ストライク・ザ・ブラッド~魔界城の主~
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01:その青年、暁魔城
《聖域条約》。吸血鬼最初の真祖であり、実質世界で最も古い真祖ともいえる男、《忘却の帝王》が、長きにわたる戦で、おびただしい量の血を流させて、約六十年前にようやく締結した、魔族の権利を認めさせる条約。《眷獣》と呼ばれる異界からの召喚獣を保有する為、魔族の中でも最強と言われる吸血鬼。その中でもさらに最強であるとされる真祖たちは、それぞれ《魔族特区》と呼ばれる街を中心に、自分たちの支配する王国、《夜の帝国》を作り上げている。
《第一真祖》、《忘却の戦王》。D種と呼ばれる一般人の抱く『吸血鬼』に最も近い吸血鬼たちの祖。ソロモン七十二柱の名を冠する72の眷獣を従え、東欧の大地に《戦王領域》を獲得している。
《第二真祖》、《滅びの瞳》。G種と呼ばれる謎の多い吸血鬼たちを従えた、やはり謎多き真祖。19の眷獣を従え、中東のドミニオン《滅びの王朝》から姿を見せずに世界を監視する。
《第三真祖》、《混沌の皇女》。T種と呼ばれる女性の多い吸血鬼を支配する、《混沌海域》の女王。アステカの神々の名を持つ27の眷獣を擁し、無数の化身に姿を変える。
そして、彼らとは別に、もう一体、「最強の真祖」とされる吸血鬼が存在する。
《第四真祖》、《焔光の夜伯》。一切の血族をもたず、ドミニオンの王座にもつかない。十二宮の名を冠する眷獣たちを従え、唯々災厄を振りまくのみ――――。
実在するかも疑わしいこの最強の吸血鬼が、しかし実は、たった16歳の少年でしかないことを知る者は非常に少ない。
彼の名は暁古城。一年前、先代《焔光の夜伯》からその力を受け継いだ彼は、いまだその眷獣を制御することなく、怠惰な生活を送っていた。
その危険な少年を監視するために、様々な存在が動き出す。魔導犯罪を取り締まる機関である《獅子王機関》は、《剣巫》と呼ばれる存在を彼の監視役につけ、送り込ませた。第一真祖のドミニオンからは、一人の貴族が彼に会うためにやって来る。
そして……ここにもひとり。
アルディギア王国は《戦王領域》にほど近い所にあるため、ここ、アルディギア空港には魔族が少なからず存在する。登録魔族を示す銀色のリングをはめた大柄な獣人の青年や、魚の鰭の様な形状の耳を持った魚人の少女、果ては巨人族と呼ばれる希少種までいる。それらは普通の人間と同じように空港内を歩き、食事やお土産を買っている。中には人間と仲睦まじく腕を組んで、ピンク色のオーラを発している者までいるほどだ。アルディギア王国は実質、国家全体が《魔族特区》の様なものなのだ。その中にあって、その青年の存在は非常に目立っていた。
右手には登録魔族を示す銀色のリングがはめられている。それは珍しくはない。同じリングをはめた登録魔族は、周りにいくらでもいる。注目を集めているのは、その容姿だ。黒い髪を長く伸ばし、一本結びにしている。線の細い顔つき・体つきをしており、一見しては女性かと見紛うばかりだ。彼が歩くと人々が振り返り、少女たちは黄色い悲鳴を小さく上げる。
青年は大きめのトランクを引きながら、アルディギア空港の中を歩いていた。いくつかの通路を通り、そして、急にぴたり、と立ち止まった。周りの人間が、どうしたのだろうか、と彼を見ると、当人は宙を見上げて呟いた。
「……えーっと……絃神市行きの飛行機って、どこから出るんだっけ……」
……どうやら道に迷っただけだったらしい。周りの人間がどことなく呆れたような表情をする。少女たちは「かわいい」「かわいい」「天然なのかな」などと口々に呟く。その中の誰かが、勇気を出して彼に声を掛けようと口を開いた、その時――――
ドンッ!!と、何かが爆発する音が響いた。人々の間に混乱が走る。音のした方向から、火の手が上がっていた。「なんだなんだ!?」「テロか!?」などと叫び声が上がる。何があったのか。人々が様子を見ようとそちらに向かって歩き始めた時。
「動くな!!」
通路の向こう側から、マシンガンを持った二人の男が現れた。二人とも真っ黒な装束に身を包んでいる。どこからどう見ても「テロリスト」の外見であった。黒装束の男の内片方が、マシンガンを構えながら叫ぶ。
「俺達は《アルディギア解放軍》!アルディギア王朝の支配に抗する者達だ!!」
それを聞いた住民たちの多くが、なにを言っているんだこいつは、とあきれた表情をする。アルディギア王朝の統治は完璧と言える。徴税も平均的だし、産業も発達している。何より、国民の失業率は世界最低基準なのだ。住民のほぼ10割が、この国の暮らしに満足している。
それに抗しようなどとは、気違いもいいところだ。
「……どうしてそんなことを企んだりしたんです?なにも不満など無いでしょうに」
