| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

決戦5



「罠にかかったのは貴様の方だったな」
 呟かれた言葉が、背後からヘルダーに投げかけられた。
 どこか得意げな口調に、ヘルダーは唇に浮かびかけた笑みを押さえた。
 だから、若造だと言うのだ。

 罠にかけたというのならば、わざわざそれを口にせず、背後から撃てばいい。
 勝利の言葉など、それからゆっくりと言えばいい。
「若造一人に何ができる」
「何?」
 疑問を浮かびかけたラインハルトに、ヘルダーのブラスターが火を噴いた。
 振り向きざまに放ったレーザーは、ラインハルトがブラスターの引き金を引く事を許さない。

 咄嗟に避けたラインハルトの動きとともに、ヘルダーは走る。
 岩場の影からブラスターを撃ち、ラインハルトを岩場へと釘づけにする。
 正確に放たれるレーザー光は岩を穿ち、容易に顔をのぞかせないでいる。
 いや、そうしている。

「私が何もせずに、今の地位にいると思ったのか。貴様のような貴族でもない、私が」
 幾多の戦場を巡った。
 多くの戦友を失った。
 多くの血を流し、彼は今の地位を得た。
 だが、それも。

「貴様ら貴族は暖かい艦橋でウィスキーを飲み、ファイエルと言っていればいい。だが、血を吐いて得た私はいまだに最前線の司令官だ。貴様と私で何が違うと言うのだ。血筋か――美人の姉でもいれば良かったのか?」
 怒りにまかされたレーザーは、長い時を経ても錆びる事はない。

 断続的に打ち続けられた光が、正確にラインハルトを狙っていく。
「暖かい部屋で妻と子供に囲まれるという望みが、それほどまでに我がままなのか!」
 問いかけられた言葉に、答える声はない。
 それをヘルダーも期待してはいなかった。
 ただ憎かった。

 帝国に殉じて得た今の地位も。
 そして、それをあっさりと崩そうとする貴族にも。
 全てが。
 咆哮となって放たれたレーザーは、やがて切れる。
 引き金を引く鈍い音だけが響けば、ラインハルトが待っていたとばかりに身体を出した。

 若造が。だから、甘い。
 チャージパックを取り出して、再装填するのは一瞬。
 構えたブラスターの向こうで、ラインハルトが驚いた表情を見せた。
 驚いている暇があるならば、撃てというものだ。
 こちらは命をビットするのに慣れている。

 放ったレーザーはラインハルトの腕を捕え、ブラスターが離れた。
 雪原に倒れるのは一瞬、すぐにブラスターを奪おうと動いた。
 いい判断だが。
「遅いぞ?」

 動き出したラインハルトの頭に、ブラスターが突きつけられた。

 + + +

「ここまでだな」
 呟かれた言葉に、ラインハルトが静かにこちらを見る。
 このような場で、まだ死ぬことは出来ない。
 まだ生きている。

 だからこそ、考える。
 この窮地を脱する策を。
 ヘルダーの腕はラインハルトにとって、予想外のことだった。
 相手の力を侮り過ぎた。
 その失敗は、さらに彼を大きくするだろう。

 だからこそ――生き延びなければならない。
 睨みつけるヘルダーは、ともすればすぐにでも引き金を引きそうだ。
 だが、頭に突きつけられたブラスターからすぐに引き金を引く事はないと確信できる。
 おそらくは、ラインハルトの命乞いか、伝えたい言葉の後か。
 ならば。

「俺を殺して、罪に問われないとでも」
「戦闘下において残党に殺されたとするさ。そのようなことはどうにでもなる」
「普通の兵ならな。しかし、普通ではないと貴様がそう言ったばかりではないか」
 苦々しげにヘルダーの顔が歪んだ。
「それもお偉い方がどうにかしてくれるだろうさ」

 ラインハルトの笑い声が、雪原に響いた。
 小さく鈴の音をならすような音だ。
「何がおかしい?」
「失礼。貴族をあれほど信用しないと言っていた貴様が、最後に貴族を信じるとはな」
「なに」

「貴族が信じられないと言ったのは貴様ではないか。その通り、貴様などは貴族の出世を妬んだ一兵士として捨てられる。貴様を優遇して何になるのだ。不利な証拠は消すのが一番ではないか」
「そ、そのようなこと」
「そんなことはないか。なぜ、そう言い切れる――貴様は俺を殺すと同時に、皇帝陛下の寵姫の弟を殺した罪に問われるだろう。結果は一族郎党処刑だ」

