| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

鋼殻のレギオス IFの物語

作者:七織
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第四話

 晴れた休日の昼、レイフォンとクラリーベルは野戦グラウンドへ向かっていた。小隊戦を見るためだ。
 野戦グラウンドは武芸科の、特に小隊の武芸者が訓練する施設の一つだ。武芸者が十分に動けるだけの広さを兼ね備えた場所として用意され、普段は自動機械を用いた小隊員による連携訓練などが行われている。
 その施設の外の入口近くに一人の少女がいた。栗色の髪を二つに括った一般教養科の制服を着ている。
 少女はレイフォンたちに気づくと近寄ってくる。歩くたびに括られた髪がふわふわと動いた。

「レイフォンさんとクラリーベルさんですか?」
「君がアイシャが言ってた人? ミィフィさんだっけ」
「はい。ミィフィ・ロッテンです。呼び捨てでいいよ。同級生だし敬語とか無しでいきましょー」

 笑顔が柔らかな少女だ。話して間もないのに活発な性格が伝わってくる。

「先に言っておくけど私から直接は無理だよ」
「どうしてまた」
「私も聞きかじっただけで良く知らないの。あと、ちょっと色々あって友達がそういうのに過敏でね。今も後の取材の為にって抜けてきてるんだ」

 なのでオフレコでお願いね。そう頼まれる。
 ミィフィはアイシャも含め三人で観戦に来ている。残り一人の子を黙ってしているような状態らしい。レイフォンは少し申し訳なくなる。

「関係者である先輩の方に連れて行くからそっちでお願い」
「ありがとう。初対面なのに変なこと頼んでごめんね」
「いえいえ。興味が無かったわけじゃないし、アイちゃんの頼みだから」
「アイちゃん?」
「仲間内での愛称。私はミィって呼ばれてるよ。こうしたのあったほうが呼びやすいし愛情あって親しみやすいじゃない。」

 ミィフィについて入口をくぐる。観客席とは別の方へ進んでいく。
 頼んだこととは賭けの事だ。前にアイシャから聞いた話を思い出し新聞部の人間として紹介して貰ったのがミィフィだ。アイシャ経由で話を聞いた結果この賭けは結構知られていてほぼ黙認されていて状況らしい。
 
「良かったら二人の呼び名も考えてあげよっか? ミィフィちゃんにかかればセンス抜群の名前が直ぐにでもあなたのものに」
「……僕は別にいいかな」
「はいはい、私は興味あります」

 クラリーベルが楽しげに興味を示す。

「アイちゃんから聞いたよ。クララでしょ」
「変わり映えしませんね。他のないですか」
「んー。呼びやすいしそれがバッチシって感じ過ぎ何だよね。他ならクラりん、クーちゃんとか?」

 適当な候補をミィフィが上げていく。レイフォンからしたら呼びやすいがどれもセンスがよく分からない。そういう名前が好きなのだろうか。
 クラリーベルがレイフォンに尋ねる。

「そうですねぇ……レイフォンはどう思います」
「何、クラりん」

 流れを読んだレイフォンの呼び名にクラリーベルは形容し難い微妙な表情を浮かべた。

「クララでお願いします」
「でしょー」

 レイフォンとしては別に悪印象はなかったが結局元の鞘に収まったようだ。

「二人っていうか三人は同じ都市から来たんだっけ」
「一応、グレンダンからですね」
「一応ってのが気になるけどそっかそっか。私もヨルテムから友達と一緒に来たんだけど意外と多いよね。アイちゃんから二人のことは聞いてるよ」
「新聞部の性ですか?」
「まあね。情報集めが好きな私自身の趣味もあるけど」

 色々やってるんだーとミィフィはいう。

「甘味処マップとか近道マップとか色々なマッピングとか目標かな。纏め終わったらスペース貰うか街角に置くのも考慮中であります」
「いいですね。その際は是非。お供しましょう」
「良いぞ良いぞ。取材の名の基に押しかけて会計オマケしてもらったり、こう、特権をね、使えたら良いななんてね!」
「宣伝代わりにですね。分かります」

 レイフォンそっちのけで元気に二人の会話が進む。

「新聞部ってそのへん良さそうですよね。伝手とか歴代のがあるでしょうし」
「まあね。まあ一年の私は部員としても記者としてもそんな好き放題できないけど」
「そう言えばミィフィはどんな記事書いてるんですか?」
「新入りだからまだちっちゃい記事や簡単なことだけ。少しずつ任されていく感じ。今日なんかは次のルックンに載っける対抗戦の結果とかかな。メインは先輩だけど私も小隊の簡単な取材とか任されてるし。勝利者インタビューとかってやつ」

 定期発行の情報雑誌であるルックン。新聞部の面々が受け持ちで書いていてその一部をミィフィは任されているという。まだ少しだけどいずれは、と楽しそうにミィフィは笑う。
 ルックンは部数も多く人気も高い。その小さくとはいえ一部を任される、というのは凄いことなのだろう。多分。活字が多い雑誌が苦手で鍛練器具や話題の料理店くらいしか見ないレイフォンには分からないが。
 
 通路を曲がるとその先に何人か集まっているのが見えた。人目につきにくい隅に二人の男女が壁際に立ちその周辺に数人の学生がいる。
 壁際の二人の内の女性をミィフィは指差す。

「あの人が部の先輩。分かんないことあれば適当に聞けば教えてくれるはず」
「分かった。ありがとう」
「それじゃ私は行くね。二つ戻ったとこの入口の下辺りにいるから良かったら一緒に観戦しよ」

 そう言って去ろうとし、けれどミィフィは何か思い出し足を止める。

「アイちゃんから聞いたけど二人って確かニーナ・アントークの知り合いだよね。ボトルレターのさ」
「そうだよ」

 ニーナが都市にいた間にレイフォンの話がどの程度まで広がっているのか予想がつかないところがあった。ある程度身近なところまでは口止めをしたがそれで完璧だとは思っていない。レイフォンという存在がどの程度の存在なのか、武芸者なのかは知らずとも名前だけだがニーナの関係者だと知られている可能性もある。
 それを踏まえ、念のためにとクラリーベルはもし聞かれるような事があればレイフォンとニーナの関係をボトルレターによる繋がりとした。

 ボトルレターとは簡単に言えば都市間の文通だ。ただそれは宛先が書かれずに出される。放浪バスに詰め込まれた手紙は都市に着く度に一部がバスの停留所近くの郵便局に入れられ、そしてそこにある新たな手紙を積み次へと向かう。
 これならば全く知らない都市を離れた相手との繋がりの理由になる。そこにあるのは偶然性だけで明確な経緯も理由もいらない。

 ニーナ・アントークはボトルレターによりレイフォン・アルセイフを知った。故郷からツェルニに向かう途中、偶然グレンダンに立ち寄りレイフォンと実際にあった。これで昔からの繋がりと実際に会った理由が説明できる。

 あくまでも念のための形だけ。レイフォンとしては気にしすぎだと思ったがクラリーベルは一応の形だけでもあれば何とかなるのだと言った。あと面白そうだと。暇なのかよく分からない設定も捏造しまくっていた。
 ボトルレターからの邂逅という点でシャーニッドに少女趣味かとニーナは爆笑されていた。

「さっき言った取材のやつ、私の担当そこなんだ。昔の話とか聞けるかもしれないし気が向いたら来てよ」
「試合後はクラリーベルや都合が合えばアイシャと挨拶に行く予定だったよ」
「了解であります。じゃあまた後で」
 
 手を振り去っていくミィフィを見送り二人は新聞部の女性のもとに向かう。
 壁際にいた男女二人は足元に鍵付きの箱を置き、女性は手にスタンプと発券機を持っている。男性の方が腰元には通信機らしきものを付け何か紙に文字を書いている。
 二人が賭けの運営側で周囲にいるのは買う側の人間なのだろう。

「すみません、券を買いたいんですけど」
「言いわよ。……あら一年生? 全く悪い子ね」

 上級生の女性は長い髪をかき分けながら嗜めるように言うが、全く責める色はない。
 レイフォンは券を買うより前にシステムについて女性に説明を求める。
 女性が言うには賭けの倍率は基本固定。限度額有り。

「基本的に固定ってのはどういう」
「試合は対抗試合だけじゃないのよ。戦争や小隊隊長同士の試合もあってね、その時その時で違うの」

 なるほどとレイフォンは納得する。動員する人数なども違うのだろう。
 ちなみに対抗試合というのは小隊戦の別の呼び方だ。正式な名前が学内対抗試合なので人によって呼びやすい方で呼んでいる。

「台帳方式って事かな。変則的だけど」
「レイフォン、何ですかそれ?」
「ノミ屋が倍率を決める賭け方のひとつ。控除分配方式と台帳方式が一般的な二つだよ」

 控除分配方式とは利率が変動するタイプの賭け方だ。掛金が一旦プールされ、そこから運営側が一定の額を利益とし残りを配当として配る。これは必ず運営側が一定の利益を得る。
 それとは違い台帳方式は券を売るノミ屋が決めた倍率を基に客を募る。倍率を公表して募るため大穴や大金の投入で胴元側が損をすることもある方式だ。

 ノミ屋毎の審美眼がものをいうところだがここは学園都市。そこまで本格的にしていないのだろう。上限額が決められているのも損失回避のためだ。
 
(それでも結構真面目にやってるんだな)

 通信機で他の仲間と連絡を取っているのをレイフォンは見つつ更に説明を聞く。
 賭け方は大きく分けて二種類。隊の勝敗予想、個人の勝敗予想。個人への賭け方は生き残るか、何人倒すかの二つが基本。
 そんな事を簡単に聞きながらクラリーベルは倍率の書かれた紙を見せて貰う。レイフォンも覗き見るが予想通りにニーナは低い。それに反し隊の勝利の倍率とアイクの倍率は高い。

「理由も聞きたい?」

 結構だと首を振ると女性は不満そうな視線を向けてくる。色々情報などを踏まえた上での倍率だったのだろう。
 前にアイクから渡された財布を取り出し、クラリーベルは女性に金額分だけの一点買いを告げる。女性の瞳が興味深そうにクラリーベルを見るが特になにも聞かず、カードでの金額情報の受け渡しが済むと直ぐに券が発券され、スタンプを押されてから渡される。

「特殊なスタンプだから偽造は駄目よ」
「しませんよ」

 そのやりとりを見ながら個人的にニーナの券を買うべきかレイフォンは少し考えるが、やはり買わないと決める。
 女性に別れを告げ二人は通路を戻っていく。

「クラリーベルは他に買わなくてよかったんですか?」
「自分じゃ買いませんよ。一応立場があります。理解はしても賛同したわけじゃないので」
「そんなものですか」
「そんなものです。レイフォンこそニーナさんの買わなくて良かったんですか。当たり券でしょうに」
「それは、そうなんですけどね」

