錬金の勇者
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12『鍋魔人(?)との遭遇』
前書き
お待たせしました!『錬金の勇者』更新です。
噂の《圏外村》は、発見に多少手間取ったものの、もっと見つけにくい村に比べればあっさりと見つかった。《ランプの村》なる名前のその村に、心躍らせながら立ち入ったヘルメス。
ヘルメスがこの村に来たのは、《錬金釜》と呼ばれるアイテムが存在するかもしれない、という噂を確かめるためだ。
《錬金釜》は、持ち主の代わりに《錬金術》の儀式を代行してくれるアイテムだ。これがあれば、自分の実力以上のレベルのアイテムを錬成できるようにもなる。そのため、錬金術師にとってはかなり助かるサポートアイテムなわけだ。ヘルメスの様なリアルでは駆け出しどころの騒ぎではないへっぽこ錬金術師にとって、錬金一家であるトリメギストス家にも決して多数があったわけではない《錬金釜》は、憧れのアイテムなのだ。
というわけで、憧れの《錬金釜》と邂逅すべく《ランプの村》に辿り着いたヘルメスは、まず、錬金釜の特徴について脳内で呟く。
1、喋る。
2、初めて使用する者が開くと、《錬金釜》に意識を持たせる精霊、《ジン》が姿を現し、彼もしくは彼女と戦うことになる。
3、ジンを倒すことに成功すると、彼もしくは彼女の使い手になることを認められる。
4、《錬金釜》は持ち主の実力以上の物を錬成できるが、ただし万能ではない。
5、酷使しすぎるとジンに嫌われて、《錬金釜》に逃げられる。磨いてあげたりすることが大切。
ちなみに5番はかなり重要で、あの化け物ジジイですら、自分の《錬金釜》は定期的に自分で磨いていたのだ。
ヘルメスは、この浮遊城アインクラッドに、なぜ《錬金釜》が存在するのか、という事にいくつかの仮説を立てた。
まず一つ目が、《錬金釜》が、いわば《ユニークスキル》とでもいうべき存在である、ヘルメスの《錬金術》専用アイテムとして出現した可能性。しかしこれには不自然さがある。なぜならば、《錬金術》のスキルはヘルメス以外のプレイヤーには(恐らくだが)決して出現しない。《錬金術》専用アイテムなら、初ログインのあの日に手に入ってもいいような気がしなくもない。
二つ目が、ヘルメス以外にも《錬金術》を使うプレイヤーがいる、という可能性。これも考えにくい。現在ヘルメスが知る限りでは、公に…もちろん魔術業界ではだが…活動している錬金術師の一族は、トリメギストス家だけだ。ほかの錬金一家は、化け物ジジイもしくはヘルメスの父であるギルバート・トリメギストスが圧力をかけて叩き潰した。トリメギストス家の圧力に耐えられたのは、わずか三つの錬金一家だけだった気がする。
それに、一般人に多少なりとも情報を公開している(もっとも、唯のオカルトもしくは冗談と思われているらしいが)のは、トリメギストス家だけ。茅場晶彦はその冗談のような情報をたどってヘルメスの家を探し当てたらしいので、恐らくほかの錬金一家は見つけられなかったのだろう。加えて、トリメギストス家内でVR系ゲームに多少なりとも造詣があるのはヘルメス/水門だけだ。義兄はそれなりにゲームもしたが、ナーヴギア系のゲームは「苦手」だと言っていたはずだ。恐らくは、SAOを購入してはいまいし、茅場も彼を誘ったとは思えない。それに、他のきょうだい達はテレビゲームをやったことすらないだろう。
結果として、ヘルメス以外の《錬金術師》がこの世界にいるとは考えがたい。
ただし、《錬金術》が、茅場直々の改造によって。五感の他に《魔力》とでもいうべきものを取り込むようになったヘルメス専用ナーヴギアによって引き起こされる物とは別に、きちんとしたスキルとして出現した、というならば話は別だが、それといった情報は聞かないのでやはり《錬金術師》はヘルメスだけと考えてよさそうである。
