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ソードアート・オンライン リング・オブ・ハート

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6:調査

 俺達は村の中でも取り分け人気の無い、村の境界……出口付近の家屋裏に移動した。ここなら村の中央と違って、立ち並ぶ家々が掩体(えんたい)となり注目を集めることは無いだろう。
 それに、俺がこれから容疑者の彼らに問う内容にも好都合でもある。もし、彼らが応じてくれれば……だが。

「それで、話の続きだったね。ようやくではあるが……容疑を晴らすには私達に、一体何をしろって言うのかね?」

「全くだ。こちとら討伐の準備があるんだ。早いヤツらはもうフィールドに出てる。早く済ますに越した事ァねーぜ」

「……………」

 三者三様に不満の声が漏れる。立て続いて話が拗れ続けたのは、セクハラにイチャモンに武力介入と……アンタら全員に原因があるとツッコミたい所だったが……流石に、もうこれ以上話を混ぜっ返したくはない。
 (しゃく)だが、こういう場合は此方が一方的に折れるのが一番だ。

「ああ、悪かったよ。思えば自己紹介もまだ全員終わってはないんだが……話にそこまで必要じゃないし、後回しにさせてもらう。それじゃあ、もう幾つかの質問を簡潔に問わせてもらうぜ。――あんたらは《大鎌》の習得条件を知ってるか?」

 この問いに、彼らは同時に眉を顰めた。

「……また唐突だね。大鎌って……あの、呪われたエクストラスキルと呼ばれてる……アレかい?」

「ああ。存在自体は皆知ってると思うが、習得条件の方はどうだ?」

 すぐに揃って否定の返事が返ってきて、俺はそれに頷く。その方が話を進めやすい。

「よし、分かった。……それじゃあ、こっからが本題だ。マナー違反を承知で尋ねるが……皆、悪いが、まずアイテムストレージを見せてはもらえないか」

「……カッ! 予想はしてたが、本格的に探り入れて来やがったか」

 俺の問いにデイドが腕を組み、そう吐き捨てる。紳士的な振る舞いのハーラインも、これには眉を八の字にして困惑してる様子だ。

「それも死神事件について関連があるのだろうけど……別に、強制じゃないんだろうね?」

「もちろんだ。だが、応じてくれればそれだけ疑惑は払拭されるんだ。それに、アイテム内容を言いふらしたりは絶対にしない。第三者への情報の漏洩は無いと保証する。俺達の保証書で良ければ……だが」

 俺の言葉に、三人揃ってしばし沈思黙考する。
 無理もない。所持アイテムを押収されるよりかは幾分マシだが……プライバシーを少なからず害され、己の手の内を見せる事には変わり無いのだから。

「……悪いが、私は拒否させてもらうよ」

 最初に沈黙を破ったのはハーラインだった。首を振りながら溜息混じりに言う。

「先程も言ったが、私は職人でもある。アイテムストレージには、オリジナルの秘蔵レシピなども沢山あってね。……決して、可憐なレディ達の保障が疑わしい訳では無いのだが……こればっかりは職人である以上、見せられない。分かってくれたまえ」

「構わないぜ。そもそも無茶な要求をしてるのはこっちなんだ。気にしないでくれ」

「ま、あんたはそう言うと思ったわ。あたしも同じ立場なら、そう言ってただろうし」

「おお、リズベット君! 君ならこの葛藤とジレンマを分かってくれると信じていたよ!」

「ちょっと! こっち寄らないでよっ、気持ち悪いわね!」

「……ふむ。私は何を言われても、大概の事なら平気だったがね。最近、君になら罵倒されるのも逆に悪くないとすら思えてきたよ」

「ド変態!」

「アッハッハッハ」

 リズベットに脛を蹴られるヘンタイ職人を横目に、デイドが一歩進み出た。

「オレは別に見せても構わねぇ。これで疑いが晴れりゃ、願ったり叶ったりだ」

 デイドが指を振り、出したアイテム表記が並ぶウィンドウを俺に向けてくれた。

「悪いな、失礼する。…………すごいポーションの数だな。それに素材アイテムまで……」

 まず一目で出てきた言葉がこれに尽きた。何十とあるアイテムアイコンの内、半分以上が様々な色の瓶のマークや、その薬品の素材になるのであろう素材アイコンで埋め尽くされていたのだ。
 俺の率直な感想に、デイドは少し得意げに口の端を上げ、胸を張った。