 何と答えたらいいものか。レイフォンは曖昧に笑う。

「一時とは言え師だったのでしょう? 買うのは弟子の勝利を確信、というか力量への信頼にも思えますけど」
「そういう考え方もあるんでしょうね」

 リスクを恐るというのは負けるかもしれないと思うこと。そういう点でレイフォンはニーナの力量を疑っているわけではない。かといってほぼ元本返しの低倍率だったからでもない。
 だた、思ったのだ。

「もし、ですけど……僕が賭けの対象にしたって知ったらニーナさんどう思うかなって。何か、嫌だなって」

 ニーナの信頼を裏切るような気がした。そもそも今の自分の身で信頼など問えるのかと思ってしまうが、それでも嫌だった。
 口に出すつもりはないが、何よりもニーナの信念を踏みにじるような気がした。それをネタに不正な行為で金を受け取ったらニーナの武芸を貶める気がしたのが一番の理由だ。
 買おうか悩んだとき、レイフォンの脳裏に浮かんだニーナの悲しそうな顔。何故か泣きそうなその視線を受けたくはないと思ってしまった。

「……もしもの話なのに、か」

 クラリーベルが小さく呟く。
 気づけばクラリーベルと距離が空いていた。レイフォンは少し早歩きをする。

「クラリーベル、ちょっと早いよ」
「たまにはクララって呼んでくれもいいんですよ。親しみともう一つ込めて」

 親しみはわかるがもう一つとは何のことかレイフォンは分からない。そもそもその名前を呼んで何が込められるのだろう。
 少し考える。
 名前が気になるのなら、とレイフォンは早歩きのクラリーベルの背中を見て口を開く。

「どうしたのクラりん」
「からかってるんですか?」

 ミィフィ命名の名前で呼んでみたが不評のようだ。親しみが欲しかったのではないのだろうか。
 なので取り敢えず続けることにした。

「僕は結構悪くないと思ったけどねクーちゃん」
「センスないですよ」
「そう? アイシャだってちゃん付だったし呼びやすいと思うけどねクラッち」
「……はぁ。加速のパスが繋がるって期待した私が馬鹿でした。不完全燃焼です」
「そんな怒らないでもいいじゃないかクーぽん」
「安い女じゃありません」
「クリりん」
「強くなりたいですよ、ほんと。あとあなたって意外に図太いですよね何気に」











 関係者用の控え室にニーナはいた。椅子に座り、組んだ手の上に頭を乗せ目を閉じていた。
 部屋の中には小隊のメンバーがいる。ニーナ以外は思い思いに好きなことをしており緊張感というものは見られない。
 緊張感で実力が出せないのは危惧するべきことだが、それとは違う。流れる弛緩した空気は身が入っていないそれだ。
 今日に備え何度も訓練を行った。けれど満足する成果とは程遠い現状がニーナの目の前にはある。

 個々人の実力への不満はそこまであるわけではない。及第点と言えないがニーナが求める最低限のラインはクリアしている。
 駄目なのは意思だ。やる気が見えない。
 シャーニッドは訓練時は普通だが偶にサボる。自然体といえば良いが身を入れず、問題の解決への積極的姿勢がない。フェリは必要最低限のことしかやらない。真面目にやるということを放棄し、上を目指すことをせず狙ったように文句の言い辛いラインぎりぎりの働きをする。アイクはそもそも小隊とは全く別目的がありそちらを優先する。個人としては真面目と言えようが小隊員としては不真面目極まりない。
 真面目さというのが欠落した人員。個人ではなく小隊としての練度ならば確実にどの隊よりも低い。他の隊からもそれを指摘されたことはある。
 その現状に孤独感を感じたことも何度もある。

 どうしてそうなったのか。それを考えようとし、ニーナは直ぐに放棄する。今それを考える時ではない。
 脳裏を走るのは迷いだ。
 勝てないかもしれない不安。未熟な小隊としての苛立ち。それらではない。
 勝つ手立てならある。その為の各々の役割も考え、ニーナは皆に話してある。今日の立場なら上手くいけば勝てる可能性は十分にある。
 だからこそ、迷う。
 誰に聞くでもなく、ニーナは閉じた瞳の暗闇に問う。
 その手段をとっていいのかを。

 負けていい理由はない。それを思うなら小隊など立ち上げるべきではなかった。
 ツェルニの境遇を思い、二年前の悔しさを積み重ね、今日まで来た。
 しかし過去の過ちが、嘗ての記憶がニーナに問いかけてくる。また同じことをするのかと。
 他の誰かがするのならいい。だがニーナが、ニーナ・アントークがそれをしては同じ結果になるかもしれない。

「……」

 こんなことをしたかったわけじゃない。昔も今も、一度だってニーナはそんなつもりはなかった。ニーナ自身が抱く理想は依然として変わりはない。
 はなから答えは決まっている。負けていい理由がなく、小隊として劣っているのならそうするしかない。いずれは直るとしても今日はそれしか手段がない。
 だが、事は今日が問題なのだ。次があるかどうかなど論じる意味がない。
 だからニーナは迷う。既に出ている答えを、迷い続ける。
 迷って、準備をし続ける。
 目の前に迫る現実に、ニーナ自身が耐えるために。

「お呼びがかかったぜニーナ。そろそろ行こう」
「……ああ」

 シャーニッドの声に呼び起こされ、ニーナは閉じていた瞼を開けて立ち上がる。
 部屋を出てグラウンドへと通じる通路をニーナは先頭に立って歩いていく。

「作戦は変わりない。各自全力を尽くしてくれ」
「まあ、いつも通りに頑張ります」
「フェリはもっと頑張ってくれてもいいぞ」
「自分の役割は全うするさ。今月厳しいんだ」
「よく分からんが頼むぞアイク」
「気張ってもしょうがないぞニーナ。適度に肩の力抜いてけ」
「シャーニッドは背中を頼むぞ」

 通路の終わりにグラウンドの景色が見えてくる。
 人口の灯から天然の陽光へ近づくごとに段々と外のざわめきが大きくなってニーナたちを迎えた。







 
 レイフォンとクラリーベルが観客席に入ると既に人が大勢いた。今日だけで小隊戦が四試合あるのだ。最初から通してみている人や目当ての試合だけ見る人など様々だ。
 ミィフィが言っていた辺りに視線を向けると見慣れた後ろ頭と少し前に分かれた栗色のおさげが視界に映る。近づいていくとアイシャが気づき、次いで気づいたミィフィが手を振る。
 ミィフィとアイシャ。それともう一人。武芸科の制服にを身を包んだ赤毛の少女を含めた三人だ。

「二人共、迷わなかった?」
「ええ、迷いませんでした」
「そりゃよかった」

 ミィフィからの質問にクラリーベルが答える。
 
「あ、そうだ。こっちのがさっき言ったヨルテム組の友達」
「こっちって何だこっちて。失礼な」

 赤毛の少女がミィフィを窘める。三人の中で一番背が高い。彼女がさっきミィフィが言っていたオフレコの相手だろう。
 腰元を見ると錬金鋼があり、都市警の模様が入っている。その視線に少女も気づく。

「ナルキ・ゲルニだ。都市警に入っている。二人の話はアイ、もといアイシャから話は聞いている。よろしく頼む」
「レイフォン・アルセイフです。よろしく」
「私はクラリーベル・ロンスマイア。よろしくどうぞ」

 彼女たちの隣は席が空いておらず、レイフォンたちは三人の一つ後ろの列に座る。
 
「ニーナさんたちってまだだよね」
「次のはずですが……レイフォン、まさか何も調べてないんですか」
「うん。大体の時間だけ分かればいいかなって」

 クラリーベルに白い目を向けられる。レイフォンとしては試合さえ見れれば良かったので余り気にしていなかった。
 前の席のアイシャが振り返る。

「十七小隊の試合は、今日四試合ある中の三試合目。相手は三小隊で、十七小隊が攻め手側になってる」
「攻め手側って何?」
「対抗試合は守り側と攻め側に分かれる。それぞれ勝利条件が違うの」

 なるほどとレイフォンは頷く。どうやら基本的な情報らしい。ミィフィとナルキ、そしてクラリーベルが向ける視線を見てレイフォンはそれを知る。

「……一通り説明しよっか?」
「お願いします」

 レイフォンはミィフィの好意に甘えることにした。
 ミィフィが言うには対抗試合は二つの小隊が攻め手と守り手に分かれて戦う。攻め手側の勝利条件は相手の全滅か敵陣内にあるフラッグの破壊。守り手側の勝利条件は攻め手側の司令官の撃破、或いは制限時間内フラッグを防衛すること。守り手側は攻め手側より先にグラウンドに入り簡易拠点や罠を設けられる。
 この試合形式は本番、つまり都市間戦争における攻防を模したものである。戦争における勝利条件は敵司令部の占拠、或いは都市機関部の破壊であり、フラッグはそれを見立てたものである。

「相手を全滅すれば勝ち、か」
「時間切れって少ないから、殆どフラッグか全滅で勝敗が決まるよ」

 レイフォンのつぶやきにミィフィが言う。

「前回のルックンに今日の小隊の簡易紹介載ってるから貸してあげる」

 渡されたルックンを捲る。今日の第三試合の所を開く。互いの小隊のメンバーの簡単な情報が載っている。相手である三小隊は隊長の性格を反映した堅実さと連携に秀でた隊らしく戦闘要員は六人だ。
 次いで十七小隊を見る。
 十七小隊の戦闘要員は最小である四名。

 隊長、ニーナ・アントーク。十四小隊を離れ新たに設立された十七小隊の隊長を務める。活剄、衝剄とも優れた人物。個人としての能力は非常に高いメインアタッカー。
 隊員、シャーニッド・エリプトン。十七小隊最年長の狙撃手。狙撃手としての腕は高く殺剄に優れる。甘いマスクに女性からの人気も高い。
 隊員、アイク・ラジエイド。十七小隊のアタッカーを務める。現状特に目立った情報はない。医務室の常連でありベッドの一つはほぼ彼専用になっているという。
 隊員、フェリ・ロス。十七小隊の念威操者を務める。昨年は一般教養科であり武芸科には今年度からの在籍。昨年のミス・ツェルニであり男性からの爆発的人気を誇る。非公式ながらファンクラブの噂もある。
 
