魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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As 04 「強くなりたい」
俺は初めてはやて以外の女の子の家を訪れていた。
壁に寄りかかっている俺の視界に映っているのは、整頓が行き届いた部屋。机の前に置かれているイスには金髪の少女、ベッドの上には栗毛の少女が座っている。
ふたりの少女とは知らない間柄ではないのだが、八神家しか訪れたことがない俺はどうにも落ち着くことができない。
そもそも、簡単に異性を家に上げるというのは……、などと考えてしまっている自分がいるが、小学3年生くらいの子供は性別に関係なく家に上げるのだろう。
現状に緊張してしまっているのは、ただ単に俺の経験不足が原因だよな。
ふと視線を窓に向けると、赤みを増してきている空が見えた。夜にトレーニングをしていたり、はやて達に夕飯をご馳走になったりすることもあったため、帰りが遅くなることはこれといって問題ない。無表情の同居人の機嫌が悪くなる可能性はあるが。
余計なことを考え始めた矢先、誰かが俺の顔を触ってきた。突然のことに驚きはしたものの、顔には出さずにゆっくり目を動かすと、心配そうな顔を浮かべているテスタロッサが映る。
「大丈夫?」
「えっと……何が?」
「その、何だか難しい顔してたから。それに……」
テスタロッサの手が、そっと俺の左腕を撫でた。
高町やテスタロッサはそれなりに負傷していたし、魔力を奪われたことで気を失っていた。シャマルが治療したのは、性格もあるだろうがそこが大きく関係しているだろう。
だが俺は、軽く負傷はしたものの魔力を奪われていない。言うまでもなく、はやてのために協力関係を結んだからだ。治療の申し出はあったのだが、魔力を奪われていない状態で治療されるのは不自然だと考えた俺は断った。
とはいえ、ふたりが負傷するほどの戦闘。どんな軽い傷でもリンディさんがさせるはずもなく、俺は有無を言う暇もなく治療を受けさせられた。そのため傷口は完全に塞がっている。
だができるだけ自然治癒のほうがいいということもあって、打撲などはそのままになっている。正直に言えば、軽く触れられているだけでも痛みは感じる。
しかし、心配してくれている人間に大して痛くもないのに触らないでほしいとは言いがたい。会話もなしに彼女と至近距離でいるのは緊張してしまうため、どうするか考え始める。そんな中、ふと彼女と視線が重なった。
「あっ、ご、ごめん!」
テスタロッサは謝りながら機敏な動きで距離を置くと、顔をこちらに見せないようにしてイスに座り直した。彼女の顔は見えないが、おそらく真っ赤になっている気がする。俺ももしかしたら赤くなっているかもしれない。
はやてやシュテルとは何ともないのに……テスタロッサが過剰に意識するから、こっちまで恥ずかしくなってるんだろうな。
「……何だかふたりとも顔赤くない? ま、まさか熱でもあるんじゃ……!」
「だ、大丈夫だよなのは!」
「……はぁ」
「フェイトちゃんはともかく、ショウくんのため息はおかしいんじゃないかな?」
「いや、おかしくは……」
言い切る直前、俺の脳裏にある考えが過ぎった。
高町は敏感なところもあるが、魔法の資質のように敏感に感じるもののバランスが偏っているのか、異性に対することや自分に対しての好意に鈍いところがある。
他人とあまり深く触れ合わない俺が言うのも失礼かもしれないが……でもユーノの好意には俺だけでなく大抵の人間が気づいている気がする。しかし、向けられている本人は気が付いていない。
「……あぁ、そうだね。悪かったよ」
「う、うん……謝られてるのに失礼なことを言われてる気がするのは、私の気のせいなのかな?」
「気のせいだよ」
「……ショウくんに言われると、そうじゃない気がしてならないんだけど」
高町は疑いの眼差しをこちらへ向けている。彼女の俺に対する反応は、クロノやユーノに対するものと違うように感じる。
高町がこのような反応をするのは、俺がふたりに比べて言葉足らずだったりするからかもしれないが……。
