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蛇の別れ

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第二章


第二章

「何じゃ?また蛇か?」
 蛇の音はもうわかっている。その音だった。彼はそれを聞くとその茂みに目を向けた。
 すると茂みから一匹の小さな蛇が現われた。それは赤い蛇だった。
「赤」
 彼はそれを見てあの赤い蛇を思い出した。
「いや、違う」
 違うのはすぐにわかった。赤はもう死んでいる。だが見れば見る程赤にそっくりであった。
 その蛇は逃げない。チャイの前でじっとしていた。彼はそれを見てゆっくりと手を差し出した。
「なあ、わしと一緒に来るかい?」
 赤は声には出さない。だが彼の手の側に寄ってきた。そしてそこに乗ったのであった。
「そうか、来てくれるか」
 それがわかっただけでよかった。赤は青と一緒に彼の籠の中に入った。こうして彼の飼い蛇となったのであった。
 赤はその後正式に赤と名付けられた。そして青と一緒に彼のお気に入りの蛇となった。チャイは赤を手に入れてからまた元気を取り戻した。まるで赤が生き返ったかのようであった。
「よかったですね」
「ああ」
 家の中でも元気になった。彼は赤にも芸を教えたがよく覚えた。気が付くともうかなり大きくなっていたがそれでも使っていた。
「あれ、この蛇にまだ芸をやらせてるの?」
「筋がいいからな」
 子供達にもそう答える。普通蛇はあまり大きくなると取り扱いに重くなり過ぎるので手頃な大きさのものを使うのである。大きくなった蛇は放して野生に戻してやるのがおおよその決まりとなっていた。
 青もそうだが赤もかなり大きくなってきた。とりわけ青はもう籠にぎりぎりで入るといった状態であった。彼はそれを見て遂に決めた。
「もう帰してやるか」
 放すことにした。山の奥まで行って籠を開ける。
「ほうら、出ろ」
 そう言って青を籠から出してやった。そして茂みの中に置く。
「もう芸はしなくていいからな。のびのびと暮らしていいんだぞ」
 茂みから彼を見上げる青に対して言った。
「そしてやがては竜になるんだ。頑張れよ」
 この時代ベトナムでも蛇は歳を経ると竜になると言われていた。だから彼も青に対してそう言ったのである。
「それじゃあな」
 だが青は離れようとはしない。チャイの足元に置かれた籠に顔を摺り寄せてきた。籠の方でもガサゴソと動きはじめたのであった。中にいる赤が動いてるのだ。
「どうしたんだ、これは」
 チャイはそれを見て言った。
「別れを惜しんでいるのか」
 どうやらその様である。青の様子からもそれが伺える。
 その意を汲んでやることにした。籠の蓋を開ける。するとそこから赤がすぐに飛び出した。そして青の方へと寄って行った。
 見ていると二匹の蛇は首を絡み合わせていた。そして舌を出して顔を近寄せている。まるで話をしているようであった。
「何の話をしているのか」
 チャイは思った。残念なことに蛇の言葉まではわからない。だが話をしているようだとはわかった。
 それを見て赤も離れるかも知れないと思った。けれどそれでもよかった。
「なあ御前等」
 彼は二匹に対して言った。
「御前達の好きにすればいいからな。わしのところにいるのも離れるのも」
 二匹はそれを聞いてチャイに顔を向けてきた。
「どっちでもいいからな。好きな方を選べ」
 彼はまた言った。そう言って二匹の好きにさせることにしたのだ。
 だが去ったのは青だけであった。彼は赤、チャイから顔を離すとそのまま茂みの奥へと入って行った。そしてそのまま姿を消したのであった。
「行ってしまったな」 
 チャイが消えた方を見て呟いた。赤は籠に戻った。彼はその蓋を閉めて家へと戻った。彼は帰る途中であれこれと考えていた。
「赤と青が入れ替わったんだな」
 赤が死んで青だけになった。だがまた赤が入って来て今度は青を放した。交換の様な形であった。
 何処となく天の配剤のように思えた。そう考えると別に辛くも惜しくもなかった。
「赤がいるだけでもいいな」
 彼は背負っている籠を見て呟いた。竹で作った籠からは赤の重みが確かに感じられた。
 その日はそのまま家に帰った。起きると次の日からまた蛇使いの仕事である。青はもういないがそれでも彼は黙々と仕事を行うのであった。
 それから色々と蛇を手に入れたが一番よかったのはやはり赤だった。彼はいつも赤と一緒にいてあちこちを動き回っていた。だがその赤も大きくなってきた。
「潮時かな」
 その大きくなった赤を見ながら思っていた時であった。遠くの山の方で大蛇が出るという話を聞いたのであった。
「それはどんな大蛇ですかな」
 仕事が来ると予感した彼は地元の役人に尋ねた。
「何でも木の様に太い蛇らしい」
 その役人はチャイにそう語った。
「木の様にですか」
「そしてやたらと大きいらしいのだ」
「それはまた」
「まだ害は出ていないがな。しかし出てからでは遅い」
「私が行っても宜しいでしょうか」
「そうしてもらえるか?」
「はい」
 彼は快く応えた。そしてその山に向かうのであった。
 お供はいつも通り赤であった。彼は赤を籠に入れて山に入った。
「なあ赤よ」
 彼は山を登りながら籠で背負う赤に対して声をかけた。その周りは深い木と茂みが覆っている。
 登りながら赤に声をかけたのだ。彼は落ち着いていた。

 
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