「要らない情報が多い気がするんだけど」
「簡易紹介だからね。他の隊の分もあるし細々したもの載せられないの。特集組んだりするときはもっと色々書くけど」

 確かに今日の分だけで八つの小隊が載っている。今日だけでなく対抗試合は本番まで時間が許す限り総当たりをするという。二、三行載ればいい方なのだろう。そもそもこの情報を載せるだけの雑誌でもない。
 
「十七小隊は今年に入ってからの新設小隊だから前に一回特集あったんだ。知りたいならそっち読んだほうがいいかな……余りお勧めしないけど」

 余り言及したくなさそうにミィフィが言う。
 気になるが聞いてもいいのだろうか躊躇うレイフォンにアイシャが言う。
 
「読むなら図書館に行けばあるよ。何年か分、バックナンバーが保管されてるから」
「行ったことないんだよね図書館。本がたくさんある場所って慣れなくてさ」
「雑誌の中古は書店には基本無い。行くなら私も着いていく。ただ……私は読んだけど、推奨はしない」

 ミィフィと同じことをアイシャも言う。

「読まないとわからないし読んでみるよ。ミィフィ、これありがとう」

 一通り目を通したルックンをミィフィに返しレイフォンはグラウンドを見る。
 あちこちに埋められた樹木や大小様々な茂みに平坦ではない地面。グランドの両端には冊や塹壕も設けられている。上空は中継器が念威操者によって操作され、観客席のあちこちに用意されたモニターにいくつもの画面が映し出されている。
 障害物があるならば索敵が重要になる。先に入っている相手の罠や待ち伏せの脅威も大きい。守り手に徹するなら守り手側の方が優位になるだろう。

 数の面で見れば十七小隊の優位性など無いだろう。新設部隊というのなら他と比べて拙いところも多いはず。賭けの倍率を見ても三小隊の優位だ。
 だが勝負というのは確率で決まるものでもないことをレイフォンは知っている。戦術や戦略もある。両者に埋めようの無い差でもない限り時の運も関わってくる。
 
 入口を映すモニターに十七小隊の隊員たちが入ってくるのが映り、直ぐにレイフォンの視界にその姿が映る。
 司会役のノリのいい声が響き渡る中、視界の先で十七小隊の各々が錬金鋼を復元する。

「双鉄鞭。前にも見ましたが珍しいですよね。女性で使ってる人知りませんよ私」

 一本でも十分な重さと大きさだ。レイフォンの使う剣よりも重い。それを二つも持つニーナは威圧感があるだろう。

「僕みたいに親からの影響だと思うよ。無骨なのは否定しないけど。シャーニッドさんは軽金錬金鋼の狙撃銃かな」
「アイクさんは剣ですね」

 クラリーベルと適当にニーナたちの武器を話す。

 そんなことをしていると試合開始を告げるサイレンの音が鳴り響いた。





 
 
 開始のサイレント共にニーナたちは散会し、互の役割を果たすべく動き始める。
 メインアタッカーであるニーナはグラウンドを敵陣の方へと駆ける。少し遅れもう一人のアタッカーであるアイクが少し距離をあけ続く。
 一直線にただ向かうわけにも行かない。落とし穴、ワイヤートラップ、念威端子を使った爆雷。罠にかかり戦わず終了、など笑い話にもならない。
 茂みで身を隠しながら着実に距離を詰めていく。

「フェリ、探査状況はどうだ」

 早速見つけたワイヤーの周囲を注意深く見ながら、ニーナは自分に付く端子に言う。守り手側が罠を仕掛けられる時間は決まっている。少し気をつければ容易く気づける見えるそれは「罠の罠」の可能性が高い。迂回したいがあからさますぎて誘導にも思える。
 解除したいが一つ一つの罠を確認して解除していては時間が足りない。こうして考える時間も相手を有利に運んでしまう。

『そこ、目の前にワイヤーありますよ』
「それは見えている」
『それ以外はまだ探査中です。あれもまだです』

 話し合う時間も勿体無い。何時も通りの緊張感のないフェリの声からして情報を待っていては不戦敗だ。

「あれ一つでいい。頼むぞ」

 周囲に気配はない。ニーナは手で合図を送り、同時に走りだす。アイクから放たれた衝剄にワイヤーは切断される。何も起こらない。
 ニーナが一息に駆け抜けようとした瞬間、近くの茂みが爆発した。

「ッ!?」

 更に一度、アイクがいる辺りでも爆発が起こる。
 念威爆雷だと気づいたときには大量の木の葉と先端が尖らされた太い枝がニーナに向かっていた。念威爆雷自体はさほど威力は無い。だがワイヤートラップの起動自体は容易い。ニーナ自身が起動役ではなかったのだ。向けた視界の中、ニーナほどではないがアイクも同様の状況で足止めをくらっている。
 咄嗟に体を捻ったニーナは飛んでくるそれらを打ち落とすべく両手の武器で全面に構えようとし、けれど迫り来る悪寒に気づけば首筋を鉄鞭で守っていた。
 同時、至近での三度目の爆発と同時に重い衝撃が手に伝わる。
 遠方からの射撃だ。ニーナは感で衝剄を飛ばしつつ場所を移る。

「……今のが狙いか」

 警戒を解かぬままニーナは呟く。注意をそらし、位置を悟られぬようにした上での射撃。
 放った剄も当たった手応えはなかった。

「フェリ」
『大まかな方向だけは。もう動いたと思いますけどね』
「ならいい」
 
 追撃がないという事は既に移動した後だろう。警戒心を与え足を鈍らせる。完全に時間つぶしの戦法だ。
 前情報でも相手の小隊は堅実な手を打つ事が分かっている。

『ニーナ平気か。こっちは定位置に付いたぜ』

 端子を通しシャーニッドが声が届く。

「問題ない。追撃がないあたり時間潰しだ」
『相手方の姿は一瞬見えたが直ぐに消えた。二射目を我慢出来るあたりきっちりしてるぜ』
「ああ。分かっていると思うがまだ撃つなよ」

 狙撃手は場所がバレないことが利点となるが攻め手ではそれを気にかけるのが難しい。四対六という数の差もある。シャーニッドの位置がバレるだけで非常に不利に働いてしまう。
 ニーナへの追撃がない以上、確実に仕留められるのでなければ見送るのが当然だろう。

『こっちは敵陣は見えたが障害物がある。フラッグを打つには最低二射必要だ』
「時間稼ぎが必要か。……なら、前もっての通りで頼む」

 敵はまだ動く気配がない。この状況は予想していた状態の一つだ。
 戦力に差があるなら策に頼る必要は薄くなる。堅実に来るだろう相手が打つ手はニーナにも十分予想できている。だが分かるからといって手が打てる事ばかりでもない。
 膠着したままでいるわけにもいかない。ニーナがアイクと連絡を取り進もうとした時、気配が現れる。
 自分はここにいるとばかりの気配が一人、陣よりも前に出ていた。

『隊長。アレ、見つけましたよ』

 フェリからの連絡がちょうどよく来る。狙ってやっているのではないだろうかと勘ぐってしまう。

『存在アピールしてる人の少し先に多分あります。誘導ですね』
「多分か」
『相手側も隠してますので。それにしても膠着したから態々壊してくれるとか優しいですね』

 どうすればいいかわからない状態、というものがある。考えられる可能性が多すぎる事が原因だ。そこに適当な要因をブチ込むことで互の『何をすべきか』の選択肢を絞り予測外のことを発生させないようにする、という手段がある。
 何をしたらいいかの選択肢の提供。そう言えば聞こえはいいが断じて優しいわけではない。
 何かもうどうでもいい、結果とか知るか。言葉からはフェリの適当さが感じられるような気がした。

 けれど確かに現状、それはニーナにとっては優しさとなり得たのも確かだ。たとえそれが断頭台に一歩ずつ送るようなものだとしても。
 すぐに動かなければならいない。こちら側の狙いを読まれる危険性も出る。
 
「……アイク」

 通信の向こう側にいるもう一人のアタッカーに呟く。

『やっと仕事だな』
「ああ。現状何も問題はない」
『承った』
 
 端子越しにわらっているのが伝わるような気がした。
 隠れていたアイクの気配が膨らみ、一直線に相手の気配の元へ向かう。次いでニーナも同じくその後を追う。
 姿を視界に捉えた相手にアイクが踏み込んだ瞬間、ニーナとアイクの間に衝剄が割り込む。
 急速に迫る相手の気配と同時、アイクのいた地面が爆ぜた。

 埋められていた幾つもの念威爆雷の衝撃により土煙が舞い上がる。それはニーナをも覆い、複数の衝剄が土煙に閉ざされた視界の先からニーナに迫る。
 守りに徹したニーナが開けた土煙の先で見たのは先程まではいなかった三人。活剄で強化した足での移動術、旋剄で現れた敵の姿だ。
 その向こうではアイクが敵小隊の一人に足止めを受けている。完全に分断された。

「……まるで戰戯の詰駒だな」

 一手一手、詰に追い込むボードゲームのそれだとニーナは思う。
 ここに四人いる以上敵の陣地は念威操者一人……居たとして狙撃手を加えた二人。シャーニッドの狙撃支援を受け突入できれば攻略できる可能性もあるが、そう行くわけもない。襲いかかってきた相手の攻撃を受け止めながらそう断じる。
 常に気を遣い、陣の方を手薄にしていない。三人相手に突破は至難だろう。

 絶え間無い連撃をニーナは耐える。性にあっているかは別として、元々防御に関しての方がニーナは得意だ。双鉄鞭という手数の多さも功をそうしている。
 だが、さほど長くは持たない。伝わる衝撃は疲労やダメージとしてじわりじわりと蓄積する。
 いずれは生まれた隙に一撃を喰らうか、その前に時間が終わるか。
 このままではそれが必定の未来だろう。

(予定通り、か。本当に真っ当なやり方だ)
 
 だからニーナは視線を向ける。
 このまま予定通りに行くのかは、十七小隊もう一人のアタッカーにかかっているのだから。





 どこの隊もそうだが例に漏れず、第三小隊は隊長の性格が反映された小隊だ。
 堅実で安定した小隊。番狂わせを起こすことは滅多にない。訓練も個人の質の充実よりも連携に力を入れている。
 副隊長である四年のバンもそれに違わない。自分の役割として与えられた敵と相対していた。
 
 柄尻に輪のついた両手持ちの武器、南刀を手に、十七小隊のアタッカーである男をバンは足止めする。少し離れた場所では小隊長を含めた三人が十七小隊隊長であるニーナ・アントークを相手している。実力を考えればバンも向こうに加わるべきだが、もし抜かれた場合を考えればそれが適任だった。
 足止めだけでなく、可能なら倒す。そうすれば余計にこちらが有利になりもする。
 
