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好き勝手に生きる!

作者:月下美人
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第三十六話「元気万倍、レイパンマン!」

 
前書き
 お待ちどうさまです!
 

 


「あべしっ!」


 空から人間が降ってきた。轟音を響かせて地面にクレータを作り、砂煙を巻き上げている。


 気の抜けるような声が聞こえたけれど、これが彼の最期の言葉だと思うと少し気の毒……。


 しかし、現実は私の予想を大きく覆した。


「うおー、頭いてー。おはぎたべたーい」


 なんと、死んだと思った少年は何事もなかったかのように立ち上がると、頭を押さえてしゃがみこんだ。


 ――え、え? なんで生きてるの? 彼、人間だよね……?


 人間でなくともあの高さからの衝突は即死でなくとも重症は免れない。なのに、この人間の子供はとくに目立った怪我もなく「頭痛い」だけで済ませた。


 ――……本当に人間?


 しかし、彼の気配は人間のそれ。悪魔や天使、堕天使、妖怪のそれではない。


 となると、神器所有者だろうか……。なんにせよ、普通の子供とは違うみたいだ。


「あや? やっぱり三沢さんだー。お久~」


 少年は私のほうを見ると、ふにゃっとしたなんとも締まらない笑顔を浮かべて手を振った。というか、三沢さんって誰?


「ゥゥゥゥゥ……」


 アヴェントヘイムが低い呻り声を上げながら少年の様子を窺っている。


 ――……警戒している? あの【壊滅せし者】アヴェントヘイムが?


 ただの、人間の子供を相手に……?


「おおー、トトちゃんおっきくなったねー!」


 対して少年はまるで旧友に話しかけるかのように気楽な姿勢でいる。


 彼はアヴェントヘイムを知っているようだ。知っていて、この態度……。


 彼は一体――……。


 アヴェントヘイムは一際大きく咆哮を上げると、自身の周りに氷柱を多数作り上げた。


 尖端は鋭く尖っており、氷柱の大きさは少年の腰回りくらいはある。


 それらが、ざっと二十。これも誰かの魔法を食らった力なのだろう。


「まさかの反抗期。シーフードピザを要求する」


「グルォォォオオオオオオオオオ!」


「トトちゃんうるさい。近所迷惑です」


 今まさに、殺されそうになっているというのに、少年は変わらぬ表情と口調で態度を変えない。


 射出された氷柱の群れが少年を襲う。


「とうっ、トリプルアクセル!」


 少年はなぜかクルクルと回転しながら飛び上がった。


 ふざけたような避け方なのになぜか、氷柱が当たらない。まるで氷柱が自ら少年を避けているかのような光景だ。


 しかし、すべてを避けるのは至難の業。少年の左ふくらはぎに一本の氷柱が突き刺さった。


 さらに着地も失敗したようで、右足首を思いっきり挫いた様子だ。


「オウマイシット! ガッデーム! ガムシロープ!」


 ――思っていたよりは余裕があるみたいね……。


 少年が氷柱を引き抜くとふくらはぎから鮮血が吹き出た。


「あ……貧血」


 ふらっと身体を揺らした少年はそのまま仰向けに倒れた。なぜか私の膝を枕にして。 


「えっと……あの……」


 困った。こんなときはどうすればいいのだろうか。


 怪我をしているのだから、退いてなんて言えないし可愛そう。


 けれど、膝枕なんて今までしたことないし……。


 というか、アヴェントヘイムに命を狙われているこの状況でマイペースを崩さない彼はもしかしたら大物なのかしら?


「グルォォォオオオオオオッッ!」


「だからトトちゃんうるさいよ?」


 そんな少年の態度を馬鹿にされていると思ったのか、怒りの咆哮を上げたアヴェントヘイムは大きく口を開くと、紅蓮の炎弾を吐き出した。


 俊敏な動作で跳ね起きた少年は私を突き飛ばし、自身も反対側へ逃る。


 しかし、灼熱の塊は少年の後を追跡し、その華奢な体躯を呑み込んだ。


「うぉぉぉおおおおお! あっちいぃぃぃっ!」


 いけない!


 少年は人間だ。人は体表の三割以上のやけどを負うと死に至る。こんな業火を受けては少年も無事ではすまない。ましてや脚に重症を負っていたのだから尚のこと。


 反射的に少年を助けようとするが、重大な事に気が付いた。いや、思い出したというべきか。


 落ちこぼれである私の所以。


 これほどの火傷を治癒するとなると中級以上の治癒魔術でないと助からない。


 術式は知識としては知っている。魔力も十分にある。が、私にはそれを発動させるに至る経験も実績もない。


「ギォォォォォォォ!」


「ぽにゅっ」


 追い討ちをかけるアヴェントヘイム。その強大な尾で少年を叩き潰した。


 ……っ!


