少年少女の戦極時代Ⅱ
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オリジナル/未来パラレル編
第20分節 虎が雨
土気色になった顔を繕うこともせず帰っていった室井咲を見送り、再び貴虎はガラス際に戻った。
見下ろすビル群は、どこも濃い緑の蔦が絡まっているのがここからでも見えた。
じわじわと、確実に、ヘルヘイムは地球を侵略しつつある。
…………
……
…
――100を犠牲にしてでも生かせる1があるなら生かす。数年前までユグドラシル・コーポレーションはそういう組織だった。
方針を転換せざるをえなくなったのは、今日のように不気味な曇り空の日。
DJサガラが――鎮守の樹精が造反を起こした。
“ずっと見守ってるだけ……のつもりだったんだがなあ”
その造反は貴虎たち4人の歯車を大きく狂わせた。
今でも覚えている。ありえない速度で成長を始めた、地下のクラック用だった切株。みるみる巨大化していく梢。破壊されていくタワーの内装。逃げ惑う社員。
そんな中、凌馬だけがラボに戻ろうとした。量産型ドライバーの設計データとスカラーシステムの遠隔起動装置だけは持ち出さねば、プロジェクトアークが頓挫しかねなかったからだ。
貴虎と湊は凌馬と共に行ったが、シドだけは残ってサガラと対峙した。
“こいつを消せば、コレも止まるかもしれねえんだろ? 手っ取り早く片付けてやるよ”
貴虎はその場をシドに任せた――それから今日まで、彼からの接触は一度たりともない。きっと、そういうことなのだろう。
ラボに入った時、大樹の成長はラボ内を覆い尽くすレベルだった。端的にいうと、枝が邪魔で室内に入れなかった。
その危難を突破してくれたのが湊耀子だった。
凌馬曰く「本気でゲネシスドライバーの力を引き出していなかった」湊が、マリカに変身して「本気で」ソニックアローを撃った。育ち続ける大樹の頂に向けて。ソニックアローは枝を折り、葉を焼き、まるごと房を焼き払った。
“主任……プロフェッサー凌馬を、おねがい、します”
全力を放出し変身が強制解除された湊は、晴れやかな顔のまま倒れ、息を引き取った。
彼女の主人である凌馬は、泣くでも笑うでもなく、ただ一言、亡骸に告げた。「お疲れ様」と。
ようやくラボから設計データと遠隔起動装置を持ち出し、後は逃げるだけ、という時だった。
大樹の急成長によるビル崩落の余波で、凌馬の足元が大きく砕けた。
足場を無くして浮いた凌馬の、手を、貴虎は掴んだ。一瞬後には重力のまま落ちた凌馬に引きずられ、貴虎も床に叩きつけられ、這いつくばる体となった。
このままでは二人とも落ちると分かっていた。分かっていて貴虎は手を伸ばす自分を止められなかった。
それは湊耀子の遺言のためもあり、呉島貴虎という男の性であった。
“もう…っ、片方の手もっ、出せ! 凌馬!”
“――貴虎”
――その時の凌馬の表情を、貴虎は一生忘れない。
“ねえ、貴虎。私はね、キミのことが結構スキだったんだよ。私だけじゃなくて、湊君もシドもね”
凌馬は普段の他愛ないおしゃべりと変わらない笑顔で、貴虎の手を振り解いた。
“がんばりたまえよ、リーダー”
こうして貴虎は同志を全員喪い、孤立した。
…
……
…………
(下らない感傷に過ぎないのに。俺はここを離れられないでいる。いや、縛られている、のか。いつ崩れ去るともしれないこの場所に)
貴虎はオフィスチェアに深く腰かけ、目を細めて思い返した。
――あの後、プロジェクトアークの準備段階、つまり人口調整の計画がどこからか世界中に公開され(どこからか、と言ったが貴虎はおそらく光実だろうと睨んでいる)、ユグドラシル・コーポレーションの権威は地に堕ちた。
秘密が秘密でなくなったことで、スカラー装置も出番を失った。
プロジェクトアークのために必要な、ドライバーの量産も、人口調整も、その半分も行えないままで終わった。
(だというのに、俺は安心している。人類を救うという目的を、奪われ壊されることで解放された気になっている。つくづく俺はどうしようもない男だ)
今やユグドラシル・コーポレーションは発足当時の、ただのヘルヘイム研究組織へと回帰しつつあり。
呉島貴虎は、この沢芽市に数多いるアーマードライダーの一人に過ぎなくなっていた。
後書き
同“志”を喪うことで、“志”も失った一人の男の話。
それぞれ腹に一物抱えた連中でも、他愛ない集まりやおしゃべりの時くらいは、共有できる何かがあったらいいなと思ったんです。
DJサガラが鎮守の樹の精というのは完全にヤマ勘です。「ずっと見守るだけ」→動かない→植物→ご神木!? という思考です。
真面目な話をします。
この回を上げるに当たり、自分はすごく葛藤しました。戦極凌馬、湊耀子、シドといえば『鎧武』の中核を成す人気キャラ。それをパラレルとはいえ死亡さえ、あまつさえ貴虎の回想のみで片付けるというのはあまりに原作ファンを突き放した行いではないか、と。
それを人に相談すると、「褒められるためにやるんじゃない。始めたなら続けるのは発信者の義務で、その結果に褒める褒めないがある」みたいなことを言われました。
ですので自分、あんだるしあは、この暴走しきりな趣味ぎっしりの回を上げようと決意しました。それこそが自分が心から書きたいと思った物語だからです。
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