「さっさと倒れろ」

 なかなか倒れない相手にバンは言う。
 相手小隊の情報は事前に調べてあり個人個人の情報もある程度は頭にある。今切り結んでいる相手、アイクはバンの記憶が正しければ武芸科三年で目立った噂もない。武芸科での成績や剄量もそこまで良いというわけでもない。そもそも実力があるのなら目をかける隊がいるだろうにそれもなく三年になっている事がそれを示している。
 事実、切り結んでいるが剣の技量はバンに比べ今一つだ。
 
「こっちにも事情がある」
「そうか。そうだな」

 どうでもいいとばかりに胴めがけ大振りに南刀を振るう。アイクの剣がそれを受けるがバンはそのまま踏み込み、小さく息を吐き体を震わせ振り抜く。押しやられ下がった相手と距離を開けぬよう付かず離れずバンはひたすらに南刀を振るい続ける。
 寄せ集めだろうと、そう隊長は言っていた。隊員も含め十七小隊は設立の当時からきな臭い噂もあった。最低人員数しかいないあたりそれはバン自身その通りだと思っている。
 それでもニーナ・アントークは得難い人材であったから隊長は十七小隊設立後に何度か勧誘に行っていた。だが結局首は縦に振られなかった。
 
 応援に行けぬよう、味方からの援護射撃が出来ぬよう位置を配慮しつつ前を取り続けて切り結ぶ。アイクの振るう剣は思ったよりも的確にバンの振う南刀を捉え向かう致命打を躱す。だがこのままなら時間とともに押し通せるだろう。 

(予定なら既に向こうの応援に行ってたな)

 ズレでもあるのか意外にアイクの動きは捉えづらかった。思っていたよりも上手く動き避ける相手にバンは内心呟く。最もそれを言うならばニーナの方もだ。五年の隊長と自分と同期の四年、新規の二年の三人がかりを未だに耐えている。驚異的というべきだろう。
 相手の足元に衝剄を打ち込みつつバンは距離を詰める。腰だめに振るわれたアイクの剣を打ち落とすべく南刀を動かす。
 武器が接触する直前、アイクの膝が一瞬、力が抜けたように落ちその軌道が狂う。咄嗟に捻ったバンの体の側面を剣の表面が撫でていく。伸ばされた相手の手、そこに巻かれた包帯が視界に映る。

(そう言えば医務室の常連という噂だったか)
 
 厚く巻かれたそれを見て思う。なら、そこに早いとこ返してやるべきだ。

「これで役目は終わりだな」

 アイクの剣は振り終わり、そしてこちらは姿勢こそ崩れているが剣はすぐに振るえる状態。
 引き戻していては間に合わない。だから、バンは南刀を首もと目掛け振り抜く。
 瞬間、カチリ、と。バネを押す音が聞こえた。
 腰だめの姿勢のまま、体の側面をかばうように置かれた相手の空いた腕。その腕が跳ね、崩れていたはずの体を回る。
 バンの一刀は背中から飛び出したそれで受けられていた。

「オレの役目はまだだ」

 肩を支えにバンの剣を受けたのは本来のそれより重厚に作られた逆手に構えられた短剣だ。
 背が櫛の様に峰上になっているそれは、剣の刃を峰に咬ませへし折り、或いは叩き落とすために作られた武器。

「――ソードブレイカー」

 ガチリと鈍い金属音が響く。
 本来ソードブレイカーが折れるのは細身の剣。ある程度の厚みがある南刀は折れはせずとも刃の半ばまでその峰に噛まれている。
 バンの手元と相手の手元。接触点までの距離。既に止まった剣は力点と支点の関係が物を言う。
 アイクが腕の力を体の側面へと入れ南刀を容易く下に押しのける。その間に既に相手の剣を手元に戻している。
 南刀を引いて外し、更に振るうという動作を両手でするには既に間に合わない。相反する方向への動き、慣性が僅かな時間を必要としてしまう。なにより速度を得る為の推進力を生む時間がない。

 アイクの剣がバンへと振るわれる。そこに淀みはない。片手での扱いは慣れているのだ。
 片手で威力は低くとも直撃すれば確かな損傷になる。今思えば先ほど膝を落とし疲れを演出したのもこれを狙っての仕込み。そしてこれを受ければバンが押していた天秤も傾くだろう。もう、避けるだけの猶予もない。

――キン

 だから、避けるでもなくバンは弾いた。
 手元に戻していた南刀の一刀でバンは相手の剣を弾き飛ばした。

「敵の情報は大事だな」

 バンは不測の事態をある程度予期していた。
 敵を調べるなら武器も重要な情報だ。ロクな噂もないアイクの情報は少なかったがそれでも医務室の常連だとは分かった。使う武器は分からなかったが勤務医学生は錬金鋼の数が一つではなかったことを教えてくれた。だからそれが何かは分からずとも、何かあるだろうことは予期できた。
 生真面目な隊長様のお陰というべきだろう。

 ソードブレイカーに武器を噛まれたのを理解したと同時、バンは武器を握る手の握力を抜き剄を流していた。外力系衝剄変化・剛剣。剄の刃を構築しようとする剄の余波とアイクの加えた力は南刀を押し、腕を動かさずにソードブレイカーの峰から刃を浮かせた。
 柄尻に付いた輪に片手の指をかけ軌道をずらし完全に峰から外した。後は片手で力任せに下から上へと切り上げ相手の剣を弾き飛ばした。
 
 そして今、バンの片手には振り上げた南刀が有り、その刃は弧を描き再度振り下ろされる。
 一歩踏み込むだけで容易く南刀はアイクに届く。そして既に踏み出している。後ろへ下がるだろう相手を追う踏み込み。
 苦し紛れか投げられたソードブレイカーを弾きながら一刀を放つ。

「言ったはずだ。役目は終わりだ」

 相手から剄力を感じなかった。これで決まると分かった。
 確信を込めバンは宣言する。宣言して南刀を振り抜いた。
 振り抜く、はずだった。

「いや、ここからがオレの役目だ」

 結論から言えばその刃は確かに振り抜かれた。
 アイクがいた、その上方へ。バンの狙いとかけ離れた方向へ。
 
「――ッッ!?」

 バンにはアイクの姿が消えたように見えた。トップ・ロウの余りにも極端な切り替えと呼吸を完全に合わせた初動ゼロの踏み込みがバンにそう錯覚させた。
 下がるしかなかった敵は、何の恐れもなく前に踏み込んでバンの目の前にいた。
 踏み込み、振り下ろされる刃の側面に拳をいれ、突き出すと同時に捻り払い飛ばしていた。

 何が起こったのか。それを理解するよりも早く刻み込まれた経験はバンの体を反射的に動かし距離を取ろうとした。だがそれよりも早くバンの腹部にトン、と小さな何かが触れる。
 意識さえ出来ぬ空白の間。それが生身の拳だと、そう理解できた時には衝撃がバンの全身を貫いていた。

「ァ、ぐ」
 
 肺から空気が搾り出される。息が一瞬止まる。
 気迫でこらえ、揺れる視界の中、見据えた敵はすぐ傍にいた。南刀の間合いよりも近い至近距離。錬金鋼を持たぬアイクがいた。
 距離を取ろうと地を蹴るがアイクも付いてくる。剄の気配でフェイントを出し、視線を別に向け動いても騙されずにアイクは付いてくる。
 斬りかかるがタイミングを読まれた様に躱される。だがアイクの拳を迎撃しようとしてもズレ、躱しきれない。

「悪い。これが本業だ」
 
 傷だらけながら酷く楽しげにわらった徒手空拳の敵が言う。
 剄の気配を読もうとするがズレる。ここだと振り下ろした南刀はワンテンポ遅れて躱され、再度振れば今度は早く届かない。
 南刀を躱され間近に踏み込まれ、再度衝撃がバンを貫く。
 最初とは違い、重く針で貫かれるような衝撃が突き抜ける。
 
「……なる、ほど」

 この現状の理由にバンは気づく。
 今の一撃は明らかにおかしかった。今の自分の活剄では足りないほどの剄を込めた一撃だった。だがそれは明らかにおかしい。感じるアイクの剄の気配は不確かに変化している。だが感じる高い時でさえ剄はバンの剄を一度も超えていない。
 その答えは一つだ。アイクは今、活剄にほぼ全ての剄を割いている。

 一般武芸者は外力系衝剄変化や錬金鋼に流す剄をコントロールしている。だから剄の全てを一つにではなく割り振って扱う。
 例外は銃だ。銃は基本的に流された剄をそのまま剄弾として自動的に変換し放つ。その為、銃使いただ剄を銃に流すだけで良く内力系活剄に剄をより多く割け、平均的に他よりも身体機能を強化できる。アイクは今、それに近い状態だ。

 活剄に剄を用い、気配がズレ、衝剄を用いようとしない。独特な動き方と距離感。
 そして何より、体を貫く衝撃は剄のそれではなく純粋な技術のそれ。
 それらが当てはまる条件に一つ、バンは思い当たりがあった。
 
「初めて会ったぞ。武芸者崩れ」
「本物だよ先輩殿。ただ家の家訓でな」

 その答えが適当で、けれど悪びれもしていなくバンは歯を噛み締める。
 己の中にある正義感が、それを認めなかったから。
 アイクに頬を殴られても怯まず、バンは睨みつける。

「――破門兵が」










「破門兵、ですかアイクさんが」
「うん。多分だけど、そう考えれば今までの違和感にも納得がいく」

 アイクを見てレイフォンが言う。

「何それ」

 ミィフィと共にその左右の二人も視線を向けてくる。武芸者であるナルキも知らないあたり一般的な言葉ではないのだとレイフォンは知る。思えば実際に使ったことなど無い。

「全部がそうとは言わないけど、基本的には責務を投げ出した武芸者にいう言葉かな。蔑称だよ」
「簡単に言うと武芸者としての武芸ではなく、非武芸者のする武術をする人です」

 クラリーベルが付け足すが分からなかったらしくミィフィは頭の上にはてなを出すように首をひねっている。

「一般人の武術? 何がどう違うの?」
「武芸者が収める武芸と剄脈を持たない一般人の収める武術は目的が違うんです。それなのに一般人の方に混じる武芸者が偶にいて、それは罵倒の対象になったりするんです」
「目的って言っても強くなるためなんじゃ」
「何のために強くなるか、ですよ。そもそもその二つが同じになるわけないんです」
 