「当然だ。オレは槍使いであると同時に《調合士》だからな」

 ――《調合士》。それは、薬や毒を生成するスキルに長じた職人クラスの呼称の一つだ。

「調合にもレシピは要るが、武器レシピと違って、別に貴重でも何でもないからな。どちらかっつーと、レシピの内容よか、スキルの熟練度や調合手順、配分を間違えない()()に価値が求められる世界なんだぜ?」

 露骨なアクセントを付けて今にも鼻が伸びそうな彼に、その手の知識の無い俺はアイテムを眺めながら口笛を鳴らす。

「流石に饒舌だな」

「おうよ。これでも同業の狭い界隈じゃ、ちっとは名も通ってんだぜ? その内、薬品店の開業も考えてる」

「このラインナップなら食っていけるだろうさ。でも……まずは客の為に、その言葉遣いを直さなきゃな」

「うるせぇ、余計な世話だ」

「そんな接客態度じゃ、せっかくの客もすぐ逃げてしま――……」

 その時、俺はアイコンの郡れを眺めていた視線と言葉を凍結させた。

「……あ?」

 デイドが半透明のウィンドウ越しに眉を顰める。
 俺の視線の先には、数多くある瓶のマークのうちの一つを指し、その薬品の説明文に注がれている。
 ……それは麻痺毒だった。しかも、レベルが5以上と相当グレードの高い代物が数本。

「……これらの毒も、あんたが?」

「当たり前だろ。つーか、そこの全部オレが調合したモンだ。わざわざクソ高い毒を調合士が買い漁るかよ」

 軽く笑い飛ばしながらデイドは答える。だが、俺の頭の中はチリリと静電気を立てるかのように脳内ハードディスクが高速回転する。
 ……確か、死神はユニコーンを襲う者の内、一部は麻痺状態に追い込んでまで撃退していた筈だ。
 SAOにおいて毒薬は総じて相場価格が高く、特に高効能の物にでもなれば、おいそれと手に入るものではない。今回の事件のようにしばしば使うようであれば、あっという間に瓶の中身は枯渇してしまうだろう。
 ……調合スキルを駆使し、量産でも出来なければ。

「おい、まさか……その中に、オレの疑惑が増えちまうモンでもあったってのかよ?」

 察したらしいデイドの声に、俺が答えられないままでいると、

「……クソッ、クソッ! なんでこうなっちまうんだっ……!」

 意を察したのか、苛立たしげに足元の小石を蹴飛ばした。同時にウィンドウが閉じられる。
 俺は少しだけその様に憐れみながら、その横へと視線を滑らせた。そこには突っ立ったまま、微動だにしない麻フードの姿がある。

「ええと……あんたはどうだ、良かったらアイテム一覧を見せてもらえないか?」

「……………」

 無言のまま、軽く何度か頭を横に振るジェスチャーで否定の意を示す。まだ仕草で返事してくれるだけマシだと思っておこう。

「だよな……。じゃあ次の質問……いや、取調べだな。――武器を調べたい。隠している二人は、武器を見せてくれると助かる」

「まぁ……さっきと比べりゃ、まだマシだな。オレはコイツを隠してねぇし、話も早く済みそうだ」

 溜息と共に気を取り直したデイドが、背から槍を引き抜く。

「リズ。鑑定スキルを頼めるか? 外見だけじゃなく、特性も知りたいんだ」

 俺の言葉に、リズベットがハーラインから逃げるようにそそくさと傍へ駆け寄って来る。

「ホラ見なさい。やっぱりあたし達の助力が要るんじゃない」

 そしてニヤニヤと眺めてくるのに少しムッとする。

「リズが居なかったら、そこの変態職人さんに鑑定を頼んでたさ」

「フン、どーだか。……ま、いいわ。お眼鏡役はあたしが責任を持って引き受けたげる」

「助かるよ」

「だから、私にはハーラインという立派な名前があるのだがね! あと、リズベット君! さも私が本当に変態みたいにスルーしないでくれたまえよ!」

 俺とリズベットは華麗なるスルーのコンビプレイを彼に見せつけ、まずデイドの長槍の鑑定に移った。
 それは深緑の柄に赤銅色の刃という一風変わった配色の、見た事の無い槍だった。リズベットも同じ感想だったらしく、たちまち目に真剣さと興味津々さによる輝きがキラキラと灯り始める。

