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《SWORD ART ONLINE》~月白の暴君と濃鼠の友達~

作者:P笑郎
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眠り姫

 
前書き
なんかあんまりソードアートぽくないと思った・・・・・・ 

 
〈1〉





ーー鉄輪を咥えた獅子が睨んできた。

無論、ただの装飾である。もしそうでなければ、今頃は泡を噴いて倒れているところだ。扉に設置されたそれと対面し、鉄輪を掴んで打ち鳴らすと、思った以上に大きな音が屋敷全体に響き渡った。

紺碧の空に浮かぶ浮遊城《アインクラッド》においても、尚人気の少ない場所だった。その塔のように連なった仮初めの大地を、最下層から天辺まで一から百と数えるならば、ちょうど第十層にあたる位置に屋敷はあった。

最前線が二十三層に移った今、レアなモンスターが出現するわけでもなく、観光名所があるわけでもない第十層は、人々から見向きもされなくなって久しい。何故わざわざこんな場所に、と大抵の人間は思うだろうが、自分はその理由を知っている。この屋敷の持ち主が、極度の人嫌いで引きこもりだからだ。

それを証明するかのように、奇妙な森の一番奥に建てられた屋敷は、隠者の住まいか、アンティークの化け物とでもいった風情だ。

光の矢のように差し込む朝日に目を細めつつ、屋敷を見上げた凡庸な少年ジロウは一つ溜息をついた。

本当に不思議である。

こんな所に足繁く通う、他でもない自分自身がだ。

なぜ好きでもないのにこんな場所に来るのだろう? あえて述べるなら、それは”彼女”との約束であったり、感謝の念であったり、自分のためだったりするのだが、どれもしっくり来ない違和感は感じていた。

もしかすると魔法にかけられたのかもしれない、とジロウは子供じみたことを思った。唇がちょっと緩む。そう、魔法だ。強制的に屋敷へと招かれる魔法。気がつくと、彼女のことを考えてしまう魔法……

「……それにしても遅いな。いつもなら一回鳴らしただけで出て来てくれるのに。……とっても偉そうにだけど」

後ろにそう付け足して、ジロウはもう一度鉄輪を打ち鳴らした。

カーン! カーン!

鉄のぶつかる音が再び周囲に木霊する。開く気配のない扉と睨めっこすること数十秒、根負けしたジロウは肩を落とした。どうやら留守のようである。これは今までに一度もなかったケースだ。彼女の生活習慣からするに、この時間帯に外に出かけることは極めて希だが、出て来ないとなればそういう事なのだろう。

ジロウは途方にくれた。

ここまで長い道のり歩い来たのにも関わらず、無駄足でした、では全く洒落にならない。かと言って文句を綴ったメールを送る気にもならないので、仕方なくジロウは玄関の前をうろうろした。

五分はそうしていただろうか。このままでは何も始まらないと思い至り、ダメ元で取っ手を思い切り押してみた。すると、

「あれ、開いた……」

意外にも、扉は重々しい音を上げながら内側に開いた。カギが掛かっていなかったのだ。この手の物件は、持ち主が外出する際に出入り口は自動でロックされるため、カギが開いていた以上、彼女は屋内にいることになる。

「セレシア? いるの?」

いないわけはないのだが、習慣で彼女の名を呼ぶ。返事はなく、屋敷の空気から突っぱねられた気がしたジロウは、思わず一歩後ずさって顎を引いた。これは、入ってもいいのだろうか。

またしばらく考えた後、ジロウは自信なさげに顔を上げ、自分に言い聞かせるように言った。

「べ、別に入っても構わないよね? 友達だし……」

友達、という関係の実態は、しかし世間一般的な認識とはかなり異なっているかもしれない。この場に彼女が居たとしたら、きっとこう答えるに違いないのだ。友達? 冗談じゃない。お前は私の”下僕”だろうーー

