『八神はやて』は舞い降りた
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第3章 聖剣の影で蠢くもの
第26話 誇り高き狼
前書き
・プロットを見て「これ、ハッピーエンドじゃなくね?」と思い組みなおしていました。ただ、最終的にはハッピーエンドですが、途中で相当シリアスになりそうです。
・前作からかけ離れていく予定でしたが、しばらく踏襲する形になるかもしれません。
「本当に助かったわ。持つべきものは良き隣人、良き幼馴染ね」
「感謝する。もはや、物乞いをするしかないと思っていたのだ」
目の前には、白いローブを着た教会関係者と一目でわかる少女二人。
ボクたちは、現在、洒落たイタリアンレストラン――少し前、クラスメイトに教えてもらってから、行きつけにしている店だ――にいる。
既に、食事を終えて、ゆっくりとコーヒーを楽しんでいる。
街角で、紫藤イリナに声をかけられ、幼馴染だという衝撃の事実を告げられた。
その後、しばらく会話が続きそうだったので、別れようとしたところで――
『私たちに食事を恵んでもらえませんか?』
――と、言われた。なんとなく、断るのも気が引けたので、今に至る。
へんてこな絵を買わされて、有り金をはたいてしまったのだとか。
(原作では、文無しになって物乞いをしていたところを、兵藤一誠たちが発見。ファミレスで会話することになったのだっけ)
ファミレスの会話で、兵藤一誠が、聖剣エクスカリバーの破壊を共同で行うことを提案。
食事代を盾に、共闘関係を結ぶ――のが本来の歴史だったはずだ。
ただし、既に原作の流れは、破たんしている。なぜならば――
「この地の悪魔――リアス・グレモリーとソーナ・シトリーとは、協定を結んでいるんだろう?しかも、兵藤くんは、紫藤さんの幼馴染では?そちらを頼れば良かったと思うのだが」
――――そう。悪魔陣営と天使陣営は、聖剣エクスカリバーの破壊で手を結んでいる。
かの聖剣が奪われたとの報を受けてから、木場祐斗の様子がおかしくなった。
彼は、戸惑う兵藤一誠やアーシア・アルジェントに説明した。
聖剣の担い手を人工的に作り出そうとして、非道な実験を受けた過去があることを。
その実験で、同胞たちが死に絶えたことを。
だからこそ、何としても聖剣を破壊したいのだと、胸の内を述べていた。
「イッセーくんは、ねえ。私もそれを考えたんだけど――」
「悪魔に頼るなど論外だ。しかも、あの木場祐斗とかいう奴と仲間ならば、なおさらだ」
紫藤イリナが、苦笑しつつ答えようとして、ゼノヴィアに遮られる。
ゼノヴィアは、木場祐斗と勝負し――敗北した。
彼は、どうしても、自身を苦しめ、そして同胞を死に追いやった聖剣を破壊したかった。
だからこそ、聖剣が盗まれたと聞いた日から、一人焦り追い込まれる――はずだった。
しかし、剣の師を務めるシグナムが、そんな甘ったれた根性を許すはずがない。
『おのれの意思を貫きとおしたいのなら、力をつけろ。力なき意思など、無力だ』
と、言って、徹底的にしごいた。
彼の復讐心が貪欲なまでの力への渇望へと前向きに吐きだされることで、木場祐斗自身も、理性を保つことに成功したようだ。
おかげで、原作よりも数段上の実力をつけた木場祐斗は、ゼノヴィアに勝利したのだ。
(本来の歴史なら、木場祐斗は、敗れて暴走する定めだった。原作との乖離を一度、整理する必要がありそうだ)
オカルト研究部の部室に挨拶にきた二人は、任務の説明と同時に、不干渉を要求した。
それだけなら、よかった。
紫藤イリナとゼノヴィアは、アーシア・アルジェントの話を知っており、『悪魔のような聖女は、とうとう悪魔になったのか』などと侮辱した。
「ゼノヴィアも落ち着きなさい。私たちの非礼が発端だったのは事実よ。それに、彼らとの協力は、本部からも許可を受けているわ」
「わかっている。わかっているが――あいつは、『わたしたちの聖剣を破壊した』のだぞ!?」
グレモリー眷属は、怒りをあらわにし、険悪な雰囲気になったところで、『相応しい実力があるのか見せてみろ』と、たまたま同席していたシグナムが挑発。
運動場で、戦闘が行われ――目出度く、木場祐斗が勝利した。
ボクは、面倒事を避けるため、その場にいなかった。
そのため、詳しい経緯は、シグナムから聞いている。
しかしながら、自信満々に勝負を挑み、なすすべもなく彼にやられたゼノヴィアは、へそを曲げてしまったらしい。
紫藤イリナも、兵藤一誠と戦い、禁手化すらしていない彼に敗れていた。が、こちらは冷静に受け止めている。
「ゼノヴィアを倒した剣士はすごかったわ。けれど、イッセーくんにまで負けるなんて……」
ここで、重要な差異がある。
兵頭一誠は、洋服崩壊(ドレス・ブレイク)を開発していない。
なぜなら、十分な実力があるために、開発する必要がなかったからだ。
聖剣の使い手である紫藤イリナに、純粋な実力で上回って見せたのだ。
「ねえ。イッセーくんは、つい最近、神器に目覚めたばかりって本当なの?」
「本当さ。彼は、堕天使に殺されかけて、神器に目覚めたと同時に、転生悪魔になったそうだ」
本来の歴史ならば、ライザー・フェニックスに敗れ、彼は結婚式に乱入していた。
不利な状況で、彼は腕一本を犠牲にして、「はじめて」禁手化に成功する。
結果的に、花嫁泥棒に成功し、リアス・グレモリーとの仲が深まる――はずだった。
