SAO ~冷厳なる槍使い~
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SAO編
序章 はじまりの街にて
4.闇夜の初実戦
第一層主街区《はじまりの街》北西ゲート。
その巨大な門を通り抜けた俺は、一度立ち止まった。
辺りはすっかり暗くなって、はっきり言って死の危険がある街の外に出る時間じゃない。
街を囲む城壁の上の松明からの明かりで、街の周りは明るいが、すぐ100メートル向こうはすでに暗闇で見えない。
「……」
しかし俺は、歩き出した。
歩きながらステータス画面を開けて先ほど買った《ウッドハンドルスピア》を装備する。
いきなり右手に現れた槍に少し驚いたが、ステータス画面を消して、少し振ってみる。
「…………ふむ」
良くもないが、悪くもないか。だが十分に扱える自信はある。
ふと槍を振っていたときに、俺は前に二木が言っていたあることを思い出した。
――SAOは全てにおいてスキルが大事なんだけど~、スキルスロットに限りがあるからほんっとにどれ上げるか迷うんだよね~。
そうか、スキルスロットを忘れていた。
俺はステータス画面を開いて、自分のスキルスロットを見る。レベル1の俺には二つのスキルスロットが与えられている。勿論、今は両方とも空だ。今まで忘れていて手つかずだったのだから当然だが。
俺はその一つに迷わず《両手用長槍》を入れた。だが、もう一つは何にしようか凄く迷った。多すぎるのだ。スキルの種類の量が。二木の言っていた意味が今ようやく理解できた。直接戦闘に関わってくるスキル、間接的に戦闘に関わってくるスキル、生産系スキル、趣味系スキル、その他のスキル。それぞれ数十では利かない数がある。
俺は、はじまりの街から伸びる街道から少し離れた場所で、そのスキルを一つ一つ見ていた。
そのとき――
「…………!」
スキル表ウィンドウを見ていた俺の視界の端に、赤いカーソルが見えた。
赤いカーソル、それは敵の証。こんなに近くまで接近されていて俺が気付かないなんて、正直ありえないと思った。その赤いカーソルの方に意識を向けると――一匹のイノシシがいた。
モンスター名《フレンジー・ボア》。
暗くてよく解らないが、恐らくこちらに気付いていない。いや、気付いていても攻撃しようとしていないだけか。
これは確か《ノンアクティブモンスター》というやつだ。ノンアクティブモンスターは、こちらの攻撃の標準が自分に向けられたりしない限り襲ってこないとマニュアルに書いてあったと記憶している。
俺は一度深呼吸をして、槍を構えた。
――東雲流古武槍術の基本の構え、《弧紋の型》。
相手に、利き腕とは逆の半身を前に出すようにして横向きに腰を落とし、槍の切先を地面ギリギリまで下げるように構える。この時、利き手は槍の石突から拳二つ分中の柄を、力コブを作るような腕の形のまま手のひらを上に向けたような感じで掴む。利き手と逆の手は、槍の中腹部分からやや切先側をしっかりと指で輪を作って、だが余裕を持ってその中に通すように槍を持つ。
この構えは、船のオールを動かすように槍を扱う構えだ。構えたまま利き手をただ思い切り振り下ろせば、下から上に半円を描くように槍の中腹を押さえる手を支点にして切先が跳ね上がる。相手の攻撃を捌くのにも、逆にこちらの攻撃にも使える動きが出来る初動の隙を限りなく抑えた構えだ。
俺が構えても、目の前のイノシシはこちらを意識しない。
弧紋の型は基本的に受けの型。しかし、上半身の構えはどんなときでも応用は利く。俺はその構えのままイノシシに突進をかけ、イノシシに槍を放った。石突きの方を持って上げてある右手を、勢い良く降り降ろしながら左手にくっつけるように押し出す。そうすることで、槍の切っ先が下から螺旋を描くような突きを放つ。
俺が攻撃を放った瞬間、イノシシは俺に気付いたようにその顔を上げたが、時すでに遅し。イノシシの側面――前足の付け根と肋骨の隙間、心の臓があると思われる場所に、螺旋が描く円が集束するような軌道で、槍の刃が突き刺さった。
普通ならそれで終わり。生き物ならそれで絶命するはず。
しかしイノシシは、瀕死には程遠いような動きで身をよじって槍を抜き、小走りで少し離れてから再びこちらに突進してきた。
「……少し、気味が悪いな」
イノシシのHPバーは明らかに減っている。だが弱るのではなく、逆に興奮した様子で突進してくる。
――このイノシシの一撃を受けたら死ぬのだろうか?