 ―ー躊躇している余裕はないでしょ、ロスヴァイセ!


 たとえ失敗に終わっても何もしないよりはマシなはず!


 急いで少年の下に向かおうとして――。


 災厄の化身と目が合った。


「ぁ……」


 この瞬間、私は悟った。


 今、目の前にいるこの存在――アヴェントヘイムが私の死だと。私は死ぬのだと。


 自分はただただ矮小な存在であり、アヴェントヘイムに比べればとるに足らない小さな存在。


 私程度の見習いヴァルキリーなど消え入る前の小さな火の粉であり、【壊滅せし者】の気まぐれでこの命は左右されるのだ。


 殺気を向けられたわけでも、ましてや敵意を向けられたわけでもない。


 視線が合った。ただそれだけで、私は魂の根底からこの生き物に敵わないのだと本能が悟った。


 ――いや、そもそも比較することすらおこがましいのだ。


 オーディン様が直々に封印処置をした特一級指定の魔物。


 その意味を初めて理解した。


 ただ、何故だろう……。


 さっきまでは死ぬことが怖くなかったのに。


 色の消えたこの世界から解放されると、安らぎすら覚えたのに。


 今はまだ、死ねないと思う自分がいる。


「ぁ……そう、か」


 地面に大の字になりながらピクピクと痙攣する少年を見て分かった。


 私は、ヴァルキリー。見習いとはいえヴァルキリーなのだ。


 ヴァルキリーの本懐は勇者様と添い遂げること。


 ヴァルキリーの使命はオーディン様の尖兵。戦を司る兵士にある。


 しかし、それとは別にもう一つある。あったんだ……。 


 ―ーそれは、人間を守り、導くこと。


 今一人の人間の命が消えようとしているこの状況の中、私はヴァルキリーとしての使命を――いや、大前提を心で、魂で悟った。


 ヴァルキリーは人間を守り、勇者へと導く存在。


 見習いヴァルキリーといえど私も戦女神の名に連なる者。


 一度は捨てたこの命、せめて最期はヴァルキリーとしての使命を遣り遂げたい。


 ――たとえ、この命が尽きようとも、少年だけは助ける……!


 色褪せたこの世界に少し、色が芽生えた。


 私は少年を守るようにアヴェントヘイムに立ちはだかる。


 私も少年も生き残れる確立は限りなく低いだろう。もしかしたら臆に一つもないかもしれない。


 だけど、少年が助かる見込みが僅かなりともあるのなら、囮になる価値はある。


「――私は、ロスヴァイセ。この少年を殺めるというのなら、私が相手になります!」


 キッと敵意を込めて睨みつける。魔術が使えない私では瞬殺される可能性が高いけど、一秒でも多く時間を稼がないと……!


