皇太子殿下はご機嫌ななめ
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第53話 「民の竈は賑わいにけり」
前書き
ネタがない。
ネタになるようなものがなにもない一週間だった。
うわーん。さびしーよー。
第53話 「頭が痛い人々」
カタリーナ・フォン・ヴァルヌスでございます。
皇太子殿下の寵姫の一人で、ヴァルヌス子爵家の三女です。
皇太子殿下に冷凍イカと呼ばれたりもするんですよ。
ひどいと思いませんか?
ええ確かにわたしは、人より無口かもしれませんが、好きで無口じゃないんです。考えすぎて、考えがまとまる前に、話が終わってしまうんです……。
泣きますよ。泣いて良いですか?
■自由惑星同盟 ロイヤル・サンフォード■
軍との協力関係を強固なものにした方が良いと考え、フォーク君に骨を折ってもらうことにした。
彼は私の期待に応えてくれた。
軍の二大派閥の間を行き来し、シトレ君とロボス君との三者会談の席が用意されたのだ。
それどころか、叩き上げの将官であるビュコック中将なども参加する事になった。これにはフォーク君だけではなく、ジャン・ロベール・ラップ君も尽力してくれたらしい。ありがたいことだ。
「今日は良く集まってくれた。礼を言う。まあセルフサービスで申し訳ないが、飲み物は各自で取ってきてくれ」
私がそう言うと、席に座った彼らが軽く笑った。
そして真っ先に、ジョアン・レベロ君が席を立ち、紙コップにコーヒーを入れて戻ってきた。ホアン・ルイ君もそれに続き、軍人達もそれぞれ紙コップを手に席に戻ってくる。
モニターの前には、ラップ君とヤン・ウェンリー君が立ち、フォーク君とキャゼルヌ君が、資料を配っている。
ヤン君とラップ君は親友同士だそうだ。
仲が良さそうで何よりだと思う。
この会談のために、フォーク君とキャゼルヌ君の両名が、必死になって資料を用意してくれた。
「いきなりで恐縮だが、さっそく本題に入りたいと思う」
私の言葉に各自、口をつけていた紙コップをテーブルに置き、向き直る。
それを見届け、書類を手に取った。
「近年、自由惑星同盟は未曾有の危機に瀕しているといってもいい。違うかね?」
「そう」
「その通りです」
レベロ君とホアン君が頷きあい、軍人達に目を向けた。
軍人達もそれぞれ顔を見合わせ、頷きあっている。
「それもこれもあの皇太子が表に現れてからだ。彼が帝国宰相に就任して以来、同盟に対して手を打ち続けてきた」
「帝国改革を優先すると考えていたが、同時に同盟にも手を打ってきている」
レベロ君が深刻な面持ちで続けた。
「同盟の危機は、戦争だけではない。経済的な意味合いもある」
年々増え続ける国債の額。費やされる戦費。人口激減。経済の停滞。
このままでは戦争を続けるどころか、自由惑星同盟そのものの命運が潰えてしまうだろう。止めを刺すのは帝国ではなく、借金だ。いずれはどころか、近い将来借金で首が回らなくなる。
同盟がデフォルトしたからといって、いったいどこが助けてくれるというのか……。
「このままでは同盟は、各星系ごとに分裂し、小国家群となってしまう」
軍関係者たちの顔色が悪くなったな。
彼らは軍人なのだ。経済関係に疎くとも致し方あるまいが、これからはそうも言っていられなくなる。
「それはいささか大げさではありませんかな?」
ビュコック提督があごを擦りつつ発言してきた。
私はラップ君に向かい頷くと、ラップ君はモニターを操作して、各星系ごとの生産量の分布及び、人口密度を表示させる。
国民総生産は十年前と比べ、約三十パーセント落ちている。
そしてその数字は今も下がりっぱなしだ。
人口に至っては、百五十億いた人間が今では、百三十億人にまで少なくなった。
無論、これは戦争だけが原因ではない。病気で死んだ者や事故などで亡くなった者も含まれているが、問題はそこではない。出産率も低下している。
つまり死ぬ人間が多く。生まれてくる者は少ないという事だ。
「帝国よりも生産効率が高いなどと嘯いていられない」
帝国はいま、高度成長期に入ったと同盟の経済学者たちが、口をそろえて言い出した。