 合点がいったアイシャが言う。

「私たちは剄を使えない。対人と、対汚染獣?」
「正解です」

 戦闘技術を修める人間は武芸者だけではない。護身などの理由から剄を持たない非武芸者にも武を習う人はいる。だがこれは武芸者が修めるそれとは違う。
 武芸者が何のために鍛錬をして武を修めるかと言えば都市民を守るためだ。だが守るために相対する脅威とは何か。そこで違いが出る。
 都市内部での事件は人間が原因だ。これは例え犯人が武芸者だとしても銃や電撃銃や薬などと使えば労力や危険性は多くなるが対応は可能だ。

 武芸者がその存在を最も必要とされ、そして武芸者でなければ対応できない脅威。それは汚染獣にほかならない。都市の治安の第一目標が汚染獣でありその次が内部の犯罪者。武芸者の武は大前提として汚染獣を相手する事を想定している。
 剄を持たない一般人が相手するだろう最大の敵は人間で、武芸者の最大の敵は汚染獣。目的が違えば手段も異なる。そもそも剄の有無があるのだ戦闘理念や技術、立ち回りが別物になるのは必然的と言える。

 無論、武芸者は敵が人であるのを想定した技術も持っている。だがそれは同じ方向性を持った相手である武芸者への技。剄を持たずそもそもの土台に立てない人間を考慮出来るものではない。培われてきた技法の違いは明確になる。
 対人間と対汚染獣。一般人と武芸者。
 だが武芸者の中には前者の技術を修めようとする者もいる。それは技術的に、或いは性格的に劣った者が多かった。汚染獣への備えを捨てた彼らは侮蔑の対象となった。

 流派から破門されるから破門兵。
 人によっては札捨てとも言う。道場にかかる名札を捨てらるからだ。
 
「何で弱いと一般人の方に来るのか分かんないんだけど」
「同年代に相手されないから子供の遊び場に入ってお山の大将気取ったりする人いるじゃないですか」
「あーなるほど」

 納得したのかうんうんとミィフィは頷く。

「弱くても武芸者ですからね。剄を使えない相手ならでかい顔できますよ。グレンダンは武芸者多いんで色々いました」
「確かにいるよね。退部したくせにしょっちゅう来て先輩面してくる人とか。ほんとうるさい」

 ナルキが厳しい視線でグラウンドを睨みつける。

「あいつもそういう類ということか」
「そうなるんだけど、違う気がする。少なくとも小隊員を相手にするだけの技量はある。落ちこぼれた様には見えない」

 キツイ視線を向けたままのナルキにアイシャが言う。

「全部がそうじゃないって、レイフォンが言ってた。ナッキは気にしすぎ」
「……分かってるさ」

 苦い顔のままだがナルキが視線を和らげる。
 アイクが夜に一人で鍛錬をしていた姿もレイフォンは知っている。日課とも言っていた。逃げ出した人間には思えない。
 そもそもそういった類の人間ならニーナが隊員として認めていないだろう。

「化物用に作られた技術。人用に作られた技術。対人戦の技術は双方あるが実際殴り合ったらどうなるのか、ってとこでしょうか」
「剄量に大きな差でもない限りやりづらいだろうね。慣れの差で初見殺しだろうし」

 このままならアイクが相手を押し切るだろう。買った券は無駄にならずに済みそうだ。
 問題はニーナの方だ。動き見た限り前よりも成長しているのは確かだ。だが流石に一対三を押し切る力はないのだろう。
 一撃もまともに喰らわず耐えているが防御に徹した状態だ。時間が経つごとに疲労は蓄積する。いつまでも保つとも限らない。
 アイクの方が押し切り援護に向かえたとして数の差はまだ依然として残っている。
 
「時間的にもジリ貧かな」
 
 ミィフィが言う。

「数の差が大きかったな。慎重策も取られた」
「だね。守り側ならもう終わってる気がする」
「でも、まだ終わってないよ。最後の最後で、変わる事もある」
「どんな作戦あったか知らないけどもう博打しかない感はあるよね。好きだけど」

 前の三人が好き放題に話す。
 レイフォンは剄で目を強化してニーナを見る。正確にはニーナに流れる剄を。
 レイフォン自身、ニーナが諦めているとは思わない。ジリ貧である以上何か行動を起こす気はした。

「数でごり押されるなんて分かってそうですけどね」
「僕もそう思うよ。愚直に突っ込みすぎだ」
「他に手がなかったのか。それともあえてそうしたのか」

 極所的な戦術で勝てても戦略面で負けては意味がない。そうするしかなかったにしてはニーナは落ち着いているように見える。
 ニーナの体を流れる剄の流れ。それを見てレイフォンは気づく。

「そう言えば剄を二つ練る方法教えたんだっけ」

 三対一で堪えている数の差。それをどうするか。ニーナの特性や昔のこと、そしてグラウンドの状況を見てレイフォンはもしかしてと気づく。
 呟きを聞き視線だけ向けてくるクラリーベルに聞こえるようレイフォンは言う。

「多分ですが、もの凄い力技を狙ってますあれ」
 

 





 
 対人間用と対汚染獣用。その戦闘技術の一番大きな違いといえば立ち回りと武器の扱いだろう。
 人間を相手にする場合、戦うならば武器が届く範囲を常に気にしなければならない。つかず離れず、一足一刀の間合いというやつだ。
 だが武芸者にはそれがない。正確に言えば似た技術に触れるが実際に使うことは少ない。何せ相手するのは自分と等身大の相手ではなく数倍から数十倍、或いは数百倍以上も大きな相手だ。
 一撃を喰らえばそれが即致命傷に繋がる。動くとしたら一度に大きく、或いはヒット&アウェイの姿勢が基本となる。
 無論、人を相手にした技術自体はあるが素地が違う。汚染獣への備えを流用した技術と人の相手のみを考えた技術では系統が異なるのは当然のこと。

 汚染獣は高度な知能を持たない硬い外皮の相手だ。その動作は単純であり武器の扱いは斬線を正確に取れるかなど武器を正しく扱えるか。人相手の微細な駆け引きの要素は必要性が薄い。細かな技や場面に合わせた対処は剄技で十分に補える。

 また、「一足」の距離がかけ離れれば必要とされる物は変わる。立ち回りに関して言えばいかに無駄なく速く、それを連続的に行えるかが求められる。相手の気配なら強化した聴覚や剄で感じとればいい。使わない技術は薄れていくだけだ。
 相手の足捌きや筋肉の反応。動作への繋ぎである予備動作。至近距離での視線誘導。そういった情報から相手の動きを読む、という技術の必要性は薄いのだ。

 それでも問題はない。剄の扱えぬ一般人と武芸者が立ち会えば一般人の勝てる要素だなどないのだから。細かな技など用をなさないほどにかけ離れている。
 仮に武芸者が使おうと途中で横道に逃げた者の技術だ。それまでの癖が残るし他者の積み重ねられた年月の差が壁となり及ばない。

 だが今、この瞬間。それは逆転していた。
 『親の都合』で幼少からその技術を教えられてきた対人特化の武芸者は生粋の武芸者を打ちのめしていた。

「逃がさん」

 バンの重心の動きと足の筋肉の緊張を気づきアイクが下がるバンを追う。タイミングと方向を合わせ同じに動きバンに距離を取らせない。
 既にアイクはバンの大まかな動きの特徴を掴んでいる。間合いを詰め切ったこの状況はアイクに有利だ。

 アイクは力の伴わない拳でバンの動きを誘う。重心を制御して軌道を全く別に変化させ振られた南刀を避け、重心を残したままの後ろ足で体を支えて出した前足を上方からバンに打ち落とす。
 アイクは蹴り足を地に落とす。足をスイッチさせて進み、足の裏で大地を掴む。重心を急速に下に落とし、地を掴んだ足から伝わる力を受け、全身の関節を稼働させた拳をバンに叩き込む。

「ァ、グゥ」

 対汚染獣目的の下地の上に培われた対人技術と対人のみを意識した下地に培われた技術。その差が戦況を分ける。
 動作の節目や意識の移動に呼吸の瞬間。意識の「間」を狙い続けアイクはバンに拳を叩き込み続ける。

「意外にしぶとい」

 アイクが思ったよりもバンは耐えていた。避けられずともバンは上手いこと動き致命打を避けている。アイクに十分な才能や剄量があったならもう勝負はついていただろうがそれは高望みというものだ。
 だがそれでもバンの体にはダメージは深く刻まれている。

 アイクは体を流れる剄を急速に切り替え四肢の動きを変える。隙を突かれたら容易く致命傷を追う危険性のあるそれは動作速度の極端な違いを生み相手を錯覚させる。知覚をずらした拳を放とうとしたアイクは、けれど自分に向かう剄の気配を感じ大きく離れる。
 ニーナの方へ行っていた一人が衝剄を放ちアイクの方へ動いていた。バンが倒されそうなのが伝えられたのだろう。

 相手との距離が開けばアイクの技術の優位性は薄れる。何より小隊員相手に二体一で勝てる実力などアイクにはない。
 だが、問題はない。
 アイクの役目は終わったのだから。

 二人目がアイクに向かうと同時に銃の音が響いた。今の今まで秘していたシャーニッドの発砲だ。
 敵陣の障害物がどこかで壊れる音を聞きながらアイクは視線を敵の背後に向ける。
 そこにいるニーナを見る。
 
 剄が、爆ぜた。







 三人いた敵の一人が反対側に動いたのを見てニーナはアイクが役目を果たしたのを理解した。そして聞こえた発砲音に十七小隊の仲間が皆役目を終えたことをニーナは知った。
 アイクに課した役目は二つ。罠に自ら掛かりニーナと分断されること。そして足止め役の一人を時間をかけ叩くことだ。そうすればニーナを相手するだろう一人が一時的に加勢に動くだろうと予想がついた。
 シャーニッドに課した役目は一つ。アイクの側へ二人目が動いた時、敵の狙撃手による援護射撃が来ぬようフラッグを守る障害物を打ち抜くこと。
 フェリに課した役目は一つ。どこかにあるだろう分断の為の敵の罠を探ること。

 仲間は皆、役目を果たした。残るはニーナ一人だけだ。
 ほんの一瞬、ニーナは悩んだ。アイクへ敵の増援が向かい、残った二人が僅かに焦り、そのうちの一人がニーナへの攻撃の手を緩めぬよう動き向かうまでのほんの一瞬の間にニーナは思った。
 もし初戦の敵の人員が七名なら。もし敵が搦手を使ってきていたら。罠を多用し積極的に攻めていたら。フェリのやる気がなく索敵が遅かったら。アイクが負けていれば。シャーニッドが痺れを切らして撃っていたら。――もし自分自身が、敵の攻撃に耐えられ続けていなければ。