三つ目が、《錬金釜》が使い手が《錬金術師》であることを条件としない、ただのサポートアイテムであるという可能性。現在ヘルメスは、消去法でこれが一番可能性が高いのではないかとにらんでいる。これが事実であるならば、《錬金釜》に取りついているジンは、クエストフラグMobの扱いになると思われる。
となると、茅場晶彦は現実世界の《錬金釜》の特徴を実にうまくSAO内のアイテムに盛り込んだと言える。まったく、《錬金術》スキルの再現精度と言い、彼本人が錬金術師だったのではないかと思えるほどの作り込みである。一体誰がこれほどの情報を、茅場晶彦に吹き込んだのだろうか。
化け物ジジイ……と一瞬考えるが、即座に否定。あのジジイが茅場晶彦に協力的になるだろうか。確かに興味深いことに首を突っ込む老怪ではあるが、自らの《秘跡》である《錬金術》をおおっぴらに公開することはないような気がする。
となると、考えられるのは――――
「……クソ親父か……」
ヘルメス/水門の実の父親である、ギルバート・ヘルメス・トリメギストス。巨大会社《トリメギストス・アルケミー・カンパニー》の代表取締役けん総合社長でもあるあの男なら、利益を見込んで《錬金術》の詳細情報を渡しそうである。あの男は世の中で大切なものは1が金で2が金、3、4が金で5が金、それ以外の物が来るのは20番目あたりからであるという、世にも最悪な男である。金の亡者にもほどがある。
それに、ギルバートの金の亡者ぶりは、一般市民たちにも知られていることである。《TAC》は、《錬金術師》の社長という裏の顔だけではなく、家電製品から建築業まで、広げまくったふろしきを、きちんとコントロールする一流企業としても名高いのだ。そんな会社の社長が、ぐうたらなカネばっかりの生活を送っているという情報は、何度もゴシップの注目を集めた。
SAOの利益の一部を提供する代わりに、《錬金術》の詳細情報をくれ、などと茅場に言われれば、ほいほいと付いていきそうだな……とヘルメスは思う。
さて、《ランプの村》に辿り着いたヘルメスが、まずとった行動は、例の露天商を探すことだった。それを見つけられなければ、《錬金釜》獲得だとかなんだとか言っている場合ではない。
《ランプの村》は、中世ヨーロッパのさびれた農村、といった雰囲気を立てている。なぜ《ランプの村》と言われているかというと、この村の中心にある巨大なカボチャランタンが、ハロウィンの日だけ光り輝くからだという。つまりは限定イベントなわけだが、ハロウィンじゃない日はただのさびれた村に置かれたドデカいカボチャでしかない。さらに哀れなことに、このいかにもクエストフラグ然としたカボチャを、スタート地点としたクエストは、ハロウィンの日に限定解放されるクエスト、オバケカボチャ討伐……正式名称を《南瓜城主の帰還》以外にはない。
このクエストは、最寄りのダンジョンである《パンプキン・フォートレス》の最奥部に限定出現する超巨大カボチャオバケモンスターを撃破する、という物で、なかなか侮れない強さのオバケカボチャを、攻略組で二時間近くかけて討伐したのはいい思い出である。
そんなわけで、《圏外村》であることも相まって、この村に訪れる者はもうほとんどいない状況となっている。ヘルメスに《錬金釜》の情報を教えてくれた、槍使いのプレイヤー……イゾルトがうわさを聞きつけた当初は、この村にはその喋る鍋(より正確には釜)を入手しようとやってくる物好きなプレイヤーが多くいたらしいが、現在は皆諦めたのか、誰もいない。
しばらく村を歩くと、問題の露天商が見えてくる。《ベンダーズ・カーペット》という、プレイヤー/NPC問わずに、固定店舗を構えない露天商を営む商人クラスの存在ならば、誰もが必要とするアイテムだ。ヘルメスの様に市場に出て物資を売るだけのプレイヤーならば、市が開かれるときに仮店舗を借りられるので、このアイテムは不要となるのだが。