「純粋に相性ってこともあるかもな……」
「ねぇ、今何て言ったの? またいじわるなこと?」
「君は俺をそういう人間だってことにしたいの? 俺はただ、君と親しくなるのは現状が限界なのかなって言っただけ……」
言い終わる前に高町はこちらへ近づいてきた。俺の目の前に立った彼女は、俺の両手を包み込むようにして握ると真っ直ぐな瞳を俺へと向ける。
「何で今の状態が限界だって決めるの。私はショウくんのこともっと知りたい。仲良くなりたいよ」
俺は真っ直ぐな言葉に思わず目を見開いたが、すぐに視線を逸らした。
仲良くなりたいと言ってもらえることは、正直に嬉しいと感じている。でも俺には、過去に負ってしまった心の傷がある。
高町は強い。でもヴィータに負けて怪我をした。彼女は再びあいつらと出会ったら、必ず戦う道を選ぶだろう。あいつらははやてのために、繋がりのある俺でさえ消そうとしたほど必死だ。邪魔をするのならば、次は容赦しないかもしれない。
親しくなればなるほど、そのときに受けるダメージは大きくなる。それが俺は怖い。
他人が傷つくのも嫌だけど、結局のところ自分が傷つくのを一番恐れている。俺は……臆病者だ。
いや、それだけじゃない。
俺はシグナム達とのことを誰にも言っていない。はやてのことを考えての行動ではあるが、彼女は他人を傷つけてまで自分が助かろうとは思わないし、自分のために他人が傷つくのを良しとしない。それを理解しながらもシグナム達の行動を黙認するのは、彼女を死なせたないから。ではなく、結局は自分が傷つきたくないからなのではないか……。
それに俺は事件を早期解決することもできるのに、それをする意思はない。これによって多くの人が傷つくことになるだろう。高町やテスタロッサもまた怪我をするかもしれない。
俺は……自分勝手で嘘吐きの臆病者だ。そんな俺に……この子と仲良くなる資格があるのだろうか。
「……まあそれは置いておくとして」
「いやいや置かないでよ!?」
「いや置く。この話よりももっとする話があるんだから」
間違ってること言ってるか? と視線で問いかけると、高町はしょんぼりしながらも頷いた。その様子を見たテスタロッサが何か呟いた気がするが、気にしないでおくことにする。
……変わろうと決めたのに、肝心なときに向かい合うことができない。俺はいつまで今みたいに逃げるのだろう。最悪の未来が訪れてしまった場合、俺は現実からすら逃げてしまうのだろうか。
そんなことを考えている間にも高町はベッドに座り直し、少し考え込んだあと口を開いた。
「何となく……なんだけど、あの子達とはまた会う気がするの」
「うん」
「まあ立場上……俺達と彼女達は敵同士だからね」
「そうだね。でも何も分からないまま戦うのは嫌だ。昨日は話も聞けなかったけど……」
「次はきっと……」
「うん」
高町が元気に返事をすると、テスタロッサは立ち上がった。
彼女達の性格や会話の流れを知っているからこそ何を言いたいのか理解できたが、ふたりをあまり知らない人間には言葉足らずの会話でもおかしくなかった気がする。というか……なぜテスタロッサは立ち上がったんだろう。
「今から?」
「うん! 一緒に練習!」
高町は握りこぶしを作りながら立ち上がり、力強く宣言した。
話ができないほど弱いのならば、話ができるほどに強くなればいいという考えなのだろうか。理解できなくはないが……何とも言えない気分だ。
「練習って……何をする気? 君達って確かまだ魔法使えないはずだよね?」
「近接戦闘の練習。これなら魔法が使えなくてもできる」
高町とテスタロッサは、外に出て自分のデバイスと同じくらいの棒を手に取った。互いに構えると、すぐさま戦い始める。
一度決めるととことん突き進もうとする彼女達には感心する。こういうやらずに後悔よりやって後悔のようなところが、彼女達の強さに関係しているのかもしれない。このペースに常人はついていけないと思ったりもするが。
「やあ!」
「はあ!」
ふたりの訓練を見ていると高町は防御を、テスタロッサは回避を主体にしているのが分かる。魔法を使っていなくても、彼女達の性格が戦い方に現れていると言えるだろう。
それにしても少し意外だ。
