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無名の戦士達の死闘

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第十一章


第十一章

「だがここはあいつに任せるわ」
 彼はそう言って打席に立つ有田を見た。そして腕を組み直した。
 一球目、有田は打った。だがそれはファールだった。
 二球目、山口は投げた。あの高めの速球であった。
 かって有田はあのプレーオフで山口に手も足も出なかった。そのことが今脳裏に甦る。
「今日は負けへんぞ!」
 有田はバットを一閃させた。そして思いきり振り抜いたのである。
 打球はそのまま一直線に飛んでいく。皆ボールの行方を追う。皆ボールの行方を固唾を飲んで見守った。
 ボールは大阪球場のスタンド中段に叩き込まれた。有田の力が山口の力を押さえ込んだのだ。
 有田はダイアモンドを回る。さしもの山口も肩を落としている。
「ようやったな」
 西本は戻って来た有田に対して声をかけた。彼の顔には笑みがあった。それだけ価値のあるアーチだったのだ。
 しかし阪急も負けてはいない。追いすがり一点差まできた。得点は八回表で五対四、しかも一死満塁という状況であった。打席には昨年の藤井寺で鈴木に止めをさしたマルカーノである。
 マルカーノは打つ気満々であった。それを見た西本は動いた。
 ピッチャー交代である。彼は山口の名を告げた。
「おい、今日もいったらんかい!」 
 観客席から声がする。彼等も山口に全てを託した。
 まずはマルカーノである。彼は勝負にはやっていた。それが裏目に出た。
 浅いレフトフライであった。これではタッチアップも出来ない。山口は動ずることなく次のバッターを見た。
 代打である。昨日の試合でタイムリーを放っている笹本である。
 笹本はバットをゆっくりと構えた。彼もまた山口との勝負に燃えていた。
 山口の速球が唸った。笹本のバットは空しく空を切った。
 こうして阪急の攻撃は止まった。そしてその裏の近鉄の攻撃だ。
 ランナーが一人いる。ここで平野がバッターボックスに入ろうとする。
「おい」
 その時西本が彼を呼び止めた。
「思いきり振ってけ。高めがきてもな」
 平野はその言葉に少し驚いた顔をした。
「今の御前やったら打てる」
 西本は最後にそう言った。そして平野をバッターボックスに送り込んだ。
 見れば阪急ナインはいまだ闘志に燃えている。おそらく九回は決死の覚悟で挑んでくるだろう。まだ一点差、何としても勝ちにくる。
 だがここで点が入ればそれも変わる。ここで打てばこの試合、阪急の息の根は止まる。
 何よりもマウンドにいるのは阪急の切り札山口である。スリーランを浴びているとはいえその後は見事に抑えている。その彼を打つことは大きい。おそらくこのプレーオフの流れも決めるだろう。
「よし」
 平野はバットを強く握り締めた。そして構えた。
 バットが一閃した。打球は唸り声をあげスタンドに飛び込んだ。
 決まった。ダメ押しだった。これで山口は打ち砕かれた。
 山口は崩れ落ちた。さしもの速球王もこれで終わった。阪急黄金時代を支えた守護神が今ここに打ち砕かれたのだ。
 二勝。近鉄はこれで王手をかけた。しかも切り札山口を打ってである。
「けれどまだまだ油断はできへんな」
 観客達は大阪球場をあとにしながら話していた。
「ああ、何といっても阪急の打線は凄いからな」
 阪急を支えていたのは山口だけではなかった。その打線もまた凄かったのである。
「だけどここまで来たら勝ちたいな」
 その中の一人が言った。
「ああ、西本さんの久々の胴上げが見たいな」
 その中には阪急ファンもいた。皆西本が好きだったのである。
 第三戦は西宮球場で行なわれた。近鉄の先発はあの村田である。対する阪急は稲葉光雄である。
「安心して行って来い」
 梶本はマウンドに向かう稲葉に対してそう言った。
「今の御前やったらあの連中を抑えられる」
 彼は稲葉を落ち着かせる為にもそう言ったのである。
 
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