 そして、笑う。
「おめでとう。確かに貴様の望みは叶う――ヴァルハラで家族に囲まれて、楽しく過ごすと良い」
「き、貴様っ!」
 怒りを浮かべて引き金を引こうと動いた。
 撃つタイミングさえコントロール出来れば、かわすことはできる。
 ラインハルトは挑発と同時に動きだそうと、身体に力を込めた。

 もっとも、それはラインハルトにとっては悪手でしかなかったが。
 ヘルダーの腕は感情とは別に、敵の動きによって引き金を引くほどに洗練されていた。
 ラインハルトが身体を沈みこませたと同時に、ブラスターが動いている。
 だが。

 引き金は最後まで引かれることはなく、轟音と共に舞い上がった炎が身体を揺らしたのだった。
「何がっ」
 叫んだ隙をラインハルトは見逃さない。
 雪原に落ちたブラスターを無事な左手で握り、岩場へと飛び込んだ。

 放とうとすれば、さすがだろう。
 ヘルダーもその場にはおらず、先ほどラインハルトが逃げ込んだ岩場に姿を隠していた。
「何が!」
 ヘルダーの叫びに答えるように、再び戦場となっているであろう場所から炎が舞い上がる。燃え広がる炎と兵士の悲鳴がここまで届いた。

「何がもない。敵の空挺部隊が突入したのだ」
 ラインハルトだけが、それを理解している。
 そして、敗北も。
 予想外の反撃に時間を取られ過ぎた。
 もはや勝つことはない。

 自分の策で負けたわけではないが、それでも初めての敗北にラインハルトは小さく唇を噛んだ。
「もはや勝てない。部隊を再編させて逃げるしかない」
「そんなわけがない!」
 声と共にブラスターの光が走った。
 だが、それは先ほどまでの精密さとは打って変わり、子供が乱射しているようなものだ。

 ラインハルトの隠れた岩場に到達することもなく、明後日の方へと撃ち続けられている。
「爆撃機一台で何ができる。すぐに対空部隊が撃墜してくれるわ!」
「その対空部隊を満足に展開できなかったのを、忘れているのか」
「うるさい! それに……もう遅い」
「なに?」

「遅いのだ。今更戻って、何と言い訳する。貴様を殺せなかったと報告すれば助けてくれるのか」
「……何とかしてやろう。私が」
 ラインハルトの言葉に、響いたのは笑い声だ。
 どこか正気を失っている笑い。
「何とかしてやろう。はは、貴様はわかっていない」

 怪訝に眉をしかめた前で、岩場の影からヘルダーが姿を現した。
 ゆっくりとブラスターを手にして、ラインハルトを睨んでいる。
 その状態で隠すことなく、ヘルダーは笑った。
「貴様ごとき若造が何とかできるのであれば、既に何とかなっている。誰も何もできなかった」
 小さく首を振って、ヘルダーは唇の端をあげた。
「貴様はわかっていない。貴族の――権力を手に入れた者たちの悪意を」

 それは退役近くまで最前線にいた男の痛烈な言葉であったのだろう。
 感情と共にぶつけられた言葉に、岩場の影でラインハルトは自嘲めいた笑みを浮かべた。
「わかっていないのは貴様の方だ。ヘルダー」
「……」
「誰も何もできなかった。違うな、何もしなかったの間違いなのだろう」
 呟かれた言葉は、カプチェランカの気温よりも冷徹で、冷たい。

「頑張ったけど何もできなかったなど、何もしなかったのと同意義だ。俺が何とかすると言ったのならば、それは絶対だ。口だけの貴様らとは違う」
「ははっ」
 ヘルダーの笑いが、小さく雪原に響いた。
 それは先ほどまでの正気を失った哄笑とは違う。
 単純な、楽しげな笑いだ。

「そうか。ならば、何とかして見せろ。ミューゼル少尉!」
 撃ちこんだブラスターの光が、ラインハルトの岩場に押し寄せた。

 + + +

 始まった戦闘を見る人影がある。
 谷の上からそれを覗き込みながら、静かに通信機を手にする。
「敵の司令官及び士官を発見した。すぐに急行を」
『え。はっ……』

 静かに通信をきって、アレス・マクワイルドはゆっくりと雪原から眼下を見る。
 背後に控えるのは、中央部隊から集まる特務小隊の面々だ。
 誰もが静かに彼の言葉を待っている。
 それに頷きを返せば、アレスは再び眼下に視線を向けた。

 なぜ同志討ちをしているのか。
 それは、おそらくアレスだけが知っているのだろう。
 だが、疑問はあれど誰も疑問を口にしない。
 だから、アレスは静かに手をあげた。

 放つ言葉は、士官学校中に幾度も口にした言葉。
「ファイヤー!」

 叫んだ言葉が、幾条ものレーザー光を生んだ。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