そして国民たちの言葉を代弁したのは、あの黒髪の青年だった。とぼけた表情で、肩をすくめながら聞く。そしてそれは、テロリストの気に障ったようだった。
「うるせぇっ!!ガキはすっこんでろ!!」
そう叫び、いきなりマシンガンを乱射。住民たちから悲鳴が上がる。フルオートで射撃された弾丸が、青年の体を穴だらけにする……そう思われた。
しかし、全ての弾丸は、青年の少し手前で止まっていた。まるで見えない壁でもあるかのように、弾丸がそこでストップし、ころころと床に落ちる。
「な……」
「危ないじゃないですか……。僕だけならまだしも、民間の方々に被害が出たらどうするつもりだったんですか」
青年の眼が、真紅に染まる。きれいな歯並びの中に、小さい牙があるのが確認できる。
「そのリング……登録魔族?それにその牙、その眼……そうか……テメェ、吸血鬼!」
「ご名答です」
にっこり、と吸血鬼の青年が笑う。しかし、テロリストたちは余計に余裕を失ったようであった。あわててマシンガンの弾丸を別のものに交換する。恐らく、吸血鬼に効果があると言われている魔導弾にしたのだろう。そしてそれを構え、乱射する。しかし――――
「残念」
魔導弾たちは、全て青年の障壁に阻まれて落下した。一つたりとも青年に、そしてその後ろの住民たちには当たっていない。
「うそだろ……」
「何でだよ!この弾、吸血鬼に効くんじゃなかったのかよ!」
口々に喚くテロリストの男たち。毒づきながら、しかし諦め悪く次の弾を装填し――――
「……下がっていろ」
何者かの声に、はじかれたように振り向いた。
声の方向から、一人の男が歩いてくる。黒いロングコートと帽子を身に付けた男だ。銀色の長い髪をなびかせている。纏っている雰囲気は、明らかに人間の物ではない。未登録魔族――――
「……あなたが親玉ですか?」
「いかにも。俺は《アルディギア解放軍》頭領、ジルクニフ・アーダー。王朝の支配に抗う者だ」
「何故アルディギア王朝に対抗するのですか?この国は魔族にとっても優しいでしょ?」
「……優しい程度では駄目なのだ。俺達がこの国を支配し、魔族の王国をつくる!そしていつかは《夜の帝国》の蝙蝠共も蹴散らし、世界の王に――――」
ああ、なるほど。と青年がため息をつく。
「まだ湧くんですねぇ、その考えの人。一時前によくいましたよね~、自分が世界の王になるんだ~とか言う獣人……たしか……そう、《黒死皇》。もしかしてあなたもその一派だった口ですか?」
「ほぅ……見る目はあるようだな、蝙蝠。いかにも。俺はかつての《黒死皇派》の一員。だが俺は奴らほど獣人至上でもないのでね。……どうだ。貴様も俺と組まないか。俺と組めば、世界の王になった時によい地位を与えてやろう」
「お断りします」
今までの優しげな雰囲気は一瞬で掻き消えた。青年の表情が険しいものに変わる。ジルクニフがそれを受けて、む、と顔をしかめた。
「僕にはすでに愛する王女様がいるのでね。彼女を裏切るわけにはいかないんですよ。……だから彼女の国も守らせてもらいます。ここであなたを捕まえれば、《アルディギア解放軍》は掻き消えるんでしょう?」
「ほぅ……なるほど。その口調、貴様、アルディギア王朝が飼っているという吸血鬼だな?面白い!やって見せろ、蝙蝠!!」
バクン!!とジルクニフの体が、内側から膨張した。筋肉が盛り上がり、半人半獣の狼がその場に姿を現した。ジルクニフは獣人――――それも、狼の獣人だったのだ。
「なるほど、人狼ですか」
しかし、あくまで青年の口調は穏やかだった。
「グルガァッ!!」
人狼がうなり声をあげて迫る。鋭い爪や牙に攻撃されれば、いかな吸血鬼といえども無事ではすむまい。
「あー……あとでラ・フォリアに謝らなければいけませんねぇ……『そびえたて、《ユグドラシル》』」
瞬間――――
魔力が、爆発した。住民たちは、青年があらかじめ敷いていた障壁によって守られたが、守られていない空港の通路は大惨事となった。窓ガラスは粉々に割れ、植木は吹き飛び、商品はズタズタになる。そして何よりテロリストの男二人は口から泡を吹き出して気絶し、ジルクニフもまた、鮮血をまき散らしながら吹き飛ばされた。
「ガハッ!!」
ジルクニフの獣人化が解ける。こつ、こつ、と音を立てて、青年はジルクニフの近くに歩み寄った。ジルクニフが、驚愕と畏怖、そして恐怖のこもったふるえ声で、青年に向かって言った。
「……昔、”伝説の世界樹”の名を持つ眷獣を操る、幻の吸血鬼の名を聞いたことがある……貴様だったのか、《番外真祖》……」
「その名前は五十年位前に捨てましたよ。今の僕は魔城です。暁魔城」
そう言って、青年――――暁魔城は、にっこりと笑った。
後書き
多少改稿しました。魔城君の眷獣は北欧神話ネタです。
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