ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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戦王の使者篇
09.洋上の聖戦
古城たちが古代兵器を止めてくれることを信じ彩斗は、雪菜と浅葱、凪沙が捕まっている“オシアナス・グレイヴ”へと向かう。
増設人工島から一キロくらい離れている“オシアナス・グレイヴ”に向かう方法は《やつ》を呼び出すしかない。
水上の船へと右腕を突き出す。その腕から鮮血が噴き出す。
「“神意の暁”の血脈を継ぎし者、緒河彩斗が、ここに汝の枷を解く──!」
鮮血が魔力の波動へと変化し、その波動が凝縮され、魔力の塊へと姿を変える。さらに実体を形作る。一角の黄金を持つ眷獣へと──
「──降臨しろ、四番目の眷獣、“海王の聖馬”!」
姿を現したのは、艶やかな毛並みが荒れることない穏やかな海のように静かに揺れる黄金の一角を持つ馬だ。
馬と言うよりは、一角獣の方が姿としては近いかもしれない。
海王神の名を持つ、“神意の暁”が従える眷獣の一体だ。
海を渡るなら海の名を持つ眷獣の力を借りるのが一番だと考えた。
「頼むぜ、“海王の聖馬”!」
“海王の聖馬”の背中に飛び乗るとそれに応えるように雄叫びを上げ、“オシアナス・グレイブ”へと向かい四本の足で地面を蹴り上げた。
海王の名を持つ眷獣にとって海の上を駆けるなど人間が地を踏むのとたいして変わりないこと。
“海王の聖馬”は駆け抜ける勢いを緩めることなく“オシアナス・グレイヴ”へと突っ込んだ。
「痛ぇ!!」
船へと激突する前のギリギリのところで“海王の聖馬”は、姿を消した。危うく、この船ごと消し飛ばすところだったのだ。
だが、突っ込んだ勢いを残したまま一角獣が消えたせいで彩斗の身体は、慣性の法則に従って、突っ込み甲板へと叩きつけられる。
「せ、先輩っ!?」
少し痛む身体を起き上がらせ、聞き覚えのある少女の声の方を見る。第四真祖の監視役にして、獅子王機関の剣巫の可憐な少女がそこにはいた。
「よ、よっ……姫柊」
予想よりも早すぎる遭遇に彩斗は、テンパり謎の挨拶を交わす。
「緒河先輩、わたしはナラクヴェーラーの足止めをしてくださいと言いませんでしたっけ?」
半分呆れたよう声で彩斗に訊く。
「ま、まぁ、そうなんだけど姫柊たちが心配でさ。その……つい」
はぁ、と深い溜息を漏らして少女は、彩斗を一瞬、怒ったような表情を見せたと思うと安堵したような表情へと変わる。
「暁先輩か緒河先輩のどちらかは、来るとは思ってましたけどね」
そう言って少女は、安堵の表情から彩斗の後方を敵視する。
「まさか結界を破って乱入者が入って来るとは、予想外だったよ」
後方を振り返るとそこには、獣人の男がこちらに愉しげ表情を浮かべている。
「あんたがガルドシュか……」
彩斗は表情を一変し、獣人の男へと訊く。
「いかにもそうだが」
ガルドシュは応える。続けてこちらへと質問を返してくる。
「こちらが名乗ったんだ、きみも名乗るべきではないかな」
「俺は、剣巫の先輩だけど」
不敵な笑みを浮かべながら彩斗は答えた。
「そうか……」
ガルドシュが動き一気に距離を縮めてくる。反応が一瞬遅れた彩斗は、ガルドシュの拳をギリギリの距離でかわし、右腕に魔力の塊を纏わせてカウンター攻撃を腹部へと掌底を叩き込む。
ガルドシュは、魔力を纏った掌底を凄まじい反応速度で直撃を避けたのだ。
だが、直撃を避けたとはいえ、神意の暁の魔力を纏った拳を受けてただで済むわけがない。
「そうか、きみの正体がわかったよ」
先ほど殴られたところを押さえながらガルドシュは、口を開く。