なによりベビーブームだ。人口増加して、その需要を賄うために生産性が増加の一途を辿りだした。こんな時、国というものは活気があるものだ。あっという間に生産効率などひっくり返される。
元々技術力は同程度だったのだ。それが非効率的な規制で阻害されてきた。規制が解除されたら、伸び率は帝国の方が高い。
それを地力というが、はっきり表に出てきた。
「その原因はなにかっ、あの皇太子だ!!」
ホワン君がそう言ってテーブルを叩く。
「専制国家の長点は、急激な方針変更と国力増大が可能だという点。それを見事に体現している」
レベロ君がそれを受けて続けた。
トップの意志が全てに優先する。そう考えれば、今の帝国の優位性が理解できるだろう。
逆に言えば、あの皇太子さえいなければ、ここまで追い詰められる事はなかった。
たった一人の人物に、自由惑星同盟が追い詰められている。帝国から見れば名君なのだろうが、同盟から見れば、悪魔……いや魔王としか思えない。
「我々は未曾有の成長期に突入した帝国と争わねばならないのだ。それがどれほど困難なものか、理解できるだろう?」
「元々国力に劣る同盟ですからな。帝国の国力増大は脅威でしかない」
ロボス君の発言にフォーク君が軽く手を上げて、発言を求めた。
「どうしたのかね?」
鷹揚にロボス君がフォーク君に視線を向けた。
「宜しいですか?」
「うむ許可しよう。皆さんも宜しいですな?」
ロボス君は席についている我々に眼を向け、フォーク君に向かって頷いた。
「ありがとうございます。小官が愚考いたしますところ、最大の問題はあの皇太子の人となりです。もし仮に、仮に同盟が帝国に占領され、吸収された場合どうなるとお考えでしょうか?」
同盟が帝国に吸収された場合か……。
ふむ。
「市民の権利と自由は著しく制限される」
ヤン君が深刻な表情を浮かべ言う。
我々もまた同じように思う。しかしフォーク君は軽く首を振りつつ、問題はそこではないと言いたげな表情だ。
「確かに自由と権利は制限されるでしょうが、同時に帝国の平民と同じ程度には保証されるでしょう。同盟市民も帝国臣民も同列に扱われる。ですがデモやテロが各地で発生しても、実のところ被害を受けるのは同盟サイドであり、帝国本土は被害を受けない」
「高みの見物を決め込むわけか」
シトレ君の言葉にフォーク君が頷く。
各惑星ごとに閉じ込められ、行き来を制限され、その中でテロが横行しても、逃げ場のない同盟市民だけが苦しむ。
「しかしあの皇太子が、そんな状況を良しとするとは思えないが」
「そこです!!」
フォーク君がキャゼルヌ君に向かって、声を張り上げた。
びっくりしたような表情を顔に貼り付けたキャゼルヌ君が、フォーク君を見つめる。
「そうなのです。あの皇太子がそんな状況を良しとする訳がない。ここにいる我々だけではない。誰もがそう思う。思っている。我々はあの皇太子に対して、一定の信頼と信用を寄せているんです。相手は銀河帝国の専制君主でしょう。それなのに信用し、信頼している。これは今までなかった事です。自由惑星同盟の成立を考えれば、ありえない事態でしょう」
フォーク君の言うとおりだ。
私は心のどこかで、あの皇太子を信用している。信頼もしているだろう。テロや略奪暴行などといった非人道的な行為など認めないはずだ、と。
周囲を見回してみれば、誰もが頷いている。
確かに誰もが信用し信頼する専制君主か……。ありえない事態ではあるな。
「しかしそれは別に珍しい事態ではないと思うぞ」
シトレ君がそう言った。
軍人であるなら、敵の名将といった相手に対して、賞賛もすれば信用もするのかも知れない。それがあるからおかしな事とは思わないのだろう。
「だがシトレには悪いが、皇太子に対する信用は、それとは何か違うような気がするな」
ロボス君が首を捻りつつ、考え込む。
「あの皇太子は軍人ではない。帝国宰相であり、はっきり言えば政治家だ。敵国の政治家に対する信頼と信用。異常とは思わんが、不思議な印象がある」
レベロ君も首を捻る。そうやって誰もが首を捻っている状況で、ヤン君が仮に占領されたとして、