故に、ジロウは友達という言葉にこだわっているのだった。そうでもしなければ、情けなくてやっていられない。

深呼吸をしてから、ジロウはらしくもない勇気を発揮して、屋敷に侵入する。始めにジロウを出迎えたのは、二階までぶちぬいた贅沢なホールと、ぶら下がる巨大なシャンデリアだ。見慣れてきたとはいえ、その厳かで垢抜けた内装には毎回驚かずにはいられない。

奥には、ホールを見下ろせる空中廊下と、二階に至る婉曲した階段があった。よく映画で、貴婦人が微笑みながら降りてくるあれだ。そこを足音立てずに上りながら、ジロウはもう一度彼女を呼んでみた。

「おーい、セレシアー? いないのー……? ……うぅ、本当にいなかったらどうしよう」

何のことはない、不法侵入が空き巣に変わるだけである。やはり彼女は外出していて、この瞬間に帰ってくるという最悪の展開だけは考えないようにしつつ、ジロウはせかせかと足を動かした。

とにかく屋敷は広い。こんな場所から彼女を捜し出すのは、とても不可能に思えた。なにせ廊下一つとっても、扉が十は並んでいるのだ。

コの字型に作られた屋敷の、東側の棟を一通り見て回ったジロウは、半ば意地で隣の棟へと捜索範囲を広げた。すでに不法侵入の罪悪感も峠を越したという感じだ。

「……また扉」

空中廊下を渡りきるなり、ジロウは呆然と呟いた。やはりこちらの棟も作りは同じらしく、赤い絨毯の敷かれた廊下にずらっと並ぶ扉を見て、ジロウは流石に気が滅入ってきた。ここにきて、特大のクエッションマークが頭上に浮かぶ。

これだけの部屋、必要なのか? と。

思えば、今まで彼女から立ち入りを許可されたのは、ホールとキッチン、あとは彼女お気に入りの絵が飾られた応接間だけだった。漠然と大きい屋敷だとは思っていたが、真相はそんな表現では全く足らなかったらしい。その瞬間、先ほどから不穏な音を立てていた心がポキリと折れた。

帰ろう。

うなだれながら踵を返したジロウは、しかし視界の端に白っぽい何かを認めて動きを止めた。扉である。年期を感じさせる焦げ茶色の扉の中で、一つだけ純白に染められたそれはひどく目立っていた。

ジロウは第六感にピンとくるものを感じた。

その扉に近づくと、空気の密度が濃くなっていくような錯覚を覚える。古めかしい屋敷の中で、ここだけが奇妙に強い”我”を感じさせるのだ。

少し緊張しながら、ジロウは白い扉を控えめにノックした。上質な木材でできているらしく、木目の浮き出た表面は心地よい感触を手の甲に伝えてきた。

「ごめん、僕だけど……。勝手に入って来ちゃった。セレシアは、いる……よね?」

そう付け加えたのは、ノックした瞬間に中の空気が揺らいだ気がしたからだ。返事がないのでジロウは意を決してドアノブを回してみた。カギは、かかっていなかった。

慎重に戸口をくぐったジロウは、次の瞬間に絶句した。

まず、輝くような緑の芝が、ドーム状の大きな部屋全体に広がっている。白い壁にはツタがからまり、天辺まで細いつるを伸ばしている。中央にはぐるぐるに捻れた巨木がそびえており、見たこともないような果実を実らせていた。

甘い芳香が鼻孔をくすぐり、ジロウを夢見心地にさせた。部屋の端っこに流れる湧き水をまたぎ、魅入られたように部屋に入ったジロウは、一つおかしなことに気がついた。窓の類が一切ないのにも関わらず、部屋全体が微かに明るいのだ。

理由はすぐに分かった。花だ。

ツタの所々に咲いた葵い花が、それと分からないほど静かに発光し、部屋全体を優しく照らしているのだ。

今まで見たこともない不思議な空間だった。

それでも、一応生活する気はあるらしく、一見すると目立たない位置に様々な家具が置かれていた。梢の下にはテーブルと椅子が置かれ、大分離れた水路の近くに、木製のキャビネットや本棚、衣装ケースなどがぽつぽつと立っている。