「よもや本当だったんだな……真祖と同等の力を持ちながら真祖ならざる吸血鬼、《真祖殺し》が復活したというあの噂は」
そう言うガルドシュは、とても愉しそうだ。
すると突如として、突風が吹き荒れた。
「なんだ、この風は!?」
その突風に、ガルドシュがうめいた。
凄まじい突風。しかも、その突風は彩斗たちの周囲だけ吹いているようだ。
その風に乗ってなにかが飛んでくる。それは美しい銀色の刃。三つ叉に分かれた穂先。それは──
「“雪霞狼”!?」
暴風に乗って飛来してくる槍。
後方を見ると少女がその槍を掴み取っている。
その瞬間、荒れていた暴風はピタリと止んだ。
だが、その槍を掴む瞬間に雪菜は、両手を空中にしたせいで風で巻き上がりスカートの裾が風でなびき、白と水色のストライプの下着が露わになる。
その瞬間、彩斗はとてつもない赤面になる。
「いったい誰が!? こんな……!?」
彩斗の視線に気づき雪菜の顔がみるみる赤くなる。
すると金属の槍の穂先を獣人ではなく彩斗へと向ける。
「ちょ、今は待てよ!?」
少女は槍を下ろすと今度は、獣人へと向けて構える。
「気流使いか。さすがは極東の魔族特区。奇怪な技を使う者が多いな」
槍を構える雪菜と彩斗を睨んで愉しそうに唇を吊り上げる。
「これできみたちの本当の力が見れるというわけか。面白い。だが、こちらとしても剣巫と真祖殺し、相手は分がわるいのでね」
ガルドシュは、彩斗たちの頭上の上部甲板へと跳躍する。
そこにはガルドシュの二人の部下がいる。
一人の手にはPCタブレット、もう一人は両脇に制服姿の少女を一人づつ抱えている。
「藍羽先輩!? 凪沙ちゃん!?」
ぐったりと眠る二人を見て、雪菜が短い悲鳴を上げた。
突進しようとする雪菜の眼の前を、真紅の閃光が薙いだ。
「あぶねぇ!!」
彩斗は雪菜の手を引っ張りこちらへと抱き寄せる。
「ナラクヴェーラ!? まさか……!?」
「動きやがったか」
海面を突き破るように古代兵器が“オシアナス・グレイヴ”の船体に張り付いている。
「石板の解読は?」
「終わったようです。内容の正確性については、グレゴーレがすでに確認してます。あのように」
そうか、と満足そうにガルドシュがうなずいた。
「──ということだ。投降したまえ、獅子王機関の剣巫、真祖殺しよ。私もヴァトラーをずいぶん待たせてしまった。きみたちの相手をしている暇はもうないのだ」
ナラクヴェーラに引っ張られて、“オシアナス・グレイヴ”が、海上を漂う十三号増設人工島に接近する。
雪菜がどうしようもできない中、彩斗は不敵な笑みを浮かべた。
「なにがおかしい」
「いや……あんたがなにもわかってねぇからさ」
ガルドシュは、彩斗の方をじっと見て次の言葉が来るのを待っている。
「あんたは、神意の暁とあの第四真祖を甘く見過ぎだ」
その瞬間、耳を劈く絶叫にも似た獣の遠吠えが空に鳴り響いた。
それと同時に船の後方に数十メートル水柱が現れた。
「くそ……やっぱ駄目だったか」
矢瀬は過適応者であり、能力は気流制御。
置き去りにされた雪菜の“雪霞狼”を、洋上の“オシアナス・グレイヴ”まで投げ飛ばしたところまではうまく行ったが、予想以上の早さでナラクヴェーラの制御コマンドが解析されてしまった。
「いくら姫柊っちでも、あの古代兵器が相手じゃどうにもならねーよな。こっちは懲罰のリスクを冒してまで手助けしてるってのに。浅葱のやつ、頑張りすぎなんだよ──」
だが、もう一つ良い方で誤算があった。それは、彩斗の存在だ。
彼が“オシアナス・グレイヴ”にいるということは、ナラクヴェーラへ対抗する手段があの船にはあるということになる。
「なるほど。監視者であるきみが直接、戦闘に介入するのは禁忌というわけか。きみも意外に苦労してるんだねェ」