「グギュァァァアアアアアアアアアッッ!」


 私の敵意に呼応しアヴェントヘイムが必殺の魔方陣を展開する。


 巨大な魔方陣が紅く発光して――。


「……っ」


 突如、強烈な存在感が沸き起こった。


 まるでオーディン様のような、いや、下手をすればそれ以上の存在感。


 それが、まるでいきなり現れた。それも、背後から。


 アヴェントヘイムも展開させた魔方陣を消し、警戒した目を向けている。


 目の前の敵に注意しながら慎重に振り返った。


「あぐあぐあぐ……んぐんぐ!」


 そこにいたのはさきほどの少年。


 その華奢な体躯をボロボロにしながら、一心不乱になにかを頬張っていた。


「あれは……」


 少年が食べているもの。それは、私が朝早く起きて作ったお弁当だった。


 無残にも地に散けたお弁当。砂利と土に塗れたそれを少年は黙々と口に入れていた。


 とても食べれたものではない筈なのに、その横顔はこれ異常ないほどの幸福に満たされていた。


「がつがつがつ! ん、くぅ~……げぷっ」


 完食した少年が満足そうにお腹をさする。


 唖然としながら眺めていたら少年と目が合った。


 綺麗な目だ。黒真珠の宝石のような漆黒の瞳。


 パチパチと瞬いた少年がお弁当を指差す。


「このお弁当、お姉さんが作ったの?」


「ええ、そうだけど……。あの、大丈夫だった? お腹とか痛くない?」


 あんなものを食べたのだ。お腹の一つや二つ壊してもおかしくない。


 しかし、彼はほにゃっと表情を崩し、一言。


「ううん、美味しかったよ! ごちそうさまでした!」


 明るい笑顔でそう言った。






   †                   †                    †




「あぐあぐあぐ……んぐんぐ!」


 一口ソレを食すたびに、自分の中の何かが形作られる。


 まるで水を吸う砂のように、身体の奥底から魔力が沸き起こる。


「がつがつがつ! ん、くぅ~……げぷっ」


 たゆたっていた自分という存在が急激に安定し、個としての存在へと変わっていく感覚。


 ぼやけていた視界が明瞭となり、バラバラに拡散した思考の欠片が一つ一つ繋がり正常化する。


 満足いくまでソレを食し、ようやく人心地ついた。


 そこでようやく現状を知る。


 三沢さん――いや、腰まで届く銀髪のお姉さんがポカンとした顔でこちらを見ていた。独特の甲冑と顔つきからして北欧の人かな?


 というか、三沢さんって誰!? 記憶を掘り返せば、いくら思考がカオスだったからといって自分でもよくわからない言葉のオンパレードだよ!


 トトちゃんってなに? アザラシのタマちゃんの親戚??


 うぁぁ~、穴があったら入りたいよぉ! 後で掘ろ。


 まあ、それはさておき。


「このお弁当、お姉さんが作ったの?」


「ええ、そうだけど……。あの、大丈夫だった? お腹とか痛くない?」


 どこか不安そうにこちらを見るお姉さん。


 大丈夫です。フグも丸呑みできますから!


「ううん、美味しかったよ! ごちそうさまでした!」


 それは本当。多少味が薄かったり濃かったり、土とかが付いていたりしてたけれど、そんなのは取るに足らない些事だ。


 あのお弁当からはお姉さんの真心が感じられた。五つ星料理より美味しく感じられたんだ。


 そして、どこか懐かしい味……。


 それは、毎日味わっていたお姉ちゃんの料理を彷彿させた。


 お姉ちゃんの料理とは似ても似つかないけど。味より料理に込められたモノが、お姉ちゃんが作るそれととても似ていたんだ。


 おかげさまで。


「HPは満タン。MPも満タン。ラストエリクサーもびっくりの回復量だじぇ!」


 今ならアルテマ千発フルコースもお茶の子さいさいだぜ!


「ゥゥゥゥゥゥゥゥ……」


 獣の呻る声にそういえばと顔を上げた。


 そこにはデッカイ空飛ぶ蛇が睥睨していた。


「おおぅ、そうだった。そういえば戦闘中だったっけ?」


 今思い出したけど、僕の体ボロボロだし。というか、ふくらはぎから血がどばどば出てる……。とりあえず修復、と。


 虚現で『傷ついたという事実はなかった』ことにする。うん、これでよし。酸性ビオ○で磨き上げた瑞々しい肌になった。


「なっ、無詠唱の治癒魔術!? あの怪我を? いえ、それにしては魔力の反応が……」 


 驚き目を見張るお姉さんにとりあえずピース。


 ニュータイプのレイ君には自動修復機能が搭載されているのです。お値段なんと十万八千円! 今ならポイント五パーセント還元!


 肩をぐるぐる回し、屈伸する。足首や手首も回して準備運動して、と。


「君、早くここから逃げなさい!」


 見ればお姉さんが怖いくらい真剣な顔で空飛ぶ蛇と対峙していた。その横顔はなにやら死地に赴く決意を秘めた兵士の顔だ。


「私がこいつの足止めするから、早くっ!」


「んー」


 なにやらシリアスな空気が流れております。


『ジョンここは任せな。なぁに、食後の運動にちょっくら暴れるだけさ』


 的な言葉に自動変換される僕の脳。


「ダメだ、お姉さんを置いていけないよ! ここは、僕が残る」


 食後の運動をしなきゃいけないのは僕でしょ。


「でも、君は人間――」


「ああそうだ。あとでまたお姉さんのご飯食べさせてくれないかな?」


「……え?」


「ボク、お姉さんの料理気に入っちゃった。それに、帰ったらお腹いっぱいご飯食べるんだ」


 ……ん? これって、もしかして死亡フラグ?


 あ、僕の頭に変な旗が立ってる。えい!


 フラグを視覚化すると頭に生えていた旗を引っこ抜き、地面にたたきつける。これでよし。


 フラグは回避された。


「お姉さんはここにいてね。大丈夫、お姉さんには傷一つつけないから」


「まっ――」


 何か言い足そうだったお姉さんの言葉を遮り結界を張る。


 恩人には受けた恩を倍にして返す。だってレイ君はいい子だもの!