高町は学校の体育を苦手にしているとか言っていた気がするが、訓練を見る限り運動が苦手のように見えない。宙返りを簡単に決めるテスタロッサは、あの月村とも良い勝負をしそうである。
ふたりはしばらく打ち合っていたが、体育苦手宣言をしている高町の体力が切れてしまい中断。高町は肩で息をしながら座り込んでしまう。一方テスタロッサは、息は切れているようだがまだ余力があるように見える。
ふたりの姿を見て、俺の中にある気持ちが芽生えていた。その気持ちに従って、俺は高町の傍へと近づいていく。
「はぁ……はぁ……あれ? はぁ……どうかした?」
「ちょっと棒貸してもらっていいかな?」
「え……あぁ、うん」
高町から棒を受け取ると、軽く振ってみる。
……ファラより軽いな。まあ木の棒だから仕方がないか。
高町から少し離れ大きく息を吸って吐いた後、無声の気合と共に一閃。風を切る音が周囲に響いた。俺の行動が意外なものだったのか、高町とテスタロッサの目は見開かれている。
「テスタロッサ」
「え、はい」
「まだやれるなら、今度は俺とやらないか?」
さらに彼女の目が見開かれた。普段の俺からすれば、自分から訓練をしようなどと誘わないため当然だとも言える。
正直に言って、彼女達と親しくなるのには俺の中の抵抗が強すぎる。余計なことを考えてしまって思考の渦にはまるだけ。でも強くなりたいということだけは深く考えずにやれる。
このふたりの姿や心意気が刺激になったのも理由だが、こんな俺でも傷つけば悲しむ人がいる。悲しい顔はさせたくない……1名ほど無表情にしか見えない奴もいるが。
それに……負傷するとなれば、傷つける人物はきっとあいつらだ。協力関係を結んでいても戦場で出会えば、関係がバレないように戦うしかない。そこで俺が負傷すれば、あいつらは自分を責める。だからせめて、自分を守れるくらいには強くならなければ。
「……喜んで。ショウとは一度手合わせしてみたかった」
テスタロッサは嬉しそうな声で凛とした表情を浮かべた。優しい性格の持ち主だが、訓練などになると好戦的のようだ。彼女と模擬戦をしたならば、真剣勝負に近いものになるかもしれない。
俺は、右手に握った木の棒をぴたりと身体の正中線に構えつつ返事を返した。
「お手柔らかにお願いするよ。俺は君よりも弱いから」
「ショウは自分で思ってるよりも弱くなんかないよ」
「俺のこと守ってくれるとか言ってた気がするんだけど?」
「ぅ……」
言ってしまってから自覚したが、こういうところが高町の言ういじわるなところなのかもしれない。
言葉足らずというか、俺は根本的に同年代よりも人と話す経験が足りてないんだろうな。シュテルに聞いたら率直に不器用だって言われそうだ。
「今度は守って……!」
「その必要はないよ。自分の身は自分で守る。君だって人のことを気にして勝てるほど、あの人たちは甘くないって分かってるよね?」
「……うん」
テスタロッサは目を閉じて少しの間のあと静かに頷いた。
「……でも、誰かを守れるくらいに強くなってみせる!」
彼女は決意を宿した瞳で真っ直ぐこちらを見据え、全速で接近してきた。動きの初動を感じ取っていた俺も前進し、彼女と同じタイミングで攻撃。棒同士が衝突し音を響かせる。
「……まあそれくらいでやらないと届かないか」
「うん。だからとことん付き合ってもらうよ」
「ああ。でも家には帰してくれよ」
強引に弾き飛ばして距離を作った。俺とテスタロッサは再び構え直し、互いを観察する。
これは本当にとことん付き合わされそうだ。あまりにも遅くなるようだったら、シュテルに一言連絡しておかないとな。連絡しないと……シュテルの場合、したとしても面倒なことを言ってきそうだよな。
「ショウ、行くよ!」
「ん、ああ!」
後書き
強くなりたいと願う少年と少女達。
同じような思いを抱いていても、成長する速度は違う。ショウはそれを理解し、これまでに何度も驚異的な成長を見てきた。だが強くなりたいと思うようなったからか、少女達と自分を比べてしまう。
次回 As 05 「成長と嫉妬」
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