派手な三揃えを着たヴァトラーだ。
“オシアナス・グレイヴ”が十三号増設人工島に接近して来ている。
五機のナラクヴェーラがこの島に揃えば大変なことになる。一機でも相当な破壊力のナラクヴェーラが、サブフロートにいるのと合わせて合計六機。
「さて、ガルドシュのほうの準備も済んだみたいだし、そろそろボクの出番かな」
久々な死闘の予感に、ヴァトラーは歩き出す。その背中に、矢瀬は皮肉っぽく笑いかける。
「そいつはどうかね。あの二人の親友として言わせてもらえば、吸血鬼が計算どおりに動いてくれるなんて期待しない方がいいと思うぜ」
その瞬間、キィン、という耳障りな高周波と海面に爆弾でも投下したのかと思わせる数十メートルの水柱が増設人工島を震わせる。
「……へぇ」
ヴァトラーが感心したようにつぶやく。
凄まじい魔力の塊が増設人工島の地下と海から荒れ狂う。
「来たか、古城、彩斗」
船が転覆するのでは、ないかと思うほどに激しく揺れる。
膨大な魔力の塊が海面から姿を現したのだ。それは、黄金の一角を持つ艶やかな毛並みの馬。そういうよりは、一角獣と言った方が正しいかもしれない。
それが突如として出現したのだ。これは眷獣だ。しかも、真祖クラスの強大な魔力を持つ眷獣。こんな眷獣を操れる人間は、この場において一人しかいない。真祖と同等の魔力を持ち、伝説にして最強の吸血鬼の力を継いだ不敵な笑みを浮かべる緒河彩斗しかいないのだ。
一角獣は、一瞬にして海水の水を操り、船体に張り付く真祖に対抗できる古代兵器をまるで赤子の手を捻るように吹き飛ばしたのだ。
「まさか……ナラクヴェーラを一撃で」
“神意の暁”の眷獣がここまでのものとは思わなかった。
するとガルドシュは、船倉の方へと走り出した。雪菜が貨物室で見た、大型の古代兵器に乗り込むつもりだろう。
「待ちなさい、クリストフ・ガルドシュ!」
銀の槍を翻して、雪菜が彼らの後を追う。そんな雪菜を一瞥して、ガルドシュの部下が何かを放った。ジュース缶ほどの大きさの金属の筒。
それは手榴弾だと気づく。
上甲板には、浅葱たちが放置されたままである。
雪菜はガルドシュの追跡を諦めて、倒れている浅葱たちへと覆いかぶさる。
だが、その全てを覆うような謎の布が雪菜たちの身体を覆い尽くす。
「え?」
「大丈夫みたいだな」
聞き覚えのある声に起き上がるとそこには、身体を覆うほどの大きなマントで浅葱たちを覆う彩斗の姿があった。
「──いちおう全員、無事だったようだな」
そして雪菜の前に、小柄な女性がゆっくりと歩み寄る。黒いフリルの日傘をさしたドレスの女性。
「そこのバカとおまえがこの船の結界を裂いたおかげで、ようやく転移ができた。うちの生徒を庇ってくれたことには、いちおう礼をいっておこう、姫柊雪菜」
「南宮先生!?」
「ナイスタイミングだったぜ、那月ちゃん」
浅葱たちを覆っていたマントはいつの間にか姿を消し、いつもの姿に戻っている彩斗に拳を一つ入れ込む。
鈍い音が甲板に響く。
「私のことを那月ちゃんと呼ぶなと言っているだろう」
「ちょ、今回は強すぎじゃない」
「おまえが船に眷獣で突っ込んだ罰だ」
甲板にうずくまる彩斗から雪菜へと那月が視線を移す。
「私はこいつらを安全な場所まで連れて行く。おまえらはどうする、転校生、緒河。一緒に来るか?」
眠っている浅葱たちを抱き寄せて、那月が訊いた。
「わたしは暁先輩と合流します。監視役ですから」
「ふん。仕事熱心だな」
好きにしろ、と言いながら空間を歪めた。眠り続ける浅葱と凪沙を、乱暴にその中に放り込む。
「だが、おまえたちが助けに行くまでもないかもしれんぞ」
そう言い残し、那月は姿を消した。
増設人工島の上では、古城の眷獣が、手負いの古代兵器を圧倒していた。
