助六
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第四章
「そうなる。どうだ」
「いい申し出だな」
十郎は意休の言葉を聞いて弟に述べた。
「そうだな」
「確かに」
助六も兄のその言葉に頷いて答える。
「我等にとっても」
「ではどうする」
十郎は既に答え、弟のそれがわかっている様に問うた。
「このことは」
「意休、いや平殿」
助六は武士の口調で意休に対して答えた。
「この申し出有り難い」
「そう言うか」
「我等にしても」
「では手を結ぶか」
「いや」
しかしだとだ、ここでだった。
助六は迷いのない声でだ、こう意休に言ったのだった。
「断らせてもらう」
「何っ、まことか」
「そうだ、まことだ」
その通りだというのだ。
「我等は我等で敵討ちを行い幕府を倒す」
「そうさせてもらう」
十郎も答える。
「我等だけでな」
「それは何故だ」
意休は断られても臆しない、二人に一歩も引かず答える。
「何故わしと手を組まぬ」
「そちらは平家、しかし我等は北条家」
それぞれ違うというのだ。
「今は手を結べてもやがては争うであろう」
「そうだな、天下に二日はない」
決してだとだ、意休も答える。
「それならばな」
「そうだ、我等は共にいることは出来ぬ」
それが運命だ、例え幕府を倒したとしても。
「北条家は北条家で天下を手に入れるつもりだからな」
「無論平家もだ」
意休のその家もだというのだ。
「我等も再び天下を手に入れるつもりだ」
「さすれば共にいられはせぬ」
目指すもの、倒すべき敵が同じでもだ。その目指すものが同じであるが故にそれは出来ないというのである。
「ならばだ」
「ては結ばないか」
「決してだ」
それはというのだ。
「そのことを断っておく」
「わかった」
意休も助六の言葉を受けた。無論それが十郎の言葉であることもわかっている。
「それではな。もう誘わぬ」
「それでいいのだな」
「わかってはいた」
意休もだ、曾我兄弟が己の申し出を断ることをわかっていたというのだ。
「そのことはな」
「そうだったか」
「ならよい。わしはわしで幕府を倒す」
そして平家の天下を取り戻すというのだ。
「少なくとも頼朝の様なことはせぬ」
「己の血筋の者を皆殺しにすることはか」
「平家はせぬ」
それは決してだというのだ。
「清盛様もそうだったからな」
「確かに。源氏はそうした家だ」
十郎も意休の言葉に頷いて答えた。
「まず身内で殺し合う家だ」
「保元の戦でも前の戦でもだったな」
「判官殿のことといい」
とにかくまず身内で殺し合いそれから敵に向かう、源氏はそうした家であり平家は違うというのだ。
このことは曾我兄弟もわかっている、それで意休に言うのだ。
「その源氏と争うことには迷いはない」
「その下にいる工藤を討つことにもな」
「しかも工藤は源氏に仕えている以上に親の敵でもある」
それでだというのだ。
「討たぬ訳にはいかぬな」
「その通りだ」
「ではな」
「武運を祈る」
意休は曾我兄弟に確かな声で答えた。
「ではな」
「うむ、それではな」
「また機会があれば会おう」
曾我兄弟も返した、そうして。
意休は彼等から背を向けてその場を去った、後には曾我兄弟が残り。
十郎は助六、五郎にこう言った。
「ではな」
「兄者、行こうぞ」
助六も兄の言葉に頷きそうしてだった。
二人は江戸を去った、それから二人は小田原では敵討ちは適わなかったが頼朝が開いた富士の裾野の巻狩の時に工藤を討った、その時に曾我兄弟も死んだという。
意休はそのことを江戸で聞いてこう言った。
「これでよし」
そのうえで彼は鎌倉に赴いたという、しかし彼は頼朝を討てず逆に討たれたという。曾我兄弟の話の裏にはこうした話もあるが世に知られていないとのことでここに書き残した。多くの人がこの話を知ってくれれば幸いである。
助六 完
2013・10・29
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