバーにひとつしか存在しない』ユニークアイテムだ。ボスモンスターを撃破すれば大抵の場合伝説級以上のアイテムが手に入る。βテスト期間中には、結局『聖典級』までしかプレイヤーの手には渡らなかったという。なお、手に入っていないランクが明らかになっているのは、『SR004』のひっそりとした公式サイトに記された、簡潔な情報によるものである。
一方の《メイド品》は、その名の通り《プレイヤーメイド》……つまりはプレイヤーが製作したアイテムだ。『神器級』『宝具級』『公器級』『名器級』『良器級』『粗器級』の六ランクに分けられ、《アイテム作成》系統のクラスやスキルを取っているプレイヤーが作成できる。ちなみに特定クラスやスキルを取っていない者が製作を試みると、ほぼ100%の確率で『廃器級』と呼ばれるいわゆる『失敗作』がつくり出されてくる。
ちなみにランクが高いアイテムには『装備可能レベル制限』が設けられているため、手に入れたからと言ってすぐに使えるようになるわけではない場合もある。
初期装備は全てが粗器級だし、初期の所持金額で購入できるアイテムも粗器級の物が限界だ。その中にあって、この店で初期に購入できるアイテムはその多くが良器級であり、もっと金を集めてレベルを上げれば、さらに強力なアイテムを手に入れることができる。ユキハルがβ時代、最終的に所持していた《機動銃》は《名器級》の最上級品だった。
キャラクターデータが消滅、と言うよりは《初期化》してしまった今、かつての武器たちはユキハルのもとにはない。だから、少しずつβテスト時代の装備に近づけていき、最終的には追い越すのだ。今度は一か月こっきりではない。もっと長い冒険が待っている。
そんなことを考えながら、武装の装着を終えたユキハルが、ふとユウリを見ると、彼女は呆けた表情でユキハルを見つめていた。
「……ユウリ?どうした?」
「……カッコいい。ユキハルって、イケメンさんだったんだね」
「……は?」
ユウリはちょっと赤く上気した頬を手で覆うと、
「だって!ユキハルすっごいカッコいいんだもん!私ユキハルのこともっと好きになっちゃった」
「そ、そりゃどーも……」
返答するユキハルの声は多少揺れていた。それはそうだ。好きな女の子に褒められて嬉しくない男子はこの世にはおるまい。
「おーおー、熱いね、近頃の若者は……」
「うるせー。……それじゃ、行って来る」
「おう、気を付けろよな。また買い物頼むぜ」
ウルクスに手を振ると、ユキハルはいまだに興奮気味のユウリを伴って店を出た。ラテン街を抜けて、目指すのは露店地区だ。《玉座》のメトロポリスに陽光が当たって、きらりと光り輝くのが見えた。
***
『SR004』には、《大陸》という概念がある。世界中に置かれたフィールド形成サーバーから作られた大陸だ。それは現実世界の大陸とは似ても似つかない形をしている、全くの異世界だ。
《玉座》は、日本にメインサーバーを置く大陸の中でも最大と言っていい都市だった。そうして、概してそう言った巨大都市の中には、《シミュレーションセンター》という建物がある。
この世界では、フィールドが危険だ。普通は最初の街の周辺のモンスターは弱いが、この世界では周辺のモンスターからして30レベル程度の実力を持つ。Lv1の現在では、あっさりと殺されて、《玉座》のセーブポイントに戻されてしまうだろう。しかし、外に出られないのであれば、いつまでたってもレベルを上げることもできないし、冒険も出来ない。
そのために存在するのが、《シミュレーションセンター》だ。対象のレベルに見合ったモンスターと戦闘を行える、いわば《チュートリアルステージ》と言うわけだ。レベル1のプレイヤーは、ここで三日も訓練すれば、大体15レベルくらいにはなる。
ユキハルはβテスト時代、52レベルまで到達した。《玉座》近辺の、微難関ダンジョンへは入れる程度の実力は身に着けていたが、なかなか厳しい所であったと思う。現在はLv1なので、あそこに辿り着くまでにまた時間がかかるのだ。
まぁ、今回は時間の限界も無いわけだし、ユウリもいるし――――とりあえずはゆっくり行こう、と決めるユキハル。とにかくは、まずはシミュレーションセンターに行かなくてはならない。
《玉座》ほどの超巨大都市ならば、シミュレーションセンターは一か所のみならず、何か所か存在する。確か《玉座》にはβ時代、五か所のシミュレーションセンターが設置されていたはずだ。大まかな地形などは変わっていないので、恐らく正式サービス版である現在も同じ場所にあるだろう。記憶にある現在地から一番近い場所にあるセンターを目指して、ユキハルはユウリと共に歩く。
「いよいよ初戦闘だね」
「ああ……っつっても、俺はβ時代に経験があるけどな」
「あ、そっか。じゃぁユキハルはちゃんと私を守ってね」
「へいへい」
そんな会話をすると、ユウリがユキハルの腕に飛びついてくる。ちらほら見かけるようになった周囲のプレイヤーやNPCから、温かさと冷たさが1:1くらいでまじりあった奇妙な視線を受ける。その視線の意味は、簡単に行ってしまえば…………『末永く爆発しろ』?