海の中には、今だ沈黙している古代兵器が数体いる。
「さて、行きますか!」
彩斗が気合いを入れたような声を出し、一歩踏み出そうとする。
「待ってください、緒河先輩」
雪菜の声に彩斗は、振り向き歩みを止める。
雪菜は自分の気持ちに戸惑っていた。古城が出現させた緋色の鬣を持つ双角獣が意味するのは、古城が誰かの血を吸ったということだ。そのことに苛立ちを覚えてしまっている。
だが、それは監視役である自分に黙って勝手に他人の血を吸ったからであると雪菜は自分で自分を納得させた。
「先輩の眷獣の中にナラクヴェーラの動きを止められる眷獣はいますか?」
予期せぬ質問に彩斗は戸惑ったような表情を見せる。
「止めることはわかんねぇけど……」
少し気が引けるような表情だが、彼は確かな言葉で言った。
「確実に破壊できる眷獣ならいるにはいるが」
真祖と戦うための兵器を彼は破壊できると言ったのだ。そんなことをすらすらと言うのだ。
だが、雪菜は先ほどの考えを否定する。彼は、真祖さえも上回ると呼ばれる伝説上の吸血鬼、“神意の暁”の力を受け継いでいるのだから。
だが、ただの少年がなぜそんな力を持っているのだろうか。
なぜ、これまで獅子王機関は彼の存在に気づけなかったのか。わずかな疑問が幾つも浮かんでくるのを振り切る。
「それなら行きましょうか」
「いや、それが……」
雪菜が一歩踏み出すと今度は、彩斗が頼りない声を発する。
その言葉に振り返る。
「確かに所有はしてるけど、俺になついてるわけじゃねぇんだよな」
彩斗の言葉の意味はすぐにわかった。つまり、古城のように眷獣を従えてるわけではないということだ。
だが、古城の眷獣と彩斗の眷獣を合わせれば、ナラクヴェーラを倒せる可能性は高まる。
現状況でも古城の眷獣でもナラクヴェーラの一機も倒すことが出来ない状況では、今の最善策は……
雪菜は一つ深いため息を洩らし、自分の制服を結んでいるリボンをほどく。
「ひ、姫柊さん!?」
顔を真っ赤に染めて後退していく彩斗。
雪菜はあらわとなった首に“雪霞狼”の刃でで軽く傷を入れる。ちくりと痛みが走ったのちに首から鮮血が滴る。
後退していた彩斗の瞳は赤く染まり、口元からは鋭く伸びだ牙がのぞく。吸血鬼の吸血衝動の源は、性的な興奮である。
雪菜は、後退していた彩斗へと徐々に近づいていく。
「わたしの血を吸ってください、先輩」
「いや、でも……」
あからさまに戸惑っている彩斗。
「やはり、わたしでは、興奮しませんか。先輩はやっぱり……ロリコンなんですか?」
「だから違ぇつうの!?」
彩斗は叫び、突如として姫柊を抱きしめた。突然の行動で少し戸惑った。
彩斗は、耳元で小さな声で囁く。
「俺が言ってるのは、姫柊がいいのかってことだ?」
「え?」
「どうせ、この場で最善の策だからとか考えた行動だろ?」
ドッキとした。心を読まれていたように彩斗は言い当てる。
「確かにそうですけど……」
彩斗は赤く染まった瞳をこちらに向けて笑う。
「もっと自分を大事にしろ」
そういいつつ不器用な笑みを浮かべて雪菜の頭を小突く。
「それでも……先輩になら別に大丈夫です……少しくらいなら」
「おまえ……その言葉は反則だろ」
そう苦笑いを浮かべると彩斗は、戸惑いを浮かべながらも雪菜の首筋へと彩斗は牙を突き立てた。
後書き
次回、戦王の使者篇完結!
引き続き、緒河彩斗のオリキャラの監視役を出すか否かの意見をお待ちしています。
あと、性格などの要望もありましたら言ってください。
気軽にコメントしていただいて下さって構わないのでよろしくお願いいたします。
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