SAO ~冷厳なる槍使い~
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SAO編
序章 はじまりの街にて
10.本当のGAME START
「……チマが…………消えた?」
ほんの一瞬の出来事だった。
俺たちから少し離れた位置にいたチマが、こちらに小走りで走ってきて立ち止まったと思ったら、いきなり時間が止まったかのように会話の最中に動きが凍りつき、一瞬だけブレて薄れるように消えていった。
「……え? ……ち、チマ?」
「え? あ、え?」
ルネリーとレイアは何が起こったのか解らない、というような顔をしている。
いや、それは俺もだ。
――何だ? 何故チマは消えた? 何が原因でこの場から居なくなった?
「き、キリュウさん……っ」
ルネリーがすがる様な瞳を俺に向けてくる。
その様子を見て少しだけ我に返ることが出来た。
――そうだ。俺は今、三人の師匠なのだ。ここで俺がうろたえる訳にはいかない。
そう思い改め、俺はルネリーに声をかける。
「……落ち着け。ルネリー」
「で、でもっ……チマが、か、佳奈美が、消え……っ」
ルネリーの体と声が震えている。
恐らく最悪の事態の想像をしているのだろう。
「落ち着けっ……まだそうと決まったわけではない」
「……で、でも……でもっ」
ルネリーは少し錯乱しているようだ。声は震え、既に瞳に雫が溜っている。
気持ちは解らないでもない。俺でさえ、かなりキているのだから……。
ルネリーがこうなのだから、レイアはどうなのだろうか。
俺はレイアに視線を移動させた。
「ね、ネリー……き、きっと大丈夫だよ」
だが意外にもレイアは気丈な所を見せていた。……それでも足は震えているようだが。
恐らくレイアもルネリーを――自分よりも取り乱している者を見ることによって一応の平静を保ってるんだろう。
俺は再びルネリーに視線を戻した。
――その時だった。
「ネ……奈緒。だ、大丈夫だよ。きっと、きっと大丈夫だか――」
不意にレイアの声が途切れた。
俺も、そしてルネリーも、嫌な予感に導かれてレイアの方を見る。
「…………あ」
俺たちが見たものは、ちょうど消えゆこうとしているレイアだった。
「み、美緒―――ッ!!」
ルネリーが叫びながら手を伸ばす。
しかし、伸ばした腕の先には、もう誰もいなくなっていた。
「……あぁ……あ、あああっ……ああ、あああああああ!!」
ルネリーは虚空を抱きしめて叫び声を上げた。
俺は、今の一連の出来事を唖然と見ているしか出来なかった。
――何だ……どうなっている!?
待て、考えろ。思考を止めることはいけないと祖父にずっと言われてきたではないか。
「……ルネリー、落ち着け。……落ち着いて考えるんだ」
俺はしゃがみこむルネリーの肩に手を置き、同じようにしゃがみ込んで彼女の瞳を覗き込んだ。
「あ、ああっ……キ、キリュウ……さん? ……美緒が、美緒がぁ!!」
ルネリーは俺をその瞳に映すと、俺の胸の服を力いっぱい掴んできて、訴えるように声を上げた。
俺はそんなルネリーの肩に置いた手に少しだけ力を籠め、出来るだけ冷静に声をかける。
「……ルネリー、よく考えろ。この仮想世界でアバターが消える理由は一つだけではない」
そうだ、この世界で仮想体がいきなり消える理由は恐らく四つ。
一つはHPがゼロになった場合。しかし、これは今消えた二人には当てはまらない。そもそもイノシシとの戦いでは三人ともほとんどHPは減らさずに勝てていた。そして、見ていた限り攻撃された形跡も無かった。故にこれは除外できる。
二つ目は親族が《ナーヴギア》を外してしまった場合。この可能性も無くはないわけでもないが、昨日から一日経ったこの中途半端な時間にそんなことをする人間がいるとも思えない。故にこれは保留とする。
三つ目は、これが一番理由としては可能性が高い。昨日、茅場が言っていた二時間の回線切断猶予を使っての病院などへの移設だ。だが、これなのだとすると一つ疑問が出てきてしまう。そして、その疑問を突き詰めていくと、これからまた《あること》が起きるという予想ができる。
「き、キリュウさ――」
「ルネ……ルネリー!!」
突如、俺の腕の中でルネリーが凍りつき、瞳の光が消える。
そして、先の二人と同じように薄れるように消えていった。
「ぐ……ぅ」
ぐつぐつと何かがこみ上げてくるのを感じる。
呼吸が異常に速くなる。
待て、落ち着け。落ち着くんだ。まず、俺が落ち着かなくてはいけない。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハッ…………ハァァァ……」
深呼吸、良し。
――落ち着いたか?