ところが、彼は、アーシア・アルジェント救出時に禁手化していた。
(リアス・グレモリーは、もっと彼に積極的にモーションをかけると思っていたのだが。 いや、お互い意識しているのは、確かだ。と、なるとボクたちの介入の結果だろうな)
「素人が短期間であそこまで、強くなれるというのか?木場とは別の意味で脅威だな。それとも、赤龍帝は、あれが普通なのだろうか」
「うう、ショックだわ。長い間鍛錬を積み上げて、聖剣に選ばれたのに」
「彼も努力したからね。正直、ボクも驚いている。戦闘になると、日頃の変態ぶりが、ウソみたいに切り替わるのだからね。戦闘モードの彼は、もはや別人といっていいだろう」
アーシア救出作戦で、ドライグと対話し、力を引き出して見せた。
あそこが、兵頭一誠の分岐点だったのだと、今ならわかる。
(偽物のアーシアが無残に殺された姿。あの光景が、トラウマになったのだろうな。原作の彼と比べれば、信じられないほど真剣に実力を身につけようとしている)
木場祐斗と兵頭一誠との戦いで、彼らの力量を認めた彼女たちは、素直に非礼を詫びた。
だが、戦闘の後が、問題だった。
なんと、木場祐斗は、敗北した彼女たちに近寄り、聖剣をへし折ったのだから。
おかげで、鉄くずになった聖剣は、使用不可能な状態になっている。
(使い手として授かった聖剣を破壊された――たしかに、へそを曲げても仕方ないか)
当然、大問題になった。
上の方が協議したうえで、奪われた聖剣3本を取り返すことを条件に、互いが協力することになった。
破片さえあればよいらしく、聖剣の破壊自体はあまり問題にならなかったらしい。
『おまえのせいで、派遣した聖剣使いが使い物にならなくなった。だから、奪われた3本を取り戻せ』
非常に単純な取引である。
たとえ、2本の聖剣が破壊されようと、残りの3本の聖剣を取り逃がす方が、よほど問題だったようだ。
2本の聖剣を破壊し、さらにあと3本の破壊許可を得た木場祐斗は、張り切るどころか、冷静だった。
おのれの実力に自信をもてたことで、却って冷静になれたのだろう。
慢心はシグナムによって、捨てさせられた――鍛練でボコボコにするという形でだが。
(いずれにせよ、主犯は、堕天使陣営の幹部コカビエル、か。聖書にも記されるほどの強力な敵。戦力調査にはもってこいの相手だ――リアス・グレモリーには悪いが、獲物はとらせてもらうよ)
――――このときボクは、コカビエルで新技を試す予定でうきうきしていた。
◆
「あ、ザッフィーだ!」
少女が笑顔を浮かべながら、さわりに来る。
いま、シグナムと散歩している。
大型犬扱いの私は、たいてい狼形態――主曰くわんこモード――でいることが多い。
主が狼の姿を気に入っているのもあるが、女所帯に男が一人紛れ込むことを防ぐ意味もある。
犬を飼っているのに散歩をさせないのは奇妙に思われるだろうから、こうして定期的に外出しているのだ。
「もふもふー」
乱暴に撫でられる。
普通の犬なら嫌がるところだろうが、普通の犬ではない私は、無言でされるままにする。
その姿に笑顔を浮かべながらみやる少女の母親とシグナムが世間話をしている。
昔の私たちでは考えられなかった、穏やかな光景である。
気性の大人しい――理性をもっているのだから当然だが――私は、ご近所の評判がいい。
こうして散歩しているといろいろな人に絡まれるのが常だった。
「ザフィーラちゃんごめんね。うちの子はザフィーラちゃんのこと大好きみたいで」
少女の母親がすまなそうに言ってくる。
気にすることはない、としっぽを振って返事をする。
シグナムも、ザフィーラは嫌がっていませんよ、と口に出して言う。
「本当にザフィーラちゃんは大人しいわね。うちはマンションでペット禁止だから、羨ましいわ」
このように褒められることも多い。
ただの犬ではなく守護獣なのだから、当然の評価とはいえ、褒められて悪い気はしなかった。
私はこの穏やかな日常が好きだった。
散歩をして近所の人々と触れ合い、家に帰れば主が料理を準備して待っている。
戦ってばかりの血なまぐさい日々を思い出す。
主のために戦うことを使命とする守護騎士として、戦いが嫌いなわけではない。
だだ、温かいわが家が、これほどまでに素晴らしいとは知らなかった。
この素晴らしい生活を与えてくれた心優しい主を思い出す。
親を殺され涙していた姿。
私たちの出現に戸惑いつつも、毅然とした態度で魔王に立ち向かう姿。
何よりも「家族」を大事にし、小さなことでも一喜一憂する姿。
私の――私たちの思い出にはいつも主はやての姿があった。
気高く誰よりも強い光を放つ少女、八神はやて。
彼女を守ることこそが、私の使命だと疑いなく思っていた。
ただ、さきほどから妙に胸騒ぎがしていた。
野生のカンとでもいうのだろうか。
(シグナム、今日はもう帰るぞ)
(ザフィーラ?いつもよりも大分早いがいいのか?)
(嫌な予感がする、いまは主の側にいたい)
主のことを口に出すと真剣な表情でシグナムがわかった、とうなずく。
「ザッフィーばいばーい!」
手を振る女の子にしっぽを揺らして返事をしながら、家路をいそぐのだった。
――主はやては必ず守ってみせる。盾の守護獣……いや、八神家の自宅警備員の名に懸けて
後書き
・ザッフィー視点は何気に初めてのはず。女所帯に男一人は肩身が狭いと思うのですよ。
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