《玉座》のシミュレーションセンターは、二か所が《襟》、三か所が《王冠》にあったはずである。テレビで何度か見たことのある、現実世界ではシンガポールと呼ばれる超商業国家の街並みを想起させる《襟》の露店地区には、噴水や真っ白な橋、何なのかよくわからない白亜の彫像から、アイスクリームやクレープらしきものを販売しているNPCショップまで様々だ。もう少し日にちが経てば、此処にもプレイヤーショップが何か所か立ち並ぶだろう。
リアルワールドではあまり見かけない光景に興奮気味のユウリを連れて歩くこと二十分ほど。ユキハルたちは、やっと《シミュレーションセンター》に到着した。
シミュレーションセンターの建物は、建造物としては《特徴がなさすぎることが特徴》とでもいうべき、のっぺりとした白い建物だ。巨大な直方体のその建物の表面には窓一つなく、唯一内部と外界をつないでいるのは、道路沿いにある自動ドアだけだ。
ドアに近づくと、しゅぃん、という軽快な音と共にそれが左右に開く。ユキハルはユウリを伴って中に入り―――――中にいるプレイヤー達、そしてもしかしたらNPCまでもが、興奮した叫び声を上げるのを聞いて面食らった。
「すげぇ、もうクリアしたぞ!」
「マジかよ、まだ五分しかたってないぞ!?」
「おい見ろよ、もうレベル13だ!どんだけ高速回転なんだよ……」
野次馬たちのセリフをきけば、どうやら誰かがシミュレーションダンジョンを高速クリアしているらしい。タイムアタックめいた高速クリアは、難易度が高い代わりにボーナス経験値もたくさん入るし、何より見栄えがする。
すでに野次馬と言うか、視聴者(?)は20人近くにのぼっているらしい。これだけの初期にこれだけの観客を集めるとは。そんな剛の者は一体何者か、とユキハルは、シミュレーションダンジョン内の光景を映し出しているホロウィンドウ、そこに映ったプレイヤーに見覚えがあることに気が付いた。
「――――ドルガ……」
プレイヤーネーム、ドルガ・エスケティア。モスグリーンを基調としたライトアーマーと、機械兵装めいた大剣を主武装とする精悍な青年を、ユキハルはβ時代から知っていた。彼は、β時代最強と言われたプレイヤー達の一人だ。
『SR004』のレベルには、上限がない。無尽蔵にレベルが上がっていくのだが、例のしょぼい公式サイトの情報によると、500レベルに到達した時点でレベルの上昇がほとんど起こらなくなるらしい。つまり、事実上のレベル上限は500なわけだ。そして、100レベルを超えるごとに、超えていないプレイヤーとは格の違う存在として見られるようになってくる。ちなみに20レベルまではかなりのスピードで経験値がたまるので、一週間もプレイすれば20レベルには到達できるだろう。三日で10レベルは超える。だが、それにしたって正式サービス開始から半日もしないうちに13レベルに到達してしまうとは。
ドルガは100レベルにかなり近い70レベルまで到達した猛者だ。当時では『最強』の域に片足を突っ込んでいたはずだ。ユキハルの知る限り、日本サーバーで最強だったプレイヤーですら、βテスト終了時のレベルは76だったのだから。
βテスト時代、ユキハルはドルガとは一度も言葉を交わしたことはない。だが、遠距離から彼を見たことは何度かある。ダンジョンでソロプレイをしている姿も。
恐らくだが、β時代のドルガのキャラクター構成は完全なソロプレイでの高速狩り用だ。機動力を重視した《機械鎧》系のライトアーマーに、ロボットアニメの主役機が使いそうな大剣。職業は恐らく《剣士》カテゴリのクラスタで、《騎士》か《機士》にはなっていたと思われる。同時にサブクラスとしていくつかのクラスを所有していたはずだし、まず間違いなく武器は『伝説級』か『名器級』だったろう。ユキハルでは太刀打ちできないレベルのプレイヤーである。
――――ああいうのを、トッププレイヤー、っていうんだろうな。
そんなことを思いながら、ユキハルはユウリと共に、空いている受付へと進む。
いつか、あんな風な強いプレイヤーになってやる、と言う決意を秘めながら。
後書き
以前の話のβテスト期間の記述及び初期装備名を修正しました。
結局……結局戦闘に入れなかった……。三度目の正直(?)で次回はやっと戦闘回です。
ページ上へ戻る