「例えば、選挙権と言った権利はどうなるのでしょうか? 民主主義の根幹とでも言うものですが」
と言ってくる。
「選挙権か……」
いつの間にか話があの皇太子になっているな。
しかし皇太子が同盟を占領した場合、いったいどうする気なのか、どうなってしまうのか、どうなると思っているのか、ここは一つじっくりと話し合ってみるべきだろう。
「選挙権そのものは取り上げたりしない筈だ」
「しかし……」
「取り上げる必要性が薄いんだ」
ラップ君がそんな事を言い出す。そして何か言いたげなヤン君を制して、フォーク君に向かって頷いた。ラップ君とフォーク君は、協力して会談の準備をしていたからな。二人で何度も話し合ったのかもしれん。
フォーク君も頷いて、ラップ君の発言を促した。
「どういう事かね?」
ビュコック提督も興味をそそられたらしい。
何度もあごを擦って聞いている。
「仮に占領された場合でも、帝国側が直接統治する訳ではないと愚考します。少なくとも占領当初はワンクッションを必要とする筈です。となると同盟側から交渉対象を選ぶ必要があります」
「なるほど、その交渉対象を選挙で選ばせるわけか」
ホワン君も納得したように頷く。
「しかし同盟側の選挙権を取り上げたりしないという事は、帝国の平民達が不満を持つのでは?」
レベロ君がそんな疑問を発言する。
「帝国の平民は帝国内での選挙権を行使できるでしょう」
「そして同盟市民は同盟内での選挙権を持っています」
ラップ君がまず言い、その後をフォーク君が続ける。
「つまりは帝国同盟ともにお互いに選挙権は持っているが、相手側の選挙には口出しできないという事なのか」
キャゼルヌ君が驚いている。
シトレ君は何事かを考え込んでいた。だがそのままではいずれ、同盟市民から帝国の選挙権を求める声が出てくるだろう。自分達の支配者なのだ。できるだけマシな人物を選びたいと思うのは当然だ。
そこまで考えたとき、ぞくっと背筋に震えが走った。
「……つ、つまり、同盟内での選挙権を取り上げ……」
「帝国内での選挙権を求めたとき、同盟内での選挙権を取り上げるつもりでしょうな」
シトレ君が苦い物を噛んだ様な顔つきで言った。
「しかしどういう建前で、そんな事をするつもりなんだ? 占領当初ならばともかく、ある程度の期間が過ぎてから行えるような事じゃないだろう」
レベロ君が顔を青くさせて言う。
「帝国臣民は同盟内での選挙権を持ってはいない。にもかかわらず、なぜ同盟市民のみが帝国内での選挙権を有する事ができると考えられるのか? 図に乗るな。あの皇太子ならばそう言うだろう」
ロボス君がそう言った際、シトレ君とラップ君、フォーク君も頷いた。
「なるほど、権利も自由も同盟国内であれば、さほど制限はされんが、帝国内の国政に口出しはさせんという訳じゃ。当然と言えば、当然じゃろうな」
ビュコック提督が何度も頷いている。
「しかし帝国と同盟内での往来が活発化した場合、混血問題もでてくるはずだが」
レベロ君が言う懸念も頷ける。
「ふむ。そういえば養蜂で、別々同士の蜂のグループを一緒にさせる場合、匂いや気配に慣れさせるためだが、巣の間に新聞紙を挟むらしい。いきなり一緒くたにしてしまうと、より小さなグループが全滅させられてしまうからだ。選挙権も同じだろう。混血問題が表面化してからでも、遅くないと考えているのかもしれん」
「最初から与えられても、ありがたみがない。苦労して手に入れたものなら大事にするか」
シトレ君の発言にロボス君が応じる。
「しかし本気であの皇太子、ここまで考えているのか?」
ホワン君が紙コップに口をつけつつも言う。
どこか疲れたような印象だ。私自身も愕然とする思いだ。あの皇太子、我々よりも一歩も二歩も先に先にと考えている。
「考えている訳ではないと思います。あの皇太子ならば、こうなるだろうという希望を思わせているのです」
ラップ君が言いながら、フォーク君に視線を向けた。
頷いたフォーク君が後を引き受け、口を開く。
「そしてこれこそが、あの皇太子の一番恐ろしいところです。我々自身でさえ、帝国の支配にさほどの懸念を持っていない。恐怖を感じていないのです」