「ふむ……。分類はツーハンドランス、武器名は……『ダボウ』ね」

「ダボウ? 変わった名前だな」

「蛇に矛と書いて《蛇矛(だぼう)》と読むんだ。実の所コイツぁ、実際に存在する武器なんだぜ。覚えときな」

 俺の問いに答えたのはリズベットではなく、その矛の持ち主のデイドだった。
 リズベットもそれに頷く。

「見て、刃が蛇のように曲がりくねっているでしょ? これは突き刺した敵の傷口を広げる為にこんな形をしているんだけど……SAOでもその特徴が引き継がれてるのかな。突くことでダメージボーナスがある代わりに、それ以外の動作……薙ぎ払い等のアクションだとダメージがマイナスになる仕様になってる。でも何より特筆すべきはこの長さね……SAOの武器リーチ設定の限界ギリギリまであるわ」

 俺もここまでの長さの武器を見るのは初めてかも知れない。持ち主の身長も170はあるだろうが、優にその倍の長さを誇っている。

「現実じゃ、一説には6m級の物もあったらしいがな。だがこの世界じゃ、流石にバランスシステム上、この辺が限界だ」

 デイドは空に向かって高くそびえる湾曲した刃を眺めつつ、そう付け足した。

「それだけじゃないわね。ええっと……刃に塗布した毒の威力や効果をブーストする特殊効果もあるみたい」

「その通りだ。オレが相棒にコイツを選んだ理由は、ここにある」

 ヒュッ、と空に向けていた刃をそのまま降ろし、俺の眼前でピタリと止めた。まさに蛇行する赤銅色のそれは、よく見れば数本の溝が走っている。恐らくここに毒が塗りこまれ、敵を仕留めるのだろう。まさしく……

「……蛇、そのものだろう?」

 デイドが俺の心の感想を先読みした。その顔はニヤリと舌なめずりをし、犬歯を覗かせている。
 ……俺はこの男を少し誤解していたのかも知れない。猛禽類の様だと思っていたその顔は、言われてみれば……それこそ蛇の様な、爬虫類的なそれで、覗く犬歯は毒を湛えた牙にも見えた。

「でも、バカに重いし柄も太いから扱い辛そうね。しかもリーチに特化しすぎて、攻撃力自体かなり低いわ。毒での威力ブーストを前提にした攻撃値みたいだから、普通そんな武器使う人なんて居ないわよ」

「おーおー、言ってくれやがって。……いいんだよ。毒は素材さえあれば幾らでも造れるし、まさにオレの為にあるような武器だ。もしかしたら、テメェらにはすぐにでも……コイツが猛威を振るう所を見せてやれる時が来るかも知れねぇな」

 蛇の舌なめずりの様に、俺の目の前で曲刃が何度か軽く踊らされた後、毒々しい赤に染まった槍は、持ち主の背に仕舞われた。

「その時が来ない事を祈るよ。……次はそこのアンタだ。もし良かったら、武器のカバーを除けて、此方に見せてくれないか?」

 すぐに麻のフードが先程と全く同じ動作で首が横に振られる。突然話題を振って、また少しでも感情らしい仕草で素性が僅かでも分かれればと思ったのだが、残念。
 カバーも極めて粗雑なものだが、中の武器もそうとは限らない。もしかしたら、思いもよらぬ強力な武器が顔を覗かせるかも知れない。俺としては、むしろそっちの可能性を意識してしまうのだが……相手のノーの鶴の一声が出てしまっては、仕方が無い。
 俺は「そうか」と短く返事をして軽く首を振り、更に次の容疑者へと話を振る。