――少しは……。
自問自答を行い、少しずつ気持ちを落ち着けさせる。
一応、この可能性は考えていたはずだ。
今の一連の出来事が三つ目の理由だとして、レイアが消えたらルネリーも消える。それは予想出来ていたことだ。
二人は双子だと言っていた。だとしたら家も、ログインした場所もほぼ同じと考えていいだろう。
その予想が正しければ、二人が一緒に移設されると考えれば、ほぼ同時に消えたことには納得がいく。
――ならば、チマはどうなんだ? 三人が友人とは言っていたが、チマが俺みたいに友達のルネリーたちの家でログインしている可能性は?
解らない。だが、普通に考えれば自分の家からのログインではないのだろうか。
でもだとしたら三人がほぼ同時に消えたのは何故だ?
三人が消えた間隔は五分と無かった。こんなことがありえるのか?
もし、ありえるのだとしたら、四つ目の理由も検討しなければならない。
四つ目、それは外部からの救助だ。ありえないと思っていた外部からの救助と考えれば別々の場所からログインしたはずの三人がほぼ同時にSAOから居なくなるということにも一番納得がいく。
しかし、これには証拠が足りない。この場には、《はじまり街》の外には俺たちしかいなかった。そして今は周りを見ても俺しかいない。
この理由の正当性を確かめるには、一旦街に戻って確かめた方がいいだろうか。
だが、もしも三人が戻ってくるとしたら、猶予時間である二時間以内には戻ってくるということになる。
そうした場合を考えると、俺はこの場に――
「――!」
突如、世界は暗転する。
――これ、は……。
俺を取り巻く世界が、俺だけを残して暗闇に染まったかのような……。
周りの情景や足場がガラスのように砕け散り、無重力の暗黒にいきなり放り出されたかのような……。
――これが……《死》、なのか……。
解らない。
死ぬなんてことを経験したことはないのだから解る訳がない。
しかし、これは先ほど考えた外部からの救助ではないのだとは思う。
体が闇色に染まり、手や足が動いているのかも解らないこの状態が救いなのだとは到底思えない。
――ならばやはり、これは回線切断状態なのか?
――今、俺の体は二木の家から移設されている最中ということなのか?
――だとしたら、何故このタイミングで?
――双子のルネリーとレイアだけならまだしも、別々の場所からログインしている俺やチマまでほぼ同時にこうなった訳は?
ここでは何も解らない。何も出来ない。
混乱する俺の頭に、更に師匠のあの言葉が再び響く。
――まず、己の目で、耳で、肌で、全てで感じたものを、そのままに心に受け入れるのだ。
――そして、それに対して自分に何が出来るのか、それを考える。そう、考えることが大事なのだ。思考を止めてはいかん。
待ってくれ師匠。ここでは俺は何も出来ない。何もすることは出来ないんだ!
何も出来ないということを受け入れればいいというのか?
しかし、それでは思考する意味が無くなる。思考した結論を実行して結果を出すということが、この教えの目的ではないのか?
解らない。何も解らない。
これが本当に介護施設までの移送のための回線切断だということも解らない。
あの三人が本当に今の俺と同じ状態だということも、解らない。
『コノママ、俺ハ死ヌノカモシレナイ』
俺の思考が、そんな結論を生み出す。
何故なら俺は何も出来ないから。何故なら俺は何にも抗えないから。何故なら俺は何をも残せないから。
下向きな考えしか浮かばない。上向きな考えを出せる理由がどこにも無い。
心が弱くなる。精神が磨り減る。自信が無くなる。
俺は、今のそんな感情に一つだけ心当たりがあった。
それは、祖父と対峙していたときにしか感じなかった感情。祖父以外では感じなかった感情。
《恐怖》。
俺は今、この状況に恐怖している。
自分が何も出来ずに死ぬかもしれないという状況に恐怖している。
あの三人に、祖父が一番怖いからそれ以外は怖くは感じないと言ったくせに、確かに恐怖している。
――情け無い。
そして、悔しい。
今まで全てを犠牲にして鍛えてきたこの身体は何の為だったのか?