「強制的に農奴に落とされたり、悪逆非道を行わないだろう。そう思わせるものがある」
ヤン君が言うと、キャゼルヌ君も頷いていた。
「……帝国の支配を受け入れつつあるのか」
「しかも無意識のうちに、だ」
レベロ君が肩を竦める。
「以前、ヤン大佐に真綿で首を絞められているような気がすると言いましたが、あの時以上に事態は深刻化していたようです」
キャゼルヌ君の表情が引き攣っている。
誰も表情も引き攣っていた。
「――怪物」
ホワン君が言った。声が震えている。
あの皇太子は一種の怪物だ。
いや、生まれながらの専制君主というものか。
五百年にもわたるゴールデンバウム王朝は、ここに来てルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムという怪物を生み出した。
「ルードヴィヒという名の皇太子は四人もいたが、なぜか父帝に先だって病死したり、暗殺されたりして、一人も帝冠をいただくことができなかった。とされています」
「それがどうしたのかね?」
ヤン君の言葉にレベロ君が首を捻る。
「ルードヴィヒ皇太子も当然、その事は知っていたでしょう。知っている以上、人はどういう行動をとるでしょうか?」
「亀のようにおとなしく、首を引っ込めて息を潜めていても不思議ではないじゃろう」
ビュコック提督がそう言い返す。
「にもかかわらず、あの皇太子は表舞台に出てきた」
ジンクスというものは、なかなかあなどれん。人の行動を縛るものがある。
にもかかわらず表舞台に出てきた。大人しくしていてもおかしくないというのにだ。
「我々は、あの皇太子を過小評価していたようだ。それともこれも皇太子の二面性だろうか?」
レベロ君の言葉がずんっと肩に圧し掛かってくるようだ。
「やはり同盟は未曾有の危機の中にいるのだ」
会議室の中に重苦しい空気が立ち込めていた。
あの皇太子さえ、いなければ……。
しかし次にでてくるのは、彼以上の器量を持った人物ではないだろう。
かつての門閥貴族のように、暴虐無残な人物だったら、それこそ阿鼻叫喚の地獄絵図の出来上がりだ。そう考えれば、まだ話し合う余地がある分、あの皇太子の方が良い、というべきだろう。
「人物的にはまともな男だからな……」
私がそう言うと、部屋の中で誰かが深いため息を吐いた。
■宰相府 ジークフリード・キルヒアイス■
宰相閣下が窓際でコーヒーカップ片手に外を眺めています。
「民の竈は賑わいにけり、か」
ふと呟かれる言葉に、何と言って良いのかわかりませんが、不思議な重みを感じるのはなぜでしょうか?
帝国全土で、赤ん坊が生まれてきているそうです。オーディンでも同様だそうで、ここのところやたら、医療関係者が陳情に訪れるようになりました。
まあ一言で言えば、ベッドが足りないという事です。ミルクや医療品の増産が決定しましたし、急ピッチで造られているそうです。
製薬会社が大もうけしているとニュースで言っていましたが、誰も批判はしていないという事です。
子どもが多く生まれる。
ミルクや医療品がたくさん作られる。たくさん売れる。
大もうけ。
ぼったくっていない以上、文句の言いようがない。
「そんなもん、貴族の施設を使えや」
あっさり宰相閣下は蹴ってしまいました。
という訳で、貴族のお屋敷では赤ん坊の泣き声が響く毎日だそうです。ブラウンシュヴァイク公爵家でも、同様です。
ラインハルト様も対処に借り出され、
「赤ん坊の声でノイローゼになりそうだ」
と嘆いておられました。
もうあっちこっちで泣いてるんだぞ。と目を真っ赤にしておられます。
「……それは」
「でも、かわいいからいいけどな」
うわーラインハルト様がこの様に仰るとは、驚きです。
後書き
というわけで、どこかで使おうと思っていた小ネタ。元ネタはCMです。
配役 アンネローゼ。ルードヴィヒ。ベーネミュンデ侯爵夫人。キルヒアイス。
「芭蕉の句には」
「アンネローゼ」
「今更何よ」
「俺が悪かった」
「ばか、寂しかった」
「この泥棒猫」
「働けよ」
さーこれをどう使おうかな?
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