「さぁて、トトちゃん改め空飛ぶ蛇さん。純粋無垢な駒王学園二年生のレイ君は今プンプンです!」


 殺られたら殺り返す、億倍返しだ! 


 キリッとした顔で言ってみる。


「グルルゥゥゥゥゥゥ……ギオオオオオオオォォォ――――――――――ッ!」


「うっさい!」


 蛇が生み出した炎塊を腕の一振りでかき消す。こんな塞がれ方をされるとは思わなかったのか、蛇の目に驚きの色が過ぎった。


「出席番号十三番、姫咲レイ。摂取したカロリー消費しまーす。とう!」 


 ビーボタンで大きくジャーンプ! 


 蛇との距離は優に二十メートルはあるけど、そんなの関係ねえとばかりに彼我の距離を零にした。


 尻尾の先を掴む。大きすぎて握れないため、尾に指を付け根まで埋没させて強引に握り締めた。


「爬虫類は爬虫類らしく、地べたに這い蹲りなさーい!」


 三回ほど高速で振り回して遠心力をつけて、地面に向けて投擲(・・)


 十数メートルはあるやたらと長く太い体が一本の槍と化して地面に激突する。


 濛々と立ち上る土煙。これでは蛇が見えない。


「渇ァッ!!!」


 言葉に衝撃波を乗せて煙を吹き飛ばす。蛇は地面に横たわり苦しそうにのた打ち回っていた。


 ――むぅ、突き刺さんないか。身体が長い上にぐにゃぐにゃしてるから難しいなぁ。


「というか、さっきはよくも殺ってくれたな! 地味に痛かったんだぞぉ!」


 脚に刺さった氷柱とか、火傷とか。思い出したらオラ、ムカムカしてきたぞ!


 とりあえず、この怒りを拳に宿しましょう。


 むんっ、と腕に力を入れると、筋肉が膨張する。


 パンクアップによって大胸筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋、上腕筋、腕頭骨筋、前腕筋群が不自然に膨らみ服が破けた。


 ――あ、お姉ちゃんに仕立ててもらった服が……後で修復しないと。


「これもそれもあれも、全部お前のせいだっ」


 もう許さん!


 鎌首をもたげた蛇が敵意を孕んだ目で僕を睨む。


 蛇の眼前に巨大な魔方陣が三つ並列して展開された。


 特大の氷柱の群れ、渦巻く巨大な炎、鋭利な刃と化した旋風。


 それらが一斉に僕の元へと向かう。対してこちらは空中で身動きが取れない。


 ……ピンチと思った人はいらっしゃるかな?


「だとしたら僕に対する予習復習が足りてないね! 一年生から出直してきなさい!」


 大きく拳を引く。ギュッとして――。


「ドーン!」


 一気に打ち出す。巨大な拳圧はそれらの魔法を砕き、散らし、突き破り、蛇へと襲い掛かった。


「ギォォォォォォ……!」


「レイレイレイレイレイレイレイレイレイレイレイレイレイレイレイレイレイレイレイレイレイレイレイ!」


 マシンガンの如く打ち出す拳の数々。


 拳圧の嵐は蛇を呑み込み、その堅牢そうで実は脆い鱗を粉々に砕いた。


「レイパーンチ!」


 特大を一つお見舞いする。


 蛇の身体を優に覆う拳圧は爬虫類を地面に埋没させた。


 全身から血を流し無残な姿をさらす蛇に僕は慈悲を下そう。だって僕は優しいからね!


 虚空から取り出すのは一本の大剣。太陽と同等のエネルギーを圧縮したこれは、いわば剣の形をした太陽だ。


 外界に影響を及ばないように封印処置済みの優れもの。そのままにしたら軽く地球を燃やすからね。


 名づけて。


「太・陽・剣~!」


 えいっと上段から振り下ろすと剣の軌跡にあわせて極太、では表現できないほどの巨大な光の本流が蛇や大地を呑み込んだ。


 久々に使ったけど、やっぱりこれってエクスカリバーや~。


 ちなみに対象以外は効果を発揮しないよう初心者にも優しい設定です。蛇だけを対象にしたため大地は無事。蛇は塵芥も残らず魂まで消滅しましたとさ。


「勝ったどー!」


 テレビで見て、一回やってみたかったんだよねコレ!


 剣を天に突き上げて一人勝ち鬨を上げると、剣から極太エクスカリバー(真名解放)が独りでに迸った。


 空を突き破り宙の彼方へと消えていく光。


「……まあいっか」


 どんまいどんまい。誰でも失敗はあるさ! だって人間DAMONO!


 都合の悪いことは忘れるに限ります。

 
 

 
後書き

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