《ベンダーズ・カーペット》の最大の利点は、上に置いてある物資の耐久値が減少しないことだ。また、巻き取る時に上に置いてあるアイテムは全て専用のストレージにしまわれる。代わりに、一定の広さがあるエリアでしか広げられなかったり、ダンジョン内では使えないなどの欠点があるのだが……。
そのカーペットの上に、いくつかの装備品アイテムなどと一緒に、一つの非常によく目立つ物体が置かれていた。高さは30~40cmほどか。艶消しのダークグレーの素体に、金色の装飾が良く映える。大小二つの釜飯丼を重ねた様なその不思議な外見は、間違いなくヘルメスの知る《錬金釜》の物であった。
「……らっしゃい」
ヘルメスが近づくと、店主と思しきNPCが、やる気のなさそうな声を掛けてくる。店主は、裸の上半身に、黒いバンダナを撒いていた。首にはじゃらじゃらした奇怪なネックレス。腕にも同様だ。頭に巻いた黒いバンダナには、奇怪な模様が描かれている。さらには浅黒い肌には、無数の奇妙な刺青。一見して怪しいと分かる外見である。
「……この釜を売ってほしいのだが」
その言葉を聞くと、NPC露天商の眉がぴくり、と動いた。露天商の男は、こちらを見ると、そのだみ声で言った。まったく、子どもが聞いたら泣いて逃げそうな声である。
「……兄さん。本当にいいのかい」
「……どういうことだ?」
SAOのNPCは、多数がそれなりに高度なAIを与えられている。そのため、多少の会話が可能だ。もっとも、最上級のAIではないので、既定のセリフでないと会話が成立しない場合があるが。今回は、会話が成立したようだった。店主が答える。
「この鍋はね、危険だよ」
「……構わない」
「……そうかい」
すると、店主は、《錬金釜》をずい、とこちらに押し出してきた。ヘルメスは、その場にしゃがみ込むと、その鍋とも釜ともつかないアイテムの蓋を、こんこん、と二回たたいた。現実世界では、これが《錬金釜》に住まう魔人召喚の為の簡易儀式だったのだ。この世界ではそれがうまく発揮されるのかどうかは疑問だったのだが……。
『なんじゃワレェ!?』
……唐突に、ヤンキーっぽいセリフが、《錬金釜》から飛び出した。ヘルメスは予想していなかったジンの口調に面食らってしまう。しかし、何とか気を取り持って、こう言う時どのように言えばよいのかを模索する。
「……俺は、お前の主になる男だ」
『ほーう。つまりは《錬金釜》の魔人たるこの俺様に勝とうっていう愚か者かい。いいだろう。叩き潰しちゃる』
ばかっ!と、いきなり《錬金釜》の蓋が開いた。ヘルメスは本能的にその場を飛びずさる。すると、開いた《錬金釜》の口から、もくもくと白い煙が湧き出してきた。それは、次第に人の形をとり……ぽむん、という音と共に、《錬金釜》の魔人が姿を現した。
「ワイの名は鍋魔人のジンバ!!」
「……《錬金釜》なのに鍋魔人なのか……」
「う、うるさい!あんたがワイに勝てたら、ワイはあんたの物や。ただ……勝たせる気はありまへんがな!!」
じゃりぃいん!と音を立てて、どこからともなく蛮刀が引き抜かれる。意外に艶のあるその曲刀が振り上げられると同時に、その頭上に、モンスターを示す赤いカラー・カーソルと、プレイヤーの二倍はあろうかという量のHPバー。そして、ネームタグ。書かれた名前は、《鍋魔人のジンバ》。
視界脇でそそくさとNPC店主が逃げ出すのを見つつ、ヘルメスは剣を抜いた。
「いくで!!」
鍋魔人は、その蛮刀を振り上げながら、躍りかかってきた。
後書き
終わらなかった……。次回で鍋(?)魔人との戦いは終わりです。
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