菊と薔薇
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2部分:第二章
第二章
「過ごすのですね」
「そうです」
執事はまた朱雀に対して答えた。
「二年です」
「二年ですか」
朱雀は執事の言葉を心の中に刻むことになった。
「長いですね」
「いえ、それはわかりません」
しかし彼はそれはわからないというのだった。二年という歳月が長いかどうかは。
「それはお嬢様次第です」
「私次第?」
「はい、お嬢様次第です」
また彼女に対して言ってきた。その端整で礼儀正しい声で。
「長いか短いかは」
「どういうことですの?」
朱雀は今の彼の言葉の意味はどうしてもわからなかった。それでつい首を傾げてしまった。
「それは」
「お嬢様がこの留学を有意義に過ごされればです」
「はい」
「この二年は短いものとなります」
こう朱雀に説明してきた。
「しかしそうでなければ」
「長く感じるというのですね」
「その通りです。有意義に過ごされればそれだけ短くなります」
こうも述べるのだった。
「それだけ」
「そうですね。つまり私次第ということですね」
「その通りです」
今度は頷きながらの言葉であった。
「お嬢様次第です。全ては」
「わかりましたわ」
朱雀は執事の言葉をここまで聞いてそのうえで静かに頷いた。
「それではです。私は」
「どうされますか」
「やはりこの場合は短く過ごさせてもらいます」
これが朱雀の返答だった。
「そうでなければ来た意味がありません」
「御留学に」
「その通りです。それではです」
「はい、それでは」
「今日から。この倫敦での家に入ったその時から」
もうその時からだというのだった。
「勉学に励みましょう。それで宜しいですね」
「お流石でございます」
執事もまた彼女の今の言葉に賛同の言葉を返した。
「ではそのように」
「はい」
こうして朱雀はその留学先の学園に入学するその前から勉学に励んだのだった。すぐにその学園に入学したがその服は見事な和服だった。学園内でまずはこのことが話題になった。
「あれが和服」
「噂には聞いていましたけれど」
桃と桜をあしらった美しい和服が英吉利の女学生達の心を忽ちのうちに捉えてしまったのだった。
「何とも不思議な服」
「どうやって着るのでしょう」
彼女達にとって和服はまさにこの世のものではない幻想の服だった。この娘達はドレスを着ている。それの着方は知っているが和服の着方は知らなかったのだ。
「それに黒い髪に黒い瞳」
「あの白い肌」
次に捉えたのはその楚々とした顔立ちだった。彫のある顔で青い目や緑の目、髪の色も黒は少ないこの娘達にとってはそうした黒い髪と瞳も楚々とした顔立ちも全く異質のものであったのだ。しかし決して嫌悪感を抱かせる異質ではなかったのである。むしろその逆であった。
「あれが日本の女性なのですね」
「小柄でも何と奇麗な」
「まさにお人形」
そして次々にこう言うのだった。
「亜細亜人は醜いと聞いていましたけれど」
「まさかあの様な」
これは人種的偏見であった。この時代はこれがごく普通に存在していた。このことに強烈な劣等感を抱いた夏目漱石の様な人物もいた。
「ああした美貌があるとは」
「全く」
朱雀は忽ちのうちに学園の注目の的となった。しかも優れていたのは容姿だけではなかった。勉学においても忽ちのうちに頭角を表わしたのだ。まさに才色兼備であった。
「まさかとは思いますが」
「学年でトップ!?」
「留学生だというのに」
少女達はまたしても驚かされた。彼女達にとっては朱雀はただ奇麗な東洋からの人形でしかなかった。しかしそれは外見だけではなかったのだ。
「私達の言葉を話せるだけでなく」
「あれだけできるなんて」
「亜細亜人なのに」
「亜細亜人かどうかは問題ではありませんわ」
ここで人種的偏見の言葉が出るとすぐにそれを否定する言葉が出て来た。
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