 一つでも欠けていればこの状態はなかった。
 それはきっと、仕方がないことではなかったのだろうかと。
 全力を尽くした上で負けていたなら、悔しくとも納得できていたのではないか。

 一瞬にさえ満たない意識に浮かんだありえたかもしれない、ありえない未来。
 けれど現実は違う。戦略とも言えない戦略を受けた仲間は役目を果たしきり、自分は両の足で未だ立ち、目の前には敵がいる。
 そしてニーナ・アントークが負けを選ぶ理由など欠片も存在し得ないのだから。
 問いかけ続けていた問への確かな決意が、確固たる形となる。
  
 一瞬から戻ってきた意識の中、ニーナに向かい敵が迫る。
 大きく避けることもせず鉄鞭で弾くこともせず、振るわれる武器をギリギリにまで引きつける。
 そしてニーナは今の今まで錬った剄を。
 アイクが稼いだ時間の中、守りに徹しながら練り続けて来た二つ目の剄を。
 今にも零れ爆ぜそうなほどに押し込められたそれを、
 至近に立つ敵へ、放つ。

――活剄衝剄混合変化・塵雷 

 解き放たれた剄はうねり爆発的な加速を生む。漏れた剄が空気との摩擦でその軌跡に雷を刻む。
 後を考えぬ一打限りの破壊槌。ニーナの放った紫電の槌は軌道にあった敵の武器に触れると同時にそれを破壊。止まらぬままに敵に突き刺さる。
 舞い上がった土砂が剄の余波で吹き飛ばされ、風の破れる爆発に似た轟音と衝撃が遅れて響く。弾け飛んだ敵の錬金鋼の破片がニーナの頬を浅く切り裂いていく。

 クレーター状に凹んだ地面の中心にニーナはいた。
 振り下ろしたままの鉄鞭の下には倒れ伏した第三小隊の隊員がいる。その手に握る武器は砕け起き上がる気配はない。

 技を放ち隙だらけのニーナに残った一人、第三小隊の隊長が迫り武器を振るう。
 目の前で起きた理解できぬ事態に隊長の動きは僅かに遅かったがニーナにそれを避けるだけの余裕はなかった。
 塵雷は限界まで溜めた剄をただ一打に収束させ撃ち落す近距離専用の反撃技。守りに堅いニーナが自分に使えるようにと思考の末で変化させた槍打の発展系だ。放った後すぐに動くことは出来ない。

 辛うじてニーナはもう片手の鉄鞭を盾にする。だが堪えられずニーナは吹き飛ばされ受けた鉄鞭は手から離れ宙を舞う。
 もし相手が複数のままならば追撃で容易くニーナはやられていただろう。だがたった一人となった今、ニーナはひたすらに守りに徹っし、活剄が十分なだけ戻るまで時間を稼ぐ為に地面を転がされながらも逃げ回る。
 
 三対一では無理だが二対一なら対応出来る。一瞬でも自分につく相手が二人になればそのうちの一人を破壊の一打で潰す。それがニーナの考えた策とも呼べない策だ。
 四対六を四体五に。そうすればどう足掻いてもニーナに付く相手は最高二名となる。ならば力で叩き潰せる。一体一ならば負ける可能性など皆無。
 ニーナの強さは知られているが、どれほど強いのかは正しく知られていない。それ故の己の力量を利用した傲慢とも言える力任せの戦略。そしてそれは成功した。
 
 飛んだ片割れを拾い、三小隊隊長の振るった一撃をニーナは双鉄鞭で受ける。確かに堪えて受けきり、敵と同時にその場から離れる。

「……うむ、ここまで戻れば十分だ」

 動き回りながらニーナは鉄鞭の握りで腕の力を確認する。
 服は全身土塗れで髪も乱れている。疲労もダメージもある。だがまだ動け、敵を相手するだけの剄は戻った。
 口に入った砂を吐き出し、切れた頬から垂れてきた血を指で拭いながらニーナは守りから攻撃に転じていく。
 
 念威操者を除いた動ける敵は現在四名。内一名はアイクにより撃破寸前。十七小隊はフェリを除き現存三名だ。

「フンッ!」

 遠方より放たれた狙撃をニーナは弾く。狙撃手の位置も既に割れている。
 シャーニッドがフラッグを打ち抜くか敵を全滅させるか。既に時間の問題だ。

「私達の、勝ちだ」

 敵隊長に鉄鞭を振るいながら、睨んでくる視線を見返しニーナは宣言した。





 それから数分後、試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。
 結果は第三小隊全滅による第十七小隊の勝利。
 下馬評を覆し、第十七小隊は対抗試合初戦を白星で飾った。












 券を換金しレイフォンたちはその足で試合を終えたニーナたちの元へ向かった。控え室には入れないのでその手前で待っていると十七小隊への取材をしに向かったミィフィと愉快な仲間達も一緒に来た。
 ニーナたちに勝利を祝う言葉をかけアイクに財布を返す機会を伺っているとミィフィがニーナへ取材の許可を申し出、その場で答えようとしたニーナをシャーニッドは制して言った。
 これから打ち上げがあるから良かったらどうか。人が多い方が楽しいし可愛い子は多いほうがおれは嬉しい。話はそこでしよう。

 十七小隊女性陣から白い眼で見られながらのシャーニッドの発言に面白そうだとミィフィは友人両名を説き伏せ参加を表明。
 そのどさくさに財布を返していたレイフォンたちもついでにどうだと誘われ、影から現れた相変わらずツナギのハーレイにも誘われ参加を決意。
 場所を決めてその後一旦別れた。
 そんなこんながあり、一同は打ち上げの為の店にいた。






 知り合いがいるとシャーニッドが案内したのはこじんまりとした広さの店だった。
 既にいた客は早いうちに帰り、そこからは半ば貸切状態になっていた。地下にある店で一層密閉空間としての様相が強かったのもある。
 料理が乗った大皿が置かれたそれぞれのテーブルで適当に好き勝手な会話がなされていた。

 あの場にいた面々の他に数名人は増えていた。ミィフィたちの友人である少女やニーナの知人だという都市警の人間や他の十七小隊の友人などだ。
 カラオケ機器を見つけたミィフィの歌声が鳴り響き、それに喝采を上げる一部の声が聞こえる。 
 
「だからだな、おれはいつでも撃てたんだよ」

 酒が入ったグラスを手にシャーニッドが言う。

「途中でフラッグを撃つことはやろうと思えば出来た。けど全滅させて勝った方がかっこいいからな」
「だから撃ったあと出て行ったんですか」
「場所は割れてたしおれも活躍しようと思ってな。走りながら撃つ姿かっこよかったろ。惚れるなよ」
「そういえば結局、シャーニッドは誰か倒したのか」

 じろりとシャーニッドがアイクを睨む。

「相手の狙撃手倒しただろうが。お前だってギリギリ一人撃破だったろ」
「手負いとはいえあの状態で二人相手はな。時間稼ぎの間の疲労もあった」
「というかニーナが頑張り過ぎだっての。一人で三人撃破とかアホだろ。頑張りすぎだ」

 呆れたようにシャーニッドが言いアイクも頷く。

「ニーナさん強かったですね。途中の一撃とか相手の人無事だったんですかねあれ」
「うちの隊長強いんだぜほんと。正直おれ、今日の試合負けると思ってたからな」

 隊長様様だとシャーニッドが言う。
 正直レイフォン自身、隊としての勝率は低いと思っていた。殆どの人が同じ意見だっただろう。数の差というのはそれだけ大きい。
 シャーニッドがグラスの中身を一気に飲み干す。

「……女性の方が多いのに何で野郎二人と顔突き合わせて話してんだおれ」
「もの凄い今更だなそれは」
「花が欲しいね。かといってあそこに割って入るのもな」

 シャーニッドが女性の集まっている一角を見る。真面目そうな面々が話しているテーブルに静かなテーブル。どちらも特攻しようという気にはなれない。

「あの新聞部の子と歌ってきたらどうだ」
「おれの歌は大衆向けじゃなくどこかの誰かと二人きりの時に歌うものなんだ」

 ミィフィの元気な歌声に喝采を上げている男女の集団を見ながらシャーニッドが呟く。

「まあ、今はそういう場所じゃないか」

 楽しげな歌声にシャーニッドは耳を傾ける。
 レイフォンとアイクは顔を寄せて小声で話し合う。
 
「ならなんで言っただろうな」
「経験豊富さのアピールじゃないですか」
「なるほど。それとアルフ、お前あんな台詞言ったことあるか。というか言えるか」
「いえ無理です。シャーニッドさん凄いです。あと僕アルセイフです」

 こそこそと話し合っている二人にシャーニッドの呆れた視線が向く。

「おい、全部聞こえてるぞ」

 武芸者相手にこの距離で隠せるわけがない。そもそも隠せるとも思っていない。
 シャーニッドは凄い。そう言っていただけなのでなんら問題もない。

 そのまま暫く学業や武芸のことなど適当な話題で会話は続いた。
   






 暫くしてトイレに立ったレイフォンが戻ると先程まで座っていたはずの場所にミィフィが座っていた。シャーニッドと話している。メモ帳を開いているあたり質問でもしているのだろう。
 どいて貰うわけもいかず視線を動かすと丁度空いているカウンター席に視線が止まった。
 なおその隣にはフェリがいた。

「……」
「……」

 互いに無言での視線の応酬。逸らしたら負けだと言わんばかりのそれをレイフォンは自然な動きですぐさま逸らす。
 他に席に向かうべく出来るだけ自然に動こうとしたレイフォンの耳に何かを叩く小さな音が届く。フェリが自分の横を小さく叩いていた。レイフォンの視線が向いたことに気づくともう一度小さく叩く。
 フェリの視線はレイフォンを向いたままだ。明らかに「来い」と無言でプレッシャーをかけている。何視線逸らしてんだとばかりにガンガン見てくる。
 無視するわけにも行かず観念してレイフォンはその隣に座る。ヘタレなのだ。

「何で逃げようとしたんですか」
「誤解ですよ。ただ僕は気づかなかっただけで――」
「何で逃げようとしたんですか」
「……店内をふと見渡したく――」
「何で逃げようとしたんですか」
「……前にもう余り会わないみたいに言いましたのでその。ロス先輩にも嫌いだって言われてたから……すみません」

 小さくフェリがため息をつく。
 
「あれ本気にしてたんですか。真面目ですね」

 どうでもよさそうにフェリが言う。

「嘘だったんですかあれ。よかっ――」
「本気ですけどね」
「え」
「深く考えなくていいですよ。クララにもそう言われたでしょうに」

 確かにレイフォンはクラリーベルから前にそう言われた。だがその意味も分かっていないし、だからといってはいそうですかで割り切って近づけるような性格でもない。寧ろ今改めて言われてどうしたらいいのかレイフォンは悩む。