祖父の容赦の無い攻撃を避ける為に培ったこの洞察力にもう意味は無いのか?
あの三人にも、まだほとんど教えることも助けることも出来ていないというのに!
「俺は――何の為に生きてきたというんだ!?」
自分の腕さえも見えない暗黒の中で、俺は叫んだ。
もしかしたら此処には意識だけしかなくて、口すらなかったのかもしれないが、それでも俺は思い切り叫んだ。
「俺は……生きたい! 生きていたいんだっ――――」
最後に大きく叫んだとき、俺は光に包まれた。
「キリュウさん!」
「――!]
次に俺の視界に入ってきたものは、先ほどと同じ場所。はじまりの街の外周にある草原だった。
俺はそこに、意識が消える前と同じく、直立姿勢で立っていた。
「ああ、よかった。みんな戻ってくることが出来て……」
――レイアの、声……? みんな?
俺は視線を少し下げる。
「……あ」
そこには、ルネリー、レイア、そしてチマ、三人がいた。
「……お前たち、俺も……戻って、来れたのか……」
無意識にそんな言葉が俺の口から漏れた。
俺の言葉を聞いた三人は、一瞬きょとんとした顔をして、三人とも涙を溜めた瞳で笑って言った。
「はい! 帰って来れました!」
「もう、すっごくビビったッスよ~。いきなり視界が暗くなって……で、戻ってこれたと思ったら誰もいなかったッスし!」
「うん。……それにキリュウさんは特に時間がかかっていた見たいで、すごく心配しました」
その三人の笑顔を見たとき、俺は確かに安堵していた。
そして、その安堵感が先ほどの恐怖をはっきりとさせる。
確かに俺はあのとき恐怖していた。
何も出来ない自分に、三人を助けられない自分に、今までの鍛錬が無に帰すかもしれない状況に。
「…………っ」
故に、俺は認めよう。このゲームを甘く見ていたということに。
認めよう。この世界を甘く見ていたということに。
認めよう。俺は強くなんてなかった。誰かの意思で、簡単に無力になってしまうんだということを。
認めよう。俺は祖父以外にも恐怖する、してしまうんだということを。
俺は、自分で思っているよりも弱かった。弱いと再確認させられた。
だが、一つだけ認められないものがある。
それは――俺がこのまま弱い自分で居続けるということだ。
それだけは、絶対に認める訳にはいかない。
俺は強くなる。あの無力感を二度と味わう事がないように。
だから俺は、改めて決意した。この現実を、絶対にクリアするということを……。
そうすれば、あのとき感じた恐怖を克服することが出来ると、そう信じた。信じ込んだんだ。
「…………」
でも今は、今だけはそれは置いておくことにする。
「……ルネリー、レイア、チマ」
「は、はい」
「なんスか?」
「ど、どうしました」
俺は三人を抱きしめるように腕を回した。
「ほえぇ!?」
「な、な、な、何事ッスかっ!?」
「~~~~っ!?」
俺の腕の中で体を強張らせる三人。
当然だろう。いきなり昨日知り合ったばかりの男にこんなことをされているのだから。
でも、俺はどうしてもこうしたかった。伝えたいことがあったから。
恐らく小さすぎて聞こえないかもしれないから、なるべく近くで聞いて欲しかった。
「…………三人、とも……生きていてくれて……ありがとう……っ」
あの暗闇から帰ってきたとき、俺は確かにこの三人に救われた。三人が生きていてくれたことが嬉しかった。その気持ちを、三人に伝えたかったんだ。
このとき俺は、かすれた声しか出せなかった。
だが、三人にはちゃんと届いてくれたようで、俺たちはしばらく四人で無言で寄り添っていた。
それから五日が経った。
あの後、俺は三人に今後は本格的にSAO攻略に出たいという旨を話した。
三人は俺に付いて来たいと言ってくれた。
俺は、この三人を必要以上の危険に付き合わせることに拒否感があったが、攻略を行いたいという自分の想いと、三人の助けになるという決意を合わせて考えた結果、一緒に行くということになった。