ジロウの目はその中でも、自ずと強い存在感を発するものに引き寄せられた。緑と一体化したような天蓋付きのベットだ。

白い布団とシーツに覆われたそれは、遠目に何かを包んで膨らんでいるように見える。さくさくと芝を踏んで、ジロウは慎重にベットとの距離を詰めた。

次第に見えてきた”中身”に、ジロウは自然と動機が激しくなっていくのが分かった。

それはーー

小さな眠り姫だった。

流星が零した涙のような銀髪が、無造作にシーツに広がっている。真っ白の肌はすべすべしていて、室内の微光の中、ぼんやりと浮き立って見えた。穏やかな寝顔は、美しい夢の情景を見せつけるような可憐さで、同時に何百年も眠ったままではないかと思わせる静けさが漂っていた。

残念なことに、瞳は閉じあわされた長い睫に隠れている。

くぅ、くぅ、と彼女が静かな寝息を立てるたびに、布団が微かに上下する。胎児のように丸まって眠るその姿は、普段の横暴な態度を毛ほども感じさせなかった。

未だかつてないほどの警鐘が、頭の中でガンガンと鳴り響いた。これを危機と言わずして何というのだろう。自分はよりによって熟睡中の彼女の部屋に、無断でズカズカと入り込んでしまったのだ。

理性は今すぐ退出しろと喚いている。だがジロウは、魔法にかかったように彼女から目が離せなかった。完璧な美貌に不似合いな、子供っぽくて柔らかそうな頬っぺた・・・・・・

夢遊病者のように手を伸ばしたジロウは、あろうことか彼女の頬を指先でつついていた。

ぷにっ。

この世の物とは思えないほど柔らかい感触が伝わり、思わず顔が綻ぶ。ここで止めておけば良かったのだが、ジロウは彼女が寝ているこを良いことに、何度も何度もその頬をつついた。

ぷにっ、ぷにっ。

ぷにっ、ぷにっ、ぷにっ。

ぷにっ、ぷにっ、ぷにっ、パチッ! 

……ぷにっ?

不意に違和感を感じて、ジロウは訝しげに指の動きを止めた。

「……うぅん。な、……なぁに?」

次いで可愛らしい寝ぼけた声が聞こえて、ジロウは背中に氷を押しつけられたような寒気を感じた。恐る恐る視線をずらすと、大きくて、曇天を思わせる青灰色の瞳と目が合う。瞬間、ジロウは全てが終わったことを悟った。

屋敷の主である彼女は、まだ意識がはっきりしないらしく、視線がジロウの顔と、自らの頬にぐっさりと刺さった指の間を行き来した。

次第にその表情が強張り、瞳がきりきりとつり上がっていく。今、彼女がどういった心境でいるのかは想像に難くない。薔薇色の頬が、何かしらの感情をたたえて真っ赤に染まる。

「……や、やぁ、セレシア。おは、よう?」

語尾に疑問符がついたのは、それがこの場面で言うべき言葉なのか迷ったからだ。冷や汗を流しながら、引きつった笑みを浮かべるジロウを尻目に、脳内の小人が謎のカウントダウンを始めた。

……3、……2、……1

彼女がすぅっと息を吸い込む。

……0

「なぜお前がここいるーーーーーーーーーーー!?」

その絶叫は美しい少女から発生し、屋敷を震わせ、第十層の大地に伝わり、《アインクラッド》全体に聞こえたのではないかと思えた。薄い桜色の唇から、二本の犬歯がキラリと除く。小さな眠り姫ーーセレシアは激怒していた。

ジロウと言えば、あまりの剣幕に尻餅をつき、ガタガタと震えるしかなかった。







 
 

 
後書き
やっぱりこの文体がしっくりくる。

ヘタレは書きやすいなぁ。

 
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