少年少女の戦極時代Ⅱ
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ヘルヘイム編
第16話 ディーラーとお嬢様
シドは足をふらつかせ、路地裏に転がるように座り込んだ。
(プロフェッサー凌馬の言質も取って、やっと大っぴらに葛葉紘汰を潰してやれると思ったのに!)
苛立ちに任せて半身を預けた壁を殴った。
だが殴った拍子に、葛葉紘汰に負わされた傷が痛み、シドは悶絶して倒れた。ぶつかって近くにあったポリバケツが倒れる。
「クソ…ガキがっ…」
毒づいても意味はない――自分は葛葉紘汰に負けたのだ。
どうにか体を上へ向かせ、ソニックアローを受けた右肩を押さえた。
鎧武のライダーキックを受けた胸部のダメージが特に著しい。肋骨がイカれたかもしれない。
(自力で帰るのも一苦労だな、こりゃ)
とにかく動けるようになるまで待とう。シドは腹を括り、路地裏で大の字に転がった。
ぱた――ぱたぱた――パタパタパタ――
シドは訝しむ。足音だ。だが葛葉紘汰にしては軽い。この音の主は――子供だ。戸惑い気味に進んでいるのが音から伝わる。
やがて、音を耳で追っていたシドの前に現れたのは――
「シド、さん?」
「お前……呉島の末っ子の」
呉島碧沙。貴虎と光実の掌中の珠。呉島兄弟の最大の弱点。
「どうしたんですか、こんなと―― ! そのケガ!」
「……んでいやがる。いいとこのお嬢サマが来るようなとこじゃ、ねえだろうが」
「わたしは、チームのみんなといっしょに葛葉さんがにがした犯人をさがして……って、今はそんなことどうでもいいです!」
碧沙はシドの傍らに無防備に膝を突き、傷を見て幼い面を蒼白にした。薄暗い路地裏にいて分かるのだから、陽の下で見たら相当ひどい顔色だろう。
「ちょっと待ってください。救急車よびますから」
「やめろ!!」
シドは残り僅かな体力を総動員し、碧沙の、今にもスマートホンの119番を押そうとした手を掴んだ。
「どうして…っ」
「ドライバーを着けてりゃ、っ、自然治癒する……必要ない」
ユグドラシルの裏の仕事で負ったケガを表の病院だかで明るみに出すわけにはいかない。それ以上に、あれだけの啖呵を切って出た手前、派手に搬送されて凌馬や湊の嘲笑に曝されるのだけは、シドという男のプライドが許さなかった。
「その自然治癒だって、間に合わないかも……死んじゃう、かもしれないんですよ!? なのに何で。助けさせてもくれないんですか?」
シドは舌打ちして碧沙から顔を逸らした。
「静かにしてろ。傷に響く」
碧沙ははっとしたように両手で口を隠した。
「分かったらさっさと俺の前から消えろ。今の俺は気が立ってんだ。いくら貴虎の妹でも殺さねえ自信はねえぜ」
大の男と小学生女子。強いのは圧倒的に大の男であるシドだ。アーマードライダーの力がなくとも、こんな小さな生き物は、引きずり倒して首に少し体重を乗せればすぐ絶命する。
すると、碧沙はシドの頭上に回り込んだ。訝っていると、碧沙はシドのコートを両手でふん掴んだ。
「ぃ、でぇ!」
碧沙は掴んだコートの肩口を力一杯引っ張り、何かの上にシドの頭を乗せた。
碧沙がシドを膝枕したのだ。
展開に付いて行けないシドに一瞥もなく、碧沙はどこかに電話をかけ始めた。
「もしもし。わたしです、碧沙です。――。はい、車を一台回していただきたいんです。場所は――」
碧沙は通話を切ると、スマートホンを路上に適当に転がした。
「どういう、つもりだ」
「呉島の車を呼びました。その車で休んでください。自然に治るんでも、こんな道ばたに転がってるよりマシだと思います。車が着くまでは、わたし、ここを、はなれませんから」
つまり、その車とやらが着くまでは、シドの頭はこの小娘の膝の上。
「俺たちが何してんのか知らねえのか」
おそらく碧沙はスカラーシステムやプロジェクトアークについては知らない。シドが街を命運を握ってひた隠しにし、人類の”選別”を目論む連中の一人だとは、知らない。
でなければ、こうして無防備に膝を貸せるわけがない。
知らない、とはこんなにもおかしな状況を生み出すものかと、シドは皮肉に笑った。
「何をされてる方でも、今は息もたえだえのケガ人です。だからケガ人にすべきだと思うことをします。あなたがだれと、どんな理由で戦ったんだとしても」
「……、そうかよ――」
シドは帽子をずらして表情を隠した。貴虎の妹とはいえこんな小娘に、今の自分がどんな顔をしているかなど知られたくなかった。
後書き
ドライバーにはどのタイプでも治癒を促進する効果があるのではないでしょうか。でなければ1話終われば全快しているというライダーたちの超回復っぷりが理解できません。
この後シドさんは動けるくらいになるまでヘキサの膝枕続行で、呉島家の車の中で寝て、ユグドラシル本社に送って行かれて、傷が治ってからすんげえ気まずい思いで凌馬に敗北報告しに行ったんだと妄想するだけで白米3杯はイケます。
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