「私が言いたいのはこっちの領分に教養科のままで来るなってことです。普通に会う分には気にしません」
「じゃあ今は平気だと」
「自分で判断して欲しいですけどね。今はただの打ち上げです。そもそもこちら側が誘いましたのでお気になさらず」

 フェリの視線はミィフィやナルキやアイシャ、つまりは十七小隊ではない面々に向く。確かに彼女たちがいる時点でレイフォンの質問自体愚問というものだろう。
 だがどこか歓迎されいない空気も感じる。
 
「もしかしてロス先輩としては来ない方がよかったですか」

 フォークでサラダを運んでいたフェリの視線がジロリとレイフォンを向く。小さく開いた口をどうすべきかフェリは暫し悩み、サラダを口に運び入れ咀嚼する。
 僅かな沈黙の後、口を空にしたフェリが言う。
 
「答えに困ることを聞きますねあなたは。ただ私としては騒がしいのは余り好ましくないです」

 耳を済まさなくても聞こえてくる話し声にレイフォンは何も言えなくなる。お世辞にも静かだといえる状況ではない。
 
「嫌なら帰ってますから心配しなくでいいですよ」

 心を読んだようにフェリが言う。

「それなら良かった」
「次は来ないと思いますけどね。初回くらいは居た方がいいと思って来ただけですので」
「……そういえば何でここに座ってるんですか」
「少し静かになりたかったので。……それに、対面にいた子に何故か怯えられましたし」
 
 少し悲しげにフェリが言う。
 フェリの対面といえばミィフィたちが連れてきた友人の少女のことだろう。おっとりとした子でおどおど……というよりはビクビクしていた印象しかレイフォンにはない。人見知りなのだろう。
 フェリは美人だが感情の表現が薄い。念威操者は皆そうなのだが無表情で見られ続けては人によっては怖い印象を抱く者もいるだろう。

 さてどのタイミングで逃げよう。会話が止まりレイフォンは考える。
 いくら気にするなと言われても嫌いだと改めて言われたに等しい相手だ。流石に二人で無言の状況は少しばかり辛いものがある。
 ミィフィが退いたら戻るのが一番だが強化した聴力で聞くにまだ終わりそうにない。ツェルニ七不思議だの幻の地研会だのと全く関係のない話をしている。農地で深夜に踊る案山子の話など正直どうでもいい。しかも何故興味津々に二人は聞いているのだ。

 レイフォンはグラスの飲料をちびちびと喉に流していく。話しかけるにも話題がない。そもそもフェリは静かになりたいといるのだ。
 ふとフェリの視線が騒がしいテーブルに……ミィフィやシャーニッド達の方を向く。

「情報を扱う分野にロクな人間がいませんが、彼女もいずれは染まっていくんでしょうか」
「唐突に後ろ向きなこと言いますね。皆がそうなわけではないのでは」
「ルックンスを出している新聞部でしょう? それに兄がそうですので。実家の商売もそっちの分野ですから」

 小さい頃からのフェリの実感なのだろう。ただ言葉からしてカリアンの影響が大きすぎる極例な気がしないでもない。
 商売ともなれば真っ当で居続けることは難しい。好きなことだけ出来るのは趣味の内だ。フェリの実家は前に裕福だと聞いたが規模が大きくなればその分の苦労もあるだろう。

「私に質問をぶつけてきた彼女は楽しそうでした。好きなのでしょうねそれが」
「今の流れだとロス先輩のそれ……」
「嫌味ではありませんよ失礼な。ただ、自分のやりたいことをしているのだなと」

 無理矢理に転科させられたフェリからしたら思うところがあるのだろう。
 このまま後ろ向きな恨み節でも連発するのだろうかと危惧していたレイフォンは安堵する。嫌いだと言い切った後輩など反応を気にせずに済む愚痴のいい相手だ。
 
「幼馴染達と一緒に来て、好きな選択肢を選んでいく。帰る場所もその内の一つでしょうね」
「卒業後のことですか? ほとんどの人は故郷だと思いますよ」
「分かっています。けど考える余地はあります」

 結果は変わらずとも過程が違う。たくさんの中から選んだ一つと最初からそれ以外がない一つ。
 迷う必要がない。無駄な努力をする必要がない。
 それで納得する人もいるが納得しない人もいる。
 自分の意思の置き所に悩むのだ。

「何の心配もなく帰れて受け入れてくれる場所がある。こんな世界ですからね。それだけでも僕は嬉しいと思います」

 帰ることは許されている。けれど自分が受け入れられるかレイフォンは分からない。
 グレンダンそのものには居場所はあるだろう。けれど孤児院にあるのかは分からない。
 何かあっても最後に頼れる。受け入れてくれる逃げ場所と人がいる。そういう場所があるのはひどく心の支えになる。
 そういう意味でフェリは恵まれているのだろう。
 無論、下を見たらキリがない話だ。探せばレイフォンさえ恵まれている例さえ世界のどこかにはある。

「そんなものですか」
「僕の場合は、ですけど」
 
 結局のところ本人がそれを良しとできるかなのだろう。
 ただ受け入れるのではなく迷い考えるだけ上等でさえある。
 
「不満があるなら故郷に帰ったあとしたいことしたらどうですか? 十ある時間の十全部を念威に注ぐ必要もないでしょう」
「まあ、家の地位も含めれば好き放題できますね確かに」
「グレンダンの上の人なんか凄いくらい好き放題してますからね。一応仕事はしてますけど」

 上の人、を思い出しながらレイフォンは溜息を吐く。
 真面目に働いている人も多いのだがフェリに言っておきながら自身も一部からの影響が強いことにレイフォンは気づかない。

「出会い頭に殴ってくるのやめて欲しいですほんと」
「……それはその人が極例すぎると思いますよ」








 
 打ち上げも終わりレイフォンは一足先に外で風にあたっていた。帰途につく者、話をしている者、意味もなく残っている者。各々が好きに動いている。
 クラリーベルはまだ店内でニーナと残っている。アイシャはミィフィに肩を貸している。様子からすると酒でも飲んだのだろう。
 日は完全に落ち月が顔を覗かせている。先に帰るべきかレイフォンが考えているとハーレイが近づいてくる。

「今日は来てくれてありがとう」
「参加できて楽しかったです。けど良かったんですか? 僕たち部外者だったのに」
「誘ったのはこっちだから気にしないでいいよ。全くの他人ってわけじゃないしさ」

 ハーレイは店内に視線を向ける。

「……何より、ニーナも喜んでたから」

 周りを気にするように数歩ハーレイはその場を離れる。誘われたレイフォンも付いていく。
 店の明かりから離れた道の隅で二人は壁に背中を預ける。

「ニーナさん何かあったんですか」
「やっぱり分かる?」
「ええ、流石に。それに色々何かあるらしいことは聞いてましたから」

 野戦グラウンドの観客席でのことをレイフォンは思い出す。
 こうして他の人から距離を置いたということは余り聞かれたくないことなのだろう。

「レイフォンはどのへんまで知ってるの?」
「何かあるらしいってだけで詳しいことは何も」
「新入生だもんね。もう済んだことだし、態々調べようと思わなければ人のことなんて知る機会はないからなぁ」

 何と言えばいいのか困ったような顔をしたハーレイは少しして口を開いた。

「ニーナさ、ちょっと風当たりが強いんだ」
「風当たりですか?」
「分かりやすく言えば嫌われてる。皆が皆、ってわけじゃないけど」

 最初から話したほうがいいね。
 そう言ってハーレイは話し始めた。

「ニーナは前は十四小隊の隊員だったんだ。一年での入隊でちょっと噂にもなったりもした」
「その妬みとかですか」
「違うよ。入隊当初は問題なかったんだ。……レイフォンはさ、今日の対抗試合見ててニーナのことどう思った」

 何の関係があるのか分からなかったがレイフォンは正直に答える。

「強かったです。複数相手はわかりませんが個人ならまともに相手できる人はいないと」
「僕もそう思うよ。けどそれが問題だったんだ。入隊したニーナは当時の隊長だった六年生に色々主張したらしいんだ。訓練の仕方とか、剄の使い方とか、普段の意識とか。ニーナ本人としては善意で」
「……ああ、なるほど」

 入隊したばかりの力に自信のある一年が古参である最上級生に意見を言う。その姿を周囲はどう見ただろう。
 ニーナ自身、押し付けるつもりはなかったはずだ。隊員の一人の意見として、考えの一つになればと言っただけだろう。
 レイフォン自身そういったやっかみは受けたことがある。

「当時の隊長は気にしなかったんだ。けど体面もあって直ぐに全部を聞くわけにわけにもいかない」
「他への示しでもありますからね」
「時間をおいて少しずつって形になったんだ。けど次がちょっとまずかった。十四小隊の念威操者は引っ込み思案って言えばいいのかな? それが極度で隊の練習に出ないことがあった」
「ニーナさんの性格だとそれ……」

 容易に想像が出来てレイフォンは言葉を濁す。
 ハーレイも苦笑いする。

「引っ張り出しに家に突撃したんだって。一応擁護するけど力任せじゃないよ。説得に近かったんだ。けどニーナの性格ってその、あれだからさ」
「良くも悪くも真っ直ぐですよね。結構強引」

 レイフォンにも容易にその場面が浮かぶ。何故来ないのか。武芸者なら、小隊員ならその積を。何かあるなら力を貸す。そういった事を言っただろう。徹底的に話そうとしたかもしれない。
 けど、誰にもその言葉が通じるわけではない。

「僕みたいにそれが合う人もいるんだけどね」
「僕も結構好きですよニーナさんの性格」
「ありがとう。ニーナに直接言ってあげれば喜ぶと思うよ」
「それは流石に恥ずかしいです」

 それはそうだとハーレイは小さく笑う。

「その人は人見知りが悪化して、それまでは大事な練習とか練習試合はちゃんと来てたのに覚束なくなった。気づいたら手遅れでそこから対抗試合はボロボロの結果」
「隊自体は大丈夫だったんですかそれ。代わりを探したりは」
「除隊したら追い詰めるし念威操者二人は多いよ。その頃から外では色々と騒がれ始めたんだ。最後の方は隊の一時解散の噂もあった。それがあってニーナは他人を無理に誘うことに恐怖感が生まれたみたい」