そうして街を出ることを決めた俺たちは、その日から一週間を準備期間として、はじまりの街を出発するための準備に取り掛かった。
準備期間中、朝六時から午後三時までを街の周辺での経験値稼ぎに当て、残りを自由時間として各自で旅の準備をしたり、街の情報収集に努めた。
そのお陰もあって五日経った現在では、ルネリーたち三人は全員レベル4に上がっていた。
その上更に、三人は俺も驚くほどの成長をしていたのだった。
それを知ったのは準備期間三日目の正午のことだった。
いつものように街の外周の草原での経験値稼ぎと戦い方の指導の最中、俺はふと思い出したことを三人に聞いてみた。
「……そういえば、お前たちはスキルスロットはもう埋めたのか?」
この三日間、俺はこの三人に戦い方をずっと教えて来たが、ゲーム的なことを話したことは無かった。
今まで忘れていたが、このSAOというゲームを本気で攻略するとすれば、そういう部分にも慣れなければいけないだろう。
そこは俺の準備期間中の課題とも言える。
「スキルですか? ああ、それならちょっと前に三人で話し合って決めました」
「あれ? ネリー、あなたがキリュウさんに話しておくって言ってなかったっけ?」
「え? …………ああっ」
「…………」
話を聞くと、以前俺のスキルスロットの話をした後、寝る前に部屋で三人話し合ったらしい。
これから俺たちは四人で街の外に出る。……三人は《冒険》と言っていたが。
三人が話し合ったのは、その冒険で必要そうなスキルを、四人で分担しようというものだった。
俺は《両手用長槍》と《索敵》をスロットに入れてあるとの話はした。
だから三人は、自分のスロットの一つを、今までの戦いで慣れた《片手用直剣》で埋めて、残りを何にするかで悩んだらしい。
そうして決まったのが――
ルネリーは《識別》スキル。視認したモンスターの情報を知ることが出来るスキル。
レイアは《測量》スキル。自分の移動した場所をマッピング出来るスキル。
チマは《鑑定》スキル。モンスターがドロップした正体不明のアイテムを鑑定できるスキル。
ということになったらしい。
何をなすにもスキルが重要なのがこのSAOの仮想世界だ。使えるスキルが多いに越したことはない。
しかし、俺が感心したのはこれだけでは無かった。
「あ、そうだ! キリュウさん、キリュウさんっ。ちょっと見てて下さいね!」
「……?」
ルネリーは説明も無く俺にそう言うと、そのまま剣を構えたまま近くを歩いているイノシシに斬りかかった。
「やあああ!」
気合の籠った声とともに降り下ろされる剣。それはいつもと同じ……ではなかった。
「……!」
ルネリーの剣は淡い水色の光を放ちながら、普段よりも一層鋭い袈裟切りがイノシシに直撃した。
そう、それは《ソードスキル》特有の輝き。
ルネリーはイノシシにソードスキルを放ったのだ。
レベルが上がり、筋力や敏捷力が僅かばかり上がったとしても、彼女らでは一撃で倒すことは出来なかったイノシシは、その一撃で光へ還った。
「えへへっ、どうでした? どうでした?」
褒めて欲しいと言わんばかりに笑顔でこちらに駆けてくるルネリー。
聞けばレイアやチマも、片手剣の基本剣技は出来るように、自由時間を使って練習したらしい。
俺は三人に、以前自分が使ったときに感じた違和感について聞いてみた。
「へ? あー、確かに勝手に動きますし、技の後ちょっと固まりますよね」
「ん~、わたしはそんな気にならないッスけど?」
「……そう、ですね。私も、そういうものなんだなと思ったらそうでもなかったです」
どうやら俺のほうが少数派らしかった。試しにもう一度使ってみたが、やはり違和感が凄くて使いにくかった。
結論、俺にソードスキルは合わないらしい。
しかし、そうして俺たち四人は、この世界で順調に力をつけていった。
次に、経験値を稼ぐこと以外に俺たちがしたのは、情報の収集だった。