――自分の死が近づくのだろうか?
そんな考えが一瞬浮かんだが、しかし鼻息荒く近づいてくるイノシシには、今まで幾度となく稽古で対峙してきた祖父のような圧力は感じない。
俺は突進してくるイノシシを、横に回りこむように冷静に避ける。避け続ける。そのまま少しだけイノシシを観察する。イノシシは基本的に突進しかしてこない。たまに目の前で急停止して頭を振って牙を当てようとしてくるが、急停止から頭を振るまでは少しだけタイムラグがあるので楽に避けられる。
イノシシの攻撃パターンを把握した俺は、先ほどとは逆の前足と肋骨の隙間に何度か槍を突きたて、イノシシを仕留めた。最後に突き刺した瞬間、イノシシは硬直しその後爆散。輝く細かいガラスの破片のようなものが周囲に散らばって透き通るように消えていった。
「……意外に手間取ったな」
梃子摺った、ではなく手間取った。予定では最初の一撃で仕留めていたはずだ。
HPを全て削らなければ、敵はその攻撃を止めることはしない。解っていたはずだが、やはり違和感は残る。
「……だが逆を言えば、俺も一撃もらったくらいじゃ動きは鈍らないということか」
死中に活。怪我の功名。
ようは相手が倒れるまで攻撃を続ければいいと、それだけだ。
俺は二匹目の獲物を探して歩き出した。
歩きながらふと思う。ステータスウィンドウを出してスキル表を見る。この世界での自分の体――《アバター》では、以前のように周囲の気配を察することは出来ないようだ。恐らく、この仮想世界では、現実世界で出来たことを当たり前に思ってはいけないのだ。
それは、逆にも言えるのことだろう。現実世界で出来なかった事もこの世界なら出来る、と。
しかしこのままじゃ、この先不意打ちを受ける可能性が高い。
俺は先ほどスルーした一つのスキルを見た。
《索敵》スキル。
アクティブオブジェクトを認識できる範囲を、熟練度に比例して広げてくれるスキルだという。
残り一つとなったスキルスロットに、それを入れた。
「――!」
入れた瞬間、またもや視界の隅に赤いカーソルが現れる。
索敵スキルのお陰ではなく、向こうからこっちに移動してきたようだ。
フレンジー・ボア。
先ほどのよりも、一回りだけ大きいイノシシが見えた。
無論、こちらをまだ敵として認識してはいない。
俺は開いていたスキルスロットの画面の《両手用長槍》のスキルを見た。
――ソードスキル無しにSAOは語れないんだよ! そりゃ硬直時間みたいなデメリットはあるよ? で・も、普通の攻撃とは一撃の威力が段違いなんだ! その差約三、四倍! 急所なら約五、六倍は違うんだよ!? もうソードスキル様さま~って感じだよね!