「さぁ、残るはハーラ……片淵変態さん、アンタの番だ」

「何故言い直したのかね!? しかも何だね、片淵変態って!?」

「ハハハ、素早く的確なリアクションをありがとう」

「……私をいいオモチャにして遊んでないかね? 不本意だよ、まったく」

「いや、ほんの冗談だよ。あんたのツッコミが板について来たもんだから……つい、な。それで、武器、見せてもらえるかな」

「そうだね、私の名をちゃんと呼んでくれれば応じようじゃないか」

「――頼めるかな、ハーライン」

「……くっ、何故私は男相手に爽やかな笑顔でデレられているのだ……!? こんなことなら、リズベット君にでも頼めばよかった…!」

「はいはい、それじゃあ見させて貰うからねー」

「あっ、ちょっと君っ!」

 リズが彼の背中からスルリと流石に慣れた手付きで武器を抜き取った。

「……うわー、カバーまでゴチャゴチャ刺繍つけちゃって、趣味ワル……」

「って、さり気なくディスられてる気がするのだが!? ハァ……まぁ、君になら丁重に扱ってくれるのなら、別に構わないがね」

 リズベットに武器を取り上げられながらも尚、ツッコミに妥協を許さないハーラインを他所に、俺はカバーを外されるリズベットの手を見守った。

「フフフッ、鑑定ついでに、あんたの過剰装飾を皆の前で逐一、念入りに、ボロッボロに叩いてやるわ。さっきからあたしやアスナ達にセクハラしてた仕返しよ、覚悟しておきなさい」

 カバーまでシルクのように良質の布らしいそれが、武器を端から、スルスルと滑らかに姿を露わにしていく。

「――さーて、一体どんなヘンテコデコレーション武器が出て来る……の、かし……ら……――――。」

 そしてついに刃先まで全貌が明らかになった瞬間、リズベットを含む全員がその予想外の姿に息を呑んだ。

『―――――。』

 その場の全員がその矛先に注目し、一時の静寂が訪れた。

 その中で唯一、ハーラインだけが誇らしげに腕を組んでいる。
 その武器は槍に似た――実際に槍カゴテリに属するのだが――帯広の刃を持つ《矛槍(むそう)》と呼称されるタイプの武器だった。だが、俺達が絶句しているのはその点ではない。

「――綺麗」

 しばらくして、アスナが代表して、そう感想を恍惚と吐露した。
 そう。
 その矛先、その武器は……とても、美しかったのだ。
 刃は全体が、ありとあらゆる宝石をも霞む程に高貴然と青白く薄光し、半透明の水蒸気の様なエフェクトが絶えず立ち込めている。優美ながらもどこか硬質的な乳白色の柄にはリズベットが称した通り、過剰な装飾が彫り込まれ、刃に向かって伸びる蔦の模様が見て取れる。だが、その装飾をもただの引き立て役に成り下がってしまうほどに、その刃の淡い輝きは人の目を惹き付けるものがあった。

「……美しいだろう?」

 ハッと我に返ると、ハーラインがリズベットの手からその武器を優しく取り返していた。その声と表情には、最初に会った頃の己への陶酔と尊厳に満ち足りた風情が戻っていた。片淵眼鏡が刃の光に照らされてキラリと鋭く反射する。

「紹介しよう。この子の名は《バッシュ・ミスティア》。そして――」

 伸ばした手で刃を撫でながら、まるで王が小市民を見るかのように俺達を睥睨した次の瞬間……
 ハーラインは、全員の度肝を射抜く言葉を口にして締め括った。



「――その刃には《ミストユニコーンの蹄》が使われている、この世界で最も美しい……私の相棒だ」
 
 

 
後書き
リズ達はよくハーラインを変態、と蔑んでいますが、どっちかっていうと、キザな優男なだけです。変態でもありますが←
変態と言うよりも、変人、という方が似合っているのかもしれません。
残念系イケメン、そんな感じです。


以下、解説です。

●《調合士》
 オリジナル要素。薬や毒を調合して生成する《調合》スキルに長けた、職人クラスの内の一つ。
 素材を組み合わせ様々な効能の薬品を作り出せるが、スキル値だけでなく、頭や器用さも若干要求される。
 料理スキルと同じく、現実よりも手順が簡略化されている。

●《蛇矛(だぼう)
 デイドの持つ長槍。分類はツーハンドランス。
 圧倒的な全長を誇り、刺突攻撃をすることでダメージボーナスがある。
 さらに刃に塗布した毒の効果をブーストする特殊能力も持つ。
 しかし、リーチに特化しすぎて攻撃値が低く、刺突攻撃以外ではダメージマイナス補正が掛かってしまう短所も持つ。さらに重さに加え、柄が太くやや扱いづらい。
 デイド曰く、毒はいくらでも調合で量産できるので火力不足には困らない、とのこと。 
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