俺たちにはSAOの知識が圧倒的に不足している。
どこに何があって、どんなモンスターがいて、どうすればこうなる、など。
俺たちは自由時間を使い、はじまりの街を手分けして走り回り、情報を得ていった。
自慢にもならないが俺は会話が苦手だ。
故に、誰か他のプレイヤーに解らないことを訊くということが出来なかった。
なので、基本的に俺は街の施設やNPCについて調べた。
道具屋、雑貨屋のNPC店主に訊けば、旅に必要な道具についての話が聞けた。
武器屋、防具屋では、装備の耐久度を直して貰えるらしい。
黒鉄宮の近くにあるギルド会館という場所では、数人からギルドを組んで登録出来るらしい。
ギルドを登録し、そのメンバーでPTを組むと戦闘時に攻撃力に僅かにボーナスがあるらしい。
そして図書館のような建物も見つけた。そこに貯蔵してある本には、この近くの村や、モンスターについての情報などが記されていた。
その他にも貸金庫屋、鍛錬所、鍛冶屋、占い屋、軽食店なども廻った。
更に宿泊施設にも種類があり、馬小屋などでも泊まれるらしい。……寝心地は保証しないと言われたが。
そうして何人ものNPCの話を聞いている内に、暫く話すと頭に金色のクエスチョンマークが現れるNPCがいる事が分かった。
そのクエスチョンマークは、依頼――クエスト発生の証なのだそうだ。
それが出ているNPCに話を聞き、クエストを受けてその達成条件を満たすことで、様々な報酬が貰えるという。
俺が受けたのは、買い物のお使いや、街の周辺に出るモンスターが落とすアイテムの収集、荷物運びや薪割りなんてのもあった。
その中で一番つらかったは買い物のお使いだ。何と言ってもこのはじまりの街は広い。要求してくる物が凄く遠い場所にあることはざらだった。
しかし、そのお陰でだいぶ冒険の準備は捗った。
とあるクエストでは、報酬として主人のお古だと言って軽装の胸鎧を貰った。店の品と比べても高い防御力を持っているし、かなり軽いので俺たちでも十分に装備出来た。
俺はそれをルネリーに渡した。ルネリーはSAOでの数ある武器使いの中では盾剣士志望らしい。前線で仲間を守るポジションにいたいのだと言っていた。俺はその想いを尊重した。ならば、現在一番防御力の有る装備を着けさせて、今からそういった戦い方に慣れさせた方がいいだろうと考えて、ルネリーに渡したのだ。
ちなみにチマは両手剣志望らしい。色々な鬱憤を剣に乗せて豪快に敵をなぎ倒したいと叫んでいた。
しかし、《両手用直剣》スキルは《片手用直剣》スキルの派生らしく、つまりはもう少し片手剣を使う事となるみたいだ。
レイアは特に希望の武器はないらしい。だがそれも仕方ないとも言える。
この世界がただのゲームであったなら、ゆっくり探すということも出来たかもしれないのだが……。
暫くは今まで通り、三人とも使いなれた初期装備の《スモールソード》を使うという事に落ち着いた。
そして、俺以外の三人もクエストはいくつかこなしていたみたいで、訓練で手に入れた素材アイテムの売却も含め結構な所持金を手に入れた。その金も使って、旅において必要な装備や道具を揃えたのだった。
そうして俺たちが準備を進めていく中、はじまりの街も変わっていった。
いや正確には、はじまりの街に滞在していたプレイヤーたちが変わっていったのだった。
最初に変化に気付いたのは準備期間二日目の戦闘訓練のとき。
俺たちの他に街の外でイノシシや巨大イモムシと戦っているPTが数集団いた。
そして、その集団は日を増す毎に増えていった。
「……しかし、これでは満足に戦えもしないな」
準備期間五日目の今日、俺たちはいつものように戦闘訓練をしていたのだが、正午を過ぎた辺りから石を投げれば当たるほどにその集団は増えていた。
草原のあちらこちらでモンスターと戦うPTの姿が見える。