 前にニーナから武芸科に、小隊に誘われた時のことをレイフォンは思い出す。あの時のニーナはレイフォン自身違和感を覚えるほど酷くあっさり引き下がった。
 
「元々は善意で反省してたから嫌われはしなかったけど一部の隊員からは少し距離を置かれたみたい。戦果はボロボロのままで、噂は表にも流れて、ゴシップ記事にも扱われて。で、都市戦争があった」
「確か二年前の結果って」
「ボロ負けで所有鉱山は一つ。いやー荒れたね。当時の生徒会長への糾弾とか武芸科に対する批判とか。小隊にも矛先は向かったよ。叩きやすいからね」

 何と返せばいいのか分からずレイフォンは黙ってその続きを待つ。
 
「皆が皆じゃない。たった一人で結果が変わったわけでもないからね。けど一部、批判をぶつけてくる人はいた。特に十四小隊のファンクラブ……小隊にはそういったのがあるんだけど、そことかね。解散の噂もあったわけだし」

 ルックンスのバックナンバーが図書館にあるから、当時のことを知りたいなら読むといい。そうハーレイは言う。
 詳しく語りたくないと、暗にそう言っている気がレイフォンはした。

「そんな中ニーナは要請を受けて都市警の手伝いを始めた。隊の訓練も減ってて時間はあったし、少しでも自分の力が役立つならって」
「火消しとか売名行為って言われたんじゃないですかそれ」
「……よく分かったね」

 驚いたハーレイが視線を向けてくる。

「一回根付いた外からの印象って中々消えないんですよ。他人からは印象が固まってて何してもマイナスに捉えられる。疑いようのない慈善行為か、或いは何もしないで暫く姿を消すのが一番ですよ」

 レイフォン自身今の自分の現状を思う。今頃グレンダンは自分はどんな扱いになっているのだろう。
 考えても意味はないがつい考えてしまう。

「小隊員で都市警に協力する人自体珍しくて、事情知らない外から見たら訓練サボってる状態だったんだ。同じ隊の人が否定しても火消し行為とか色々言われて……腹たったなぁ、あれ」

 記憶を思い出しつつ淡々とハーレイは言う。

「ニーナを直接知ってる人は擁護してくれたけど外野はそんなの聞かず、そんなこんなで隊長と話しあった末にニーナは脱隊。他の隊も直ぐに拾うわけには行かなくて宙ブラリ。他人に迷惑かけるのもアレだって自分の小隊の設立を申請。誘いに乗ってくれる人がいるなら頑張ろうって」
「狙ってるのかってほど地雷連続で踏んでますね凄いくらいに」
「いやーそれも裏で叩かれた。で、何でか半年くらい前に申請が受理されて、十七小隊ができて今に至る。当時のルックンス読みなよ。遠回しだけど馬鹿にしてるから」

 笑いながらハーレイが言う。寧ろそこまでいくと笑うしかないのだろう。

「もしかして怒ってます?」
「もう過ぎたことだから今は別にね。当時は焼き芋が美味しかったなあ」

 普段怒らない人が怒ると怖いという。笑顔のハーレイにレイフォンは何も言う気になれなかった。
 代わりにレイフォンは少しばかり違うことを考える。ハーレイも言っていたがそんな状態で小隊の設立申請が通るのかということだ。受理されたということはつまり生徒会長が……。

(あれ、もしかして僕が理由?)

 連想的にカリアンからの猛烈な勧誘にそのあとのニーナからの勧誘をレイフォンは思い出す。半年前といえば少し時期はずれのレイフォンの入学申請は届いているはずだ。
 レイフォンの頭からしたら奇跡的とも言える閃きを更に考える。もしレイフォンの受け皿としてカリアンが申請を受理したとしたら。カリアンのあの用意を見るに可能性はある。
 実力から見てレイフォンが入れば都市戦争は余裕だ。そのくらいあの眼鏡はやりそうである。寧ろ設立をそそのかした可能性さえある。
 
「そんなわけでニーナは結構針の筵の所があってね。味方が多いほうがニーナに――」
「全部眼鏡が悪い」
「え?」
「いえなんでもありません気にしないでください。ニーナさんって今でもまだ非難あるんですか?」
「ええと、うん。今は結構収まったけど。強い女性ってことで同性からはそこそこ人気あるし。仲のいい小隊もある」

 何とか誤魔化せたようである。

「今更だけど僕の言い分が全部正しい、って自信はないよ。あくまで僕の意見でニーナ側の視点で見てるとこもあるし知らないこともあるからさ」

 扉の開く音がして視線を向けると店からニーナとクラリーベルが出てきていた。仲が良さそうに何か話し合っている。
 ハーレイはそれを見ながら言う。

「今日、十七小隊は勝った。それもニーナ個人の力任せに近い方法で。色々言われるだろうね。……良かったらでいいんだ。何かあったらニーナの味方になってくれないかな。君が許せる範囲でいいからさ」

 辞める契機があるとしたら今日がそれだったのだろう。
 終わった今は走り続けるしかない。

「良いですよ。でも、それならハーレイさんだって……」
「いや、僕には無理だよ。――僕は武芸者じゃないから」

 振り向いた視線の先、暗闇の中でハーレイはどうしようもなさそうに苦笑する。
 諦めを込めた笑みを浮かべバツが悪そうにハーレイは言う。

「僕の体に剄脈はない。僕は武芸者の気持ちが結局のところ分からない。同じ立場に立って話を聞き、悩むことは出来ないよ。僕は一般人で、武芸者に守られる存在だから。……ニーナは真面目だから」
「――」
「君は武芸者だ。それも、ニーナよりもずっと強い。本当に偶にでいいからさ、今日みたいなことがあったら来て欲しい。認めてくれている人がいるって、教えてあげてくれないかな」

 卑怯でごめんね。そうハーレイが言う。
 武芸者だからと押し付けてごめんと。

「ハーレイさんって意外に優しいんですね」
「ニーナは家族みたいなものだからね。というより僕のことどう思ってたのさ」
「万年ツナギの錬金鋼オタクです」
「ひど! いやまあ、間違ってないけどさ……僕だって普通の服着ることあるよ……偶に」

 ぶつぶつとハーレイは言い訳を呟く。
 少なくともシュナイバルにいた時とツェルニではレイフォンはツナギ姿のハーレイしか見ていない。いや、学校なのだから普段は制服を着ているのだろうとはわかる。だが学年の違いで普段会ったことはないしそもそも想像がつかない。
 オイルの匂いのしないハーレイなどレイフォンには想像できない。服を着こなしキリッとカッコをつけたハーレイなど想像したくない。
 同じように誹謗中傷に包まれるニーナをレイフォンは見たくない。

 ニーナと分かれたクラリーベルがレイフォンを見つけ走ってくる。それを待ちながらレイフォンはハーレイに言う。
 
「ハーレイさん。よければですが、また誘ってくれると嬉しいです」
「私もお願いします! ニーナさんにも今度どこか行こうって言いましたし」

 クラリーベルが元気に言う。やたらテンションが高い。

「……はは、そうだね。また機会があれば誘うよ。今日は楽しかったよ、二人共ありがとう」

 嬉しげに言いハーレイは壁から背を離す。
 そのまま帰ろうとするハーレイにレイフォンは言う。

「理解できないなんて無いと思いますよハーレイさん。少なくとも僕は武芸者とか関係なく、そう思ってくれる人がいると知って嬉しかったし楽になりました」
「それは経験談?」
「あ……いえそのこれはええと、そうかもしれないっていう僕からした可能性をですね」

 つい口が滑ってレイフォンは慌てて言い繕う。

「追求はしないよ。でもそっか……それなら良かった。ありがとう」

 帰っていくハーレイを見送る。
 もう人はほとんど残っていなかった。帰途につくニーナにクラリーベルが手を振る。

「何話してたんですか?」
「また今度もよければ来て欲しいってさ。アイシャは?」
「ミィフィの介抱でナルキと家まで送っていくそうです。ものすごい冷めた眼でミィフィのこと見てました」
「やっぱり酔ってたんだ。それは大変だ」

 酔っぱらいは遠くから見ているのが一番だ。関わっても苦労の方が多い。
 ツェルニの飲酒解禁が何歳からなのか。それだけがレイフォンには疑問だった。

「冷めた眼で見られてる、世界が私に冷たい暖めてって叫んで抱きしめに掛かってましたよ。絡み酒ですねあれ」
「……帰ろっか」
「ですね」

 















 ある日の夕方過ぎ、レイフォンはシティローラーを乗り回していた。有り体に言えばバイトの最中であった。
 最短ルートの開拓というタイムアタック地味たことが最近のレイフォンの趣味であった。給料は時給なので社畜に自分からなりに行っていることには気づいていなかった。
 無意味に知らない道を通る等のことをしつつ満足しながら書類を投函していく。
 太陽もほぼその姿を地上から隠している。場所の関係もあり人はおらず移動はスイスイ出来ていた。

 どれだけ速度を落とさず高速に角を曲がれるかを目指し、見通しのいい開けた道の角に差し掛かる。人はいない。レイフォンは大きくハンドルを切る。
 慣性が働きそれに堪えようとした瞬間、強い衝撃と共に車体が跳ねた。
 突如下から突き上げるような衝撃が襲い、地面を揺らしていた。

「――っ、く!!」

 ほんのわずかな浮遊感の中レイフォンは思った。今更ながらに後悔した。何故こんなバカなことをしたのか。ゆっくりと安全に曲がっていればよかったじゃないか。それなのに何故。
 答えは直ぐに出た。
 少しでも早く、速くなりたかった。制限された籠の中の鳥なれど、その中で可能な限り高く飛びたかった。
――後悔など、していない。

 強くハンドルを握り体を車体につける。車体が地面の上を大きく滑り衝撃が体を走る。
 可能な限り力を込め車体を制御する。咄嗟に活剄で足を強化しレイフォンは地を蹴り反動で姿勢を立て直す。

 体が揺れカバンが宙で舞う。地面とタイヤの擦れる摩擦の不況音が響く。
 スリップ音と共に車体は大きく弧を描くようにドリフトし、地面にそのタイヤ痕を残して動きを止めた。
 完全に制御しきった。こけそうになったくせにその達成感でレイフォンは満たされる。

 だがそれも一瞬だ。未だ続いていた地面の揺れに改めて気づく。
 数秒で直ぐに止まった揺れはレイフォンには酷く馴染み深い物だった。
 それは何度も経験した揺れに酷似していた。自然と体に剄が回る。

「――まさか、汚染獣。巣を踏み抜いたのか」


 夕闇の中、レイフォンの瞳は外縁部の方へ見つめていた。








 数秒後レイフォンは現実を見つめ、ドリフトのせいで散らばった封筒を黙って拾い始めた。
 
 

 
後書き
 次で一章終わり予定です。
 多人数バトルむずい
 犠牲者どのくらい出そうかな 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