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久遠の神話

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第九十二話 百腕の巨人その三

「ですから」
「そうですか、それでは」
「こうしたことを言える立場ではないですが」
 声はここからの言葉は申し訳なさそうだった、そうなっているのは良心故であろうか。
「健闘を祈ります」
「そして僕が戦いから降りることも」
「祈ります」
 そのこともだ、祈るというのだ。
「そうさせもらいます」
「わかりました。それでは」
「はい」
 こう話してだった、声は一旦コズイレフの前からその気配を消した。そしてだった。
 コズイレフは一人運命の闘いへの神経を研ぎ澄まさせていた。そのうえでだった。
 時が来ると戦場に赴いた、学園には徒歩で向かう。その彼の横に。
 大石が来た、彼は微笑んで挨拶をしてから言って来た。
「では立会い人として」
「来て下さるのですね」
「それが約束ですから」 
 それ故にだというのだ。
「参りました」
「では最後まで、ですね」
「見させて頂きます」
 是非にというのだ。
「ご武運を」
「この闘いに勝てばですね」
「僕は剣士の戦いから降りて」
「後はですね」
「普通の人生に戻ります」
 これまで彼が送ってきたそれにだというのだ。
「ごく普通の」
「そうされるのですね」
「お金や権力はいらないですから」
 コズイレフはそうしたものには興味がない、家族の幸せだけなのだ。だから家族の幸せを実感した今はだというのだ。
「何の未練もありません」
「剣士の戦いに生き残れば望むものは何でも得られますが」
「そうですね、ですが」
「貴方はですか」
「幸せであればいいです」
 家族の幸せ、それさえあればだというのだ。
「他には何も」
「だからですね」
「いいです。お金も充分過ぎる程手に入れました」
 一生家族を困らせないだけのだ、それだけ得られればだというのだ。
「何もいらないです、もう」
「お金をより多く得るか権力でさらにとは」
「そこまでは考えません」
 全くだった、この辺りにコズイレフの無欲さが出ている。
「家族の誰も権力にも贅沢にも興味がないですし」
「貴方もですね」
「普通に暮らせれれば」
「それだけで、ですね」
「僕は充分です」
 夜道を歩き動物園に向かいながらだ、コズイレフは大石に語った。
「静かに。普通に暮らせれれば」
「わかりました、ではその為に」
「最後に闘います」
 そしてだというのだ。
「それから降ります」
「では勝利と共に降りて下さい」
「是非共」
 少なくともコズイレフは敗れるつもりはなかった、彼にしても有終の美、満足感と共に舞台を降りたかった。それが為にだった。
 目は本気だった、そして。
 前も見ていた。その前を見て戦場に向かっていた。
 刻もだ、大石は学園の中にある大学の時計塔を見て言った。
「間もなくですね」
「十二時ですね」
 コズイレフもその時計塔が指し示している刻を見て応える。
「動物園に着く頃には」
「その場に行かれた時は」
「丁度いい時間ですね。そして闘いは」
「一瞬です」
 まさにだ、それで終わるというのだ。闘いははじまるまでが長くはじまってしまえばまさに一瞬で終わってしまう。 
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