「何か、聞いた話によりますと、なんとかーって人がみんなで立ち向かえばモンスターも怖くないんだーって言って、集団で安全にモンスターを狩って、それで得たお金で戦えない人たちも含めて平等に食糧とか寝る所とかを援助? する活動を始めたらしいです」
「援助だけじゃなくて、このSAOの攻略も視野に入れていると聞きました。多分、私たちみたいに有る程度レベルを上げてから数で押していくのではないかと……」
ルネリーの情報にレイアが追記した。
しかしなるほど。多人数を使った人海戦術は全ての戦いに等しく効果的だ。
確かにそのグループに入れば危険は減るかもしれない。
そう俺が言うと、
「えー、わたしは何かいやッス。あの人たち」
「あたしもかなぁ」
「……どうしてだ?」
「なんて言うか、感じが悪かったッス。確かに必死なのは解るッスけど、こっちが先に目を付けてた獲物まで奪うように群がっていって……ブツブツ」
「あはは……。でも、キリュウさん。チマの言う通り、あの人たち弱いモンスターを倒すことに必死で自分たち以外見えていないって感じでした。確かにあたしもちょっと……ですね」
「ちゃんと親切な人もいるにはいると思いますが……やっぱり人が集まりすぎると……」
――ふむ、そうだな。三人の言い分は一理ある。
人が集まればその分トラブルも増えるだろう。
更にこの先、団体で攻略に乗り出すとすれば、命令系統も作らざるを得ない。つまり、自由には動けなくなる。それは……困るな。
思考の末の結論を行動をするのが俺のやり方だ。その行動を制限されるのはやはり困る。
結局俺たちはその集団には入らず、放置することにした。
だが、街周辺のモンスターを手当たり次第狩られるのには参った。
数少ないモンスターの取り合いをするというのも効率が悪い。
俺たちは仕方なく、一週間と定めた準備期間を一日早め、明日の早朝にはじまりの街を出発することにした。
そして、翌日。
俺たちが街を出発するときが来た。
「……全員、準備は出来たか?」
ここは、はじまりの街の《北東ゲート》。俺たちは今そこにいた。
街のNPCに話を聞いたところ、北東ゲートから伸びる街道沿いをずっと行けば、とある小さな村に辿り着くらしい。なので、俺たちの最初の目的地はそこにした。
「はい! ばっちりです!」
街への出入り口となっている巨大な門の前で、俺たちは最後の確認をしていた。
「……武器、防具」
「大丈夫ッス! 昨日直してもらったばかりッスから、耐久値MAXッスよ!」
心なしか、三人も興奮しているように見える。
「……道具は?」
「はい。テントから食べ物まで、回復ポーションも解毒ポーションもたっぷりです」
今日まで俺たちは様々な準備をしてきた。
三人はだいぶ戦闘に慣れたし、ソードスキルを使った連携も出来るようになった。
そして俺自身も、このSAOのシステム的なものにかなり慣れた、と思う。
まあ、未だにソードスキルは苦手なのだが……。
「……よし」
それでも、十分に準備はした。あとは、実際に冒険をして経験を積んでいくしかない。
今の俺は弱い。それは認識した。
強くなるにはどうすればいいのか、それはあの日からずっと考えてきたことだ。
レベルが上がれば強いと言えるのか? ゲームを攻略すれば克服したと言えるのか?
解らない。このゲームをクリアすれば、少しは克服出来るとも考えたが、それだけではダメな気もした。
だから、この三人を守り抜き、なお且つ元の世界に戻れたのなら、少しは強くなれているのではないかと、今はそう思う。
「…………ん」
気合は十分。俺ははじまりの街に背を向け、三人に号令をかけた。
「……では、出発する」
「お――!」
「お――ッス!」
「はいっ!」
三人の元気のいい声とともに、俺たちはゲートから伸びる街道を歩き出した。
ここからが、俺たちの冒険の始まりとなる。
本当の――ゲーム・スタートだ。
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