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女房の徳

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第三章


第三章

「その娘は」
「顔でっか?」
「それもあります」
 満面の笑みで菊五郎に答える。
「身体もようおますで」
「ほお、そんなに」
「髪の毛もですわ」
 切り札を出してきた。女の最大の武器は何かといえば髪の毛だという人間がいる。平安時代では黒く長い、すらりとした髪の毛が女の最も美しいものだと言われていた。遊女というのは髪の毛を上で束ねているものであるが床ではそれが解けるものだ。その解けた髪の毛こそが最も艶やかであり男心をそそるのである。当然ながら菊五郎もまたそうした女の黒く美しい髪の毛を好んでいた。それが目当てで楽しむ相手もいる程だ。
「ほう、髪の毛も」
「どうでっか?」
 ここまで言ったうえで菊五郎に顔を向けて尋ねてきた。
「それで」
「そうでんな。それじゃあ」
 ここまで言われて乗り気を見せてきた。そうして客引きに言った。
「会うだけでもしましょか」
「いや、そうしてくれると有り難いですわ」
 客引きはそれを聞いてにこりと笑うのだった。
「ほな今日はうちの店でんな」
「いや、それはどうでっしゃろ」
 しかし菊五郎はまた言い返すのだった。
「会うてみなわかりませんで」
「ほな中へどうぞ」
 客引きも負けることなく彼に言う。
「それで決めて下され」
「では」
 それを受けて店の中に入る。そうして座敷に案内されるとそこで店の主からも話を聞くのであった。
「二人おるんですわ」
「ほう」
 煙管を吸いながらそれを聞いて面白そうに声をあげた。
「それはまた」
「外での話は岩手の娘でっしゃろ」
「ええ、その通りですわ」
 笑って主に返す。ここで酒が出て来た。その分の酒の金は菊五郎にとってはどうというものではないのだ。だから飲むのも平気な顔であった。
「その娘ともう一人おるんですわ」
「もう一人はどないでっか?」
「秋田の娘でおますわ」
「ほう、秋田でっか」
 それを聞いてにんまりと笑ってきた。秋田といえば心当たりがあるからだ。
「小野小町みたいな」
「ええ。凄いでっせ」
 主もここぞとばかりに述べる。
「一回見たら忘れられん。そんな娘ですわ」
「凄そうでんな、それはまた」
「どっちにします?」
 主はあらためて菊五郎に尋ねてきた。
「岩手の娘か秋田の娘か」
「そうでんな。ここは」
 秋田というのに転ぼうとしていた。どれだけのものか見てみたくもなったのだ。ところがここで誰かが耳元で囁いてきたのだ。
「岩手の娘にしなはれ」
「!?」
 その言葉に目を顰めさせる。聞いたことのある声だったからだ。
「その秋田の娘は危ないでっせ」
「ってその声は」
 声にはっとして横を見た。見ればそこにいたのは」
「サト!」
 何と女房のサトが側に座っていたのだ。そうして彼に言ってきたのであった。
「何でここに」
「その秋田の娘はどえらいですさかい岩手の娘にしとくべきやで」
 だがサトはその声には答えずにこう言うのであった。
「宜しいでんな」
「宜しいでんなって御前」
 驚いた顔のまままた女房に問うた。
「どないしてここに」
「とにかく岩手の娘にしなはれ」
 しかしサトはそれに答えずにまた言うのであった。
「ええでんな。それで」
「あ、ああ」
 何が何かわからないままそれに頷いた。女房の言うことはとにかく何でもまずは聞いて頷いてみる、彼はここでもそうしたのであった。
「御前が言うんやったら」
「それでしたら」
「あかった。ほな」
「あの」
 ここでふと主から声がかかってきた。見れば怪訝な顔を菊五郎に向けていた。
 
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