グッと親指を突きあげた友の姿と言葉を思い出す。
「……ソードスキル、か」
俺はイノシシに気付かれないように小さい声で呟く。
急所ならそのダメージは約五、六倍。雑魚ならほぼ一撃死だろう。かなりの効率のよさだ。
俺は、現在自分の使えるソードスキル一覧を確認する。
《両手用長槍》スキルをスロットに入れたことで増えたソードスキルの一つ。
両手用長槍基本技《スラスト》。
スキル名のすぐ横にある【Sample】のボタンに触れると、もう一つウィンドウが現れた。
そのウィンドウには、真っ白な部屋で槍を構えている真っ黒な人が映っている。
そして、画面の端には再生、停止、スロー再生、視点変更などのボタン。
これはソードスキルの見本を見る事が出来る画面だ。
これを見て技のイメージを頭に叩き込み、実際に模倣出来るように練習する。
一応練習場所として、結構な広さの訓練所が《はじまりの街》の各所にあるらしい。
俺は再生ボタンを押して、《スラスト》の見本の動きを見る。
――ふむ。この程度なら練習は必要なさそうだな。
見本動画は、技の動きだけではなく、初動の形とシステムアシストの開始を矢印と文字で説明してくれる。
基本技だけあって、そう難しい技でもなかった。
俺はソードスキルとやらを試すべく、槍の切先をこちらに背を向けているイノシシへ向けた。
俺はイノシシに向かって走り出し、技をイメージしながら、槍を持ちながら引き絞った両腕を前に突き出すような初動を始める。
攻撃を放とうとした俺に気付いたイノシシが、ぷぎっと一鳴きしてこちらを向く。
「――っ!?」
突如俺の体が勝手に加速して動き、明るい緑色の光を振りまきながら槍の切先が、振り向いたイノシシの首の後ろ辺りへと吸い込まれるように突き出された。
ビシイィィとガラスを叩いたような音とともに槍が直撃し、イノシシはその反動で吹き飛ばされ、何度か横向きに回転した後、不自然な斜め向きままの状態で硬直し、内側から爆発したかのように、輝く細かい破片をばら撒きながら消えていった。
……確かに一撃で倒せた。確かに威力は段違いだった。
しかし――
「………………使い、難い」
いきなり加速しだしたように勝手に動く自分の体。普通、筋肉に力を入れた箇所の関節は動かないのに、力を入れているのに動いている――動かされている違和感。
自分の意思で動く体に重なるように、何者かの意思で力を加えられているような……そんな感覚。
凄く違和感が付きまとう。かなり違和感が付きまとう。やはり違和感が付きまとう。
確かに今の《突き》は、速度、威力、そして形、ともに――自分で言うのもなんだが――素晴らしかった。
だがその突きは、普通ならこの体では出来ないはずのもの。このLv1の身体能力では絶対に出来ないはずのものだと俺は確信している。
しかし出来てしまった。それがソードスキルなんだと言われればそれまでだが、俺としてはそこがまた物凄く違和感をもたらして……正直言えば使い辛い。使い難い。
そして、その動きの後にある数コンマの強制技後硬直時間。それが違和感を更に上乗せする。
技というものは繋いでナンボ、と祖父も言っていた。
技自体を工夫して技後硬直を無くし、次々に技を繰り出すよう指導を受けてきた俺にとって、その違和感は相当なものだ。
他のプレイヤーはこの違和感に何とも思わないのだろうか。
――《ソードスキル》。
威力は高い。そして技の速さもある。勝手に相手に合わせて向かっていく感覚もあったので、恐らく命中補正のようなものも付いているのだろう。
だが、俺には――。
「…………やはり、使い辛い」
使い続ければ慣れるのだろうか。
だが、この如何ともしがたい感覚は、あまり何度も感じたくないというのが本音だ。
結局俺は、今の所は絶対にソードスキルが必要であるということもないと考え、しばらくは通常攻撃のみで戦うことにした。
そうと決めたら次なる獲物。
ソードスキルに少し戸惑ったが、これまでの二回の戦闘は、敵に梃子摺るといったことはなかった。
少しペースを上げて戦ってもいいだろう。
俺は、街から離れすぎないようにモンスターを探し始めた。
その後、イノシシやイモムシなどの十六匹ほどのモンスターを倒した俺は、街への帰路についていた。
ソードスキルを使わなかったせいで、一匹あたり三~五回ほど攻撃をしなければ倒せなかったが、それでも対して危なげなく――HPもまったく減ることもなく戦うことができた。
「……この程度なら、そうそう命の危険に陥ることも無いな」
だが、これから先は解らない。今さっき倒したモンスターは全てレベル1の雑魚も雑魚。
攻撃も単調なものばかりで、冷静に観察すればどうということもなかった。
しかし、油断はできない。俺はこのSAOというものを知らなさすぎる。
「……情報収集もしなければな」
強くなること、情報をあつめること、そして――死なないこと。
俺は、自分のするべきことを再確認した。
そんなときだった。
「…………?」
俺が今まさに向かっている《はじまりの街》のゲート付近で悲鳴が聞こえた。
いや、今もなお聞こえている。
すでにほぼ周りが見えないくらい暗い時間に街の外に出る奴が、俺以外にいようとは。
俺は、早足で悲鳴のする場所へと向かった。
後書き
2014/06/16 追記
自分が実際にソードスキルを使った時のことを想像して下さい。
自分の体が勝手に動くとは解っていても、それでも実際に意思に関係なく動き出したらすっごく違和感をもたらすのではないでしょうか?
……そう思ったのは私だけかな?
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